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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-22 ぶっかけ牛丼 特盛

 データ・アンドロイド喫茶を楽しんだ稔とラクトは、フードコートに向かうためにテレポートした。だが、飛んだ先で誰かを跳ね飛ばしたら大惨事である。それこそ家電量販店から一分見積もれば十分なので、二人は『関係者以外立入禁止』の看板があった扉の目の前まで距離指定で移動した。


「昼飯、何食べる?」

「サンドイッチとかハンバーガーとか」

「おお。やっぱりアイス食べちゃったから、あまりお腹に入らないよね」

「そういうものか?」

「そういうものだよ」


 口でこそ言うものの、現時点の空腹感は「牛丼大盛を食べられないこともないかな」というぐらい。ラクトの好物であるアイスは別腹だった。しかし、どうしても恋人の前では謙虚になってしまう。


「でも、食べないよりは食べたほうが健康にいいぞ? 食べ方綺麗だし」

「いやいや、絶食する訳じゃないって。普段よりちょっと減るくらい」

「それならいいんだが」


 そんな会話をしながら、二人は扉を開けて家電量販店内の通路を通ってフードコートへ向かう。店舗を出てショッピングセンターの通路に来ると、稔とラクトは来た道を戻ってエスカレーターで三階に上がった。すると、その時である。


「あっ……」

「腹の虫は素直だな」


 一気に顔を赤らめていくラクト。彼女の恥ずかしがる顔を見て、稔はクスっと柔らかに破顔した。赤髪が言っていた話と腹の虫が「ぐう……」と音を鳴らして空腹を訴えているのとでは正反対なので、彼は笑うと同時に可愛らしく思う。


「ラーメンでも牛丼でも、女の子が食べてるからってバカにしないよ?」

「大盛頼んでもいいの?」

「男の胃袋なめんな。俺の場合、特盛程度なら普段から余裕」

「私が大盛りを頼んで並の量くらい食べれば、残してもいいってこと?」

「そういうことだ」


 頷いて稔が言うと、顔を赤らめていたラクトが少し稔のほうに寄り掛かった。


「じゃあ、特盛と大盛を頼むことにする」

「ちょっと待て。俺も大盛だ。昼から特盛は重すぎる」

「さっきは余裕とかほざいてたくせに」

「これは食費を考えての行動だ」

「見え見えの嘘を吐いてもバレるよ?」

「なら、特盛を頼めばいいのか?」

「だって、大盛ってご飯が増えただけで肉の量変わらないし」

「それ先に言えよ……」


 大盛と聞くと沢山の肉と米飯が入っているように思われがちだが、実際はご飯が増えているだけで肉は増えていない。もちろん、大盛の他に肉増し等の選択肢があれば話は別だ。しかし、肉もご飯も増えるのは特盛からである。増えた分だけ値段も上がるので、昼飯代が少ない夫は大変だ。


「要するに、肉を貰いたいってこと?」

「誠に恥ずかしながら」

「分かった。じゃあ、特盛と大盛な。金は俺の所持金から引いてもらえれば」

「食費で一万円飛ばす気?」

「そうなっても、俺は別に構わないな。食べ物は買えても、恋愛は買えないし」

「……くっさ」

「うるせえ」


 稔は反射的に汚い言葉を発してしまったが、これぐらいで二人の仲は傷つかない。言ってから彼女の様子を窺っていると顔の紅潮がぶり返してきたので、「くっさ」というラクトのコメントの裏に照れ隠しが含まれているのだと理解する。でも、いじりすぎるのも可哀想なので、稔は話題を変更した。


「ここで待機してて運ばれてくることは無いし、早く注文しに行こうぜ?」

「そうだね」


 返答直後、赤髪は寄り掛かっていた体勢から歩きやすい元の体勢に戻す。準備ができたサインとしてラクトが稔の手を揉むと、すぐに歩くペースを合わせて歩き始めた。二十分くらい前に見た景色と全く変わらない道を進み、フードコートへと入る。だが、正午近いということでフードコートは満席に近かった。


「残席無いよな」

「テイクアウトで良いんじゃない? 公園とか見つけて食べるのも一つだよ」

「別に暑い訳でもないし、そうするか」


 即決したあと、二人はフードコートの入口から直線距離で一番離れた場所に店舗を構える牛丼屋へ向かった。自動翻訳する魔法は使用者の練度が高ければオン・オフ切り替えられるようで、オフ状態の移動中、稔とラクトが世間話しながら歩く姿にフードコート内の客達の視線が注がれた。


 いや、注がれた理由は言語が違うからではない。稔の後方からハイヒールを床に打ち付けて大きな音を立てながらスーツ姿の女性が近づいてきたかと思うと、次の瞬間、彼女は注視された理由を行動で示した。


「冷たっ……」


 髪の毛にひんやりとした感触を覚えた刹那、稔の首に冷涼な液体が付着した。服に手を回してみると水気を帯びている。同時、ラクトが心配して「大丈夫?」と問い掛けた。これに稔は、「ハプニングが起こったんだろ」と笑って返す。もちろん本音ではないが、黒髪は怒りを抑えて建前で話を進めることにした。


「どうされましたか?」

「コーラを零してしまいました。ごめんなさい……なんてねッ!」


 真顔になると、女は紙コップの中に入っていたコーラの残りを稔の顔にぶっかけた。防衛能力として黒髪は咄嗟に目を瞑る。しかし、いつまでたっても顔面に水気を感じない。うっすら目を開けてみると、目の前には赤い髪の毛があった。


「すみません。あなたに対して、私の彼氏が何かしましたか?」

「ええ。汚い声を聞きました。汚い顔を見ました。身の毛がよだって堪らないから、蛮人にコーラを掛けたんです。貴方に更生してもらうためにも」

「何を言っているんですか? 彼はギレリアルの人間ではありません。というか貴方、私にコーラを掛けましたよね? 零したなんて嘘っぱちでしょ?」

「だから、なんなんですか? 人外に危害を加えても問題なんかないんです」

「動物を虐待することが許されるんですか?」

「それは許されません。しかし、人は人権という概念がありますから、これが認められていない人外には虐待することが許可されているわけです」


 ヴァレリアが憲法を改悪した結果、人族ヒュームルトが事実上は女のみの種族となったのは書店で見た本で確認している。しかし人族の男の扱いが動物より格下、奴隷に近いとは初耳だった。しかし、稔は人族ではない。


「そうですね。しかし、彼は人族ではありません。隷族エルフィートです」

「そんな嘘には騙されません。証拠を出してください」


 女の反論に対し、ラクトの右隣に出て稔が言った。


「これだ」

「人外は黙って――え?」


 稔が取り出したのはパスポートだ。説得力を高めるため、空港で許可を得ていることを証明するページを開いて見せる。目を丸くする相手に追い打ちを掛けるように、間を挟むこと無く顔写真の入った裏表紙を見せた。エルフィリア国王の印が押されているのを確認し、敵に回した相手の立場を理解する。


「そんな、そんなの嘘……」

「嘘じゃない。お前が敵に回したのはエルフィートだ」

「……」

「安心しろ。俺に通報する気なんてないからな。早く席に戻れ」

「しかし、飲料を掛けたのは私の責任で――」

「誤解を生んだ所から、全ての責任は俺にある。お前が謝る必要は皆無だ。俺も彼女も昼ごはんを食べたいから、用事が済んだら席に戻れ。じゃ、行こうか」

「そうだね」


 態度を豹変させると、稔はラクトと再び手を繋いだ。互いに一八〇度回って進行方向を向いてすぐ歩き出す。通路の突き当りにあるラーメン屋を通過して、二人は隣の牛丼屋で足を止めた。稔がレジ脇に置いてあったメニューの書かれたチラシを手に取ると、邪魔にならないところに移動して頼む商品を決定する。


「特盛、牛丼だけしか無いね」

「そうだな。ところで、ラクトは何を食べる気だ? カレーとかもあるけど」

「じゃあ、チーズカレー大盛で」

「分かった。それなら俺は、便乗してチーズ牛丼でいこうかな」


 わずかな時間で昼飯が決定した。フードコート内で食べない方向で同意しているため、テイクアウト出来るかどうかチェックする。チラシと睨めっこして二人の物とも可能アイコンが付いているのを確認した後、稔とラクトはレジへ向かった。持ち帰り可能ということで、赤髪がチラシを折り畳んでポケットに入れる。


「テイクアウトの注文お願いできますか?」

「どうぞ」

「チーズカレーの大盛とチーズ牛丼の大盛をそれぞれ一つずつお願いします」

「チーズカレー大盛とチーズ牛丼大盛が一つですね。肉は増やされますか?」


 店員の質問を受けてチラリと後ろに目をやる稔。するとラクトが、「決断権は渡すよ」と耳元で話した。黒髪はチラシを見て増した場合の料金を確認した後、店員が注文の品を記録表にメモし終えたのを見計らって問いに答える。


「じゃあ、両方お願いします」

「かしこまりました。当店では試作メニューとして、お一人様一個限定で『たま焼き』を無料提供しているのですが、こちらは頂かれますか?」

「無料ならぜひお願いします」

「了解しました。では、『チーズ牛丼とチーズカレーの大盛肉増しオプション付き』で、合計一五七〇フィクスになります」


 支払金額を聞くと、ラクトは財布から千フィクス札と五百フィクス硬貨、百フィクス硬貨を取り出してレジに置いた。店員は慣れた手つきでレジを打つ。一方ラクトは、三十フィクスとレシートを受け取ってすぐに片付ける。もう一人の店員は同じ頃、受け取り口のテーブルに主食の入った黒い容器とたま焼き二つが入った透明な容器を置いた。ラクトが片付けたのを見て、稔が動く。


「ありがとうございました」


 稔が受け取って礼すると、店員も礼を返した。黒髪は受け取った商品を左手に持って右手でラクトと手を繋ぎ、それから二人はそそくさとフードコートから去っていく。――と、その時。外にベンチがあるのを確認した。


「そこのベンチで食べようぜ」

「分かった」


 雑談話に花を咲かせながら、二人はベンチへ向かう。

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