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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-25 大統領官邸

 もう恒例となったが、大統領官邸の中ではなく建物前に二人は姿を現した。転移した地点は厳重な警備が敷かれている場所が横断歩道の向こうにあるような場所で、地面がアスファルトなことから歩道の一部だと分かる。


「稔、なんか普段より爽やかになったね」

「ありがとう。ラクトは、元首と会うのに口紅つけないところが好印象だな」

「いや、似合わないだけ。髪も瞳も赤なのに、唇まで赤はないでしょ」

「そういう理由か」

「実際はメイクが簡単だからってのもあるけど」

「けど、素材を生かした味付けだから似合ってると思うぜ」

「バカ」


 褒められて嬉しい気分になったラクトだが、言葉で表すのが恥ずかしくて口から吐いてしまう。一方稔からすれば、こうなるのは分かっていたようなものだ。彼女から返ってきた答えに微笑を浮かばせる。


「そういやお前、身長高くなったな」

「ヒール履いてるからね。あんまり高いと足に負担だから低いやつ履いてる」

「そっか。まあなに、ファッションも良いけど健康が第一ってことか」

「そういうことだね」


 自分の趣味嗜好に大量投資することは間違いではない。それによって日々の生活に自分らしさをプラスできる。しかし、やはり健康が第一だ。健康に害が無いレベルで自身の魅力を最大限に生かすことが重要である。


「てかさ、やっぱりヒール履くと身長差縮まるよね」

「悪かったな、低身長で」

「ううん、むしろドント・ウォーリーだよ。普段よりも身長差が少なくなったことで、こうやって頬ずりできるじゃん」


 頬と頬が触れ合う。サテルデイタの街が銀世界になっていれば話は別だが、現在の気温は二四度くらいだ。言うまでもないが雪は降っていない。春季や秋季の心地よい暖かさといったところである。そのため、頬が触れると熱を感じる。


「……お前、頬辺ほおべた熱くね?」

「恥ずかしいの我慢してるから仕方ないじゃん」

「可愛い奴め。やりかえしてやる!」

「私より全然熱くないとか、なんかムカつく」

「怒ってる表情も可愛い」

「うるさい」


 稔とラクトがじゃれ合っている様子はどう見てもバカップルであるが、こういう風にしていられるのも許可証を所持してるから。しかし首から掛けている訳ではないので、ショッピングセンターの悪夢(コーラシャワー事件)が歩道上で再び発生する可能性は否定出来ない。


 しかし稔は、大統領官邸前の交差点に至るまで職務質問を受けなかった。首都である以上に観光都市だからなのか、サテルデイタ市内で起きる不当な性差別は少ないようだ。とはいえ、官邸前では性別関係なしに一時停止命令を受ける。


「君達、ここへ何をしに来た?」

「ヴァレリア大統領との会談をしに来ました」

「あなたがたが閣下の仰られていた訪問団でしたか。大聖堂での件は本当にありがとうございました。政府も軍隊も、あなたがたの行動を賛美しております」

「そんなに褒められるようなことはしていませんよ」

「あなたがたは非常に謙虚なのですね」

「そういう者ですので」


 警吏の言葉にそう稔は返した。また彼は、赤髪の耳元で誤翻訳を指摘する。


「今のは『あなたがた』じゃなくて『あなた』じゃないのか?」

「そうかも。ごめん」

「いいよいいよ」


 英語が完璧に話せる訳ではないためラクトのことを批判できなかったが、今後も誤翻訳が続くと会談に支障が出るのもまた事実である。信頼できる通訳者だからこそ頑張ってほしく思い、激励も込めて稔は指摘した。それゆえ、弱いところを何度も突くような卑劣な攻撃はできない。


「来賓のお二方、お話は済まされましたか? であれば、閣下より『ボディチェックを受けさせよ』とのご命令を頂戴していますので、許可証若しくはパスポートのご提示及び危険物所持の有無の確認をさせて頂きます。宜しいですか?」


 警吏の質問に対して二人は同じタイミングで頷いた。それからすぐ、稔がパスポートを提示する。主人と召使の顔が一致しているのを確認した後、警備担当者は返却した。続いて、ボディチェックに移る。


「危険物を所持していないか確認させて頂きます。ジャケットを脱いで下さい」


 指示通りに服を脱ぐ稔。ジャケットを綺麗に折り畳めない程ではないので、彼は警吏が持ちやすいように脱いだ上着を畳んで渡した。それをプレスしても異物が混入している感じが全くないため、警備担当者は次の段階に移行する。


「続いてボディタッチによるチェックになりますが、興奮なさらないようにお願いします。そちらの女性は、今のうちにワイシャツ姿になられて下さい」


 警吏の言葉でラクトがジャケットを脱ぎ始めた。しかし赤髪の上着には胸ポケットしかないため、脱ぐ必要は無いように思える。でも彼女の双丘は凄い大きさなので、谷間に巻物を隠せなくもない。拳銃だって隠せてしまう程だ。


「ここまで柔らかい拳銃を触ったことないのですが、これは何ですか?」

「それ、拳銃じゃないです。そこはいいので、早く下に手を向かわせて下さい」


 警吏は性知識を持っていてわざとやっているのか、それとも何も知らず局部を念入りに撫で回しているのか。稔は警備担当者の頭のネジが外れているのか否か知りたくなったが、まずは言葉で対応した。


 そもそも男が痴漢だと訴えてもギレリアルの警察は聞く耳を持たない。「迷惑している」と訴えても「嫌じゃないくせに」と笑って追い返されるのがオチである。だからといって、暴力を振れば負けは確実だ。法律界は女尊男卑である。


「では、これはなんなんですか?」

「少なくとも危険物ではありません。早く他の部分を調べて下さい」


 稔は澄ました顔で言ったが、そのとき局部には激痛が走っていた。握り潰されてもおかしくない力でガシっと掴まれ、大根を引き抜くように引っ張られたのである。もう少し力が強ければ、黒髪は悲鳴を上げていたに違いない。


「危険物ではないとすると、これはなんなんですか?」

「(しつこい……)」


 稔は笑顔を見せると苛立ちを加速させた。そして、「こいつは分かってやっているんじゃないか?」と思ってしまう。しかし、警吏の顔を見る限りは純粋そうな二十代の女性にしか見えない。――と、その時だ。


「耳を貸してください。貴方が握ったそれが何かをお教えします」


 ラクトがフォローに回った。赤髪は警吏のほうに近づき、耳元で警備担当者が執拗に触っていた物の正体を丁寧に話す。すると稔のソレを触った女性は、ソレの存在を知らなかったようで一気に顔を紅潮させていった。


「(これだから性知識の無い人は……)」


 内心そんなことを思いながらも、稔は一切嘆息を吐かない。彼はただ、優しそうに笑みを浮かべて警吏を見ている。しかし刹那、ラクトから本当のことを聞かされた警備担当者が怒りを露わにした。その攻撃は、理不尽にも稔の頬に入る。


「汚ねえ物触らせてんじゃねえよクソが! 百回死ね!」

「……っ!」

「いや、そっちが勝手に触りだしたんでしょうよ。なに逆ギレしてんの?」

「てめえも百回死ね! このクソアマ! ビッチに子供を産む権利はねえよ!」

「いぎっ……」


 稔は平手打ちを喰らい、ラクトは腹パンを喰らった。しかし黒髪は、彼女が殴られている姿を黙って見過ごせる男ではない。警吏から追加攻撃が来た時、彼は赤髪のことを優しく抱き寄せた。そして、片方の手で相手の攻撃を止める。


「残念……だったな!」


 しかし、相手はグーパンチを二度繰り出せる。だが黒髪は、これに関しても効力を消し去った。ラクトのことを官邸の敷地と歩道を隔てる柵に座らせ、もう片方の手から受けそうになったパンチを躱す。だが、テレポートした訳ではない。


「謝罪しろよ」

「何を謝るんですか? 勝手に触ってきたのは言うまでもなく貴方です」

「だったら始めに抵抗しろよ! 追っ払えよ!」

「俺は美女を傷つけるほどの男じゃないです。だから追っ払うことも、抵抗することもしませんでした。それに、手を出したら負けじゃないですか」

「負けなんかじゃない! 抵抗するのは認められてる!」

「そうですか。なら、一切文句言わないでくださいね」

「いいだろう」


 そう発して寸秒、稔は一瞬で警吏を一回転させた。ひざかっくんで相手の体勢を崩して無防備になった女性の顔を押し、地面に落下しないように注意して棒なし逆上がりをさせる。そのまま一周させ、稔はゆっくりと地面に足を着かせた。一方の警備担当者は、一瞬の出来事に動揺を隠せない。


「今、一体何が起こって――」

「知りたいならもう一発受けますか?」

「遠慮します!」

「そうですか。では、ボディチェックの続行をお願いします」


 警吏は怯えた様子で、稔の局部より下に拳銃などが隠されていないかチェックしていった。靴まで念入りに調べ終えると、これまた怯え声でその旨を告げる。


「お、終わりました……」

「ありがとうございます。あと、安心して下さい。俺は『抵抗するのは認められている』と貴方が言ったから抵抗の印に一発喰らわせただけであって、同じ攻撃を何度も繰り返したりはしません。誰かと戦いたくないので」

「そ、そうですか」

「はい。なので、怯えず業務に復帰して下さい」

「わかりました」


 警吏の怯えように稔はやり過ぎ感を覚える。しかし、ひざかっくんから一回転までの一連の流れは痛みを覚えない攻撃技になっていた。加えて、警備担当者が「いいだろう」と言って話を呑んだのは紛れも無い事実である。


「あ、あの、ボディチェックさせて頂いて宜しいでしょうか?」

「どうぞ」


 拳銃などを用いて抵抗することも出来たが、このままでは勝ち目が無いと判断して警吏は業務に戻った。自分勝手に暴力を振るったことを深く反省し、警備担当の女性は早く優しく丁寧に検査を進めていく。


「終わりました。不審物なしです。どうぞ、お進み下さい」


 警吏は敷地内へと続く道を開けた。女性は二人が通過するときに黙って頭を深く下げ、通り過ぎると普段通りの職務に戻る。黒髪から一発入れられたことで正気に戻った警備担当者は、いつも以上の集中力で官邸周辺の警戒を再開した。しかし並行して、集中力が削がれるような胸の締め付けを感じる。


「(この想いは一体……)」


 何の感情かはわからなかった。しかしそれは、学生時代に置いてきた何かに近い感情。一瞬だけ振り返って移動中の稔を見ると、警吏は忘れ去った青い春を取り戻した。道路側に顔を向けると、目を瞑って大きくため息を吐く。


「(叶わない恋、か――)」


 

 一方その頃、稔とラクトは官邸入口に到着していた。報道局政治部の記者がどこにも居ない反面、レッドカーペットの開始地点にはヴァレリア大統領の姿。彼女は二人を笑顔で出迎える。口を開くと、優しい声で大統領は発した。


「早かったですね」

「そうですね」

「まあいいです。では、会議室に向かいましょう。私が引率致します」


 ほぼ横並びの身長の三人は、それ以後会議室まで会話無しに進んだ。楕円形のテーブルが中央に置かれた会議室に入室すると、ヴァレリアの秘書が稔とラクトを出迎える。もちろん女性で、彼女はメイド服を着ていた。


「すぐにお茶を淹れますので、どうぞ好きな席にお座り下さいませ」


 秘書はそう言ってポットが置かれた机の方へ移動する。同じ頃、稔とヴァレリアが対面の席に座った。稔の右隣にラクトが着席する。まだ飲み物は出ていないが、色々と話したかったヴァレリアの意向で会談はすぐに始まった。そんな中で一番最初に振られた話題は、絶対に聞き逃してはいけないものだった。


「私は、あなたがたが訪れている理由を見抜いています」

「え?」

「エルフィリア国王の即時帰還要求ですよね? そんなの知ってますよ」

「なら、どこに居るんだ?」

「不明です。だってもう、人間じゃありませんから」

19日まで不定期更新とさせていただきますが、ご了承下さい。

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