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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-33 奪還作戦-Ⅳ

 食事の一切が与えられていないというわけではなさそうだったが、それでも男達が摂っていたものは水が主だった。観賞植物よりも下の位置づけに当てはめられ、彼らはろくな食事を摂ることが許されなかったのである。行き過ぎた行動制限とともに食事管理が行われた結果、彼らは痩せ細ってしまった。


「おはようございます。今日から貴方は自由の身です」

「……誰?」

「今はとにかく、私たちの指示に従ってください」


 ラクトが破壊した鉄柵の中で監禁されていた五人のうち一人が、赤髪の声を恐れることなく会話した。寝起きだから頭が回転しないということもあったが、それでも話が出来ただけで大きな前進だった。他三人も徐々に記憶を取り戻しているようで、寝ぼけ顔からキリッとした顔に直っていく。


「……大丈夫か?」


 目隠しを外してやると、一番小柄な男はその場に泣き崩れた。『自由』という言葉を噛み締め、嬉しすぎて泣いてしまったのである。しかし、心のケアで時間を取られるわけにはいかない。心のケアをするのは地下を脱出した後、つまりエルフィリア王国に一時避難した時だ。まだ行うには時頃が早い。


「あの、みなさん。救出作戦に協力していただけませんか?」

「はい」


 あまり感情の入っていない返答だったが、表面的にはとても元気そうに言っていた。一人の男の発言を皮切りに、拘束される前の自分を徐々に取り戻しながら監禁されていた者達は立ち上がる。精霊三人が監禁施設の構造を根こそぎ潰したことに感謝し、稔とラクトは彼らの全面バックアップに努める。


 残り時間は微量。ゆっくりと手足を動かしている暇などない。ラクトは次々と鉄柵を破壊し、稔は救出した男達とともに救出に向かう。監禁施設はそこまで広いわけではなかったから、稔ら救出組が全体の三分の二以上の罪なき囚人を救出する前に、ラクトは監禁施設の鉄柵を破壊し終えていた。


「残り、四分……」


 監禁施設として機能するための根幹が破壊できたため、ラクトも罪なき囚人の救出作戦に合流する。そうしていくうち、黒髪と赤髪が中心になって救出した最初の五人以外の男たちにも希望が見えたらしい。最初のやる気の無さが嘘に見えるほど積極的に参加してくれた。救出作戦は右上がりのペースで進んでいく。


「あと三分の一!」

「了解」


 作戦の司令塔はラクトだった。理由は単純だ。救出作戦に携わっている者達の男女比を考えた時、一番声が通りやすいのは赤髪である。仲間と認識させるために低い声を出すこともできるが、女声を出せない訳ではない。男の職場と言っていいような世界では女の声が無駄に目立つから、彼女には司令官が適役だった。


 だが、理由はそれだけでない。罪なき囚人たちがラクトの巨大な双丘に自らの欲望を注いだのだ。彼らは稔と司令官がどういう関係なのか知らないので、妄想に妄想を重ねて良からぬ考えを巡らせる。でも、男たちの原動力になっていたのは間違いない。救出する前、罪なき囚人たちの会話は中高生男子のそれだった。


「司令官さん美人だと思わないか?」

「僕もそう思う! 可愛くてでかくて、僕達の天使のよう!」


 稔は「馬鹿じゃねえの」と内心で思ったりしたが、これまでそういうことを考えていないとは言えなかった。だから、「共通認識なんだな」という方向にシフトする。そして黒髪は、彼らの原動力を破壊しないように気を配る。


「妄想するのは構わないけど、今は救出を第一に考えてほしい」

「わかりました」


 稔は笑みを浮かばせて頷いた。それから稔らはラクトが破壊した鉄柵を越え、部屋の中へと入る。もう何度も入っているから手慣れたようなものだった。しかし、行動を共にしていた一人があることに気づく。部屋の照明を点けた時、光が映しだしたのは男性――ではなく、美少女にしか見えない容姿の児童だった。


「これは一体……」


 稔の背後で、黒髪が助け出した者たちが動揺している。一方、稔はリーダーらしく児童に近づいていった。そして、その子の目の前で立ち止まる。身長差は小学校低学年の子と高校生という感じにしか見えないことから、五十センチ程度と推測されるだろう。黒髪は相手の体格を考慮し、中腰になって口を開いた。


「君は――女の子かな?」


 稔の質問に、児童は首を左右にブンブンと振った。どう見ても美少女だが、ついているらしい。黒髪ストレートロングヘアでショルダーカットソーを着ているのに、「だが男だ」と断りを入れておかないといけないらしい。――と。


「首輪……?」


 ふと視線を送った先で、稔は赤色の首輪を見つける。照明によって金属部分が光ったのが発見理由となった。同時に、黒髪は決断を下す。それほど子供好きという訳でもなかったが、稔は正義を重んじる者として見過ごせない。


「ここは俺に任せて、お前らは他を当たってくれないか?」

「わかりました」


 恩人からの言葉ということもあって、男たちはすんなりと稔の要望を受け入れる。行動停止に追い込まれたデータ・アンドロイドが再起する時間を見据え、賭けに出た形だ。稔は児童の居る部屋から罪なき囚人たち数名が退出したのを確認し、児童をその場に体育座りさせる。


「本当に男なのか?」


 稔の問いに口を開く事なく、児童は首を上下に二度振った。無口な子なのか自分を恐れているのか分からなくなって、黒髪は続けて質問する。


「俺って怖いかな?」


 児童は首を左右に振った。どうやら、単純に無口ということらしい。喋りたくても喋れない子を見たのは初めてだったが、稔はそういう子に対する救済措置として何が適切かをアニメで学んでいた。手を咄嗟に動かし、スマホを取り出す。ロック画面を解除してメモ帳アプリを起動し、手書きモードに切り替える。


「君の思ったまま、伝えたいこと全部ここに書き記すこと。こうやって――」


 稔は簡潔にわかりやすく使い方を教えた。時間は押していたが、ギレリアル政府を糾弾するための重要な証拠材料であることは確かであり、この機会を逃す訳にはいかない。首輪の件も含め、黒髪は情報を吐いてもらおうと必死になった。


「……ってことなんだけど、理解した?」


 児童は首を上下に振って理解を体現する。一方の稔は、小さな子が必死に頑張ってくれている姿に胸を奪われ、思わず「頭いいな」と言って頭を撫でてしまった。彼はすぐ、自分の行動が我を忘れていたものだったことを謝る。


「え……」


 それに対し、児童は『I am all right.』とスマホに書いた。親と一緒に暮らさなければならないような年代に独りぼっちで暮らすこと自体凄いことなのに、その子は胸の内に溜め込んだストレスではなく優しさを吐いたのだ。


「You're strong person. By the way, how do you use that choker?」

『It is used to constrain me.』


 容姿こそ子供っぽいが、そこはネイティヴスピーカー。華奢な体格の割に使える英単語は多いようだ。そして何より、スマホの小さな画面に英単語を並べて一つの文章を書こうとした彼の姿勢を稔は評価した。


「拘束するため……」


 並行して、黒髪は首輪の使用目的を理解する。衝撃の告白だったが、監禁施設ということを考えると、政府の担当者が実験と題して悪事を働いていてもおかしくない。トラウマを呼び起こさせることは避けたかったが、狂った政府を糾弾するために避けて通れない道だと決心し、稔はさらに迫害を受けた人の声を聞く。


「I understood. Did you have nasty things in here?」


 対して迫害を受けた子供は、監禁施設で起こったありのままを稔に訴えた。ヴァレリア政権が進めた『国民総女性化』によって何が引き起こされたのか、刺激的な単語を多用して児童は訴える。必死になって歴史的事実を伝えようとする彼を見て、稔はいつも以上に頷きながら話を聞く。だが、時間は待ってくれない。


「データ・アンドロイドが再起するぞ!」


 稔の耳に衝撃の一報が届いた。しかし、司令官も罪なき囚人たちも救出作戦をやめない。一人残らずエルフィリア王国の難民キャンプに避難させることを目標とし、それを達成するまでは救出作戦を続ける構えだ。同頃、影響を受けた紫姫が魂石から抜けだした。


「我は貴台らを守るために前線へ向かう」

「死ぬなよ?」

「大丈夫だ。あそこには《友人》が居る」

「そっか。じゃあ、行って来いよ」


 紫姫は「うむ」と言って頷くと、鉄柵を越え、戦闘規格のデータ・アンドロイドが居る場所まで加速しながら通路を進んでいった。動きがそれまでと同じようになったので、児童が話を再開する。



 児童の話は約二分、中断前と合わせると約四分で終わった。監禁施設が出来た理由や監禁されていた男たちの共通点、看守の非道さなどを赤裸々に告白し、稔にとてつもない衝撃を走らせた。加えて具体例などを提示したこともあって、黒髪の心の痛みようは尋常でない。だが彼は、子供のことを第一に考えた。


「話してくれてありがとう。この証拠で政府を糾弾してやる」

『My pleasure.』

「あ、首輪もらっていいかな? それとスマホも」

『Certainly. Here you are.』

「サンキュ」


 首輪をズボンの後ろポケットに、スマホを服の胸ポケットにそれぞれ仕舞う。それから児童の右肩をトントンと叩いて、稔は言った。


「それじゃ、救出作戦に合流するぞ?」


 男の子は首を上下に振って理解と同意を示した。テレポート能力の使用者と身体が触れ合っていれば一緒に指定場所へ移動できるので、稔はその性質を利用して廊下へ一緒に出ようとする。だが、それを黒髪の仲間が拒んだ。


「キャンプ設置許可、頂きました」

「ありがとう。じゃあ、さっさとこっちに戻ってこい。そして休め」

「「はい」」


 最後は声を合わせるサタンとアイテイル。ミッションを達成できたことに喜びを感じていることと彼女らがそれを隠せていないことは、嫌になるくらい魂石越しにひしひしと伝わってきた。そして、稔の指示通りに二人はすぐ魂石に戻る。


「……よし。んじゃ、行きますか」


 男の子の肩にしっかりと触れ、鉄柵の向こうにテレポートする稔。だがもう、ラクトは司令官の座を降りていた。別に欲望に駆られた男たちに変なことをされていた訳ではない。監禁されていた全ての男たちを救出したのだ。


「退出の時間、だね」

「ああ、そうだな。けど、俺は後で行く」

「……え?」

 

 そう言うと、稔は再度サタンとアイテイルを召喚した。二人から「なんなんですか」と不満を浴びせられた後、彼女らの激情を抑えてキャンプへ連れて行くように指示を出す。一方で、ラクトには後から向かう理由を話した。


「恩人を助けなきゃダメなんだ」

「それって戦闘規格のデータ・アンドロイドのこと?」

「そうだ」


 これにラクトは激怒した。


「いや、データ・アンドロイドを助けて何になるの? もともと彼女達やつらは――」

「敵だな。けど、俺らの情報が知られたらどうするんだ」

「それは無い。戦闘規格のアンドロイドだけは別だけど、その他のデータ・アンドロイドは私が麻痺させたから記憶飛んでる」

「でも、戦闘規格は記憶が残ってるってことなんだろ?」


 すると、聞き覚えのある声が足音とともに聞こえた。


「貴台は実にバカだな。戦闘規格のデータ・アンドロイドの記憶に関しては、我が始末してきた。もちろん再起可能は可能である。記憶だけを失わせた」

「けど、紫姫はあいつと――」

「本来、精霊とデータ・アンドロイドは分かり合ってはいけない存在なんだ」

「そんなの間違ってる!」

「いいや、間違っていないぞ。戦闘規格は対精霊用の兵器だからな」


 稔は「でも!」と言いたくなったが、喉から出したい気持ちを抑えて口から発さないでおく。児童との会話と同じように相手の考え方を尊重した形だ。それゆえ、稔とラクト以外は紫姫が続けて話しているようにしか見えない。


「我のことは気にするな。それよりも、助けた人を生きて返すことが重要だ」

「ああ、そうだな」

「ということで、我々精霊は魂石へと帰還する」


 紫姫の言葉をきっかけに、精霊二人がまず魂石に戻った。その後、サタンが行き先である難民キャンプの場所を告げて魂石に戻る。魂石に定住者が入ったことを確認すると、稔は救出した男たちを自分の近くに集合させた。そして、これから行うことを説明する。


「これから自由に生活できる場所へと移動します。そこでは自分の体が研究されることはありません。健康で文化的な最低限度の生活を自由に営めます」


 長い間苦しめられた者たちが歓喜の渦に湧く。一方稔は、男たちを安全に難民キャンプへ移動させるためにバリアを展開する。バリア内にたった一人しか居ない女と手を繋ぐと、黒髪は深呼吸してから言い放った。


「さあ、この自由という概念が存在しない退屈な世界に別れを告げましょう!」


 興奮冷めあらぬ中、稔は下を向いて魔法使用宣言をした。使う魔法名は先ほどと同じように言い放ったが、向かう場所は内心で宣言する。




「自由だ!」

「解放されたあああ!」


 『瞬時転移テレポート』は成功し、稔らは「エルフィリア政府が用意した難民キャンプ地に監禁されていた罪なき囚人たちを避難させる」という目標を達成した。だが、歓喜は一瞬にして過ぎ去ってしまう。


「どうかしたか?」

「ねえ、なんか揺れてない?」


 難民キャンプと言っても役所が建てたマンションなのだが、一番揺れが強いはずの最上階――屋上に居ても、静止してないと揺れを感じ取ることは出来なかった。震度は二くらいと推測される。


「でも、これくらいなら大丈夫だろ」

「そうかな? 私は嫌な予感がしてならないんだけど……」


 その予感は見事に的中してしまう。小さな揺れに惑わずラクトがスマホを作り始めた瞬間、これまで経験したことのないような揺れが稔以外を襲ったのだ。赤髪は思わずスマホ生成を放棄して黒髪に抱きつく。一方、稔は優しく彼女の背中を撫でて緊張を解してやる。


「大丈夫だ。これならそこまで大きな地震じゃないだろ」


 でも、それは直下型地震の話である。震度四くらいの揺れが三十秒以上続いた時点で、稔は震源地が一つでないことに気付いた。つまりそれは、直下型地震の否定。ギレリアルの山か海で地震が起こったのではないかと考えを変更する。すると次の瞬間、彼の携帯端末に連絡が入った。


「もしもし。織桜だ。ギレリアルでマグニチュード八・四の地震が発生した」

「八・四……?」

「エルフィリアは私が担当する。愚弟は、ギレリアル政府庁舎に向かってくれ」

「分かった」


 通話はそれで終わった。間もなく、稔はラクトに言った。


「――甚大な被害になりそうだ」

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