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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-11 救援部隊はいずこに

 紫姫が発した『あるじ』という言葉に、オタク文化の発展に尽力していそうな周囲の女性たちが一斉に声を上げた。自分に不都合な大声を吐かせまいと精霊は彼女らの言動に歯向かうが、紫髪は自信がないと言っているようなくらい小さい声で話している。「助けて」とか口から出しても、女達の大声には敵わない。


「こんなメイドを従えているなんて、羨ましいんだ!」

「でゅふふ、お持ち帰りしたいお……」

「この子、いい匂い。クンカクンカ――」


 危険人物のリストがどんどん更新されていく中、紫姫は腰を抜かしそうにしている。現状を伝えようと魂石越しにデンジャラス・ウーマンらの話を垂れ流していたので、稔は紫姫がどのような状況にあるのか理解していた。けれど、サインを書き終えるまで向かうことは出来ない。


「抱きしめたいお……」

「やめなさいよ! このメイドは私たちの共有財産でしょう?」


 紫姫が放つ芳香はラクトのそれを上回っている。一七〇センチ台が女性の平均身長であるギレリアルにおいて、紫髪の匂いが背の高い女たちの鼻孔にダイレクトで伝わるのは火を見るより明らかだった。また、芳香は男だけをノックアウトする訳では無いらしい。本当に抱きしめようとする者が登場した。


「すみません。少し、お時間を頂戴できませんか?」

「構いませんが……」

「ありがとうございます」


 それを見て、稔は決意を固めた。早急に紫姫を魂石に帰還させようという前々から持っていた気持ちに動かされ、行列を作って並んでくれていた人に断った上でサインのことを後回しにする。テレポートをするには危険なので、彼は早歩きで紫姫のもとへ向かった。到着まもなく、稔は紫姫の一歩前に出てこう言う。


「『可愛い』とお褒めの言葉を拝聴できるのは主人としても大変光栄ですが、従者はご覧のとおりです。節度あるコミュニケーションを宜しくお願い致します」


 深い礼をする稔。だが、それは逆効果だった。五秒くらいして頭を上げてみると、紫姫に向けられていた「可愛い」という評価が自分に向けられていたことに気づく。自分より身長の低い男を見て、男の娘という概念に似た考えが女達の脳内回路に出現したらしい。そして、一人の女性が一歩前に出た。


「貴方、本当についてるの?」

「えっと……」

「分からないような素振りを見せても無駄よ。そこに静止なさい」

「いや、ちょっと意味が分からな――うぐっ」


 男ほどではないが、女でも股間部は急所。仕返しされることを恐れたのか、潰されるほどの痛みを稔は受けなかった。しかし、前提として歯を食いしばる程の痛みを走らせる。わし掴みされた時、稔は思わず口から声を漏らしてしまった。


「し、紫姫、ちょっと壁代わりになってくれ……」

「構わないが――」


 紫姫の右肩に右手を置き、左手を股間部に当てる稔。一方で、突如触ってきた姉御系の女性は動揺していない。もちろん、受ける必要のない痛みを与えたことの謝罪は行われた。けれど、女は澄ました顔。恥ずかしさの欠片もない。


「一七〇センチ台の男なんて初めて見たのよ。ごめんなさいね」

「そのうち引く痛みなので、気にしないでください」


 はにかんで答える稔だが、胸の内で抱える感情は正反対だった。親しい仲ならまだ許せたが、初対面の女性からまさか握られるなんて予期せぬ出来事。「痴漢で立件してやろうか」と苛立ちを強くする。けれど、優しい彼はそれをしない。


「そういえば。疑問に思ったんですけど、平均身長って何センチなんですか?」

「一七八センチだった気がするお。君は何センチでふ?」

「僕は一七五センチです。紫姫は一五六センチですね」


 稔と紫姫は約二〇センチの身長差がある。しかし、もう一つ同じくらいの差が出来た。ある女性の身長差が黒髪と約二〇センチだったのである。一九二センチのスレンダーな美女が、稔の隣に来た。「話したいのかな?」と思って、痛みが収まっていた彼は紫髪の肩と自分の股間部から手を離して場所を提供する。すると、会話ではなく紫姫へのスキンシップが始まった。


「この子、低い。肘を置くのに丁度いい」

「(すげえ、頭が肘置きになってる……)」


 紫姫は屈辱を感じたようで、頬を膨らませていた。自分を可愛がっている目の前の女性全員に身長が敵わないこと、スレンダーかと思ったら着痩せしているだけだけでアイテイル並みだったこと。そしてなにより、心を許した訳ではない相手に髪の毛を触れたのが苦痛で仕方なかった。


「さて。皆さんは紫姫と会話とか続けられますか?」


 問うと、女性たちが首を左右に振った。そもそも、いじめたくて紫姫と一緒に居たわけではないから当然である。質問から数秒、結果を受けて稔が言った。


「じゃ、紫姫。様子見て戻ってこい」

「了解した」


 そう言って右に一八〇度回り、稔はサインを書くために元の場所へ戻った。支援部隊が来るまでに作業を終わらせるという当初の目標を忘れたり諦めたりしていなかった彼は、戻るとすぐに断っていた女性からのサインに応じる。



 一五分くらいが経過した頃、ようやくサイン会が終了した。しかし、一向に救援隊などの支援部隊が到着しない。キョロキョロと見回してみても、それらしき服を着た人の姿は見受けられなかった。事態の悪化を食い止めたいと思って、黒髪は職員に聞く。救護スペースに居た女性に、稔はこう質問した。


「連絡したんですか?」

「もちろんです。連絡は事件発生と同時に行いました」

「でも、あまりに遅くないですか?」

「確かにそう思います。事件発生から既に二十分が経過しようとしていますし」


 作業の反動として稔は時間を忘れていたが、テロ発生から既に二十分が経過していた。最高峰の文明レベルを誇る国家で救急車などの到着に二十分も掛かるだなんて他に何かあったに違いないと考え、稔と職員は同時に首を縦に振る。


「不可解だと思うので、偵察に向かってよろしいでしょうか?」

「構いません。できれば、大聖堂と交信する者が居ると助かります」

「分かりました」


 稔はそう言い、サタンとアイテイルを呼び出した。魂石に戻っていた訳ではなかったサタンは、少し不満気な顔をしている。しかし、状況を知るとすぐに態度を変えた。職員を混ぜた四人で手短に話し、各自の役割を確認する。


「俺と紫姫は偵察。サタンはアナウンス室で待機。アイテイルは職員と待機だ」

「把握しました」

「了解です、先輩」

「では、各自解散」


 終えてすぐ、全員は異なる行動を始めた。サタンはテレポートしてアナウンス室へと向かい、アイテイルは職員とともに救護に当たりながら情報が伝わってくるのを今か今かと待つ。一方稔は、歩きながら紫姫を呼び出した。


「戻ってたか」

「うむ、さっき戻ったばかりだ。話は聞いているから、このまま進んでいい」

「分かった」


 稔と紫姫はスタスタと歩き、大聖堂の正面出入口から外へ出る。するとすぐ、事件が公に出ているのが分かった。大聖堂前の道を通る歩行者は一人もいない。稔は地上の様子を、サタンとアイテイルに向けて伝えた。すると、次の瞬間。


「銃声……音?」


 それは、明らかに銃弾が放たれる音だった。間もなくして、女性の叫声が耳に響く。世界遺産をバックに銃撃戦が繰り広げられていることが、音で三人に伝わった。一方の稔は、瞬時に情報を整理して現況を伝えている。


「――大聖堂前の状況は以上。サタンはラクトに繋いでくれ」

「わかりました」


 いつ狙われるか分からない場に待機するのは自殺行為だと考え、稔はラクトに繋ぐ時間を借りて上空へ飛び立った。刹那、紫姫も主人と同じ行動を取る。魂石の向こうでラクトが声を発したので、黒白は高さ一五メートル付近で止まった。


「どした?」

「今から通話アプリでテレビ電話だ。映像を映すから、できたら配信してくれ」

「配信は出来ないと思うけどなあ。でも、分かった。じゃ、準備するね」


 クリック音とキーボードの入力音が魂石越しに聞こえる。アナウンス室にあったパソコンで稔のスマホをジャックすると、ラクトは魂石の向こうで言った。


「ということで、あとはカメラマンの手腕。稔、ファイト!」

「分かった」


 ポケットからスマホを取り出し、カメラアプリが起動しているのを確認する。深呼吸した後、稔は通話開始アイコンをタッチした。通話出来ていることがアプリの向こうに映ったラクトの顔で裏付けられると、稔と紫姫は再び上昇を行う。そして、先ほどの倍の高さで高度を維持する。と、その時だ。


「サウンドオンリーにしたから、画面いっぱいに撮影してる映像出たでしょ?」


 使用していた通話アプリは、片方だけが映像を映すことも可能だ。相手のみがサウンドオンリーで通話する時に限り、普通なら相手方のアイコンが表示される場所に、自分がリアルタイムで撮影している映像が映し出せる。初めて知った稔は大いに驚いていた。つい最近まで友達を持たなかった者の宿命である。


「映像が見えない時は連絡入れるから、画面見ながら楽に撮影していいよ」

「了解」


 ラクトの言葉を聞いたあと、稔はブレないよう細心の注意を払ってサテルデイタの街の様子を撮影する。カメラマンは、まず大聖堂の上空をぐるりと右に回ってパノラマ映像を届けた。煙が上がっていないのを見て、彼は安堵の息を吐く。


 だが、不安材料が消えたわけではない。二人は少し高度を下げて、先ほど銃声音が聞こえた方へ向かう。でも、叫声が聞こえた場所に到着するまで時間は要らなかった。距離にして大聖堂から約百メートル。歩道が赤く染まっていた。それだけではない。大聖堂付近のほとんどの道路で同様の事態になっていた。


「でも、なんで射殺されないんだ? テロリストなら――」

「貴台は馬鹿か。あの人物の服装を見ろ」

「あの服装、……まさか軍人か?」


 紫姫が指をさした方向を見る。すると、そこには軍人と思わしき服装を着た人物が見て取れた。ヘルメットと防弾服を着用し、狙撃銃とライフル銃を一丁ずつ所持している。その人物を中心とする交差点間に警官も軍隊も居ないことから、稔はテロリストと断定した。紫姫も主人と考えを同じくしている。


「テロ犯の可能性が極めて高――」


 紫姫がそう言った次の瞬間だ。再び黒白の耳に銃声音が響くと、つかの間、複数名が叫声を上げる。それを受け、どこで発砲事件があったのか二人は確認を行い始めた。すると、思わぬ事実が発覚する。


「真下……」


 正確には真下ではないけれど、テロ犯と思わしき人物は大聖堂の入口がある道路に侵入していた。そして、犯人に狙われているのは民間人でないと分かる。なんと、歩道を赤く染めている人物全員が警察官だと判明したのだ。数秒後、稔と紫姫は朝のテロ犯と同一組織だと断定する。それに至った理由は単純だ。


「防衛できない民間人を強姦するのか……」


 彼らは死んだ女だけをレイプする訳ではなかった。朝のテロ組織が強姦の対象としていたのは、弱い女か防衛不可能な女だけ。幼女から熟女まで、初潮も閉経も気にしない。彼らは弱い者達を屈服させるために強姦という手を用いていた。


「貴台以外の者の隷下に置かれたくない。だが、我は奴らを殺しに向かう」

「覚悟できたんだな」

「うむ、我は大聖堂の前で散っても構わん。我は絶対、テロに屈さない」

「俺も同意見だ。そんじゃ、バリア張って行くぞ?」

「了解した」


 紫姫の返答を聞いてすぐ、稔は『跳ね返しの透徹鏡壁バウンス・ミラーシールド』を使用した。ゼロコンマの時間で透明なバリアで自分と戦友の身を守る壁を構築すると、今度は紫髪が、テロ犯が所持する狙撃銃以上の大きさの魔法を封じる銃を作る。


「準備完了だ」

「了解。――ラクト、ここから先は俺もサウンドオンリーだ」

「おけ。要請があればサタンとアイテイルの招集承るよ」

「わかった。頭に入れておく」


 そう言い、稔はテレビ電話を停止した。相手に略奪されると困るので、スマホの明るさを最低に設定してポケットの中に仕舞い、落とさないようボタンで留める。同じ頃、ラクトが通話アプリの音声ボタンを押してミュートにした。そのため、赤髪の声は全て魂石からに集約されて聞こえてくる。


「最終確認。倒すのはテロリストのみであって、市民等は絶対に殺さないこと」

「わかった」

「了解」

「うん。じゃ、テロリストを掃討して来い」


 魂石越しに背中を押される稔と紫姫。ラクトの言葉を聞いて決意を固め、二人は声を合わせて言った。


「「――ゲイムスタート――」」

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