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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-15 旧・連邦最高裁判所

 宣言から寸秒。二人は、かつて連邦最高裁判所だった建物の目の前に移動していた。後方には道路を壊す可能性が否めない重量感の有る戦車が停車している。厳重な警備が張られているのが分かったところで、稔とラクトは建物の中へと入った。手を繋いで歩く二人は、二人三脚の競技中くらい歩調が合っている。


「ご来館ありがとうございます。外国の方で居らっしゃいますか?」

「はい、そうです」

「パスポートをご提示下さい。許可証を別に発行します」


 ヴァレリア大統領の行いがほとんど見れる場所だからこそ、外国人に対する制限は著しかった。拳銃を突きつけて侵入する犯罪組織ではないから、躊躇わずに稔はパスポートを見せる。一方、受付担当者は虫眼鏡を用意した。同じ頃、黒髪は肩を叩かれる。見てみると、そこには彼氏のことを心配するラクトが居た。


「(虫眼鏡を使うとか、事実を隠蔽したいって気持ちが見え見えだよね)」

「(そうだな。まあ、大丈夫さ。リートとパイプがあるんだから)」


 コソコソと話すこともなく、バカップルは目で会話を成立させていた。けれど、表情が変わる場面があり、不自然な行動と捉えられてもおかしくない。でも、ありがたいことに担当者は深読みしなかった。かわりに、作業机に虫眼鏡を置いてパスポートを返還する。同時に、職員はバンダナを二つを二人に見せる。


「稔様、ラクト様、入館を許可します。入場ゲートにお進み下さい」


 職員がある方向を指差した。するとそこには、空港で見るような本物の入場ゲートが設置されていた。改札機に似た機械を通って入るよりはテロ対策として理に適っていたが、反面、機械の大きさなどを理由に相当な威圧感を感じ取れる。



 腕時計を着けたことがある二人にとって、バンダナを装着するのは容易なことだった。十秒程度で終え、解いていた手繋ぎを再開する。少し歩いてゲートの前に立った時、ラクトがこんなことを口にした。


「『foreigner』って、ちょっと軽蔑的な意味合いがあるような……」

「そうか? 『外国人』って意味合いで普通に良いと思うが……」

「稔がそう思うならいいと思うけど、私はこの国の価値観を考えるにそうとしか思えないんだよね。だってほら、私のバンダナには百合のマークだけだし……」


 『foreigner』という言葉が外国人差別のみで使われるわけではないが、目の前の人に対して使うのは礼儀的には良くない。迫害の実情についてリリィから情報を得た稔は、ラクトの話を聞いて、自分が差別されている可能性が否めないことを噛みしめた。とはいえ、入場できたのは覆すことの出来ない事実である。


「百合か……。ギレリアルの国花って百合なのか?」

「そうだよ。エルフィリアがヤエザクラ、エルダレアがオリーブだったかな」

「エルダレアがオリーブって、思いっきり独裁政権になってたじゃねえか」

「確かに。でも、今後は花言葉と同じように平和になって欲しいな」


 オリーブは国連旗にも使われているほど知名度が高い、平和を願う上では避けて通れない花だ。対話で解決することを前提とした自由があり束縛のない社会の実現を、性別も種族も関係なく笑顔に満ち溢れた未来を。皆が平等だという訴えを黙殺されたラクトは、脳裏に浮かんだオリーブの花に改めて願いを乗せた。


「てか、こんなところで足踏みしてたら昼までに終わらないぞ」

「時間を存分に活用してこそデートだよ!」

「『社会見学』と書いて『デート』と読む。……なるほど、深いな」


 稔が独り言を発した。一方のラクトはそれを尻目に、彼氏より少し先に足を踏み出す。しかし赤髪がゲートを通り抜けた頃には、負けじと時を同じくして黒髪も通過していた。受付担当者はそこまで意地悪な職員でないようで、ゲートの向こう側へ出た時にエラー表示は出ていない。


 だが、入場ゲートを出た先に稔が見た光景は彼の想像を絶するものだった。まっすぐ進んだところに設置されていたモグラ叩きゲームのモグラが、どう見ても男性器だったのである。しかも、それを叩いているのは幼稚園児だ。


「……」


 エルダレア帝国で独裁政権が女性たちを監禁していたのを、稔とラクトは目の前で見ている。けれど、衝撃は旧最高裁判所で見た光景のほうが大きかった。幼女が、実物にしか見えないほどリアルなそれを叩いて笑っているのである。残り時間がゼロになってスコアが出たとき、母親が拍手していたのも大きかった。


「この施設、立ち入り禁止年齢とか無いんだよな……」

「きっと、NPCとかいうカードを提示すれば年齢関係なしに入れるんだと思う」

「あのゲートから察するに、そうだろうな」


 ギレリアル連邦の本当の異常さを、稔とラクトは初めて知った。同時に、リリィの助言を受けて旧最高裁判所へ来たのは正解だったと考える。ヴァレリアとの会談を昼に控えた黒髪は、幼女による異常行動をしっかりと目に焼き付けた。


「稔、大丈夫? 私が同じ立場だったら足震えてると思うんだけど……」

「大丈夫だ。何のために旧最高裁判所へ来たのか理由を考えれば、俺に立ち止まる理由はない。それとも、トラウマを思い出して歩けない状況になったか?」

「今のところ大丈夫だよ。稔を心配しただけだから安心して」

「ありがとな」


 とはいえ、ラクトはトラウマを持っている。胸の大きさの分だけトラウマがあると自称するくらいである。だが、本当に残虐なシーンを目にしなければ特に問題ない。記録された記憶の大半は、思い出しても害のないものだ。


「それでだ。色々とコーナー有るっぽいけど、まずどこ行く?」

「写真展かな。ゲームコーナーはマジキチ感が漂いすぎて近寄りたくない」

「そうだな。最初は写真展に行こう」


 行く場所が決まり、二人はそれが行われている場所へ歩き始めた。ゲームコーナーへと続くまっすぐな道を横に曲がった、防音壁で区切られたエリアから入場ゲートのある壁までのエリアである。ゲームのエリアよりもマジキチ感は無いと思って、二人は写真展の会場へ足を踏み入れた。


「迷路みたいだな」

「そうだね」


 入ってすぐが突き当り。同時に通路が二手に分かれていた。しかも一方通行という具合である。付けられた照明が迷路っぽさをさらに醸し出しており、ワクワクとした高揚感を抱くことが出来た。しかし、すぐに現実へと突き落とされる。


「稔、ちょっと背中……」

「大丈夫か?」


 演説写真、当選写真、政府庁舎での発言を撮影した写真。けれど、その次に掲げられていた写真はグロテスクなものだった。ラクトが気違いだった頃の記憶を呼び戻すような、性器を抉り取ったり刻んだりするのを鮮明に捉えた写真。ラクトほどではなかったが、稔も見ていて胃が痛くなった。


「それで歩いてもいいぞ?」

「ありがと。……こうしてると大丈夫かも」

「それはよかった」


 稔の左肩にラクトの右頬がちょうど当たる。彼女のたわわに膨らんだ双丘も同じく密着したが、写真から伝わってくるものを汲み取ると一気に萎えてしまう。しかしそれは、彼氏も重々しく受け止めているのだという証明。ギレリアル連邦の非常識な一面を写真を通して知り、二人は改善すべきとの共通認識を持った。


「リリィの言ってたこと、本当だったんだな……」

「安全地帯と思わしておいて核兵器を落とすとか、本当に畜生だと思う」

「寮生活させた上で朝食中に投下とか、もう人間性を疑うわ」


 ヴァレリアが、なぜそこまで徹底して男性迫害を行うのか。稔もラクトも疑問を大きくした。兵器の攻撃能力を確かめるモルモットだったり、土建屋の奴隷であったり。写真を見ていた間、胃の痛みが収まった時間は皆無に等しい。


「こっちはデータ・アンドロイドの写真か。ハニトラに掛かるのは分かる」

「婆から幼女まで網羅してるんだもんね。そりゃ負ける人が続出するよ」


 ヴァレリア大統領による迫害の実態を伝える写真のコーナーが終わると、次に現れたのはデータ・アンドロイドの写真が飾られたコーナーだった。実物を二人は既に見ているが、奴隷扱い可能な美少女ロボットの際どい写真が左右を埋め尽くすゾーンでは、前に見た時と違う印象を受ける。


「でも、皮肉だよな。二酸化炭素を排出しない新たな交通機関で、介護ロボットにも転用できて、家事や育児を全て任すことが可能とかさ」

「おまけに力仕事もパソコン業務も余裕。趣味を同じにすることも出来る究極のロボット。だけど、人類にとって最悪の侵略者となる可能性がある――」


 DARは多くの機能を搭載した女性型ロボットだ。しかし機械に頼りすぎると、持つべきものを失ってしまう可能性が有る。それに軍用だろうが民間用だろうが、暴走すれば大量殺人兵器になるのは間違いない。人類にとって最大の理解者である一方、人類にとって最強最悪の侵略者なのだ。


「そう考えると、DARが代理母になるのは危険かもな」

「不妊患者が楽して出産するには最適だと思うんだけどね」


 掲示されていたのは、『データアンドロイド母体化計画』という文章。男を魅了し去勢する計画のためのセクサロイドである一方、DARには出産の苦痛を味わうことなく女性が楽に子供を授かれる環境を整える計画もあるのだ。


「ただ、政府が狙ってるのは別方向っぽいよ」


 ラクトはそう言い、記述されていた文章のある部分を指差した。彼女は間を開けることなく、稔が黙読を開始する前に音読を始めてしまう。


「提供者自身の卵子と体表の皮膚を精細胞化して作った精子をDARの子宮で着床させることで、提供者の血を引く子を、提供者が陣痛などの苦しみを味わうこと無く授かれるようにする。これにより、さらなる女性の社会進出が見込める」


 赤髪の音読で書かれていた文章の内容を知る稔。まず思ったのは、『DARを奴隷として扱うことになるのではないか?』ということだった。家事や育児を任せれば仕事に集中できるのは確かである。それだけなら、まだ人間との共存が出来ていると言えるはずだ。だが、断れないのを良いことに強制妊娠させるのは違う。


「ロボットとして見るか、人として見るか。焦点はそこなんだろうな」

「そうだね。私見としては、陣痛経験したほうが愛情持てる気がするけどなあ」

「焦点ズレてるぞ。でも、DARが母乳を出せるかってのは重要かもな」

「へ、変な意味……含んでる?」

「違う。母乳は栄養価値が高くて、飲ませることで子宮の回復にも繋がるんだ」

「へえ。ミルクはあくまで補助製品ってことか。茶化してごめん」


 もちろん、母乳を与えることのデメリットが無い訳ではないのだ。しかし授乳するならば、免疫物質が含まれていないミルクよりも重要度は高い。人間として生きるために昔から受け継がれてきた伝統みたいなものだから、人工品より安心なのである。とはいえ、人間は技術を磨くことが大好きな生き物だ。


「もちろん、ミルクだってメリットはある。授乳が皆のものになるとかな」

「確かに、皆で飲ませたほうが注げる愛情は増えるかもね」

「でも、母乳を与えたほうが痩せるらしい」

「けど、DARって体型同じだよね。ということは、生まれたらミルク育ち確定?」

「その可能性は極めて高いだろうな」


 綴られていた文章だけで二人は長い立ち話を弾ませる。だが、その時。人混みがないからと遠慮なしに色々口にしていた稔とラクトに、二人の足音が聞こえてきた。立ち止まるのは賢い選択でないと考え、二人は会話をまとめて場を去る。


「いい面も悪い面もある計画だよね、やっぱり」

「まあな。法律で禁じなければ、新たな技術が出来るのは歓迎すべきだと思う」

「じゃ、次のエリア行こっか」

「おう」


 再び歩き出す稔とラクト。でも二人が進む方向の左右には、依然としてデータ・アンドロイドの写真が飾られていた。しかも、進むに連れて幼児化している。そんな時、赤髪がどういう順番で掲示されているのか仮説を唱えた。


「分かった。これ、出口へ向かうにつれて幼い女の子になってるっぽい。それで、左に見えるロボットが貧乳、右に見えるロボットが巨乳みたいだね」

「ということは、まもなく危険なエリアということか」

「現実には有り得ない体型、みたいな?」

「そういうこと。でも、俺は現実に有り得る体型の方が好きだな。お前とか」

「バカ言うな」


 耳元でささやくと、ラクトは稔の首を弱く抓った。こうなるのを予想しての発言だったので黒髪は全く動揺を見せない。むしろ、彼の顔は綻んでいた。だが、恥ずかしい台詞を言われた側は頬を膨らまして不服そうにしている。


「なに笑ってんのさ」

「あまりにも可愛くてさ。お前が彼女で良かったって改めて思った」

「視線が顔に来てないよ」

「ラクトが後ろに居る以上はどうにもならないって」

「じゃ、左向いて」

「え、ちょ、なにする気なん――」


 右手を稔の露骨あたりにおくと、ラクトはもう片方の手で彼の右頬と触れた。しかし首が引っ張られる感じがしたので、黒髪は上半身を少し斜めに向ける。すると結局、対面で立ち止まることになった。その直後のことである。


「これで、恥ずかしさ痛み分けだから」

「……」


 ラクトは手を挙げ、稔の額にデコピンした。刹那、二人の頬に赤い帯が出来上がる。それから数十秒くらい、二人の周囲は静寂に包まれた。けれど、旧最高裁判所において照れているということは、敵に隙を見せるというのと同義だった。


「ラクト、進もうぜ。後ろから大きな足音が聞こえてるだろ?」

「そ、そうだね……」


 立ち止まって見るほど重要な内容が書かれている訳ではなかったので、二人は一目散にその場を離れる。静寂の間に聞こえてくる足音は幽霊のようで、ストーカーのようで、それまでイチャイチャしていた二人は一瞬で鳥肌を立てた。



 DARの画像を見ながら歩調が乱れない限界のスピードで歩いて、二人は写真展の入口まで戻ってきた。結局のところ、モルモットないし奴隷となった男たちの哀れな末路を撮った写真と家電量販店並みのロボットコーナーがあるだけ。大統領がなぜ迫害などという行為に及んだのか、どこにも展示されていなかった。


「ねえ、稔。あれ見て……」

「どうしたかしたか? あっ!」


 だが、なぜヴァレリアが迫害という卑劣な犯行に及んだのか理由が分からない設計にはなっていなかった。二人はしっかり、『ヴァレリア大統領の生い立ち』という英語表記の看板を見つけていた。示されていた道順に従い、バカップルは迫害事件の真相を知るべく次なる展示会場へと向かう。

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