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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-32 奪還作戦-Ⅲ

 それからというもの、稔と紫姫の攻撃すべてがデータ・アンドロイドに命中した。黒髪女なりに避ける仕草を見せていたが、最初は不自然と思わなくても何度も見ているうち不自然に思えてくる。そんな中、紫姫が稔にある提案をした。紫髪は右手を口元に添え、主人の耳元で話す。


「相手が痛んでいるように見えないから、割合ダメージをやりたいと思う」

「けど、一歩間違えれば制御不能だぞ」

「分かっている。でも、今のままではあまりに不自然じゃないか。そこで我は、奴の体力が高いのではないかと考えた。他に考えられることもあるが、いずれにしても、やってみなければ分からないだろう」

「……分かった、やれ」


 紫姫は頷いて感謝の気持ちを示す。刹那、彼女は割合ダメージ攻撃を行った。


「――SシェイヴFフィフティ――」


 相手のヒットポイントを五十パーセント削る。ヒットポイントを可視化しているわけでないため目分量だったが、二人にはデータ・アンドロイドが痛みを覚えているように見えた。回復薬を生成する能力などなく、痛みを払拭する場合は気力で封じる意外に手立てはない。


「残念ですが、私はそれくらゐの攻撃で倒れるほど弱く有りません」

「そうか。ならば、もう一発――」


 そう言い、紫姫は『シェイヴ・フィフティ』を追加で使用した。最初に攻撃しているため、ヒットポイントは残り二五パーセントと断言できない。しかし、紫姫の攻撃で約七五パーセントの体力を削っていた。一方、データ・アンドロイドはなおも立ち上がろうとする。稔は同じ頃、そろそろ発狂段階に突入しそうだと警戒を強めた。しかし、紫姫が独断で攻撃してしまう。


「おい紫姫、やめ――」


 残りのヒットポイントは約十二パーセントだ。例の魔法打消銃で相手に大ダメージを与えればワンキル出来なくもない。けれど、現実は甘くなかった。割合ダメージではみねうちにしかならないと思って紫姫が方向転換を試みた頃、黒髪女はニヤッとした笑みを浮かばせ、猛スピードでバリアに突撃したのである。これには、『黒白』も目を丸くしてしまう。だが、もっと驚いたのは――。


「フフフ……」


 結晶が砕かれるような、ガラスが壊れるような、頑丈だった何かが壊れる音が通路内に響いた。データ・アンドロイドの不気味な声が発せられたおかげで、監禁部屋前の通路がさらに気味の悪い空間となる。それからほんの少し経って、稔は気付いた。一気に顔面を蒼白させ、身体全体に悪寒を覚える。


「ワンキル、したらどうですか? フフフ……」


 稔のように『瞬時転移テレポート』は使えなかったが、黒髪女は紫姫が加速した時より二倍以上も速いスピードで通路内を縦横無尽に駆け巡った。不吉な笑い声と早すぎる移動スピードに対抗するため、『黒白』は背中を合わせて戦友の背中を守る。稔は剣を構えながらもう一度バリアを形成し、その時を待った。


「――プレーン・ブレイク――」


 どう足掻こうが、データを基につくられた相手に変わりはなかった。圧倒的火力でなければ破壊されないはずのバリアを壊した経験を積まれてしまったからにはもう、黒髪女にバリアなど通用しない。だが、データ・アンドロイドが狙ったのは稔ではなかった。


「(――十二秒間の時間停止(タイムストップ)――)」


 攻撃対象が自分であろうが戦友であろうが、圧倒的火力で攻撃してくる敵を封じるためには時間停止魔法を活用した戦い方が効果的だと考えて、紫姫は内心で魔法使用を宣言する。効力を発揮するまでは僅か数秒だった。しかし、モタモタしては要られない。


「稔、早くシュヴァートを!」

「わ、わかった」


 時間は僅かしかないから、稔も紫姫も焦りながら攻撃を加えていった。『終焉の剣(シュヴァート・エンデ)』と魔法使用宣言をした後、特別魔法でないことを良いことに二刀の剣を持って黒髪女に向かって走っていく稔。紫姫は魔法の効果が切れると同時に五十パーセントカットを使用するため、魔法の名称を途中まで言っておく。


「シェイヴ・フィフティ!」

「はああああっ!」


 五十パーセントカットとカルテット内の非特別魔法では最強を誇る双剣攻撃が合わさり、データ・アンドロイドのヒットポイントを残り約七パーセントにした上で物理攻撃が出来た。これによって、紫姫めがけて突撃しようとしていた黒髪女はひるんで動けない。そして、紫姫の割合攻撃はやまない。


「うっ、ぐうっ……」


 何度でも立ち上がろうとする黒髪女。だが、ヒットポイントは残り三パーセントを切っている。動こうにも手足を動かすのがやっとだった。一方の『黒白』は相手が弱っていることを一大チャンスと捉え、最終攻撃に入る。稔がテレポートして紫姫の右隣に移動したのを合図に、紫髪は例の銃を構えて言い放った。


「――空冷消除マギア・イレイジャー――」


 中央演算処理装置――人間の心臓と同位置に設置されたデータ・アンドロイドのCPUめがけ、紫姫は高火力砲を撃ち放った。黒髪女の居る場所まで一直線上ということで、『黒白』は勝利を確信する。しかし、残り数十センチのところで相手が横へ移動した。それどころか、先程より速いスピードで二人に近づいている。


「――六方向砲弾アーティレリー・シックス――」


 紫姫が驚きを隠せずにその場で立ち尽くす中、稔は右横から一歩前に出て魔法名を叫んで使用した。相手が何処から来るか分からない点を踏まえ、黒髪は六方向に展開した状態で相手の攻撃を待つ。そして、距離が残り一メートルとなったとき、彼は内心で「直進!」と叫んだ。同時に、双剣を顔の前で交差させる。


「……やったか?」


 同じようにデータ・アンドロイドが怯んだ。砲弾の一つが胸の谷間に命中し、強いダメージが黒髪女を襲う。稔との距離は一メートル弱。倒せなければ、反撃を身に受けるのはゼロコンマと言っていい。だから彼は、瞬時に場を移動した。


「な――」


 稔の恐れていた事態を防ぐことは出来たが、黒髪女は行動を停止していなかった。そして、最初に入ってきた扉まで移動して相手との距離を長く保ったものの、何処から湧いているのか分からないほどのスピードで追いつかれてしまう。


「これで終わりです!」


 紫姫の『時間停止』発動から六十秒経過していないため、追加で使用することには制限が掛けられている。しかし稔は怖がらず、むしろ紫姫を庇って死ぬことに誇りを覚えて両手を左右に広げた。すると、次の瞬間――。


「借りる」


 稔の魔法で用いる二つの剣を強引に借りると、紫姫は契約するときに仕舞った紫色の翼を広げた。そして、何度も往復して加速し一撃必殺技をしようとする黒髪女に向かっていく。水色だった瞳をラクトの髪の毛を思い起こすような紅色に染めると、通路を塞ぐように剣を構えて魔法使用宣言を行った。


「――闇と氷の駆動紫蝶(バタフライ・ドライヴ)――」

「――終焉の剣――」


 紫姫の行動に活力を貰った稔は、彼女が構えたのを見て叫んだ。データ・アンドロイドも最高スピードまで加速する。そして、稔の双剣が紫色の光を帯びた刹那のこと。通路内に暴風が吹くほど猛スピードで、紫姫と黒髪女が衝突した。


「はああああっ!」

「うふふふ……フンッ!」


 殺意と殺意がぶつかり合い、紅眼と黒眼が互いに睨みつけた。直後に紫姫は剣を振り下ろし、データ・アンドロイドは紫髪の腹部目掛けて頭を衝突させる。


「――」

「……」


 戦友から喜びの一報が来ることを期待し、稔は唾を呑んで目を閉じる。また司令室も、魂石を通じて紫姫の攻撃がデータ・アンドロイドを下す攻撃になることを祈った。一方、静まり返るカルテットメンバーをよそに大声を上げる紫姫と黒髪女。溜めていた力と生活するための最後の力が激突した。


「うぐ――」


 それからすぐ、データ・アンドロイドの体力に限界が訪れた。空中から地面へと落下し、身体の前のほうを土と衝突させる。コンクリートほどのダメージは無かったが、力尽きる寸前のダメージ。コンクリートも土も関係なかった。


「……殺してくださゐ」


 体力が完全に底をついたわけでなかったから、データ・アンドロイドは最後の気力を振り絞って言った。紫姫は稔からどうするか指示を受け取る。黒髪が殺すなんていう物騒な展開を百パーセント望んでいた訳ではなかったこと、データ・アンドロイドがまだ生きていることを踏まえ、紫髪は主人の第二案を採用した。


「我は貴台を殺さん。だが、眠ってもらう」

「それつてどうゐう――」


 紫姫がそう言ってすぐ、彼女の隣には赤髪が現れた。それを合図に笑顔を見せてデータ・アンドロイドの頭を撫でる紫髪。黒髪女の顔が綻んできたのを見て、ラクトも笑みを浮かべた。しかし、それは魔法使用の合図でもある。


「紫姫?」

「少し待ってくれ」


 紫姫がラクトの魔法使用を拒んだ。何をするかと思えば、紫髪は黒髪女と握手している。十五秒位でようやく気が済み、精霊はデータ・アンドロイドと手を離した。二人の顔に笑顔を浮かぶ中、ラクトは心を鬼にして魔法を使用する。


「ごめんね、紫姫」

「ラクトは悪くない。頼むから謝らないでくれ。じゃないと我は――」

「泣きたいときは、思いっきり泣いていいんだよ」

「……っ!」


 心地良さそうに眠るデータ・アンドロイドのすぐ横で、紫姫は堪えていた涙の粒を流した。紅眼を水色の眼に戻す暇もなく涙を流し、ついには声を抑えきれなくなってしまう。扉の向こうのデータ・アンドロイドが再起するまで残り十二分しかないが、ラクトは突き放なすことなく紫姫を抱きしめた。


「心ってのは、一見強そうに見えても脆くて弱いんだ。自分の気持ちを隠したって抑えたって、いつかは制御不能になって爆発する。もちろん感情で動くのは論外だけど、だからって感情を見せないで行動するのも違うじゃん?」

「ひっぐ……ひぐ……」

「思ってること口に出しなよ。私が全部受け止めるから」


 心がズタボロになっている相手を慰めてあげれるのは、心がズタボロにされた経験がある人だけだ。それに加えて大切な何かを失った時の痛みを知っていたから、ラクトは笑顔を浮かばせながら紫姫の台詞を受け止める。


「戦いたくないよ。嫌だよ。前線から抜け出したいよ。だってもう、誰かが悲しむ姿を見るの嫌だもん。ねえ、正義ってなんなの? 戦って弱い相手を傷つけることが正義なの? 自分の意見を押し通そうとするために相手を潰すことが正義なの? 悪が正義って、そんなの強引すぎるよ。もう、わけが分からないよ」


 普段のクールな紫姫とは別の人格が浮かび上がってきた。しかし、彼女の言葉の銃弾は止まることを知らない。紫髪は、自分の思っているありのままを息を吸うタイミングすら忘れるくらい集中して言い放った。


「この戦いでみんな負傷した。サタンもアイテイルも私も、みんなダメージを負った。稔なら私達を思いすぎて前線に出さないよ。ラクトが前線に出ることになるよ。司令官とか言って戦いを傍観してるだけじゃ済まないんだよ?」

「私は戦うことに恐怖を感じないから大丈夫だよ」


 紫姫の心の中では、涙というより怒りの感情が増大していた。


「嘘()き! それに今件だって、私が傷つくのを楽しんでたんでしょ? 言葉巧みに私たち精霊を最前線に出して負傷させて、自分ばかり楽なことやって、言葉と行動が伴ってない人って大嫌い!」

「そっか」

「一番最初に契約したからって調子に乗るな! 結婚したわけでもないくせに彼氏の行動に制限を掛けるな! 金のために風俗で働いてたくせにメスの顔見せてんな! 胸も尻も口も使用済みとか汚えんだよ! 早く別れろバカップル!」

「そうだね……え?」


 てっきり暴言を吐かれるかと思っていたので、ラクトは目を丸くしてしまう。


「家庭的で優しくて包容力があって後ろを付いて来てく上に容姿端麗とか、もう勝ち目ないじゃん! 私だって好きなんだよ! 独占しすぎだバカヤロー!」

「別に独占してるつもりは……」

「さっさと私が問題提起したことを解決して、あと十分で救出しろバカ!」

「ちょ、紫姫――」


 紫姫は目を瞑って言葉の銃弾を放ち、言いたいだけ言って魂石の中へ帰っていった。ラクト一人になったのを見て、稔がその場所までテレポートする。彼は移動してすぐ、眠りについたデータ・アンドロイドに頭を下げて敬意を表す。五秒後、黒髪は顔を上げて赤髪のほうを見る。そして、こう言う。


「残り時間はそう多くないし、最強戦力も欠けてる。けど、やるしかない」

「そうだね。せっかくここまで来たんだし、ちゃんと結果を残さないと」

「ああ、そうだ。ここに来て努力を無駄にするとか、絶対にダメだ」


 互いに頷いた後、稔とラクトは手を繋いで看守の定位置の向こうへと入る。通路も監禁部屋も普段は照明が点かない仕様だったが、自動点灯設備が整っている監禁部屋の場合はスイッチを押す必要はない。事実、データ・アンドロイドが警備に当っていた場所の向こうに頭が入った瞬間、部屋の照明が自動的に点いた。


「これはひどい……」


 しかし裏を返せば、電気が点くことで人権侵害の実態が明らかになるということ。稔もラクトも、まるで家畜のように首輪と目隠しを着けられている男達を見て絶句してしまった。罪もないのに、彼らは呻き声を上げるだけだった。


監禁部屋ここ、何人いるのかな?」

「気にすんな。バリア展開しておけば、みんな連れてテレポート出来る」

「いや、そういうことじゃなくて――」

「どういうことだ?」

「助けた後の話だよ。自由にさせたって、捕まるのは目に見えてるじゃん?」

「性別とかに関係なく、恥部を露出してれば当然のことだな」

「だから、救出後にこの人達が安心して生活できる場所が要ると思うんだよね」


 しかし、そのような場所をギレリアル国内に建設するのはコストパフォーマンス的によろしくない。パスポートも見せずにエルフィリアに入国させることにも躊躇いを覚える。だがその案は、そもそもリートの許可が下りないかぎり出来ない。けれども、他に案があるかといえば首を上下に振れなかった。


「リートに連絡を取って欲しい」

「バカ、国王に電話掛けたら驚かれるじゃん。繋ぐんだったら織桜でしょ」


 稔を半ばバカにするようにラクトは返した。黒髪は赤髪の話が理に適っていると判断し、織桜に電話を掛けることにする。でも、救出作戦と並行して行うことには無理があった。そんな中、サタンとアイテイルが魂石から出てくる。


「お前ら、負傷してるんじゃないのか?」

「遠く離れていても、戻ろうと思えば戻れるのが精霊とかサモン系の召使です」

「行くのか?」

「はい」


 そう言うと、サタンはアイテイルとともに真剣そうな顔を浮かべて頷いた。稔には引き続き魂石内で治癒していて欲しいという気持ちもあったが、彼女らの真面目な表情を見て考えを改める。嘆息を吐いた後、稔はアイテイルの左肩、サタンの右肩をそれぞれ叩いた。二人より後ろに身体を移動させ、彼は言う。


「行って来い。サタン、アイテイル」

「「はい!」」


 稔の言葉を聞いてすぐ、サタンの魔法使用宣言とともに二人は監禁部屋を飛び立った。一方、稔とラクトは残り九分で全員を救出する方針を再確認する。


「やってやろうじゃねえか」

「そうだね」


 互いに右拳を握りしめてグーにし、二人はそれを優しく相手の手に触れ合わせた。その刹那、ラクトが特別魔法を転用して使用する。敵に火傷を負わせるレベルの温度ではなく、鉄を溶かせるほど高温な熱で檻の鉄柵を破壊したのだ。人一人が入れるくらい破壊したところで、彼女はその部分を瞬間冷却する。


「稔、行って!」

「お、おう!」


 稔は破壊した鉄柵を越え、部屋で監禁されている男を救助しに向かった。

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