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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-36 学園都市・フルンティ-Ⅱ

 移動した場所は、宣言どおり空中だった。弥乃梨の特別魔法は人を移動させることに特化した魔法なため、当然ながら体育館で使われていた木材などは元の位置から動いていない。同じ頃、アイテイルが魂石越しに情報を伝達した。


「全員の無事を確認しました。バリアから出られないので、早く解除して下さい」

「悪い」


 軽く謝ると、弥乃梨はアイテイルの言葉を信用してバリアを解除した。刹那、偽りの黒髪は飛行魔法を使って高度を一定に維持する。屋上から転落する者はない。あとは津波の高さが建物の四階以上にならないことを祈るのみだ。しかし。


「ごめんなさい、撤回します。砂浜に三名の女子を確認しました」

「身元は分かるか?」

「制服に使用されている色の割合を見る限り、この高校の生徒でしょう」

「了解、把握した」


 凛々しい声で結ぶと、弥乃梨は独断でテレポートの使用に踏み切った。教師陣が体育館に重要書類を残している可能性など一切考えず、偽りの黒髪は砂浜に出ているとの情報を受けて現場へ急行する。アイテイルの情報通り、少しだけ湿り気を帯びた砂に足をつけるやいなや女子生徒三名の姿が確認できた。


「(魔法使用者、だと……?)」


 銀髪発表の情報ソースを基にしても不明だった情報が付け足される。弥乃梨もラクトも『人族ヒュームルト』に魔法使用可能者が居るだなんて驚きだった。でも、こういう急を要する課題を前にするべきことではない。二人は自分たちの役割を今一度考え直した。それから、弥乃梨が一人の女子生徒に近づく。


「何をしている?」

「津波を打ち消すために魔法を使っているんです」

「どうやって?」

「土のうを作って積み上げて――」


 弥乃梨は聞き間違いかと思ったが、後ろを見るとラクトが首を左右に振っている。三人の総意として受け取りたくないような言葉が発せられたのは、紛れも無い事実だった。偽りの黒髪は、思わず内心で彼女らを嘲ってしまう。


「バカだな。土のうで津波の被害を抑えられたら誰も死なねえよ」

「じゃあ、どうすればいいんですか?」

「物を作る方向で行くなら、この街の海岸線に壁を作れ。高さ二十メートルの」


 巨人による進撃を止める訳でもないので、高さは五十メートルも必要ない。リアス海岸だと津波の高さが高くなってくるが、フルンティはそれに該当しないので二十メートル程度が妥当と言える。だが、その計画はすぐ白紙に戻された。


「高さ二十メートルもあるコンクリート製の壁を作るのは無理な話です」

「なぜだ?」

「作り出した物質を戻すことは不可能だからです」

「そうか……」


 ならばラクトに――とはならない。彼女を頼るのは大事なことだが、頼り過ぎは厳禁だ。それに、これから治安維持活動を始める以上、サポート役の疲労を蓄積させる訳にはいかない。かといって、少しでも被害総額を減らす方法も思いつかなかった。そんな中で、屋上で津波を観測する銀髪から情報が届く。


「襲来は今から約二分後、高さは四メートル。体育館の浸水が予想されます」


 グラウンドも体育館も使えないとなると、炊き出しをする場所や避難生活を送る場所が限られてしまう。それに、一メートル程度ならまだしも四メートルだ。津波が河川を遡上して大量の学校を浸水させてしまうかもしれない。砂浜の上に建てられた都市ということを踏まえれば、今後の第二波、第三波が学校の基礎もろとも破壊しまう可能性だってあった。


「ねえ、弥乃梨」

「なに?」

「――津波って、凍らせられないのかな?」

「やってみりゃ分からないだだろうが、凍らせても水の量が増えるだけだ」

「ああ、太陽光に当たってたら溶けちゃうね……」


 津波を凍らせるとしても、所詮はその場凌ぎに過ぎない。むしろ水の量が増える分、逆効果だ。また、ラクトの負担を少しでも減らすことともそぐわない。


「空気砲で威力を弱めれば――」

「時既に遅しだ。数発撃ったからって、いまさら被害が減る訳じゃない」

「なら、バリアを使って――」

「可能性は否定出来ないが、物体が猛スピードで直撃する時は耐えられないぞ」

「じゃあ、どうやって……」


 刻一刻とタイムリミットが迫る中、眼鏡を掛けた茶髪の女子生徒が提案した。


「半球状ないし蓋のない箱状の容器を作って、そこに入れるのはどうですか?」

「それって壁バリアと同じなんじゃ?」


 だが、この発言が弥乃梨にアイデアをもたらした。


「なら、バリアを使って波を分けたら良いんじゃないか?」

「なるほど。分散させて威力を弱めることで、バリア内の安全性を高める訳か」

「そういうことだな」


 小さく上下に首を振る弥乃梨。壊れた街を直すときに一番厄介なのは、やはり水だ。裏を返せば、水に浸かっていなければ街のキレイ度は格段と上がるということ。もちろん、復旧作業に掛かる時間も少なくなる。だが、バリアを張るとヘリコプター等の離着陸が不能になり、行政機関や報道機関が孤立してしまう。


「けど、メディアや国軍を立ち入れさせないというのはどうなんだ?」

「いや、軍隊はないでしょ。私たちが派遣されたのは治安維持が目的なんだし」

「となると、メディアをどうするか――」


 情報機関は空から映像を撮るだろう、と見当はついている。でも、バリアを張るのは衝撃を跳ね返してしまうということだ。プロペラの挙動がおかしくなってヘリが墜落したら、二次災害に繋がりかねない。


「あの、なんか話がズレてるのでもう一度話しますね? その……、私が言っているのはつまり、海岸線にバリアを張るということです」

「要するに、バリアで海を囲うってことか?」

「そういうことです。弾き返せるのなら、そのほうが二段構えじゃないですか」

「なるほど」


 円の端から端までを通る直線では、必ず接点が二つ出来る。この直線を津波が街へと至るラインと仮定すると、少なくとも二回衝突しない限り街中で浸水は始まらないことになる。あまりにも強すぎる衝撃で一度壊されるとその箇所は修復不可能だが、バリア全体としての機能は無くならないのだ。


「ごめん、なんか勘違いしてたわ」

「いえ、私の言葉が足らなかったのが原因です。なので、自責しないで下さい」

「わかった」


 本来ならさらに「ごめん」と言うところだが、弥乃梨に残された猶予は二十秒程度しかない。これ以上時間を割く訳にはいかなかった。偽りの黒髪は返答した直後に深呼吸し、内心で『影分身』の魔法使用を宣言する。続いて、弥乃梨の本体がアイテイルを呼び出す。五体まで増えると、分身は何度も声を合わせてバリアを何個も形成していった。


「頼むぜ、アイテイル」

「そういう馴れ馴れしいのは好きません。さっさと片しましょう」


 作戦については一切と言っていいほど伝えていなかったが、紫姫でもなくサタンでもなく自分が呼び出された理由を考えたとき、アイテイルは自ずとやるべきことを把握した。そして、弥乃梨の形成したバリアの数が二桁に到達した刹那、偽りの黒髪は銀髪の手を握った。


「――瞬時転移テレポート――」


 弥乃梨の宣言で場所を移動すると、今度はアイテイルが、


「――強風冷線エアレーザー――」


 残り時間わずか二秒のとき、高さ八メートルの位置に弥乃梨とアイテイルは移動を完了した。銀髪が津波の到着予想時刻を過ぎてすぐ、轟音をかき乱す冷風と光線を発生させる。同時に、二人の体の各部には飛沫がかかった。


「う……」

「稔さん!」


 アイテイルは攻撃を続けながら大声で発し、弥乃梨のことを心配した。偽りの黒髪は、体が発した警鐘に逆らえずバランスを崩す。眼下には、轟音を発しながら今にもバリアを破壊しそうな波がある。だが、症状は留まる気配を知らない。


「あり……がとう……」


 そんな中。短い紫髪を靡かせながら、翼を生やした精霊が落下する弥乃梨のことを抱きかかえてくれた。彼女は最初は怒鳴りたかったが、明らかにいつもと様子の違う弥乃梨の様子を見て激情を鎮ませる。かわりに紫髪は、優しい声で主人の耳元に話しかけた。


「魔力消費しすぎだバカ。やるべきことはやったから、もう休め」

「そうはいかねえ。これ以上、お前らに仕事を押し付けるわけには……うっ」

「休んだほうがいい。無理したって何も始まらない」

「『|回復の薬《ハイルリン』を……」


 薬物投与を要求する弥乃梨に対し、紫姫は冷たく返した。


「貴様が失ったのは魔力ではなく体力だ。休むことしか選択肢はない」

「分かったよ」


 精霊の心配を押しのけられないこともなかったが、軽く麻痺状態にあった彼は大胆に抵抗できず、それに従った。しかし、休むにしてもバリアの中に入ることは出来ない。バリアの外側からの攻撃を跳ね返すことになっていたからだ。


「代役にサタンを呼ぶことにするが、いいか?」

「そう、してくれ……」


 アイテイル一人その場に残したとしても、一時的な津波対策を講じることは可能だ。だけど、精霊には魔力保有の限界量が設定されている。貯蓄されていた魔力が尽きれば薬を投与して回復可能だが、その時にサタンのもとまで移動する時間がもったいない。紫姫はそれを考慮し、二人を同じ場所に置くことにした。


「サタン、アイテイルの居る場所に来れるか?」

「不可能です。私も今、波を分けている最中ですから」


 精霊魂石を見つけると、紫姫はそれをマイクのように扱ってサタンに話しかけた。でも会話し始めてすぐ、彼女の思考回路に電撃が走る。アイテイルのもとに来れるとばかり思っていたから、作業に携わっていると聞いて驚かない訳がなかった。だが紫姫は、まだアイテイルのもとに呼ぶことを諦めない。


「それは必要なことなのか?」

「バリアが壊れていないのは二箇所で作業を行っているからですよ、紫姫さん」

「そうなのか。理解した、引き続き作業を続けてくれ」

「了解です。それではまた」


 魂石越しの会話が終わった。アイテイルのもとに呼ぶという案が撤回されたということは、魔力枯渇時の対応策が振り出しに戻ったことを意味する。紫姫は強い自責の念を覚え、眼下のブラックホールに飲み込まれそうになった。だが、ギリギリのところで気を確かにし、自分が怪我人を負っていることを思い出す。


「アイテイル。魔力が枯渇するまでどれくらいだ?」

「今のまま魔力を消費していくと、単純計算で約二時間くらいですね」

「了解だ。では、それまでに稔の治療を終わらせ――」

「残念ながら、タイムリミットは一時間弱です」


 紫姫はアイテイルの話に首を傾げる。


「容易く抑えているように見えるかもしれませんけど、今使ってる魔力の量は結構な量なんですよ。それなのに先ほど、遠方に高さ七メートル程度の津波を確認しました。衝撃の強さと魔力消費量は比例の関係にあるので、バリアが壊れないと仮定したとしても、今のペースで持つのはせいぜい一時間が限界でしょう」


 衝撃の事実を知らされ、紫姫は海岸に一番近い学校の保健室を借りようと即座に向かおうとした。しかし、アイテイルが主人を救おうと行動を早める彼女を引き止めてしまう。首を左右に振った後、銀髪は紫髪にこう言った。


「でも、車のワイパーではどんなに頑張っても拭けないところがありますよね。同じように、私とサタンがいくら頑張って波を分けても《死角》が出来ます」

「つまり、……どういうことだ?」

「稔さんの展開したバリアを堤防だと考えれば、話は早く進むと思いますけど」

「まさか――」

「はい、そのまさかです」


 紫姫は少し間を置いて、アイテイルに確認した。


「数分後にバリアが壊れてしまうということか?」

「《死角》を第二波が襲ったら最後、バリアは機能しないでしょう」


 《死角》とはつまり、波を分けたせいで逆に波が集まってしまった場所のことだ。そこの水量が他の場所と比べて多いのは言うまでもない。バリアを堤防として、もしもそこを津波が襲ったら――待っているのは堤防の崩壊だ。


「でも! そういうことなら、《死角》に移動して波を分ければ――」

「いくつ《死角》があると思ってるんですか?」

「アイテイルとサタンの魔法の効果が及ばない、中央部分の一箇所だろう?」

「不正解です。貴方は何も理解していません」

「なら、いくつあるんだ?」


 紫姫は少しばかし怒り気味で質問する。一方、アイテイルはこう答えた。


「バリアをn個としたとき、(n+1)個です」

「バリアを展開した数が多ければ多いほど増えるってことか?」

「そういうことです」

「ならもう、どうにもならないじゃないか……」

「諦めることも時に必要です。稔さんの意に反すことかも知れませんけど、避難できる時間を増やせただけ収穫があったと考えるべきではないでしょうか」


 落ち込む紫姫を慰めながら、アイテイルは現実的な話をぶつけた。紫髪は銀髪の考えを葛藤の末に理解すると、具体的な部分について聞き出し始める。


「では、そう考えたとしてどうする? まだ避難できていない人も――」

「この街に怪我人は居ても高齢者は居ません。別名【学生自治区】ですからね」

「なら、怪我人の治療をするのが先決だな」

「それは私も同意です。ですが、まだ第二波が来るまで余裕があります」

「逃げ遅れが居ないか確認しろと?」

「はい、そういうことです」


 ここまで来てようやく、アイテイルが紫姫を引き止めた理由が明かされた。紫髪は銀髪からの依頼内容を把握すると、即座に飛行魔法を使用し、バリアに沿って市街地へ移動する。その途中、『黒白』はラクトが居る砂浜に立ち寄った。しかしすぐ、紫姫が魂石から見ていた光景と違うことにすぐ気づく。


「あの三人は?」

「不在者確認中だよ。紫姫も確認に向かうの?」

「当然だろう」

「なら、これ使って。紫姫の専用番号は『4』ね。ちなみに私は『0』」

「了解した。もたもたしている訳にもいくまい。では、稔をよろしく頼む」


 中継した場所で司令官からデバイスを貰うと、紫姫はそう言って再び飛び上がった。一方ラクトは、彼女が飛び上がった後で「うん」と言う。すぐさま布を生成し、そこに弥乃梨をに体育座りさせる。顔を青ざめていることから貧血の可能性をまず考え、赤髪は海水に濡らしたハンカチで偽りの黒髪の顔面を覆った。


「まだ魔力残ってるなら、戻ってくれば良かったのに」

「そこまで頭回るかっての。俺はまだ初心者だバカ」

「意識がない訳じゃないんだ。……じゃあ、なんで口を閉ざしてたの?」

「体力の過剰消費で一時的に意識を失ったのも事実だぞ。けど、最後の方は意図的に黙っていた。俺が従えてる精霊は、お前と違って俺の言うことに反論しようとしないからな。要は、俺の案に異論が無いか確認したかった訳だ」


 弥乃梨の話を聞き、ラクトは大きな溜息を吐いた。


「ホント優しいよね、稔は」

「弥乃梨じゃなくて?」

「二人きりなら偽る必要ないじゃん」


 そう言ってクスッと笑うと、続けざまにラクトが手を差し伸べた。


「立てる?」

「立てるぞ。それより、俺は何をすればいい?」

「四人は空から治安維持にあたってる。なら、私たちは?」

「地上か」

「そういうこと。まあ、一報があるまで動くことはないんだけど」


 そう言った刹那、ラクトのデバイスに連絡が入った。紫姫を除く三人は土地勘のある地元民なので、犯罪が今まさに起きた場所を教えるのは容易い。また、赤髪は自身の知識を存分に活かし、持っていたデバイスに皆の位置情報を表示させていた。だから、秩序を乱す者のもとへ向かうのは容易だった。


 弥乃梨はラクトから行き先を教えてもらい、二人は現場へと急行する。

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