4-30 奪還作戦-Ⅰ
ラクトからサングラスを生成してもらって掛ける稔。彼は、身バレしなさそうな感じに仕上がった。マスクを着ければなおのこと完璧だが、職員らを眠らせることなどを考えるとサングラスだけで大丈夫そうである。翻って紫姫は、変装開始から二分以上経て姿を現した。
「これは……」
魂石から出てきた紫姫を見てラクトは絶句した。胸では勝っているが、紫姫のほうが明らかに美顔である。軍服を着ることで分かる彼女の凛々しさは、おそらく着物を着ても同じように映るだろう。時に格好良く、時に美しく、時に可愛く――。そんな紫姫には落ち着いた服が似合いそうだ。
「監獄に笑顔を咲かせる爆薬め。変装としてこれを最後に被りやがれい!」
「軍帽?」
「うん。戦うなら、頭頂部の防御は必須だよ」
「他に思っていることは無いのか?」
「な、ないに決まってんじゃん。あは、あははは……」
明らかに嘘だった。しかし、紫姫はそういうことにしておく。監獄という危険な領域に立ち入る以上、変装も重要だが頭部を守ることも必要不可欠だとラクトの考えに同調したのだ。また、質問しながら相手の内心を読んだ結果「可愛い」と思っていることが分かり、言い返すに言い返せなかったのもある。
「さて、魔法使用といきますかね」
ラクトは深呼吸して息を整え、彼女は公園わきの実験施設の固有名詞を発す。稔のような単位による範囲指定ではなく、ラクトの場合はあくまで建物や人というものの数による範囲指定だった。彼女はその指定語句を使ってから、いつもどおりに魔法使用を宣言する。
「次は、防犯カメラの停止だな」
しかし彼は、魔法を使用する前にサタンを呼び出した。ラクトの護衛役にあたってもらうためである。いつもの二人組を作ったところで、稔は作戦通りバリアを発動させた。一方、サタンはそのバリアを複製して一時間だけ使用権を得る。同じ頃、ラクトは稔が持っていた資料の複製に成功した。
「ということで。司令部と作戦部隊、ともに頑張ろう!」
「おー!」
作戦で良い結果が得られるよう、四人は互いを励まして応援する。場の士気を最大限に高めた後で、稔と紫姫はついに個室の扉を開けた。仲間の素顔がバレないように素早く行動し、音を立てずに扉を閉める。紫髪が目を隠すように軍帽を被ると、黒髪はグラサンがズレないように調整して魔法を使用した。
「――瞬時転移、エリア・フォーティーナイン、屋上へ――」
一階ロビーに多くの人員が配置されていることを理由に、黒白はまず屋上に移動する。アイテイルの構造図で屋上に防犯カメラを構成する物質が無いことが判明しているため、声を大にすることは出来ないけれど、突入前の最後の調整をする場所としてはもってこいだった。
施設屋上に移動すると、稔と紫姫は壁に寄り掛かかった。座っても良かったのだが、紫姫がミニスカートを穿いていることを考慮して尻をつかないで済む休み方にする。しかし、紫姫はそんな気遣い気にしない。紫髪は休憩することより、ラクトから聞いた話を稔に伝えることに気を取られていた。
「エリア・フォーティーナインの名称の由来を今のうちに言っておきたいのだが――」
「大丈夫。それ、紫姫が着替えてる間に聞かされてるから」
「ならば、説明して欲しい」
紫姫の要望を受け、少し間を入れてから稔が応えた。
「男性の遺伝子であるXとYを、アルファベット順で数えた時に何番目だ?」
「Xが二四、Yが二五だな」
「これを足して四九、フォーティーナインだ。『エリア』というのは『領域』という意味で、『立ち入り禁止』という意味合いが込められている。実験施設だから闇に包まれているってことを暗喩してるとかラクトは言ってた気がするけど……どうだ?」
「正解だ。我もラクトの内心を読んでその情報を得た」
『ソースはラクト』ということで、二人とも情報提供者は同じことが判明した。けれど、いつまでも雑談を繰り広げている訳にはいかない。黒白が赤髪に依存していることを再確認した後、稔と紫姫は寄り掛かっていた姿勢を正した。突入の決意を固めた後、二人はテレポートで屋上の扉の向こうへ移動した。
「……」
「――」
黒白は慎重に階段を降りる。口を一切開かないその姿は忍者そのものだ。誰にもバレないように細心の注意を払って、二人は建物のどこからも音が聞こえない異様な雰囲気の中を進んでいく。いつの間にか、紫姫が自身の中で増大していく恐怖を和らげるために稔の手を握っていた。
「Rは屋上だから、4ってことは――下は四階か」
照明が点けられたままの踊り場には、上三角と下三角の矢印で上層と下層が何階であるかを示すプレートが設置されていた。稔はそれを見て、下層が何階であるかを確認する。一方の紫姫は、周囲に視線を配っている余裕など無かった。
「そんなに怖い?」
「お化け屋敷、一緒に入っただろ。もう忘れたのか?」
「忘れてねえよ。まあ俺、こんな時しか活躍できねえし、どんどん頼ってくれ」
「了解だ」
紫姫の声は震えていたが、彼女は稔の声を聞いて安心し手を握る力が弱めていた。しかし束の間、四階に足を踏み入れられそうだと思った矢先のこと。階段前に設置されていたシャッターが作動し、突如として警報音が鳴り響いた。
「きゃ――ふごっ!」
稔は音を察知した刹那、紫姫の口を思い切り抑えた。片方の手のやり場に困った黒髪は、紫髪がジタバタするのを警戒して腹部付近に手を当てる。紫姫の鼓動を感じ取ることは出来なかったが、稔は表面から落ち着いた様子を確認してひと安心した。だが現実とは非情なもので、そうは問屋が卸さない。
『――警告。これより、防衛ラインに基づいた作戦を決行する――』
稔は一瞬、自分の身体が硬直したのが分かった。同じ頃、司令部からアイテイルの声が魂石越しに聞こえる。黒髪が場に出した覚えがないということは、自分の意思で司令部に待機する決意をしたということ。そんな銀髪は、とても冷たい声で黒白に言った。一方、現場組は階段側と廊下側の両方に視線を向けて聞く。
「解析結果をお伝えします。警告放送が流れたのをきっかけに、ロビーから四階と地下一階に向かってデータ・アンドロイドの大群が移動を始めました」
「なん……だと?」
「そこに居ても、戦いは終わりを見せません。一か八か、地下に行って下さい」
「一か八かってどういう――」
稔が魂石の向こうのアイテイルと作戦について会話していたときのこと。目の前に紫姫の姿が見えたかと思うと、通路から第一陣が姿を現した。待ってましたと言わんばかりに、第二陣が間を開けることなく四階と三階の間の踊り場から姿を見せる。稔は即座に紫姫の拘束を解き、短くまとめて立てた作戦を話す。
「最終的に目指す場所は地下だ。けど、今はこのエリアにデータ・アンドロイドを集中させる。屋上に戻る必要はないが、まだ降りる必要もないからな」
「了解。攻撃しないほうが良いか?」
「バリアとはいえ全ての攻撃を防げるわけじゃないから、身の危険を感じた場合は躊躇わずに使ってくれ。戦闘で宝の持ち腐れとか、それ一番ダメだから」
「把握した」
頷いて答えると、紫姫は稔の背と自分の背を当てた。『空冷掃除』をすぐ撃てるように銃を構える。一方稔も、相棒の背中を守らなければならないと強く思って双剣を手にした。それから、黒白とデータ・アンドロイドとの間で睨み合いが続く。否、正確には《睨み合い》ではなかった。
「いつテレポートするんだ?」
「バリアが破壊される寸前まで持ちこたえられればそれで――」
「貴様は馬鹿か? ここで死ねというのか?」
紫姫は機巧を寄せ付ける案には賛成の立場を取っていたが、自分たちの身の危険がすぐそこに迫るまで場所を移動しないという案には賛成できなかった。
「敵を引きつけられれば、比例して地下の敵は減るはずだ。けれど、身の危険を呈してまで引き付ける必要はない。我らの作戦の根底にあるのは、国王の救出と罪なき者たちの保護ではないか。辿り着く前に傷を負ってどうするんだ?」
「それは……」
「それにもう、バリアがいつ破壊されてもおかしくないほど集まっている」
『跳ね返しの透徹鏡壁』の効力はルシファーの特別魔法でやっと壊せるくらいで、並大抵の特別魔法で破壊することは不可能に近い。しかし、敵はデータ・アンドロイドだ。ギレリアルが誇る科学技術の総力を結集させた彼女らを相手にした戦いは未だかつて経験したことがなく、どうなるか分からない。
「我は貴台についていく所存だ。けれど、作戦ミスで死にたくはない」
「そうか。なら、仕方ないな」
特別魔法がいくら充実しているからといって、稔も紫姫も一人では戦えない。ストッパーが無ければ歯止めは効かないし、力がなければ敵に勝てない。戦闘面において言えば、『黒白』は二人で一つだ。だから、意見の対立があれば合意に持っていく必要がある。もちろん、過程を踏む時間は短いほうが良い。
「急げ!」
稔は効率重視で自分の意見を棄てた。二人しか居ないから自動的に紫姫の案を採用することになったのだが、そんななかで紫髪が大声を上げる。しかし、不服を申し立てている訳ではない。彼女が大声を上げた理由は他でもなかった。
「割れるから! 早く、早くしてくれ!」
稔は魔法の使用宣言を行った。しかし、ここに来てマドーロムに来た初日と同じ障害が発生する。魔法使用のための回線が込み合い、効力発揮までに時間が掛かっていたのだ。同時、まるで神が裏切ったかのようにバリアが破壊された。
「ああもうっ!」
紫姫は作戦ミスに強い憤りを覚えた。しかし、無抵抗が意味を成すとは限らない。バリア破壊は『身の危険を感じた場合』だから紫姫は魔法使用を考えたが、それより先に稔の手を握った。理由は単純である。バリアなしの状況で稔と触れていなければ、紫姫はテレポートに同行できないのだ。
「――漆黒の蝶舞――」
だが、紫姫はこの状況を利用した。手を繋いでいる状況を利用し、彼女は特別魔法を使用する。稔のテレポートと違って場所指定は不可能だったが、距離指定の移動は可能だった。機巧との距離を稼ぐため、彼女は天井スレスレを通って三階へ下っていく。どんどんとスピートが早くなる中、ついに効力が発揮された。
二人は難なく地下一階に移動したものの、紫姫が移動速度を加速させたせいで扉に衝突してしまった。警報音が鳴り響くかと思って周囲を警戒するが、音は出ない。それどころか、『黒白』以外の息の音自体が聞こえなかった。
「どういうことだ?」
「分からない。けど、そんなことを考えても無駄だ。道は一つしかない」
「そうだな。ここもテレポートでいいのかな?」
「大丈夫だろう」
再びバリアを展開した上で、稔と紫姫はぶつかった扉の向こうに移動する。すると間もなく、警報音が鳴った。それを聞いて、四階に召集されたデータ・アンドロイド達が一気に地下一階へと押し寄せてくる。大群の足音が聞こえていた。
「いくぞ、紫姫」
「うむ」
稔も紫姫も地下一階に広がる通路を進んでいく。その途中、『黒白』は互いに犯したミスについて交互に謝っていた。しかし、謝罪を長引かせることが悪影響にしかならないのも明白なことである。だから「ごめんなさい」の気持ちは一回しか口から出さず、反省の気持ちを態度で示す。
そうこうしているうち、『黒白』はさらに下階へと続く階段を発見した。稔も紫姫も迷うことなく一目散に降りていく。踊り場に照明など点いておらず、地下ということで真っ暗だった。しかし、降りるとかすかに明かりが見えた。
「正解なのか?」
暗闇を照らす一筋の光が目に入っただけで安心感が湧いてくる。でも、注意を怠っていいわけない。稔が前方に注意を払う一方、紫姫は後方に銃を向けて敵の襲来を警戒した。『黒白』はそのまま階段を降り、地下二階の床に足をつける。
「後ろは大丈夫か?」
「今のところ問題ない。だが、ここが最下層であることは確かだ」
「そうだな。ここまで大群に攻めこまれたら、バリアが持つかは分からない」
常に一歩先を考える二人。自分の判断ミスを反省し、『黒白』は相棒を思って周囲の警戒と状況の理解を徹底する。稔は並行して、踏み込んだ先の地下二階の構造をアイテイルから聞き出していた。彼女によれば、監禁場所はここらしい。
「すまぬ。声を静めてくれないか?」
「わかった」
ようやく国王が監禁されているかもしれない最下層に潜入できたかと思うと、紫姫は稔に息以外の声を出さないように頼んだ。紫髪の行動をもとに黒髪は予想される結果を導き出し、『黒白』は厳重警戒体勢に入る。と、次の瞬間――。
《――ロックオン――》
先陣を切って突入してきた一体はそう言い、稔が張ったバリアに向かって突進してきた。『黒白』は確かに強力なチームだったが、入っているソフトの統一されたデータ・アンドロイドと比較すると見劣りする。
「なんだよ、あの大群……」
四階に居たはずのデータ・アンドロイドが、うじゃうじゃと地下二階に集まってきていた。光源があるため、彼女らの視界には稔と紫姫の姿が映る。軍事特化モデルの場合はこれに赤外線カメラ機能が追加される訳だから、『黒白』の勝ち目はさらに薄れる。それゆえ、撤退も視野に入れなければならなくなってきた。
「要人の救出をすぐ目の前にして、紫姫は護身を理由に戦闘から離脱するか?」
「無理だ。一時撤退はあっても戦闘離脱はない」
紫姫は自信満々に答えた。深呼吸した後で、彼女は稔に問い返す。
「ならば我も問う。貴台は、相手の性別で攻撃を弱めるつもりはあるか?」
「こういう状況なら別に決まってんだろ。男とか女とか関係あるわけない」
「ああ、そうだな」
魔法をもってでしか相手の攻撃を鎮めることが出来ない状況では、実力でねじ伏せるのは困難に近い。データ・アンドロイド側が会話に応じてくれる可能性は皆無に等しく、残された希望は強力な魔法攻撃を相手に命中させることのみだ。
「本気で息の根を止めにいく。――それでいいか?」
「おいバカ、敵を殺すな。俺らは気絶させるのを目的としている」
透明なバリアが張られているのを理由に、稔と紫姫が先の作戦を考えていた時である。黒髪の肩に柔らかく温かな感触が伝わった。顔だけそちらの方向に向けてみると、そこにはサタンの姿。彼女はニッコリと笑みを浮かべた。
「ロボットに対抗できるのはラクトさんくらいです」
「それはつまり……」
「そういうことだよ」
「ラクト、お前……」
大まかな作戦を立てただけで実行に移させた点は司令部の反省材料だが、こうなってしまったら総員で頑張るしかない。司令部サイド三人はラクト主導で変装し、サタンが地下二階まで連れてきた。
「稔、紫姫。救出作戦は二人に任せた」
「「了解!」」
ラクトが右手の拳を前に出して言うと、威勢のいい声が『黒白』の口から発された。現場サイドから稔が代表して同じく右手拳を前に出す。皮膚と皮膚が触れると、彼氏と彼女の顔には笑顔が浮かんだ。それを合図に、紫姫が言う。
「――戦闘開始――」




