4-31 奪還作戦-Ⅱ
紫姫の合図から間もなく、サタンが稔の張ったバリアの内側にさらに防衛線を展開した。その数五つだ。いざとなれば精霊は魂石に戻れるが、カムオン系の召使は戻れない。相手を麻痺させるなどして距離を取りながら後退していけば戻れなくもないが、これまた精霊と違って主人の居場所を感知するのは容易でない。
また、アイテイルが相手の構造を調べるためには、安全の確保が必要不可欠である。それこそ銀髪を失うと敵の弱点を知れず、最低限を超えた火力の攻撃を出しかねない。あくまでも正義を重んじる以上は大損害に他ならないのだ。
「ラクトさんは範囲指定可能ですよね?」
「問題ないよ。だから、バリアが何個もあるのは大歓迎。アイテイルは――」
「魔法の構造を解けるほど科学は進歩してません。逆もしかりですが」
「なら、問題ないね」
自分の個性を存分に活かし、データ・アンドロイドによる攻撃から『黒白』を守る行動を取る三人。彼女らは「人権を侵害された全ての者達を開放する」という原点を忘れず、敵の攻撃を防ぐことに懸命になりながら、『黒白』のサポートにも懸命になる。
同じ頃、稔と紫姫は階段で見た一筋の光の光源を発見した。ロックが掛かっていたためにテレポートを使用して中へ入る。そこから先に部屋はありそうだったが、暗闇なので足を踏み入れようとは思わなかった。でも、一応聞いておく。
「アイテイルなら分かると思うんだが、女の子の居る部屋が俺らが居る場所だ。それで、こっから先に通路が続いてると思うんだが――人影とかってあるか?」
「解析してみます――なさそうですね。その部屋だけです」
「なんだった?」
「トイレと看守部屋でしょう。モニター、便器の材料と思しき物があります」
「そっか。ありがとう」
「いえいえ。では、お互いがんばりましょう」
アイテイルの言葉で魂石越しの会話が終わる。ラクトらが防衛線を築いてくれたことで警戒する必要が減ったので、稔も紫姫も集中して監禁されている者達を探す行動を取れた。しかし、光源があるのになかなか見当たらない。
「なんだあれ?」
人質に近い扱いと思われる男達の居場所を探し始めて一分くらい経過した頃、稔が光源から出る光では分からない位置に扉を発見した。否、正確には扉ではない。壁のような存在だ。ドアノブのようなものが一切見受けられない。
「テレポートか?」
「それしかないだろう。掴む物がないのだから、強行突破しか術は無い」
「鍵が開いている可能性は――」
「可能性はゼロではないが、一よりも低いだろう」
「……テレポート以外選択肢は無しってことか」
ここは監禁施設だ。迫害することに悦楽を覚えそうな現政権の下部組織であることから考えると、有罪ということになっている囚人たちを手違いで釈放してしまったら、政府側から非難されるのは紛れも無く事実であろう。
「しかし、なぜ貴台はそこまで警戒するんだ?」
「テレポートが使えるのは有利だけど、魔法を封じ込める魔法も存在するんだ」
「つまり、一方通行を懸念しているということか」
テレポートを封じることが可能と分かっている以上、いかにも怪しそうな扉の向こうには勢いよく突入できない。しかし足踏みしていては、ラクトらが築いてくれたバリアがバリアの意味を成さなくなる時期が来てしまう。
「だが、安心しろ。魂石を用いれば、主人と精霊はそのような魔法の効力を無視して移動可能だ。サタンかアイテイルが倒れない限り、我らは必ず脱出できる」
「そういえば、そうだったっけか」
主人は魂石内に帰還できないが、魂石を通じて場所と場所なら移動できる。二人組を作らない場合でも勝率が上がる可能性は十二分にある。自信あり気な紫姫の言葉に勇気づけられた稔は、言葉を返した後で魔法使用を決意した。
「――テレポート――」
推定距離を導き出した後、稔は魔法使用宣言をして紫姫とともに扉の向こう側へと向かった。しかし、着いた先は電気が通っていない。それどころか扉を越えるまでコンクリートで覆われていた床が、土で覆われた床になっていた。
「これ、地震とか来たら死ねるレベルだぞ……」
「むしろ、大雨の後などの地盤が緩んだ時に崩壊する可能性のほうが高い気が」
「それもそうだな」
だが、施設の崩壊リスクを考えている暇はない。今、自分たちがやるべきことは奪われた人としての権利を取り戻すことであって、仲間内でギレリアル政府の思惑を考えることではないのだ。未曾有の災害が発生した場合に監禁されている者達が見捨てられるのは言うまでもなく、『黒白』は暗闇の中を進む。
「貴台は光がなくても困らないのか?」
「やっぱり歩きづらいか?」
「そういうわけではない。元を辿れば我は機体だから、暗闇で方向感覚を掴むことは問題ないんだ。だからその、手を繋ぎたいなと思って……」
「そういうことかよ」
隣に気配を感じていたこともあり、稔は容易く紫姫の手を握ることができた。翻り、紫髪は手を繋いですぐに顔を赤くする。だが、そんなことつゆ知らず。黒髪が自分の方へ彼女の体を寄せた。手掘りの可能性が極めて高く通路が狭くなることを考慮しての対応だったが、これによって紫姫の顔がさらに赤くなった。
「カーナビ代わりに使うのはどうかと思うけど、俺らは二人で『黒白』だ。奪還作戦を早急に結ぶためにも、ここは協力といこう。……紫姫?」
「な、なんでもない……」
「大丈夫か? 突発的な熱なら特に心配することも無いけど――」
「う、うむ! 心配は要らないぞ!」
声を聞くだけで恥ずかしくなるほど、紫姫は稔を意識していた。意識しないようにしても稔のことを考えているわけで、結局は顔を真っ赤にする要素となってしまう。戦友の方向感覚を補うために手を繋いだはずなのに、自分の感情を爆発させただけで、紫姫は自身がやるべき仕事をできていなかった。
「なあ、紫姫。そろそろガイドを開始して欲しいんだが……」
「す、すまない! 人が居そうなところに案内すればいいんだよな?」
「おう。じゃ、頼むぜ」
紫姫は内心、「任された!」と返答した。稔はデートだなんて思っていなかったが、純情な紫髪からすれば地下探検はデートそのもの。深呼吸をした後、彼氏の歩くペースに合わせて壁伝いに通路を進んでいった。しかし、強い責任感で自分の恋愛感情を抑制しようとした時のこと。魂石に一報が入った。
「先輩、ご無事ですか?」
「問題ない。そっちはどうだ?」
「順調にデータ・アンドロイドを気絶させているところです。それであの、アイテイルとラクトが電気系の魔法で戦っている途中に非常用電源を見つけたのでオンにしたいんですけど……ダメでしょうか?」
「点けてくれ。それと、電源を見つけてくれてありがとな」
「いえいえ。それではまた」
魂石越しの会話を終わらせると、まず一瞬だけ通路内の蛍光灯が光った。電気供給が安定してきたところで、蛍光灯の光がブレずに点く。点灯報告の義務が無いのは、正義感と言いたいことは言おうとする稔の性格を理解しているからだ。
「あっ、わっ……」
「顔真っ赤じゃねえか。無理して作戦に加担する必要はねえぞ?」
「無理などしていない!」
「そっか。じゃ、さっさと仕事を終わらせようぜ」
そう言い今度は、紫姫を辱めるために紫髪の手を引っ張る稔。『黒白』は、左右どちらからも光が漏れていない通路を、土の壁が続くまっすぐな通路を、手掘りだと確定した通路を進む。二人が片方の手を伸ばせば二人分の場所が埋まるから、壁と扉を区別するための調査に支障はない。だが、異なる点で支障が出た。
「あれを見てみろ」
「どうかし――あれは!」
キーロック機能を搭載した扉を設置するかわりに、監禁部屋と通路を隔てる場所に居たのはデータ・アンドロイドだった。ムチムチとした身体の彼女は、笑顔を見せながら『黒白』が来るのを待っている。そんな中、黒髪黒眼で巨乳巨尻の細身女が着ている服の胸部に付けられているバッチに紫姫が気付いてしまった。
「戦闘規格……」
「戦闘規格って何だ?」
「その名の通り、戦闘をするために開発されたデータ・アンドロイドのことだ」
「つまり、戦闘狂ってことか?」
「そういうことだな」
データ・アンドロイドも機械だから、マスターと呼ぶべき存在が必要だ。だが同じようにマスターを必要としている精霊と比較すると、大きな差異点が浮かび上がる。暴走すれば戦闘狂以外の何者でもない紫姫だが、彼女はその差異点という名の《欠点》を稔に告げた。
「データ・アンドロイドは精霊と違い、電子機器の延長線上にあるから熱を帯びる。裏を返せば、熱暴走する可能性があるということだ。ではもし、戦闘能力に長けている者が熱暴走してしまったら。……あとは分かるだろう?」
「処理システムの停止――」
「そうだ。制御が効かなくなる。主人からの司令が通らなくなるのだ」
「でもそれは、精霊も同じじゃないか?」
稔の質問に、紫姫は首を左右に振った。
「精霊の場合、接吻をすれば暴走を抑制することが出来る。だが、データ・アンドロイドはそうじゃない。接吻をしたところで火傷を負うだけだ」
「つまり、残された手段は――」
「……CPUの破壊一択となる」
会話で解決できるならそうしたかった。だが、ヴァレリアとの話し合いが平行線のまま終わったことや施設への強行突入を踏まえると、相手サイドが応じてくれるとは考えられない。敵を破壊することがいかに残虐な行為か、稔も紫姫も遊園地でよく理解していた。しかし、他に取る術が無い以上は仕方がない。
「紫姫は、CPUを破壊することに異論なしか?」
「それしか手段がない以上、行使することに異を唱えることはしない」
「俺も同意見だ」
『黒白』としての意見がまとまり、稔と紫姫は真正面に視線を向けた。同頃、喜びの一報が入る。サタンの魂石から、ラクトの声で結果が報告されたのだ。
「データ・アンドロイドは気絶させておいたよ。けど、眠らせたら治癒することになる。それに魔法をこれ以上使用すると、サタンとアイテイルの魔力が枯渇する。だから、私達は撤退する。力になれなくてごめんね……」
「データ・アンドロイドを何百体も相手したんだから、休憩も必要だろ。それにそれくらいで謝るなよ。司令官なんだから自信持て、バカ」
「そっか。ありがと」
ラクトは嬉しそうに返す。自分の力不足が原因だと思って落ち込んでいた彼女からすると、稔からの「バカ」という言葉は慰め以外のなにものでも無かった。しかし同時に、赤髪には言っておかなければならないことがあった。
「でもさ、撤退すると二十分くらいしか持たないんだよね」
「……どういうことだ?」
「再起するまでの時間が二十分しか無いってこと」
「なんだ、そんなことか。心配すんな。二十分もあれば救出なんて余裕だから」
「わかった。じゃあ、頑張って」
「ああ、頑張る」
それで魂石越しの会話が終わった。ラクトらは忘れ物が無いことを確認した上で、施設の隣にあるトイレの個室――ではなく施設屋上へと向かう。狭い部屋から指示を出すより、遠く離れた場所から指示を出すより、稔と紫姫が居る場所の垂直線上から指示を出したほうが良いと司令官が判断したのだ。
「行くぞ、紫姫」
「うむ。三人のためにも頑張ろう」
同じ頃、『黒白』は戦闘規格のデータ・アンドロイドの方へ向かって歩き始めた。サタンもアイテイルも疲弊している以上、先程と同じようなヘマは出来ない。司令官が苦渋の決断を下して落ち込んでいるのを魂石の向こうから感じ取った稔は、バリアを二重にした上で中央演算処理装置の破壊に向かう。
「ようこそゐらつしやゐました。あなたたちが何を考ゑてゐるかは既に分かつてゐるので、さつそく最終確認とさせてゐただきます」
促音と拗音という概念がない喋りかたに稔は戸惑いを隠せなかったが、古文のような意味すら異なる語を用いていたわけではないので、自動的に変換できた。そんなことをしていると、データ・アンドロイドから最終確認が飛んでくる。
「私と戦う気はありますか?」
「当然だろ」
「右に同じく」
稔と紫姫が同意見であることは覆らない。それを受け、艶やかな身体をした女は嘆息を吐いてから『黒白』に告げた。そのデータ・アンドロイドは、それまでの余裕そうな顔を豹変させて二人を睨みつけている。
「ゐゝでしよう。もつとも、私があなたたちに負けることはなゐでしようが」
「臨むところだ」
会話で解決できそうな勢いだったが、二十分間でけりをつけるには無理があった。かわりに『黒白』は、気絶させる方向で戦闘規格のデータ・アンドロイドと戦う方針を再確認する。紫姫が銃を持ち、稔が砲弾を展開した頃、先に準備の整った黒髪女が攻撃を仕掛けた。だが、これは二重のバリアが弾き返す。
「なるほど」
「次はこっちの番だ。……六方向砲弾!」
声を上げて宣言する稔。砲弾はデータ・アンドロイドを襲った。しかし彼は、並行して黒髪女の行動に疑問を持つ。それは一時的に傍観していた紫姫も思ったことだった。だがその時点で、『黒白』間で共有される話題とまではいかない。
「(……なんで俺の攻撃を避けなかったんだ?)」




