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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-20 Bookstore "ABCD"

 食べ終わってすぐ。ラクトが離席してスタンドを片付けに行ったと同時、稔はスマホの電源ボタンを押してディスプレイを発光させた。表示された時刻は十時五五分。朝昼一緒ならまだしも、朝食と別で昼食を取るにはまだ早い。


「映画……」


 映画館へ行くというデートのテンプレートみたいな展開で予定を立ててみる。どんな作品が上映されているのかは不明だが、大抵の映画は九十分以上だ。しかし十二時半に終了されると、大統領官邸に到着するのが予定時刻をオーバーする可能性が出てきてしまう。


「ゲーセンは――金の無駄か」


 異世界に来てからというもの、稔はラクトの財産に頼りきっている。自分で払おうとする態度は好評を得ているが、親しき仲にも礼儀あり。五百万フィクスはラクトが苦悶に耐えて得た紙幣の山である。彼女払いで二人で楽しむという名目だとしても、一枚の紙幣も飛ばしたくなかった。


 稔が色々と考えている中、スタンドを置いてきたラクトが帰ってきた。


「デートプラン練っててくれたの?」

「そんなところだな。ラクトはどこか立ち寄りたい場所あるか?」

「うーん、本屋とか?」

「どうしてだ?」


 稔の問いに、ラクトは長文回答を行った。


「家電量販店に行く前にデータアンドロイドに関する知識を深めておきたいし、この国ではどういう教科書を使ってるのかなって思ってさ。大体、あのグロ映画見て笑っていられる奴ら狂ってると思わない? 反論も許さないとかどうかしてる。だから私は、『洗脳教育』の実態を見てみたいかな」


 まだ『洗脳教育』が実施されていると確定したわけではないが、性転換の強要を求めたり、少数派による反論を抑圧したり、さらには、プロパガンダ映画に近い作品で笑顔を浮かべる気違いが居ることも分かっている。性器を叩いて笑顔を浮かべる幼女と母の姿が印象に残っていた稔は、ラクトの話を聞いて頷いた。手を差し伸べた後、音を立てないように起立する。


「教科書が書店で買えるかどうかは不明だが、参考書やワークは確実にあると思う。この国の実態を見ようという計画、同乗させてもらうぜ」

「ありがと。じゃあ、十一時半ごろになったら家電量販店行く方向で」

「了解だ。フードコートは十一時五十分ごろな」

「わかった。では、行きますか」


 そう言い、ラクトは差し伸べられた手を握って起立した。椅子を音を立てずに元の位置へ戻して、二人はフードコートを出る。書店を探して一分くらいしたところで、稔が『ABCD』という書店を発見した。書店名の意味は、Abundant Books, Cassettes and Discs。本と文房具を販売している他、CDやDVD、ゲームソフトまで取り揃えていた。


「すごいお店だね。これくらい広ければそういう本もあるかもね」

「そういう本って何?」

「ニヤけながら聞くな、バカ。知ってるくせに」


 頬抓りを受けて、稔は「ごめんごめん」と軽く謝った。一方ラクトはすぐに彼氏の行動を許す。時間を効率的に使うためにもチンタラチンタラしていられない。天井から吊るされている布に書かれた英単語を見ながら、ラクトが先に立って参考書やワークが置かれているコーナーを探す。


「なあ、ラクト。お前の魔法って本に書いてある文章も翻訳出来るのか?」

「もちろん。でも、目次や絵がないなんて本はそうそう無いでしょ」

「まあ、そうだが……」


 王道を往く小説は全てが文字キャラクターである。過去問題集などもその傾向が強い。しかし、参考書となると話は違ってくる。時折、関心を惹きつけるために絵が出てくるようになるのだ。萌え文化の発展した極東の島国の場合、近年は特にその傾向が強い。


「けど、何の教科の参考書を見るつもりなんだ?」

「理科と保健。大まかな歴史は展示会場の写真を見たから問題ないけど、二七年この国で生きてきたヴァレリアに負けないために社会科の近現代史を押さえておく必要もあるんじゃないかな」

「出産や育児、結婚に関する本は押さえなくていいのか?」

「生命の誕生に関する章は一単元くらいしか無いと思うから、後でじっくりと見るよ。洗脳教育が行われているのかどうかを確認したほうが、大統領が指揮する政策の言い分や実施しなければならない理由を知れると思うし」

「そっか。じゃあ、見つけ次第分担作業といこう」

「いや、ここの突き当たり参考書コーナーだから」


 ラクトが指差した方向を見ると、多くの参考書が陳列されていた。なかでも一際目を引くのは『生命』という本。その本はとても薄く、一〇〇ページ前後の頁数だと見当がつけられる。また、待っていましたと言わんばかりの文言が表紙に載っていた。同頃、そのことを発見した彼女がタイトルを読む。


「『これで完璧!シリーズ7 "生命" ~保健・理科・近現代~』だって」

「今の俺たちに最適な本だな」

「だね。タイトルから参考本っぽさがプンプンするし、立ち読みしてみよっか」

「そうだな」


 稔の返答から三秒ほど経過したあと、二人はその本が置かれていたコーナーへと前進した。ショッピングセンターの中にある書店とは思えないほど閑散としているのは、そのコーナーが学習関連のエリアだから。小説や雑誌のコーナーに人が奪われているのだ。


「ごめん、取ってくれない?」

「あんまり変わらないように見えて、ラクトって意外と小さいんだな」

「でも、自分より高い身長の人は恋愛対象外なんでしょ?」

「それはないかな。俺が気にするのは年齢と性格と顔」


 同年齢、会話していて面白い、可愛い、の三拍子が揃った彼女を相手に稔は回答した。身体に関して視線を注がない黒髪に対し、ラクトはこう返す。


「稔ってエコ人間なんだね」

「中学時代の彼女に釣られた後遺症だ。お前ほどじゃないけど、あいつエロい身体しててさ。俺は夜な夜な性欲を持て余してたわけよ。そんで夏祭りの帰り道、浮かれたところでネタバラシされて。あの時の絶望が響いてる」

「可哀想に。今、その女性は何してるの?」

「一五歳で妊娠して中絶したら産めない身体になった、って言ってた気がする」


 ラクトは三回頷いた後、第三者視点でコメントを発した。


「きっと、バチが当たったんだろうね」

「俺たちも気をつけなきゃダメだってこと忘れんなよ?」

「もちろん。私だって、産める身体で生まれてきたのに産めなくなるの嫌だよ」


 学生のうちから子作りなんて愚の骨頂だ。五百万フィクスを円に変換して計算した時、養育費として十分かと問われたら首を横に振るだろう。稔の両親は恋愛に関して深く聞いてこない。ラクトの母親と姉も恋愛許可を出している。だが、恋愛は生殖とイコールではない。


「ところで。ここまでロスタイムどれくらいかな?」

「三分くらいじゃないか?」

「十分の一を会話で飛ばしちゃうバカと付き合うのは疲れるね」

「全くだよ」


 互いに相手を攻撃するが、これは大好きの裏返しである。本音ではない。言い合った後に二人は笑い合い、それから稔が依頼されていた行動を取った。そんな黒髪は、彼女に本を渡す直前。視線を下に向けた時にある本を見つけた。赤髪に「とってほしい」と頼まれた本を渡してから、稔はそれを話題にする。


「ギレリアルって育児に関しての参考書があるんだな」

「ホントだ。稔、それ読む?」

「俺は別に構わないぞ」

「というか。よく考えたら、これって物的証拠だよね?」

「買う……のか?」

「だって、税別七〇〇フィクスだよ? 買わなきゃ損でしょ」

「お前払いなら文句言わないけど……」


 薄いとはいえ、参考書で七〇〇フィクスは破格の安値だ。受け取ってすぐペラペラと捲って読んでいたことを踏まえれば、ラクトが内容を確認した上で購入する気だと分かる。一方、稔が見つけた育児参考書については購入しないと言う。


「でも、育児参考書はパス。この本の『発展』で載ってるから」

「分かった。けど、本当にそんな膨大な量が載ってるのか?」

「うん。それに来年の教科書に準拠してるっぽいし、言うことなしだと思う」

「ちょっと待て。来年度準拠って、俗にいう受験対策本か?」

「違うよ。ごくごく普通の参考書。受験対策問題も付いてない」


 使用する紙の枚数を大幅に削ったからこそ、七〇〇フィクスという安値を付けることに成功したのだ。設問が一切ないことで間違いに苛立つこともなく、イラストを多く含んでいるために最後までスラスラ読める。だが、しかしだ。


「でも、どこで読むんだ?」

「フードコートじゃ迷惑だし、通路沿いの席に座って読むのも――」

「あれを見ろ、ラクト」

「え?」


 サービスエリアとガラス一枚隔てたところの読書用机と椅子がある場所。稔は赤髪の右肩を優しく叩いてその方向を指差し、彼女の視線を注がせた。数名の女性が静かに読書しているのが見て取れる。ただし、購入した本限定らしい。一五〇センチほどのガラス塀で仕切られていて、唯一の入口には防犯ゲートがある。


「ということで、購入の時間だ」

「参りますか」


 回れ右してカウンター方向に視線を向けると、二人は手を繋いで歩き出した。



 会計を済ませた後、バカップルは稔が見つけた読書ルームへと向かう。薄い参考書は文庫本と同じサイズだったので、会計時に店員がブックカバーを付けてくれた。素材の黒い紙をバックに、『ABCD』の筆記体デザインが飾る。


 ガラスの壁を間近に見れる通路を進み、防犯ゲートを通る二人。扱いの酷さから警報音が鳴るかと思ったが、そういうわけでもなかった。稔とラクトは入って右奥の席に横一列で座り、ブックカバーの付いた参考書を読み進めていく。



 バカップルが読み終わったのは十一時半ごろ。二人はその間一切の会話をせず、ただひたすらに黙読していた。お互いに読了したのを確認し、稔とラクトは離席する。書店を抜けて通路沿いの椅子に腰掛けると、稔が紫姫を呼び出した。


「紫姫。この本の管理、頼めるか?」

「中身を読んでも大丈夫か?」

「控えてほしい」

「了解だ」

「じゃ、グリモアの書と間違えないように厳重保管をよろしく頼む」

「把握した。では、戻らせていただく」


 紫姫が魂石に戻る。だが、それと同時。今度はアイテイルが登場した。


「どうし――それは!」

「稔さんが貧血を起こした女性に使ったパーカーです」

「お前が持ってたのか、アイテイル。でも、要らないかな」

「わかりました。では、ラクトさんに渡します」


 アイテイルがラクトにパーカーを渡した。受け取った赤髪は、すぐにそれを分解する。銀髪の用事はそれだけで、「失礼します」と話し魂石に戻った。再び二人きりになって、稔とラクトは本の内容に関して思ったことを述べる。


「生命の誕生の人間編は、人間が無性生殖する動物に含まれてるみたいな説明だったよね。他国じゃ普通に行われてるやり方が一ミリも書いてないんだもん」

「育児編も酷かった。『もしも人間以外が生まれたら?』っておかしいだろ。しかも、『そんなときは産婦人科で治してもらいましょう!』って」

「確かに根っこから否定してたね。吐き気が出そうだった」

「『根っこから否定』とか、お前うまいこと言うな」

「い、今は真面目な話だよ!」


 狙って言った訳ではなかったので、稔のツッコミの意味を知った瞬間にラクトは動揺してしまった。少し照れた表情を浮かべる彼女を見て、黒髪は思わずニヤけてしまう。気持ち悪い顔になってきているのが分かって、彼は下を向いた。一方、赤髪は咳払いして会話を軌道修正する。


「印象に残ったのは保健かな。異性に関する話題ゼロだったよね」

「国民全員が海外に行かない訳じゃないのにな」

「それ思った」

「それに対して、近現代史はこれまでの復習だったよな」

「そうそう。ヴァレリアって本当に凄い人だよね」

「色んな意味でな」


 大統領の地位まで上り詰めた男性蔑視のプロで、天才なのか気違いなのか見方によって変わってくる女性。ヴァレリアという女性の思想を何となく理解したあと、デートプランに沿って稔がこう言った。


「じゃあ、復習が済んだところで、家電量販店に行って実機を見てくるか」

「そうだね。店員さんの話聞いて理解してる私が引率するよ」

「わかった」


 生む機械になる可能性が極めて高いデータ・アンドロイドについての知識を深めようと、ラクトの先導で二人は家電量販店に向かった。書店付近のエスカレーターで二階に降り、少し歩いてその場所に到着する。売り場が書かれた看板を見て、ついに稔とラクトはデータ・アンドロイドが眠っているエリアに着いた。


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