表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
302/474

4-8 リリー大聖堂

 到着してすぐ、目に入ってきたのは巨大な塔だった。高速道路から確認できたので見当はついていたが、近くに来て見てみると、見上げるのが苦になるほどの高さであることがよく分かる。女性観光客が大半を占めていることも分かる。


「稔、なんか凄く浮いているような」

「これでもテロ事件解決に貢献した一人なんだがな」

「でも、ヒーローってのは貶される運命にあるものじゃん。気にしないほうがいいよ」

「それ、愚弄されてるのか賞賛されてるのか、どっちだ?」

「後者に決まってるじゃん」


 ラクトはそう言い、トントンと稔の左肩を優しく叩く。静脈など器官の機能に支障をきたすほどの威力で肩パンされた訳ではないので、むしろマッサージされるくらいの痛気持ちいい強さだったので、稔は内心で「ありがとう」と言ってしまった。マゾヒストではないものの、彼は「このくらいの痛さだったらもっとして欲しい」と思ってしまう。だが、それを言い出せるはずがない。――と。


「それじゃ、中に入っちゃおう!」


 ラクトは主人の内心を読み、各文節ごとに彼の左肩を叩いた。彼女から程よい強さのマッサージをされて喜ばないほど、稔は赤髪とドライな付き合いではない。少し過剰だとしても、彼女からスキンシップを受けて黒髪は嬉しく感じた。


「ところでさ。今更言うのもどうかと思うけど、名前聞いてないよね」

「確かに。――君、名前は?」

「ガブリール・イリイチ・マルシェフです」

「じゃ、『リール』かな。ラクトは何か良い案あるか?」


 男の子から名前を聞いて咄嗟に思いついたニックネームを発する稔。しかしニックネームとしてはダサいような気がして、彼女からも意見を求める。赤髪は考えていたようで、彼の質問が終わってすぐに説明付きで提案した。


「『りくるん』でしょ。『リール』と『くん』を組み合わせて、『りくるん』」

「なんというセンス……」

「いやいや、『蝶』から『姫』って単語を連想した人には敵わないって」


 誰のことを言っているのか、稔はすぐに分かった。そして、彼女が自分のことを馬鹿にしている訳ではないというのにも気づく。そういう風に聞こえても、ラクトにそういう考えは無いのだ。むしろ逆で、彼女は稔を褒めている。


「でも普通、思いつかないか? 『蝶』って擬人化すると高貴な感じあるだろ」

「紫姫って言葉遣いだけは男っぽいけど、他はどう見ても乙女だしね」

「そうだな」


 ラクトが『年の若い女性』という意味で言ったのか、もしくは『処女』という意味で『乙女』と言ったのか――。稔は声に出して聞こうとした。だが、聞けば子供に悪影響を及ぼすのは言うまでもない。その一方で、言葉遣いさえ直せば紫姫は超絶かわいいという共通認識が確認できた。


「てことで。りくるん、中へ進むよ!」

「はい!」


 リールの返答からすぐ、ラクトが男の子と手を繋いだ。母と子に見える二人は同じ歩調で建物の中へと進む。それを見て歩くペースを合わせる稔。彼は親子に見える二人の横を歩いた。逸れないように気をつけながら、三人は人混みを抜けて受付待ちの列の最後尾へ向かう。約五分後、ようやくその時が訪れた。


「六歳以下無料、七歳以上一三歳未満は五〇〇フィクス、一三歳以上六五歳未満一〇〇〇フィクスです。年間パスポートをお持ちであれば、ご提示ください」

「パスポート持ってないです」

「では大人二名の入場料、二〇〇〇フィクスをお支払い頂きます」


 受付係員は三人を見て年齢を炙りだし、支払金額を指定する。リールの反論がないということは異論がないということだと考え、ラクトが財布から一〇〇〇フィクス紙幣を二枚取り出した。彼女が財布を片付ける裏、稔がそれを受け取って係員に手渡す。そして、すぐに会計が終わる。


「こちらがチケットになります。大人用二枚と小児用一枚です。ご確認下さい」


 渡されたチケットのサイズは、大人用と小児用で違った。どちらも栞のような形をしているが、寸法が明らかに違っていたのである。大人用と小児用では、二対一の比だ。小児用は親の管理に置かれることを前提としているらしい。


「どうぞ、そちらへお進みください」


 チケットを握りしめ、指示された方向へと二人は進む。するとそこには、駅で見る自動改札機が設置されていた。昨日の遊園地以来の改札機である。稔は思わず、栞の形が保たれるか心配になった。しかし、チケットはラクト払い。自腹でないなら、先へ進むしかない。


「さあ、どうだ……?」


 栞に描かれていたイラストが見るも無残な姿になってしまっては、購入しなければ入手できない意味が無い。切符のように穴が開けられる程度であれば許容範囲だったから、稔はそうなるようにと期待した。そして、その時が来る。


「やった……!」


 改札機から出てきた栞を見てみると、上部に穴が開いただけだった。稔が期待したどおりの結果である。後に来る観光客へ迷惑を掛けるだけなので、出てきた栞を取って彼は改札機の奥へと進んだ。それに続いて、ラクトが入場する。同じように小児用の栞を使い、リールが赤髪の後に入場した。


「おおお……」

「こ、これは――」


 改札機を抜けてすぐ、三人の目の前には大広間が現れた。中央の塔は一〇〇メートルもの高さを有しているが、大広間の上の方には一切のフロアが無い。類似建築物だとエルフィリア・メモリアル・センター・タワーがあるが、中央に螺旋階段はなかった。一方で、壁際に螺旋階段に酷似したギャラリーがある。


「ヴァルキリー像があるね」


 大広間の中央には、ヴァルキリー像が設置されていた。今にも剣舞を始めそうな程の戦闘態勢のそれは、白色で塗装されている。ゲームの世界で登場するヴァルキリーとは違っていて、実在する人物をそこに召喚したかのようだ。もちろん目や鼻、口の大きさに文句を付ける必要などない。


「上れそうだな、あの螺旋階段」

「……行くの?」

「余計に経費がかかると分かったら止めるってことで、な?」

「いや、そうじゃなくて――」


 稔は首を傾げてラクトが言うのを待った。けれど中々言い出そうとしないものだから、黒髪は嘆息を吐いた後で彼女の背中を撫でる。落ち着かせようという意図だ。撫で始めから十秒くらい経過して、稔はこのように言う。


「俺が手すり側歩くから安心しろ」

「いや、別に高所恐怖症って訳じゃないんだけど……。でも、間違いじゃない」

「ああ、リールを心配してるのか」


 思い返してみれば、EMCTの最上階に上ったときラクトは叫声を上げていない。彼女が高所恐怖症でないと記憶をもとにして確定付けると、稔はもう一度背中を撫でた。二度頷き、ラクト――ではなくリールのほうを見て言う。


「高いところ、上れる?」

「こわいからいやだ」

「まあ、まだ子供だしな。それこそジェットコースターに乗れない身長だし」


 リールが首をぶんぶんと勢いよく振るのを見て、稔は寄り添って言った。ギレリアルの事情を考えるに、幼い男の子を一人置いて二人だけで観光を楽しむのは気が引ける。紫姫みたいなお姉さんと一緒に、駅の待合室のような場所で待機させることが出来ないかと稔は考えた。


「待合室とか無いのか?」

「駅じゃあるまいし、無いと思うけどな」


 とは言いつつも、稔の台詞を聞いてラクトは探してくれた。だが、身長的に無理がある。女性が観光客の大半を占めているとはいえ、赤髪は大勢の人々が行き交う中で目印となれる身長では無かった。


「身長が欲しい……」

「肩車しようか?」

「いやそれ、私が恥かくだけじゃん!」


 そう言い、ラクトが全力で肩車を拒む。稔はそんな姿を見て、更に肩車をしてやりたくなった。けれど、欲望に従順では主人という大役を務められない。願望などは全て夜に開放し発散することにして、稔は彼女のほうを見て話した。


「恥をかいてる姿も可愛いけどな。沈んでる姿、ギャップあって好きなんだが」

「見せたくて見せてる訳じゃないからね?」

「わかってる」


 稔はそう言って話に区切りをつける。もちろん、その次に始まるのは待機室探しだ。上部から吊るされている看板に、なにか鍵となる情報が書かれていないか確認を続ける。一五秒後、ついに価値の高い情報を入手することに成功した。


「(待機希望者は女神像を右にお進み下さい、と書いてあるな……)」


 文章は構内図と併記されていた。構内図を見る限り、三人が今居るところから右に進むと待機室に入室することが出来るらしい。素晴らしい情報をゲットしたと感じて、黒髪は一度頷いてからラクトに告げた。


「ラクト。待機室見つかったから、行くぞ」

「わかった」


 離れないように細心の注意を払い、稔はラクトとリールを連れて待合室があるというヴァルキリー像の右側へと進んでいった。吊るされている看板は景観を損なわせるということで無い。そのかわり、床の案内板が大活躍している。待合室へと導いてくれる赤い線の上を歩き、三人は難なく到着した。


「ここが待合室か。結構いい設備だな」


 映画館のようなスクリーンにはテレビ番組が映し出されており、座席数も五〇〇席と申し分ない。文化遺産を構成する色と同じ色の壁の一部、ガラスになっていたところから見えた情報で、稔は中がどのようになっているのか見当をつけた。けれど、別に自分が入るわけではない。


「紫姫。リールを頼む」

「把握した。終わったら魂石越しに連絡を入れてくれ」

「わかった」


 力強い握手を交わし、稔と紫姫は別方向へと進んでいく。もちろん、リールは紫髪サイドである。しかし姿が見えなくなってすぐ、稔は精霊をまるで保育士のように扱う自分を責めてしまった。けれど、自責の感情はすぐに薄れる。


「稔は悪く無いから自責しないでよ。それに、昨日の分も楽しまないと」

「昨日の分か」

「そうそう。昨日分も楽しまないと」


 ラクトの問いに、稔は少し恥ずかしくなった。けれど、回答しないのも道理じゃない。黒髪は首を大きく上下に一つ振って理解を示した。そして、デートが始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ