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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-35 学園都市・フルンティ-Ⅰ

 砂浜が続く海岸線には風車が並べられており、街中をモノレールが縦横無尽に走っている。白い校舎、薄く黄い校舎、煉瓦色の校舎――。加えて、彼女らが日中居るところから北以外の方向を向けば、全ての方向に山がある。自然と調和した人工的に作られた学園都市、それがフルンティだ。


「建物壊れてたりしないんだね」

「マグニチュード的には壊れててもおかしくないんだがな……」


 さすがは人を主とする種族がつくっている国家。知恵を絞り出すことに抜かりはなかった。けれど、今回の地震が未曾有の災害であることに変わりはない。五十センチでも津波を侮れないことなど、その現象が引き起こす波の強さを体験していなければ本当の理解など出来ない。結局、百聞は一見に如かずなのだ。


「でも、私たちの職務は治安維持だよね? 家を直す作業を手伝うとかしたほうがいいのかな?」

「お前のやる気を阻害する気はないが、ラクトはガテン系じゃないだろ?」

「けど、ギレリアルは女性のみの国家って建前だし――」

「人には向き不向きがある。やる気だけで何でも解決できると思うなよ?」

「壮大なブーメランだそれ!」


 やる気は必要だ。「なせば大抵なんとかなる」とか言う勇者も居るくらいだから、やはり行動する気力は必要だ。しかし、ものには限界が付き物である。出来ることは果敢に取り組むべきだが、出来ないことを段階も踏まずに出来るようになるのは、もともとその才能があった人くらいにしか出来ない。


「それはそうとして、だ。俺らは治安維持の任務を与えられたわけだが、学園都市なんだから避難所は学校施設が主と考えていいだろう。――となると、しなければいけないことがある」

「たとえば?」

「津波がどこまで来るかを予測することだ」

「そんなの不可能だよ……」

「けど、少なくとも言えることがある」


 未来予知能力が有ればどれほど勝率が上がるかなんて、考えただけ無駄だ。叶いもしないのに無いものねだりをするくらいならば、有るものを最大限かつ効率的に使うにはどうすればいいかを考えたほうが圧倒的に良い。自身の方針と重ねあわせた上で稔は、ラクトに向かって伝えた。


「津波襲来が分かっていて体育館やグラウンドに避難させるのは、絶対にしちゃいけない行為だ」

「流されるのが目に見えるね」

「ああそうだ。魔法が使えれば話は別だが、彼女らは空へ飛び上がれない」

「屋上に避難させるべきってこと?」

「そういうことだな」


 ラクトが小さく頷いた。


「で、だ。アイテイルを呼び出して地図を作りた――」

「どうかされましたか?」

「うわっ! ……バカ、びっくりしたじゃねえか!」

「呼び出すつもりだったんですし、別に良いでしょう。すぐ作るので、もう海岸に向かって下さい」

「アイテイルって震災体験者だったのか?」

「違います。お二人の会話が耳障りなだけです」


 要約すると「リア充爆発しろ」ということだった。いくら離れていようが魂石に戻るのは一瞬なので、稔もラクトも海岸を目指して移動を始める。街中を移動するのは避難する人の邪魔だと考え、高層ビルの屋上にほぼ垂直に移動した。二人は学校の屋上などを転々としながら、後ろを向かずに海岸へと向かう。




 アイテイルと別れた地点から約三キロ移動した頃、稔がある校舎の屋上から先で魔法使用をやめた。てっきり砂浜に行くものだと思っていたラクトは、思わず質問を口から出してしまう。


「……砂浜、行かないの?」

「ここが海に一番近い学校だしな。砂浜に避難したところで何になるってんだ」

「あくまで避難誘導に専念するってことなんだね」

「ああ、そういうことだ」


 稔が頷いて言うと、ラクトが少しの時間であるものを作り出した。


「これは……望遠鏡?」

「他校の生徒が屋上に避難してるかを確認する道具が必要かなって」

「そういうフォローしてくれるとこ、好きだぞ」

「う、うるさい!」


 少しだけ顔を赤くする隙をつき、ラクトから望遠鏡をとる稔。すぐさま目に当てて山側のほうの学校を見てみると、既に生徒と教員数名が屋上に上がっているのが見えた。「避難訓練を日頃からしている成果なのか?」と思って偵察を続けていると、赤髪がある文言を耳にした。


「ねえ、聞こえる?」

「何がだ?」

「行政サイドが、屋上避難を進めてるっぽい」

「(ぽい……)そ、そうか」


 どこかで聞いたことのあるような語尾を考えたことで、稔の返答に一瞬の隙が生じた。一方ラクトは、動揺している点に疑問を持ったが特に何も言わない。迫り来る恐怖を前にのうのうと不毛な会話をする必要はないのだ。そんな他校の様子が浮かび上がってきた頃、地図作成を終えてアイテイルが黒髪の隣に現れた。


「これは一分前のデータです。あくまで参考として活用ください」

「ありがとう」

「それと、ここは高校です。――あと、私を定点カメラ代わりにしてください」

「物扱いする気はないけど、ぜひそうしてくれ。ここ海岸に一番近い場所だし」

「ありがとうございます。あ、どうぞ気にせず行動なさってください」

「わかった」


 屋上から下階へ向かおうと、稔は猛ダッシュで階段目指して駆け出そうとした。だが、そこでラクトが稔を引き止める。同時にもう片方の手で、稔の脳内から抽出したギャルゲ高校の女子制服とカツラ、それに胸パッドを作り出した。それからすぐに、彼女は自信と腹黒さを兼ね備えた満面の笑みを浮かべて言う。


「なんでもするから、女装してから向かって」

「嫌だ!」

「なんでもするから。私になんでもしていいから。だから、お願いします!」

「……なんでもするんだな?」

「死ねとか、そういう叶えられないものは無理だけど、性的なものは別に――」

「分かった、女装する」


 利害の一致がここに成立した。束の間、魂石から紫姫とサタンが現れる。登場した理由は、長い方の紫髪も短い方の紫髪も「時間を止めるため」だ。とはいえ、女装慣れしていない奴が二四秒で着替えることは不可能に近い。そこで、時間停止を使うのは下半身の着替えのみと稔、紫姫、サタンの三人間で決めた。


「ヘアスタイルは全部私がするよ。今回付けるカツラは特殊なやつだし」

「頼むぞ?」

「うん、任された」

「では、我々は後ろを向く。時間を止めるから、さっさと着替えてくれ」

「おうよ」


 それから数秒し、紫姫が「使用!」と叫んだのを合図に稔はズボンを脱ぎ始めた。男子たる者、ベルトを外してパンツ一丁になる行為は日頃から鍛錬を積み重ねている。雑に脱いでいいというので、稔は十秒も掛からず脱ぎ捨てた。同様に靴下を三秒で同じように脱ぎ、今度は置いてあったパンストを手に取って履く。


「俺、変態だ……」

「何をいまさら」


 パンストを履き終え、あってはならないもっこりを隠そうとしたところで制限時間が来てしまった。でも、ここまで来たら引くにも引けない。置いてあったスカートを手に取ると、稔はそれを冷静かつ猛スピードで穿いた。


「パッドは――やめよ。このほうが十分女の子っぽいし」

「そんなにか?」

「声さえ発さなければいける。はい、マスク」

「おお、気が利く」


 ラクトを軽く褒めてからマスクを受け取って装着する。ようやくカツラの髪を撫でれたので、稔はウィッグを着けているのだと初めて実感した。時を同じくして、サタンが鏡を作り出す。彼はそこに映った自分を見て、目を丸くした。


「誰だこの女は」

「へへーん! これが私のプロデュース力だよ、みのりちゃん」

「みのりって誰だよ?」

「だから、『みのり』ちゃんだって。女装用ネーム必要でしょ?」

「つまり……」

「稔の女装時は、『弥乃梨みのり』って呼ぶことにする」


 その刹那、稔は何か大切なものを失ったような感覚を覚えた。だが、ここでへこたれたら主人の名が汚れてしまう。それほど剛毛でないので、脚の毛と腕の毛を隠せれば、あとは喋らなければ「女子」と言って通用する。やってはいけないことを脳裏に刻んだ後で、稔はラクトのほうを見て言った。


「サポートを頼む」

「全力でサポートするに決まってんじゃん」


 同じ目標に向けて全力で取り組む姿勢を再確認した後、稔とラクトは握手して頷いた。それを見て、紫姫とサタンが移動の邪魔にならないよう魂石へと戻る。アイテイルは定点カメラ役として、屋上のさらに上、校舎の最高点に移動した。


「頼んだぞ」

「はい」


 アイテイルが頷いた後、弥乃梨はバリアを張って、ラクトと校舎内部へテレポートした。行き先は避難しているであろう体育館――ではなく、生徒と教師が一堂に会しているだろうホールの隣、端的に言うと用具室だ。



 用具室に到着してまもなく、うっすらと差し込む月光のような光の直線に誘われて、弥乃梨はその方向へ足を進めていった。ラクトは「ちょっと」と主人の右肩に手を掛けるが、偽りの黒髪は彼女を振りきって前進する。それでも赤髪は止めようとしたが、用具室と体育館を隔てる扉のすぐ近くに来て諦めた。


「集まってるっぽいな……」


 体育館はアーチ状をしており、耐久性を重視しながらも木材が大量に用いられていた。ギャラリーは二階、三階とあり、それぞれランニングコースとして用いることが出来るが、今は避難経路の一つとして考えたほうが良い。――と。


「なんか、初日と似てない? こう、人が話してるすぐ近くで潜伏するのって」

「潜伏とか言うな。タイミングを窺って――ん?」


 弥乃梨ははっとした。


「俺が今着てる制服って、この高校の制服じゃないよな?」

「それも作戦のうちだよ?」

「なん……だと……?」

「取り敢えず。もう、バリア展開していいよ」

「屋上に入りきるのか?」

「それは私が保証するよ。誰かさんと違って理系だからね」


 ラクトが誰のことを指して発言したか把握し、すぐに弥乃梨が「うるせえ」と一蹴した。とはいえ、偽りの黒髪が数学を不得意としているのは事実である。というより、構内図を見てすぐに面積を把握するのは流石としか言えない。


「調子乗ってもいいけど、俺が女装してるってこと覚えとけよ?」

「……」


 自分のために役に立とうと全力を尽くしてくれる彼女に最大限の敬意を払ってから、弥乃梨は冷たくラクトの目を見つめた。赤髪は自分が言ってしまった言葉を思い返し、少しばかし頬に赤らみを浮かべる。


「そう落ち込むな。俺の要求を受け入れるかの権利はお前にくれてやる」

「別に、もうちょっと鬼畜になっても……」

「なんか言ったか?」

「なんでもない!」


 ラクトがボソボソと何かを喋っているのは見ていて分かった。その反面、弥乃梨は彼女が何を言っているのかまで内容を掴めなていない。だが、喫緊の課題がすぐ目の前にある状況で話すようなものでもなかった。


「ところで、俺はどこにテレポートすればいいんだ?」

「屋上入口から南に十八メートル平行移動した地点――って、わっ!」

「ありがとな」


 いいところまで吐かせると、弥乃梨は肩を組む容量でラクトの左肩に手を乗せた。それから、離れないよう自分のほうに寄せる。刹那、偽りの黒髪は周囲に攻撃を跳ね返すバリアを展開した。寸秒、弥乃梨は次なる魔法使用に取り掛かる。


「屋上入口から南に十八メートル平行移動した地点を中心として――」


 場所を告げると深呼吸し、弥乃梨は内心で魔法名を叫んだ。

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