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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-26 論戦

 顔を綻ばすヴァレリアの様子を見て、稔の堪忍袋の尾は切れてしまった。


「それでも貴女は国家元首か! 他国の象徴を侮辱するような行動が明るみになったらどうするつもりなんだ。貴女には常識というものを知っていただきたい」


 席を立ち上がって持論を訴える稔。国王とともに発展してきたエルフィリアの歴史を蔑ろにするような話を聞いて、吠えずにいられなかった。これに対し、ギレリアルサイドは国家元首への侮辱行動を取った理由を話す。


「あなたにエルフィリア王国への愛国心があるのは良く分かりました。でも、エルフィリアがギレリアルを攻撃できますか? いくら正論であろうとも、力で決まる世界なことに変わりは有りません。あなたこそ常識を知りなさい」


 約二千万人の人口と約十六億の人口が戦った時、どちらが勝つかは目に見えていた。データ・アンドロイドを増産することでも戦力補強に繋がる。所持している兵器の種類にも差があった。


「国家元首への侮辱なんて小さいことでしょう。そもそも君主制を敷いているのが間違いなんです。王族の血を引いただけで一生の生き方が変わるんですよ?」

「それは――」

「生まれても、入学しても、歳を取っても、メディアに追い掛け回される人生が待ってるんです。思想だって自由に持つことが出来ないし、言論の自由はない」


 あながち間違いではないが、ここでラクトが横槍を入れた。


「確かに終身ではないですが、それは国家元首になった者全員が踏むことです」

「そうでしょう?」

「でも、あなたが『思想の自由』や『言論の自由』を訴えるとは滑稽ですね」


 ラクトはそう言い、自信満々になったヴァレリアを上げて落とした。金髪の顔に浮かんでいた笑みが一瞬にして消え、一気に真剣な表情に変わる。


「男性蔑視を是とする考えを国民に強制し、自身の考えに反するデモや出版を規制する。これを大統領命令で出すような貴女に、自由を語る権利は有りません」

「しかし、データ・アンドロイドの発明は高く評価されていますよね?」

「そうですね。しかし、これも元を辿れば蔑視を是とする考えから来ています」

「……何か問題でも?」

「問題しかないです。問題提起されないのが問題です」


 劣等感などを原動力に画期的な製品の開発にあたるのは、決して悪いことではない。それを仕返しの手段として用いなければ、それだけで高評価に値した。データ・アンドロイドによる迫害を用いた女性専用国家建設計画が悪いのであって、生まれた機械自体は悪くないのと同じである。


 そんななかで、ラクトはある質問をした。稔に協力を依頼するとゼロコンマで首を上下に振ってくれたので、二人でシチュエーションを再現する。


「この机を車道とした時に私が車道側を歩いているとしたら、この人は悪い?」

「大悪党ですね。配慮が全くされていない。きっとレディーファーストの意味を知らぬ、生殖にしか眼のない可哀想な豚野郎なんでしょう」


 ヴァレリアの答えに、ラクトは思わずニヤけた。


「まず、ブタの知能はヒトの三歳児と同程度です。それと、レディーファーストが受けられないのは、その人が気品のない男みたいな女だからです」

「……」

「生殖にしか眼のないと仰いますが、そもそも生物は子孫を反映させることを人生最大の目標としています。ヒトは理性でそれをコントロールしていますが、ストッパーを解除すれば所詮は動物。だから性欲があるんです」

「性欲なんて欲求は要りませんよ」

「なら、これをどう説明するんですか?」


 稔の胸ポケットからスマホを取り出すとロック画面を解除してフォトアプリを起動し、ラクトはそこに出てきた欲求処理用道具と詳細説明の文章を見せた。メイドイン・ギレリアルと書かれたそれを見て、ヴァレリアが目を丸くする。驚く大統領の顔を見て、稔が横槍を入れた。


「これを見て、どうみてもリアル過ぎると思わないのか? しかも――」


 スクロールした先に表示されたのは『文化省許可済』の文字。それを見て、稔は言い返せずに拳を強く握るヴァレリアを鼻で笑った。一方ラクトは彼氏による補完攻撃の存在を改めて理解し、連携プレイを開始する。


「ギレリアル連邦では法律で性的興奮を高める道具を規制しているそうですが、その規制を行っている役所から許可が降りているのがこの商品なんです」

「この商品を見て、大統領はまだ『性欲なんて欲求は要らない』と詭弁を吐くつもりか? 見ろ、商品説明文に『現物を加工しました』と明記されている」


 もう一度ヴァレリアの言い分を指摘する稔。彼氏の補完と彼女の補完が上手く噛み合い、相当なダメージがギレリアル政府側に入った。ヴァレリアたちは、言い返したくても言い返せないまま攻撃を喰らい続ける。


「異性を蔑視するのは個人の自由ですが、それを態度とか行動で示すのは間違っています。ましてや政府主導で偽りの正義を常識化するなど言語道断でしょう」

「偽りの正義? なにを根拠におっしゃられているんですかね」

「……というと?」


 反撃できそうだと思ったのか、ついにヴァレリアが自信ありげに言い返した。そう簡単に論破されることはないと稔が首を傾げる。一方のラクトは特に行動を取ることなく神妙な面持ちを見せていた。


「生む側は必要だが、生ませる側は必要ない。生ませる側を生む側に回すことが出来れば性的犯罪の抑制に繋がりますし、ハラスメント防止にも繋がります」

「おいおい、ヴァレリアは詭弁製造機か何かなのか?」


 稔は嘲笑しながら言葉でも相手を煽っていく。もちろん、反論も伴っている。


「まず、男の性欲と女の性欲は言葉こそ同じだが全く異なっている。女の性犯罪が少ないのは性交渉に心の繋がりを求めるからであって、身体の付き合いを求めないからだ。妊娠のリスクが有る以上、無闇に出来ないケースも多いと思う」

「そうですね」

「逆の場合、こちらは子孫繁栄の為にチュートリアル時から性欲が入っている。多くの子供が欲しいから、心より身体の繋がりが欲しいから、比較的男のほうが女より性欲が強い。妊娠のリスクもなく、体力さえ有れば何度もできる」


 隣席のラクトが大きく頷いていたのを見て、稔は「そうだよな……」と数日前の事を思い返して深く反省する。しかし、ここで論戦から離脱するわけにはいかない。補完関係によってここまで攻撃したことを思い返し、稔は再び口を開く。


「となると、男を女に転換させる政府主導の政策を良策というのは無理がある。例としては、元男が痴漢犯罪を起こしたケース。そういうのは無かったか?」

「それは――」

「どうなんですか?」


 ラクトが黙秘しようとするヴァレリアを追及する。大統領は根から答えたくないらしく俯いてしまった。だが、それを見たメイドが代わりに回答する。


「ありました」

「ベイリーは黙っていて頂戴! 貴方が出る幕は無いのよ!」


 それまで『お淑やかフェイス』だったヴァレリアが怒りを露わにした。顔を真っ赤にした状態で机を叩く様子からは、ドメスティック・ヴァイオレンスをしそうな感じがひしひしと伝わってくる。すると、次の瞬間――。


「もう良いわ! お茶注いできて頂戴!」

「……っ!」


 怒鳴り、ヴァレリアはカップに入っていたお茶をベイリーの顔にぶっ掛けた。入っていたのは熱いお茶だったようで、メイドは掛けられた部分に手を当てる。目の前で起こった秘書への暴行を見て、稔とラクトは唖然としてしまった。しかし、正義を重んじる黒髪は口を閉ざしたままで居られなくなる。


「ついに本性を現してきたか、ヴァレリア」

「今のはベイリーが悪いのよ! 私が行使したのは正当な権利じゃない!」

「説明を放棄して相手を傷めつけるのが正当な権利だと言いたいのか?」

「強引な解釈はやめてちょうだい。そんなことをしたつもりはないわ」


 ヴァレリアは必死に反論したが、それはむしろ自分の首を締めるものとなった。稔に代わって、ラクトが相手を嘲けり笑った後にこう言い返したのだ。


「貴方が『強引な解釈』などと仰れると、聞いていてアホくさくなります」

「強引な解釈をした覚えは無いわ!」

「『国民』という文言を『女性』と同義の意味にしたのは貴方じゃないですか。それでも『強引な解釈をした覚えはない』と仰られるんですか?」

「……」


 黙りこむヴァレリア。一方、ラクトは持論を展開して真正面からぶつけた。


「私たちと会談する前の話と違うという意味なら、『ふざけないで』とベイリーさんの発言を批判するのは分かります。しかし百歩譲っても、貴方が秘書に熱湯を掛けたのは許せません。『説明を放棄した』というのは至るまでの状況によって正否が異なりますが、『相手を傷めつけた』のは確かではないのですか?」


 話と違うから怒った、というのは良くある話である。しかし、その理由で相手を殴るのは正当化できない。赤髪の正論に、ヴァレリアは論理的に反論できないほど追い詰められていた。そのため、大統領は相手を揺さぶる方向に持ち込む。


「貴方は元男の肩を持つの?」

「元男だから何ですか? 私は被害者を擁護しているだけに過ぎません」

「見損なったわ。貴方は男と同じで、汚らわしくて臭くて思いやりの心もない」


 これに稔は激怒した。


「汚らわしい? 生娘じゃないから汚いとでも言うのか! 臭い? お前のほうが香水臭くて不快だわ! 思いやりの心もない? 俺の話を補助してくれてるこいつに思いやりの心が無い訳ないだろ!」


 ロビーで会った時から稔は、香水の臭いが強すぎていい匂いではなく臭いニオイがすると思っていた。なにせ、隣席に居る彼女のほうがいい匂いなのである。香水をつけるのは自由だが、つけすぎると誘惑するどころか引かれてしまう。しかしヴァレリアは、稔が発した言葉を受け入れられない。


「香水臭くて不快って、あなただってワックスつけてるじゃない!」

「いやいや、無臭のワックスですけど?」

「嘘よ!」

「そこまで否定するなら、嗅いでみたらどうですか?」

「嫌に決まっているじゃない! 汚らしいのに近づける訳ないでしょう」

「なら、『嘘』と言う証拠がありませんね」

「それは貴方も同じでしょう!」


 机を叩いて言い返すヴァレリア。稔は「言い返せない……」と苦い表情を見せる。それを見て、大統領はわずかながら論破できる希望を見出した。だが――。


「こちら、その現物と魔法使用履歴です」

「なんですって……?」


 稔はすぐさま反論できて当然のような顔をしたが、内心では「そんな機能あったのかよ!」と驚いていた。実戦経験は豊富だが、まだ初心者である。そんなことを改めて知り、思わずラクトが笑みをこぼした。一方稔は、自分の方に顔が向けられていたこともあって「可愛いすぎる」と素直に思う。


「そんなの嘘よ……」


 同じ頃。無臭香水の使用が浮き彫りとなったことで、ヴァレリアがまた下を向いた。ラクトは魔法を用いて物を作る際に使用目的を記録するマメな性格で、また魔法を使用した時刻も表記されていたこともあり、決定的な証拠となった。


「これでも嘘と言いたいのなら、ぜひ嗅いでみてください」

「出来る訳ないじゃない!」

「そうですか。では、貴方の負けです。諦めて本題に戻りましょう。あれ、本題って詭弁製造機さんの負けでしたっけ?」 

「もう許さないわ! あなたたち、エルフィートのくせに生意気なのよ!」


 煽りを真に受けてブチ切れる大統領を見て、論破したことで逆ギレしているヴァレリアを見て、稔もラクトも満悦だった。だが、それは一瞬で終焉を迎える。


「私の政策に異を唱える者は全員消えてしまえば良いの!」


 怒号を叫び散らす大統領。すると刹那、ラクトがバリアを展開するよう指示する。その動揺っぷりを見てタダ事じゃないと察し、黒髪は要求を受け入れる。


「――跳ね返しの透徹鏡壁バウンス・ミラーシールド――」

「――生屍の楽園(ゾンビ・サバイバル)――」


 バリアが発動すると、その寸秒後にはヴァレリアも魔法を使用した。バリアによって攻撃を弾くことには成功したが、魔法の効力は消せなかったようだ。ベイリーの様子が急変している。しかもそれは、生きた屍――つまりゾンビだった。


「ゾンビよ狂いなさい! 本能の赴くままに狂ってしまいなさい!」


 そう発すると、ヴァレリアはテレポートのような移動技を使って何処かへ消えていった。その直後、施錠されていたはずの会議室の扉が破壊される。同じ頃、ラクトが重大な事実に気付いた。


「あれ、バリア消えてる……?」

「嘘……だろ?」

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