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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-7 殺戮からの回帰

 自否会の一人が発砲したのを皮切りに、テロ組織の構成員が我も我もと稔を目標に銃弾を放っていった。しかし、幾ら発射されても焦点は動かない。次々と飛び交う銃弾に怯える男の子を自身の後ろに配置し、主人はバリアの効果が続くことを祈って剣を構える。一方、紫姫は魔法を打ち消す銃を構えた。


「撃て、撃て、撃ちまくれ!」


 しかしそれは、あくまでも自分たちに攻撃が及んだら反撃するという意味でしかない。言うならば自衛隊と同じだ。専守防衛、敵からの攻撃で死傷者が出ない限りは戦う気など無い。基本的には平和的解決、会話を重点においた解決を望んでいた。相手を殺すのは最終手段である。その理由は単純だ。


「紫姫。その銃の威力、解ってるよな?」

「当然だ。我は攻撃を跳ね返せている状況で発砲するつもりはない」


 紫姫の特別魔法の一つである『空冷消除マギア・イレイジャー』は、魔法の効果を掻き消してしまうほど強力な空気の銃弾を放つ。それほどの威力をもった魔法を人に向けて使用すれば、相手が見るも無残になってしまうのは昨日訪れた遊園地で証明されていた。それゆえ、紫姫には簡単に引き金を引くことができない。


 一方同じ頃、テロ組織は稔を目標に撃った銃弾が跳ね返ってくることに大いなる恐怖を抱いていた。多数の人間が撃ったのだから、跳ね返ってくる量は当然それに比例する。自否会のメンバーは自分たちが招いた恐怖から逃れるため、トイレ内を縦横無尽に駆けまわった。一部構成員は、個室に篭って待機している。


「銃を降ろせ。俺らはお前らと戦いたくない」

「きれいごと言ってんじゃねえよ! 男なら戦って散るべきだろうが! 平和ボケした女々しいクソ野郎が、俺らの行動に生意気な口叩いてんじゃねえッ!」


 メンバーの一人がそう言って銃を構える。『戦って散る』というワンフレーズから、稔は武力をもって全てを解決しようとすることを賞賛しているように思った。本来なら最終手段であるべきそれが、最初に取るべき行動になってしまっていることに、黒髪は強い正義感を覚える。


「この国の女性特権は酷いものだと聞いている。自否会が主張することもよく分かる。けどな、激情に駆られてテロ起こして、捕まえた女を強姦して、挙句の果てに子供を拉致監禁して、そんなのが許されるとでも思ってんのかよ!」

「当然だろ。革命を起こせば歴史に名を残せるからな」

「なるほどな。確かにそうだ」


 テロ組織のメンバーは笑って言った。その一方、稔は自否会が革命を起こす気でいることを確認して疑問を抱く。思想が違う以上、相手に怒りをそのままぶつけるよりは冷えた顔で話したほうが良いと考え、彼は平常時の声で問うた。


「質問だ。革命ってのは民衆が力必要になるが、自否会のメンバーは何人だ?」

「約一〇〇〇人程度で展開中だ。これはギレリアル男性の約八割を表している」


 ギレリアル連邦に籍を置いている『人族ヒュームルト』の男性が、わずか約一三〇〇人しか居ないことに稔は驚きを隠せない。また同時に、何億という人口に対して何千という少数派を保護しろと主張するのは確かに難しい話だとも感じた。


「八割か。ところで、いつ頃から急激に減ったんだ? 二度の大戦の時の兵士は男性がメインなんだろ? もしかして、そこで急激に減ったのか?」

「聞くまでもないだろう。君は今、自ら答えを出した」

「戦争で、失ったのか?」

 

 稔が問うと、テロ組織のメンバーはタイミングを合わせて頷いた。しかし徴兵されたとしても、戦う男性は若くても一三歳くらいの少年兵なはずだ。戦争で多大な損失を受けたとして、果たして何千万、何億という人の命が半世紀ほどの間に飛んでしまうだろうか――。稔は、そんなことを考えた。


「これ以上は、サテルデイタ市街にある『旧サテルデイタ最高裁判所』へ行くといい。二度の大戦でギレリアル連邦が受けた被害を知ることが出来るからな」

「わかった」


 自否会のメンバーから情報をゲットすると、稔はそう言って軽く礼をした。しかし、自否会に会話で解決などという思想はない。そのため彼らにとって、稔のとった行動は挑発にしか見えなかった。男達はバリアの効力が薄れたであろうと思い、また同じ過ちを犯したいのか銃を構える。そして、発砲した。


「だが、俺らは革命を目論む集団だ。容赦はしない!」


 しかし、容赦されなかったのはテロ組織のほう。彼らが「隙を突けた」と思って発砲した全ての銃弾が弾き返されてしまい、先程よりも銃弾の量が増していたため、自分の首を絞める形となってしまった。どう足掻いても勝ち目がないことに気が付き、自否会の構成員らは次々に顔面を蒼白させていく。


「嘘、だろ……?」

「こんなのあんまりだ! 勝ち目が無いじゃないか!」

「終了だ終了だ終了だ終了だ――」


 圧倒的な力で、何一つとして攻撃を行おうとしない稔と紫姫。しかし、バリアの効力は永遠でない。サタンの『複製』能力が切れる時間よりは遥かに長いものの、流石に一週間ももたない。せいぜい二四時間が限界だ。そう考えれば、十分という時間設定は絶望まで程遠い時間設定である。


「武器を置け。俺らに銃を発砲したところで、勝ち目なんかない」

「置く訳、あるかァァァッ!」


 使用者とその配下以外には透明に見えるバリア。銃を撃っても跳ね返ってくる恐怖は底知れないものだ。しかし、テロリストはバリアを破壊する気を失せさせなかった。体当たりであれば破壊できるのではないかと考え、男たちはバリアへと向かって突進する。しかし、当然のことながらバリアは破壊できない。


 すると、その時。ゲーム開始から約九分後のことである。緊急放送が行われていたスタジオを警察が突き止めたらしく、スピーカー越しに男の叫声と警察官が撃ったことで発生したとみられる銃声音が聞こえた。


「市警だ!」


 銃声音の放送から間もなく、男子トイレを勢い良く開けて警官が入ってきた。人族は魔法が使えない種族だから、テロ組織に対抗する場合は防弾チョッキなど万全の対策を期す必要がある。入ってきた総勢十名の警察官も、それを意識した服装だった。顔立ちや髪の毛を見て、その人達全員が女性だと分かる。


「国家反逆罪で、貴様ら『自由を否定する会』を拘束する」


 カチャ、と音を立てて警官は男たちに銃を向けた。後方に居た警官の一人が、リーダー的存在の警官に男たちを従わせるため、後方から言葉で支援する。防弾チョッキからスマートフォンを取り出し、外の様子をテロリストに伝えた。


「サービスエリアの出入口の全てと屋上を連邦防衛軍が包囲していますわ」

「罪を認め、おとなしく我々の要求を呑め」


 防弾服を身に纏った警察官に対し、無防備な服装のテロリスト。無防備な一般市民を大量虐殺しようとして勝った気でいた結果だ。最後のあがきとして警官が向けている拳銃を奪取しようと考えたが、自否会がテロ組織であるというレッテルは剥がせない。ならば素直に降伏するべきだと考え、彼らは両手を挙げた。


「『自否会』一斉逮捕作戦、午前八時五四分、容疑者多数――」


 一人の警官がドラマでよく聞くような台詞を言う中、彼女以外の九人はそれぞれの容疑者らの手首に手錠を掛けるために行動を始めた。所持している拳銃全てを床に置くよう指示し、両手を挙げさせたままボディチェックをする。安全性が確認された容疑者らの首には、首輪のようなリングが着けられた。


「午前八時五六分、容疑者一四名確保。これより警察署へ連行します――」


 一人の警官が二人の容疑者を連れて警察署に向かうのではないかと稔は思ったが、実際はそうではなかった。男子トイレのドアを勢い良く開けた刑事が怪しげなコントローラーを取り出し、そのうちのボタン一つを押下した時、ついにギレリアルという国家の本性が浮き彫りになった。


「人以下のゴミは気絶してしまいさい」


 部隊の統括を務めているのであろうリーダー役の女性警官が言ってボタンを押すと、刹那、男たちに着けられていた首輪から強烈な電流が流れた。スタンガン以上の威力を受けてしまえば、闘争心剥き出しだったテロリスト達も太刀打ちなど出来っこない。彼らは、ゴキブリのようにその場に倒れた。

 

「あの、その機械って――」

「装着した生物をコントロールする機械です。欲求を失わせたり、犯罪を起こすために身につけた知識の削除など、容疑者の矯正を目的に使用しています」

「矯正……」

「はい。また、ギレリアルでは死刑執行時にも使用しています。犯罪者の手で自らの命に幕を下ろしていただき、罪を償ってもらうのです」


 どうやら死刑を執行する際、ギレリアルでは犯罪者に自殺してもらうそうだ。とはいえ、執行官の心理的負担が少なくなるのが確かだとしても、死刑執行前に洗脳を受けるのは可哀想だと稔は思った。けれど、国柄というのはどこの国でも存在する。そのうちの一つだと思って、彼は深く聞いたりはしなかった。


「機械の使用目的は理解しました。しかし、警官が生物を気絶させることは人権の侵害ではないのですか? 権利の濫用ではないのですか?」


 しかし稔は、少し違った話題で一つ、質問しておかなければならないと感じたものがあった。ふと思った疑問をすぐに文章化し、黒髪は警察官に問う。業務の邪魔になるのではないかと思ったが、ギレリアルに入国してから間もない稔。女性特権が認められた国がどういった国か理解しておく必要があると思い、彼は真面目な態度で警官の話を聞いた。


「政府が憲法解釈を変更したんです。『何人』とか『国民』と条文には書かれているのですが、このような性別問わず多数の人間を表す語句が指示するのを『女性のみ』と致しまして……。そうして、男性から人権が剥奪されてしまった訳です。ですが、観光客が激減したら話になりません。そこで政府は、国外から来た男性に女性と同等の権利を与えることにしたわけです」


 警官の話を聞き、稔は「酷い話があるものだ」と思った。まるで異種族に国家を乗っ取られることを容認しているかのようだ。でもギレリアルは、国益という概念を知らない売国政治家がトップに居座るような国家ではない。


「但し、入国する男性には条件を課せています。『指定機関が認めた相手以外とは交際しない』ということをです。同意していらっしゃいますよね?」

「そうですね」

「来てもらうのは大歓迎なのですが、国を他の種族に乗っ取られる訳にはいかないということで、苦肉の策な訳です。――分かっていただけましたか?」

「はい」


 警察官が言っていた内容を理解し、稔はそう答える。同頃、彼はふと隣を見てみて、近くで作戦を遂行していたはずの紫姫が先に理解して魂石に戻っていたことに気づいた。精霊の考えを汲み取った後、黒髪は視線を警官のほうに向ける。


「救出作戦にご協力いただき、ありがとうございました」

「いえいえ、そんな……」

「あまり謙虚になさらないでください。どうぞ、警察から感謝の気持ちです」


 深く礼をする警官に対し、稔は物凄い速さで左右の手を横に動かした。だが、刑事は後ろに引かない。彼女は「不必要だ」と頑なに拒む稔の話に聞く耳を持たず、謎の黒色ビニール袋を手渡した。そして、すぐにその場から退散する。


「なんなんだ一体……」


 押し付けられた袋を見て、嘆息を吐く稔。だが、それ以外にやるべきことがある。個室に残兵が居ないのを確認し、トイレの安全が確保されたことを男の子に告げると、彼はそれを証明するためにバリアをすぐさま解除した。形になって平和が戻ってきたので、男の子も満面の笑みを浮かべている。


「ありがとう、おにいちゃん」

「どういたしまして」


 男の子の笑顔につられ、稔も笑顔になった。普通の感覚をしていれば、子供の笑顔に勝てる者は居ない。「子供は世話を焼かせる」とか「声が煩くてうざい」とか、数日前まではひどい固定概念を持っていた稔だが、男の子を救いだしたことで過去のものとなっていた。


「そういえば君、お母さんとかは――」

「しんじゃった。きょう、このじゅっぷんかんで」

「お、お父さんは――」

「ぼくのおうち、シングルマザーなんだ。だから、おとうさんはいない」


 聞いた自分が馬鹿だったと、稔は俯いてしまった。しかし同時に、自分の母と父が死んでしまったことを簡単に話してしまう男の子の強さに脱帽する。そうして男の子の心の傷を少しでも癒やそうと決意し、黒髪はこう言った。


「お父さん、欲しいか?」

「ほしい」


 男の子はそう答えた。それと同時に、彼の背後で女の声が聞こえる。


「お母さん、欲しい?」

「ほしい」


 それは、ラクトの声だった。男の子は赤髪の優しげな声を聞くと、すぐさま一八〇度回転して胸に飛び込んでいった。彼氏の特等席にしたかったのがラクトの本心だったが、お母さん役を引き受けた以上は突き放す訳にいかない。


「泣いていいんだからね?」


 飛び込んできた男の子の後頭部を撫でながら、ラクトは優しい声を掛けた。亡き母との思い出を脳内再生してしまい、男の子の瞳には大粒の涙。ついに堰き止められなくなって、涙腺という名のダムが崩壊した。しかし、声には出さない。


「ねえ、稔」

「なんだ?」

「今は代理だけどさ、数年後、幸せな家族、作ろうね?」

「そうだな。当分の間、俺らの目標はそれだ」

「うん」

 

 ラクトが小さく頷いて微笑む。その一方、男の子が泣き止んだ。顔を上げ、赤髪――ではなく、黒髪の手を握る。もちろん男の子は、ラクトと距離を置こうとしたのではない。稔の手を握ってすぐ、赤髪の手も握った。


「おにいちゃん、おねえちゃん、よろしくおねがいします」

「分かった」

「頼まれました!」


 礼をする男の子に対して返答する二人。『本物』の家族のような雰囲気がそこにはあった。そんな中で、話題は謎多き黒色ビニール袋の話に移る。


「そういえばおにいちゃん、あのくろいふくろは?」

「ここに在るぞ。どうする、開けてみるか?」

「うん、あけてみて!」


 男の子が期待に胸を膨らませていた。向けられている視線に逆らうことなど不可能極まりなかったので、危険物が入っている可能性は低いと判断しながらも、稔は慎重に袋を開封して内容物を取り出す。


「これは紙幣だな」

「フィクス紙幣で渡すあたり、警官さんにはお見通しだったみたいだね」

「そうっぽいな。そんでもって次は――」


 黒い袋の中から、色紙のような厚みの紙を取り出す稔。いざその色紙に目を通してみると、大変なことが書かれていた。種族も主人と召使の関係も、警官の目には正確に映っていたらしい。


「相手を従属させる薬?」

「一錠飲ませると、飲んだ人に一つだけ絶対命令を出すことが出来ます……?」


 見た瞬間、危険薬だと気づいた。 危険薬は一つのみ。これを子供に渡すのがどれだけ危険なことかは、特典を大量に付ける商法で動員数や興行収入を増やす映画を特典配布開始日の一番最初の時間帯に見ようとしてチケットを買おうと当日に向かったら買えない、というくらいに分かっていた。なれば、誰かの管理下に置く必要がある。


「ラクトに預けたいんだが、……料理で使わないか?」

「ないない。というか、料理作るときは二人で作ろうよ。その方が効率良いし」

「なるほど。それなら大丈夫か」


 ラクトを信頼して、稔は警官から貰った例の品を預ける。危険な薬だと分かっていたから、彼女はジッパーの付いた透明なビニール袋の中に入れて胸のポケットに収納した。落ちる可能性は否定できなかったが、彼女の胸ポケットは上が開放されているわけではない。彼女はボタンで落ちないようにし、稔との会話に戻る。


「よし。じゃ、行こっか」

「大聖堂か?」

「もちろん! でも、どうする? 男の子、お母さん失ったみたいだし――」


 稔とラクトは、サテルデイタで観光という名のデートをするとしていた。母親を失ってしまった男の子の存在は、二人からしたら宋襄の仁。しかし、そういう考えは初期の頃だけだった。情けを掛けて痛い目を見ているのは確かでも、ピンチをチャンスに変えなければ生き物は生きていけない。


「君ってさ、この国に観光目的で訪れたの?」

「うん! きょうきたばかりなんだ」

「そうなんだ。ということは、この街見て回ってないのかな?」

「そうなんだ。ほんとうは、きょうこれからするつもりだったんだ……」


 男の子の悲しむ表情。そんな姿を見てしまったら、バカップルの救いだした我が子のような存在を突き放せる訳がない。そしてすぐに稔とラクトは、互いの顔を見合って目で会話した。刹那、二人は同一結論に達する。


「君を君の親族に帰すまで、俺とこいつは親役だ。一緒に、観光しようぜ」

「わかった!」


 男の子はそう言い、元気な笑顔を見せた。喜怒哀楽とは、病原菌のように人へ空気感染していくものである。加えて感染力が強いものだから、たちが悪い。けれど、それで良かった。男の子と一緒に、稔とラクトも笑みを浮かばせている。


「そういえば、約束の時間から十分以上遅れてるよね」

「少しでも寝かしてあげたほうが良いんじゃないかな?」

「ならもう、ここからダイレクトで行く?」

「お前はそれでいいのか、ラクト?」

「私は構わないよ。運転手さん、徹夜明けで眠そうだったし」

「分かった。じゃあ、ひとまず断ってこよう」


 大いに頷くラクト。しかし、男の子に意見を求めることはない。これから行うことが決定したので、それから間もなく稔は、ラクトと救助した男の子と手を繋いだ。男の子に誤解を生んでほしくなかったので、稔は内心で言わずに隠さない方向で魔法使用宣言を発する。


「――瞬時転移テレポート、サテレスト・サービスエリア、タクシー駐車場へ――」


 刹那、魔法の効果が発動した。言い間違えもなく、あっさりとタクシー乗り場周辺に降り立つ三人。三秒程度でラクトが乗ってきたタクシーを発見し、すぐ近くだったので早歩きで移動した。「二人から三人に増えている点には気付かないでください」と祈りながら、稔は寝ているドライバーを起こす。


「ドライバーさん」

「おかえりなさいませ。引き続きご乗車になりますか?」

「遠慮します。運転手さんにサービスエリアで休憩して欲しいので」

「わかりました。追加料金等は発生しませんので、お気になさらず」

「ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ」


 稔が一礼し、それからラクトが一礼する。男の子は大人の対応を理解できておらず、稔の後ろで首を傾げて下唇に人差し指を当てていた。でも、背が小さいので気が付かれることはない。


「そういえば。旧最高裁判所とリリー大聖堂って近いですかね?」

「リリー大聖堂と道を挟んだ先が旧最高裁判所です」

「そうでしたか。ありがとうございます」


 続けて二度も礼をするのは失礼に値すると考え、三人は一切礼をしなかった。それからすぐ、自分の体にラクトと男の子の身体が一部でも触れていることを確認して、稔は再び特別魔法を使用する。行き先はリリー大聖堂だ。

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