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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
312/474

4-18 上映終了後

 係員が言ったとおり、映画の上映は三十分で終わった。ヴァレリアの現在までを写真で見れる展示会場の出口で稔とラクトの前を通った同性夫婦が言っていたように、動画では生々しい去勢シーンが刻まれていた。身の毛のよだつような気違いさを帯びた映像に二人は息を呑み、梅干しを食べた後のような渋顔をする。枝を切り落とす鋏でアレを切り落とすシーンは、互いに見ていられなかった。


「ノンフィクション、なんだよね……」

「そうみたいだな」


 史実をもとにフィクション成分を加えたわけではない。刻まれた映像は全編を通して史実。変えることの出来ない過去のことを鮮明に記録する映像群だった。少なくとも小学生向けに見せられるような映像ではないし、政府の方針で性転換を実行した男性に見せるのは拷問になりかねない。


「リリィが言ってた軍の行動、あれ全部が史実とか耳を疑うレベルだよな」

「隔離施設への原爆投下も、スタンガンの威力検証も本当だったとはね」


 高熱によって皮膚が剥がれた人権なき男たちが、感覚神経が剥き出しのままで歩くシーン。投下から数時間後に軍の職員が撮影したというその映像は、ハイビジョンのカラー映像だった。まるでゾンビのように歩く彼らはカメラが向けられていることなど知らず、眼球を失っても「助けて下さい」と必死に訴え続ける。でも、軍の職員は一切助けようとしない。カメラを回して笑っているだけだ。


「原爆投下のシーンでさ、目の前の人たち笑ってたよな……」

「――」

「なにが『いいぞもっとやれ』だよ。大統領の依怙で殺された罪もない何万人もの人達に失礼すぎるだろ。生き残ったって後遺症を発症する可能性が高いんだよ。何が正義の鉄槌だ。ふざけんなよ……」

「でも、今手を出したら負けだから。……ね?」

「わかってる。けど、この激情は……」


 ギレリアルで洗脳教育が行われているか否かを明確に示す証拠を発見することは、まだできていない。しかし、人権を剥奪したことを高評価する者がギレリアル国民の大半を占めているのはよく分かった。ただ、それよりも何も。稔が一番激怒したかったのは、一人の人間の依怙で核兵器を使用したことだった。


「ラクトはさ、化学得意だろ?」

「うん」

「原爆が実際に使用された時の映像って、見たことあるのか?」

「ううん、無いよ。今日が初めて」

「意外だな。じゃ、率直な感想を教えて欲しい。あれを見て、どう思ったかを」

「そんなの決まってるじゃん」


 稔の問いを受けて赤髪は言った。間を入れた後、ラクトは自身の見解を示す。


「二度と使用してはならないものだって、そう思うよ」

「同意見だ。そしてこれは、性別で全てが判断できないことの証明でもある」

「そうだね」


 ラクトの返答を聞くと、稔は彼女の両肩にそれぞれの手をのせた。黒髪は自分の心の中でこみ上げていた「可愛い」という感情を一時的に鎮めてから、紅色をした目を見つめて自身の考えをぶつける。真剣な眼差しを向けたことで真面目モードに突入した彼は、気づかぬうちに常時より低い声で話していた。


「俺は、徹底的にヴァレリアを論破する気だ。……協力、してくれるか?」

「じゃあ、逆に質問。私が『しない』って回答すると思う?」

「ないな」

「うん。私の回答はそれだよ。稔が導き出した、その返事」


 ラクトからの返事は、遠回しな「もちろん」だった。時刻はまだ十時半すぎであり、大統領官邸に行くにはまだ早い。しかし予想される論戦に向けた準備をしておいたほうが、こころなしか安心して自信を持って乗り込むことが出来る。掛け替えの無い相棒との絆を確認したあと、二人は同じタイミングで頷き、座っていた席を立った。


 しかし、その時である。最後列の一番端に座っていた二人が会場から出るタイミングを見計らって、世間話をしていた女子高生らしき二人組が通路を塞いだ。彼女らはカールがかった黄土色にも見える金髪ロングヘアで、今にもパンツが見えそうな丈のスカートを穿いて腕を組んで仁王立ちしている。


「あんさあ、さっきからコソコソ煩っせんだよ。土下座してくんない?」

「まじそれな~。そこの女装趣味野郎も一緒に土下座しろって~の」

「今、なんと仰られましたか?」

「女装趣味野郎も土下座しろって言ったんでちゅよ~。子孫残すために貴方達は不要なので、さっさと役所に去勢届を出しに行ってくださいね~。反論は名誉毀損で訴えまちゅからね~」


 男には反論する権利すら無いらしい。そのため、稔はこの時点でお役御免となった。しかし、一人ではない。彼には強い絆で結ばれたパートナーが居る。赤髪のほうに視線を送ると、彼女は黒髪の右肩をトンと優しく叩いて一歩前に出た。


「ごめんなさい。私、女なんです。胸も股間も、偽造品じゃありませんから」

「はいはい嘘おつ~。 女装趣味なのはバレてますよ~」

「まあまあ、そう煽らないで下さいよ。触って確かめてもいいですよ?」

「誰も触りませんよ~。汚らしい物を触るなんて屈辱、率先して受ける馬鹿は居ませんから~。アハハハハハ!」

「そうですか。では、パスポートを見せましょうか? 私は女ですし、彼は許可を受けて入国しています」

「どうせ偽装品でしょ~? まじウケるんですけど~」


 プリクラで撮った写真をアイコンに使っているようなネットの怖さを知らないビッチと思わしき女子高生は、ラクトを男だと思って煽り続けた。胸に関して言えば、道を塞ぐ女達のほうが男みたいである。赤髪と比べ物にならないほど貧しいものを持っていて、嫉妬と思えてくるほどだ。――と、その時。


「お客さま、冷静になってください。赤髪の方は女性ですし、黒髪の方はエルフィリア王国籍を持つ男性です。二人が去勢届を出す必要はありません。それに、異性交遊の特別許可が政府から下りています。今すぐに、お客さまの迷惑になるような行為はおやめ下さい」

「黙れこのクソババ――」


 通路を塞いでいた一人が、職員に対して手を出した。しかし稔は、ここで行動を起こすべきと考えて飛び込む。沸点が低いことを察していた彼は、係員が話し終わるすぐ前にテレポートの準備をしていた。そして、距離を発した瞬間。稔の背中に強烈な一打が入る。


「うっ……」


 しかし、係員の方に視線は送らない。同時に純粋な女性に汚らしい物を少しでも当ててはならないと考えて、彼は決死の覚悟で腕立ての状態を維持し続けた。強烈な痛みが背中を走る中、稔は涙を流さないよう懸命にこらえる。


「女に手立してんじゃねえよ、さっさと切られちまえ!」

「うがっ……」


 二発目は蹴りだった。一人目のギャルが稔を押し潰すように背中を蹴る。それに対し、二人目のギャルは稔の頭に乗ろうとした。しかし、ここでラクトからの攻撃が入る。自身の特殊攻撃を非人道的な攻撃だとは思いつつも、集団的自衛権を行使しても問題のない状況であると考え、彼女は使用した。


「――麻痺パラリューゼ――」


 刹那、ギャル二人がその場に跪いた。それに伴い、稔が係員から離れる。テレポートを用いてラクトの一歩後ろに戻ってきたのだ。どんな卑劣な攻撃を受けようとも場を動かなかったことが幸いし、彼は一言「元の場所へ」と内心で言うだけで済んだ。同じ頃、係員がその場を立つ。


「この……クソアマがあああああッ!」


 だが、麻痺状態にあるギャル二人。負け犬の遠吠えでしかない。


「係員さん、お怪我は大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です。お客さまこそ大丈夫ですか?」

「どうぞ、心配なさらず。あの程度の痛みなら大丈夫ですよ」

「そ、それならいいのですが……」


 実際のところ、稔は我慢して腕立てを行っていた。しかし、自分が助けた人から御礼を受けるのは嫌だった。テロリストを倒した張本人としてサイン会を開いたのも、御礼を受けていないからである。また、被災者が悲しまないように場を盛り上げようとした側面もあった。稔が、どこの誰とも知らない人から崇拝されたり尊敬されたりするのを嫌う姿勢は変わらない。


「この一件、どう処理すれば良いでしょう?」

「この施設に好都合な事件として処理できれば、それで良いと思います」

「でも、助けてくれたのは事実ですし……」

「感謝の気持ちは要りません。自分の知能レベルを考えてそうしただけです」

「分かりました。ここに居ると業務に支障が出るので、私は戻ります」

「そうしてください」


 ギャル二人の身体は麻痺したままだ。一方の係員はそんな女達に目もくれず、上映会場の入口へ戻っていった。犯罪者と被害者の距離が離れたところで、稔はラクトに『麻痺』の解除を要求する。だが彼女は、主人がまた攻撃される姿は見たくないと頑なに拒んだ。でも、解除する方向で折り合いがつく。


「――麻痺、解除――」


 彼女の宣言により、それまでギャル二人を縛っていた電撃が止む。だが金髪の二名は、それと同時に立ち上がった。自分たちが麻痺状態に陥ったという屈辱を晴らすため、稔とラクトに向かって突撃してくる。護身用の銃などを所持していないことを確認し、ラクトは稔に対して告げた。説明を受けた後、黒髪は攻撃を跳ね返す覚悟を決める。


「俺はここから逃げない。殴りたければ殴ればいい」


 決意とともに、稔は『跳ね返しの透徹鏡壁バウンス・ミラーシールド』を使用した。既に攻撃を喰らっている以上、反論することが認められていない以上。専守防衛に徹する稔が、自分と彼女を守るために防御魔法を使用する状況は避けられなかった。


「格好つけてんじゃねえよ、このや――え?」

「なん……で?」


 注がれた威力の分だけ攻撃が跳ね返される透明なバリアに、ギャル二人は戸惑っていた。当然である。悪と見立てた稔に向かって突撃したはずなのに、黒髪が一切の外傷を受けていないのだ。かわりに、自分が注いだ威力の反動で弾き返されてしまう。しかも反作用が起こっただけで、壁に手をぶつけたように思っても痛みを全く感じない。


「お前らに外傷を負わせる気はないし、暴行を受けたからと言って警察に行く気もない。それでも俺たちを訴えたいなら訴えればいいし、殴りたいなら殴ればいい。もし出来ないのであれば、速やかに降参しろ。それが身のためだ」

「は? 何考えてんの? 自分で吹っ掛けた勝負で降参なんて出来るはずがないでしょ。正論吐くだけじゃなくて、ちょっとは私達の身にもなってよ」

「なら、このまま攻撃を続けるのか? 負けと分かってるなら認めるべきだぞ」

「は? 私達の身になるってことは、お前が攻撃を受けるってことだから」

「いやいや、俺はお前たちから攻撃を受けていただろ? でも、お前たちの攻撃を一切の痛みを与えずに跳ね返した。……違うか?」


 稔は事実を話した。すると、この正論に返す言葉が無くなったらしい。


「女に対して正論吐く奴マジ大っ嫌い。いい加減こっちが要求してること呑めよ? 常識ある男なら女を庇うもんじゃないの? そうすれば許してやるから」

「女を庇う? 馬鹿なことを言うなよ。俺は既にこいつを庇ってるぞ?」

「そいつは女装趣味の――」

「根も葉もない事を言うな! こいつは女だ。係員が言っていたはずだが?」

「あんなの嘘だ! 無関係な奴の証言が正当な理由になるはずがない!」

「無関係? 何を言う。あの女はチケットを渡す役目をしていたはずだ。無関係ではない。というか、お前は政治や司法の世界を知らないのか? たとえ捏造であろうと、証言が持つ力は簡単に修正できないほど大きいぞ?」


 稔はギャルの話に次々と反論していった。そして、最終的に元に戻る。


「だーかーらー。女に向かって男が正論を吐くっていう行為は、一番やっちゃいけない行為なの。わかりますかー? というかさ、そもそもお前らが上映会場でコソコソ話してるのが悪いんだよ」

「上映終了後に感想を話し合っただけなんだが? 隣席や前席に誰も居ないから話していたんだが? 互いの顔を見ながら会話してたんだが? どこがコソコソ話なんだよ? 映画上映中に話した覚えは無いぞ?」

「は? 私達がコソコソ話だと思ったら、それはコソコソ話なんだよ!」

「いやいや、お前らに決定権なんか無いだろ」


 稔は内心、「お前は独裁国家のトップかよ」とツッコむ。


「第一、なんで通路を塞ぐ真似をしたんだ?」

「お前が男だから。何か悪い?」

「はい論破。『コソコソ話』ってお前らの主張、ただのこじつけってことだな。そして今、『お前』って言ったな? 複数形じゃないってことは、こいつを女装とか言ったのもこじつけってことで良いんだよな? しかも係員に対しても、『クソババア』って言ったよな? どっちも名誉毀損になるぞ?」


 しかし、稔の正論に対して返ってきた言葉は「は?」だった。


「そもそも。お前らが俺一人じゃなく、こいつと係員まで敵に回して発言した時点で勝負は着いてたんだよ。男には人権が無いから俺に対しての暴言も暴行も罪にはならねえが、こいつも係員も女だ。人権を所持している『女』だ。暴言や暴行を受ければ罪として成立する『女』だ。さっさと負けを認めろ」


 正論をぶつけると、ギャル二人は一瞬で俯いた。そして、萎れた花のように黙る。しかし稔は、金髪達を包容するような言葉を一切口にしない。


「黙ってんじゃねえよ。今は決断の時だ。言葉でも力でも勝てないことが分かったなら、さっさと降参しろよ。俺もこいつも、お前らみたいな不良と論戦をして絡んでいる暇は無いんだ。お前らだってそうだろ?」

「警察に言わない?」

「言ったはずだ。警察に言わないと。けど、こっちが勝つ証拠は既に揃っている。それでもなお攻撃を続けるというのであれば、検討しないこともないが?」


 それは、捉え方によっては脅迫だった。しかし、稔サイドは一切の物理攻撃をしていない。二人を麻痺させる攻撃を使ったが、それは正当防衛である。大切な人が目の前で酷い目に遭っている状況を助けたに過ぎない。解除する時にコソコソ話はあったが、論戦の議題は『上映終了後すぐにコソコソ話が行われたか?』である。解除時の話し合いで行われた事を挙げるのは場違いな発言だ。


「負けを……認めます」

「右に同じく」


 反論することが出来ないとして、圧倒的な力の差があるとして、ギャル二人は稔が出した条件を呑んだ。そして、戦いに降参する旨を告げる。すると、その刹那。それまでの威勢が何だったのかと思うような言葉を稔に向かって言った。


「お詫びに、何でも言うことを聞きます……」

「分かった。じゃ、いっしょに一階へ降りよう」

「え?」

「どうかしたか? まさか、俺が性的接触を行うとでも思ったか?」

「違います!」

「なら、さっさと歩け。通行の邪魔だ」


 そう言い、稔はバリアを解除した。負けを認めた事実が覆えることはないし、もしあったなら今度こそ警察沙汰だ。それまで敵対していたギャル二人を信頼して、稔はラクトと手を繋ぐ。一方のギャル二名は、二人を見て歩き始めた。



 係員に対して攻撃しなかったことを確認し、展示会場とかいうチェックポイントを通過し、上映会場に向かう最短ルートとなっていた通路を通って、稔はギャル二人を入場ゲートまで送り届けた。当然のことながら、ラクトと手を繋いでいた彼が前を歩く二人のどちらか或いは両方と手を繋いだ事実など無い。


「ここで解散だ。じゃあな」

「は、はい!」

「さようなら」


 ギャル二人の言葉を聞き、稔とラクトはペースを合わせて歩き出した。論戦で十分ほど時間を失ってしまったことなど気に留めず、入場ゲートの隣の出場ゲートを通って受付まで行き、バンダナを返却して旧最高裁判所を後にする。出てすぐに声を合わせて魔法使用を宣言し、朝テロ事件が起こった場所へ向かった。


「「――テレポート、今朝のショッピングセンターへ――」」

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