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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-13 駆けつけた部隊との衝突

 放送器具が揃った元の部屋に戻ると、ラクトがちょうどアナウンスを入れていた。要請を受けた部隊が到着したことを繰り返している。だがそれは、二度三度でなく飽きるくらい緊迫した状況がやっと終わることを何度も流していたらしい。赤髪は稔が隣室へ入った束の間、隣に置いていた紙コップを口に当てた。


「緊迫した状況から開放された瞬間に彼女を視姦するとは意外に野獣ですね」

「誰です――って、あ、貴方は!」


 稔は、誰かに耳元で囁かれたことに驚きの声を上げた。しかし、冷静になって見れば係員の服を着ているのが分かる。顔を見ると、「テロリストが遺した紙片を警察まで届けて欲しい」と稔が言った相手であることが理解できた。敵対心剥き出しだった黒髪は少し顔を赤くし、隙を見せない二段構えの驚きようをみせた。


「びっくりさせないでください。誰かと思いましたよ」

「いいじゃないですか。それに、私は権力に負けちゃう女ではないので」

「……どういうことですか?」

「男女交際に関してとやかく言ったりしないってことです。もちろん、通報なんてしません。だって、あの紙片届けたおかげで貰えたんですもん」


 現場――には居なかったが、『黒白』や『紫紅しくれな』を影から支えてくれた女性である。話していて苦痛と感じた稔だったが、一方で感謝の気持ちを態度にあらわしてことだと考えていた。蒸気機関車が白い気体を発生させるような嘆息を内心で吐き、黒髪は嫌々ながら受け身に回る。


「じゃじゃーんっ!」

「……は?」


 稔たちの目の前に出された物。それは、どう見ても十八禁雑誌だった。表紙には、隠すべき所だけを隠した際どい格好の女性が艶やかな身体と笑顔で載っている。だが、肝心のレーティングマークがついていない。


「こういうの好きなんですよね?」

「……ここでそういう話をするのは止めて下さい」

「好きなんですよね?」

「未成年者にそのような質問を行うのは人としてどうかと――」

「いやだなあ。こう見えて私、一七歳ですよ?」

「なん……だと?」


 年齢が示された時、稔とラクトは仲良く同時に係員のほうを見た。その後、黒髪は豊満な胸を持つアナウンス担当のほうに微量の視線を注ぐ。二つを比べてみると一目瞭然だった。身長はラクトと稔の中間くらいなのに、明らかに一七歳ではない。黒髪は「嘘を言うな」と思って、なりふり構わず質問した。


「身長、何センチですか?」

「一六九センチです。この国では平均より下ですね」


 ギレリアル連邦の女性の身長は、稔のそれより平均値が高い。黒髪の身長よりも下ということは、ギレリアル連邦ではミニマムとして扱われるということだ。事実、紫姫が被害を受けている。だが今回、胸は勝利していた。


「しかし、ロリ巨乳とは羨ましい。ぜひとも貴方の彼女にダイブしたいものだ」

「どこの中年オヤジだ!」

「いいではないか。もちろん、君も例外ではないんだよ?」

「ちょ――」


 稔の内心ではイライラが加速していた。ツッコミで冷静になるか、あるいは引くかと思いきや全くの正反対。係員の暴走は加速する。満面の笑みを浮かべたかと思うと、係員は稔の胸板に飛び込んだ。これぞ、逆ルパンダイブである。


「意外と筋肉質……」

「胸板に頬ずりすんな。俺は紙やすりじゃねえんだぞ」

「ぷっ、あははは……」


 係員の笑いのツボを突いたようで、稔の発言は女を大爆笑させていた。実際に紙やすりなのは顔を擦り合わせている職員側というのはさておき、黒髪はアナウンスに入る恐れがあるとして、とりあえず係員の笑いを抑えようと試みる。


「笑うのは結構だ。他人ひとの仕事を妨害するのも結構だ」


 そう言うと、稔は女の口を手で塞いだ。モゴモゴと言葉にならない声が黒髪の手を通して漏れる。しかし、アナウンス妨害対策という名目は果たせた。あまりやり過ぎると可哀想になってくるので、一五秒経過したのを確認して開放する。だが、女は目覚めてしまったらしい。顔を紅潮させ、俯きながら小声で言った。


「もっと、してください……」

「すみません、なにをおっしゃっておられるんですかね?」

「口を塞いで欲しいと言っているんです。全く、淑女に何を言わせるんですか」

「どこが淑女だ! そういう変な雑誌を隠してこそ淑女だろうが!」

「変な雑誌? ああ、エロ本のことですね。避妊具が特典の――」


 話していて楽しくない訳ではない。しかし、会話すればするほど疲れる。TPOを守る気ゼロな発言は思春期真っ只中の男子と同程度か、それよりも酷かった。キャラを演じているならともかく、素なら品格のある女性とは到底言えない。そんな中、稔の横をサタンが通った。彼女は、稔の耳元でこう囁く。


「アイテイルさんは救護の人達が運び終えたのを理由に既に帰還しています。なので、先輩はライトノベルの主人公らしく修羅場を満喫してくださいね」

「いや、何を言って――」

「あと、アナウンス機器の電源は入ってないのでご安心を。ではまた」


 笑顔で魂石へ帰還するサタン。稔は同じ頃、精霊罪源の発言の真偽を確かめるためにラクトのほうへ視線を向けた。よく見てみると、言ったとおり電源ランプが点灯していない。「まさかな……」と思いつつ赤髪のほうに顔を向けると、彼女はムスッとしていた。片頬が膨らんでいるだけなのは、不幸中の幸いである。


「何の話でしたか? ――あ、話を戻しますね。それでですよ、私は避妊具なんて使わないので譲りますけど、何日分必要ですか? 一週間くらいですか?」

「要りません」

「子孫繁栄を目指しておられましたか。これは、配慮が足りていませんでした」

「謝る必要はねえよ。貰わなくても飽和してるから要らないってだけだ」

「でも、廃棄処分するの勿体無くて。それに――」


 間を置く係員。同じ頃、ラクトが稔の隣に移動していた。遠目でムスッとしていても何も始まらないと思って、会話がしやすい位置へ向かったのである。そんなことなどつゆ知らず、係員は顔を俯かせてか細い声で話した。


「科学技術を用いない原始的な子作りにしか使わない道具だと思うので」


 ギレリアル連邦で『子作り』と言えば、皮膚から取り出した細胞を精細胞にして卵細胞と受精させるという行程を指す。言い換えれば、人工的に子供を作ることが生殖行為なのである。避妊具を使用する場面なんて一つも無い。


「使うべき奴が使うほうが道具も喜ぶと思うから、ってところか」

「そうです。もちろん、お金は要求しません。廃棄処分代わりです」

「……自分から交渉決裂に導こうとするとか馬鹿だろ、お前」


 廃棄処分代わりに誰かに渡すという行為は悪質極まりない。避妊具という性能が追求される物の場合、お中元に贈られてきた飲料が全て賞味期限切れという事態と同義である。性能面で劣る物を無理して使う気になるわけない。もし使うとすれば、それは「もらったから」という情け以外の何物でもないのだ。


「私は条件付きで貰いたいかな。廃棄処分といってもギレリアル産だし、大陸国家じゃ一番の性能と品質を誇ると思うし。だから、今の管理状況が問題かな」

「問題無いです。未開封のまま保存しているので」

「だってさ。稔はどう?」

「妊娠の危険性を孕んでるのはお前の身体だから、俺はラクトの決断に従うよ」

「ということは、交渉成立だね」

「ありがとうございます! すぐ準備しま――」


 職員が避妊具を取りに行こうとした、その時。支援要請を受けて駆けつけた作戦部隊がアナウンス室に押し寄せてきた。刹那、係員が目を丸くして瞬きを止める。身体を震えさせたかと思うと、自称淑女は床と下肢を触れ合わせた。


「使用禁止道具の名が挙がっていたな。公序良俗違反として没収する。逮捕だ」

「(使用禁止……?)」


 稔は何が問題なのか疑問に思った。レーティングマークが記載されていない時点で全年齢向けだと思われてもおかしくないのだから、その雑誌に付いてきた特典がいくら卑猥であっても責めることは出来ないのではないかと。けれど、憲法解釈を変えて少数派の意見を殺す国家に、それは通用しない。


「無知な外国人で申し訳ありません。なぜ、使用禁止なんですか?」

「国家で性欲を管理している為だ。生殖行為の際にのみ、性欲を活発にさせる」

「そうだったんですね。失敬ながら、回答ありがとうございました」


 稔は自分を下げて質問して逮捕理由を聞く。それから、失礼な行為だと自覚しているのを態度で表すために深く頭を下げた。だが、係員が避妊具を置いていた場所に作戦部隊の一部が同行して歩き始めた寸秒のこと。稔は深く下げていた頭を強引に上向きにさせられ、自身より高身長な女性に胸ぐらを掴まれた。


「明日にはお前の命など無くなっている。……手を出さなくていいのか?」

「誰に出すんですか?」

「私やこの周辺の兵士に、だ。ナイスバディだと思うだろう?」

「いいえ。貴方達には興奮を覚えません。交際してる女性が居ますからね」

「嘘を言っても……無駄なんだよッ!」


 本当のことを言った次の瞬間、稔は強権的な女兵士に首を締められた。途端に顔が赤くなっていく。しかし、ここで女兵士の身体に触れたら最後。何を言われるか分からなかった。もちろん、会話など出来る雰囲気ではない。


「(――六方向砲弾アーティレリー・シックス、一方向に目の前へ――)」


 稔はついに自己防衛を行った。砲弾を展開し、一方向にまとめて相手を攻撃する。高い身長の相手に「目の前」と宣言したのが大きな勝機に繋がったようで、砲弾六つは相手の心臓の少し上あたりに命中していた。たとえ防具があっても戦車や軍艦ではないから、砲弾が勢い良く飛んできたときの衝撃は大きい。


「うぐ……」


 稔は首絞め地獄から解かれた。すぐさま『跳ね返しの透徹鏡壁バウンス・ミラーシールド』を使用し、ラクトの手を掴んで引っ張り防御圏を設定する。安全な領域を確保した稔は、絞首後の痛みに苦しみながら作戦部隊の先頭に立つ女に対して言い放った。


「罪のない人間を絞首するのは、人を守る組織としてどうなんだ」

「攻撃したな……」

「攻撃したのは確かだが、あくまで正当防衛だ。首を絞められて抜けだそうとするのは、自殺したくない者が命を繋ぐ手段として必然的なものと言える」


 稔は正論を話したが、気違い司令官は聞く耳を持たない。


「女を攻撃するとは、断じて許せない行動だ」

「なら、あのまま抵抗しなければ俺と対話したのか?」

「するわけないだろう。蛮人の死に様を見たいだけなのに。それなのに、お前は私を攻撃した。これは最低で卑劣な行為だ。死刑を求刑する」


 本性を明らかにした作戦部隊の先頭に立つ女は、激情に駆られて稔に銃口を向ける。否、彼女だけではない。まるで傀儡人形のように、部下達も黒髪に対して銃口を見せた。彼女らは同時にロック機能を解除する。そして、何十人という兵士たちが同時に発砲した。刹那、アナウンス室とロッカールームを繋ぐ扉が閉まる。もう、離脱するためにはテレポートを使用するしかない。


「いい顔だ。死に際に対抗心を燃やしたまえ!」


 しかし、稔は離脱しなかった。強気な敵を屈服させるところに面白みを覚えてしまったのである。もちろん、奴隷にするつもりは一切無い。戦闘を指示した戦犯を除く兵士らに正しい思考能力を身につけさせたら、彼女らはすぐ解放する。


「……え?」


 稔が方針を決定した瞬間、張っていたバリアによって銃弾全てが跳ね返った。防弾チョッキを着用していた兵士達だったが、部屋の出入口に十人以上がひしめき合う中で勢いそのままに跳ね返ってきた銃弾から逃がれることは出来ない。顔面や首などの弱点を露わにして負傷した兵士が複数名出た。


「銃を置け。そうすれば、作戦開始を指示した者以外は帰す」

「……銃がなければ対抗できないとでも言うのか? 冗談は他所で――」


 強権的な指揮官と同じ思想の兵士一人が、稔の目の前で剣を振りかざした。しかしそこには、罪源の特別魔法を使用してもホールが開くだけという実力を持つバリアが張られている。人類が剣を振りかざして太刀打ち出来るものではない。


「え……、あ……」


 振りかざされた剣は勢い良く跳ね返って、兵士の顔と頭を傷つけた。切れ味の良い最高品質の剣で斬られた女は、顔面から大量の血が流す。同じ頃、後方で兵士達がざわめき始める。それから少し経って、稔が一切の武器を持っていないことから攻撃されないと確信した一部の兵士が、持っていた狙撃銃を床に置いた。


「決断の時だ。俺は攻撃してこなければ攻撃しない。あくまで防衛に徹する」


 稔は自分の方針を口頭で明らかにした。しかし、指揮官は信じていない。


「なぜ銃を置くんだ! 私達はまだ戦える! 一人でも生き残れば……」

「隊長。現実を見て下さい。私達では勝てません。どう足掻いても無理です」

「そうです。一人残らず負傷します。有毒ガスを無にする為に来たのに、それとは違った理由で死者が出てしまいます。私たちは傀儡人形ではありませ――」

「黙れ、黙れ、黙らんか! 上官の命令には服従しろ! 絶対に勝てる!」


 作戦の実行を指示した女は、部下からの発言に聞く耳を持たなかった。指揮官以外のほぼ全員が所持していた銃を置こうとしている中では、異常者にしか見えない。これでは、死にたくない誰かがまた亡くなるだけだ。稔は一人でも多くの兵士を本来の作戦に向かわせたいと思い、紫姫を呼び出す。


「またか。まあ、貴台のやりたいことは分かっているが――」


 短く言うと、紫姫は数分前にも使用したばかりの『時間停止タイムストップ』の効力を発動させた。稔は精霊が頷いたのを見てすぐ、指揮官が持っている銃を奪取しに向かう。一方紫髪は、作戦を指示した女以外が置いた銃を一つの場所にまとめることにした。雑巾がけをするように、手に埃を付着させながら集める。


「――テレポート――」


 効力が発動している時間が終わったと同時、紫姫が魂石に帰還した。稔はそれを受けて魔法使用を宣言する。バリアまで戻った頃、女兵士達は阿鼻叫喚の声を上げていた。いつの間にか銃が視界から消えていたのだから当然である。それを見つけた時、奪われていなかったことに喜ぶのだから当然である。


「一つ、私のが足りない……」

「お前の一つは俺が持っている。お前が降伏を認めれば、お前以外を解放する」

「私が降伏する訳ないだろう。私の安全が確保されていない」

「お前は馬鹿だな。お前の配下に居る奴らは傀儡人形じゃねえんだよ。思想は同じかもしれないが、お前の為に命を落とすつもりは一切ない。そういう奴らだ」

「なら、上官として命令をしてでも――」

「墓穴を掘ったな。強制性を指摘している目の前で命令を出すとか、正気か?」


 圧倒的に不利な立場だった指揮官は、稔の言葉を聞いて「敗北が確定した」と思った。しかし、男に論破されるのは断固として認めたくなかったがゆえに諦めきれない。現実を直視すれば、今すぐにでも自分以外を作戦に向かわせた方がいいのは百も承知だった。だが、自分の思想とぶつかって諦められない。


「俺だって、お前が抱える優秀な人材をこれ以上殺したくねえんだよ。美女を殺して喜ぶような猟奇的な犯罪者じゃねえからな。だからもう、諦めてくれ」

「諦めたくない……!」

「諦めてくれよ。頼むから、頼むから諦めてくれ……」


 そう言い、稔は指示を出した女に頭を下げた。圧倒的に有利な立場に居た者が頭を下げる光景を見て、女兵士たちの間に動揺が広がる。勝っている人間が負けている側に情けを効かせていることこそ屈辱であると考えた兵士達は、素直に負けを認めたほうが身のためであると考え、稔に同調して彼女らも頭を下げた。


「諦めて下さい、隊長……」


 負けを認めれば、自分たちは栄誉ある職務に戻れる。認めなければ、何の評価も得られない泥沼の勝ち目なき戦いにズブズブと巻き込まれるだけだ。そうなったとき、屈辱を味わうのは自分達だけである。


「私たちの負けだ。今すぐに私以外の兵士を部屋から退出させてくれ」


 ついに、隊長が思想を二番にして負けを認めた。同じ頃、安全が確保されたとして、あわや殉職という状況に置かれていた女兵士数名に対し『回復のハイルリン』が配られた。中に入っていた成分をしっかりと再現出来ていたらしい。ラクトが作ったそれで、負傷者は一気に元気を取り戻した。


 

 指示を出した女以外の女兵士が部屋から出たあと、部屋に一切の拳銃が無いことを確認してラクトが部屋に施錠を掛けた。続いて、稔がバリアを解除する。アナウンス室の隣に会議できる部屋があることを知っていた黒髪は、二人を連れて隣室へと向かうことにした。しかし、捕まった兵士は怯えている。


「どうかしたか?」

「何かされるのではないかと思うと、とても怖くて……」

「彼氏――いや、彼女居たことないのか?」

「は、恥ずかしながら……」

「そっか。まあ、安心していい。拷問とかする気ないし。尋問はするけどな」


 ゆっくりペースで歩いても、すぐに到着してしまった。立ち話で尋問を進めても集中力を欠くだけなので、稔は迷わずVIPルームらしきアナウンス室の隣部屋の扉を開けて照明を点灯させる。同頃、ラクトがアナウンス室を消灯した。


「どうぞ、座って下さい」

「あ、は、はい……」


 ラクトが入室するのを待って扉を閉めた後、稔は指示を出した女にそう言って座らせた。一方、黒髪は赤髪が座った隣に着席する。そして、尋問が始まった。

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