1-28 ボン・クローネ観光-Ⅴ
稔の言葉を聞いて、お姉さん系の女性警官は稔とラクトに言った。
「まあその。別に、貴方達を疑いたい訳じゃないんだけど、容疑者であるその男の人から事情を聞くのも確かだけど、証言者から聞くのが手っ取り早いから、取り敢えず聞かせてもらえないかな?」
「は、はあ……」
お姉さん系の女性警官は、もう一人の女性警官と比べた場合、凄く好印象を持てる人だった。笑う箇所では笑うし、欠点のようなものが見えない。
もっとも、最初に職務質問を稔とラクトに行った女性警官に関しては、あまりいいように見えない点ばかり見えていたので、欠点があるように見えて当然だ。
お姉さん系の女性警官に指示されながら、稔とラクトは取調室へ入った。
「あ、あの……」
「どうしたの?」
「取調室って、結構狭いですね……」
稔が部屋を見渡していった。お姉さん系の女性警官は、そんな稔を笑ってから言った。
「ハハハ。まあ、確かに狭いっちゃ狭いよね。でも、一応監視カメラはこの部屋の地下に行けば見れるんだ。決定的な証拠が見れる、といったところかな。――恐らく、その爆弾魔の男の映像も有るだろうけど」
「映像、ですか」
「そうだよ。……ま、君らが何を言うかは分かっている。『この男は爆弾魔だ』、そう言いたいんだろう?」
「そうですが……」
お姉さん系の女性警官は、やはりところどころで笑いを入れる。
「まあ、警官が一部始終を見ていたってこともあるし、君たちにはここに名前を書いてもらうだけでいいや。後は、私らが色々と証拠を容疑者と一緒に見ていくことにするから」
「そ、それは有難いです!」
「そうかそうか。それは嬉しい」
お姉さん系の女性警官が、また笑った時だった。
「すいません」
「なんだ、容疑者?」
「あの、この男物のネックレス、あげていいですか?」
「自由にしろよ。今回の事件、お前が仕掛けた爆弾の方が指紋を採取する対象になるだろうし、身につけていたものくらい自由にしていい」
「わかりました」
爆弾魔の男は、お姉さん系の女性警官にそう言って、自分の首にかけていたネックレスを稔の首にかけた。
「このネックレスは、持っていれば相当な力を発揮することになる」
「ど、どういうことだ……?」
ネックレスを掛けられた稔は、何がなんだか理解不能で、爆弾魔の男に訊き返した。
「そのネックレスは、アメシストが飾られているんだ。その紫色の水晶がそれだ」
「これがアメシスト……?」
「ああ。その石は、失われた七人の騎士を表す石なんだ」
「な、なんだよそ――」
言い切る前に、割り込んでラクトが稔に説明した。
「第二次世界大戦争が終結した後に、エルフィリア帝国軍の中央指令局って場所に居た、七人の指揮官達が首に掛けていたとされる石なんだ。それは、凄く希少だ」
「きっ、希少な物なのか!」
驚く稔に、爆弾魔の男は笑う。しかし、爆弾魔の男の今の笑みに怖さは見受けられない。
「僕は、君に持っていた召使を全て渡した。奪われたようにも見えたけど、考えてみれば、僕よりも君のほうが、召使の主人として優れていると思った。だから、この石も君が持っていてくれ」
「そんな……」
「遠慮しないでくれよ。――とにかく、その石はお前のものだ」
稔はネックレスを必要ではないと思ったものの、流石に人の善意を踏みにじることも出来ず。
結局、ネックレスは稔の物になった。
「まあ、君たちが無罪であることはこの警官が知っているだろうし、防犯カメラが知っているだろうし、早くデートを再開しな。……召使と主人がデートとは、これまた珍しいものだ」
「なっ……」
「さぁさぁ、出て行け出て行け」
お姉さん系の女性警官は、取り調べることを早く行いたかったことも関係し、稔とラクトを素早く廊下へと戻す。一方で、彼女は稔が首に掛けていたネックレスには触れなかった。
「改めて言われると、なんか恥ずかしいな」
「まあまあ、その恥ずかしさなんて忘れるくらいに楽しめばいいじゃないかー」
「それもそうだな」
紫色の水晶が付けられたネックレス。それが、今稔の首に掛けられている。これは、爆弾魔の男から貰ったものだということを何度もラクトは考えてしまう。
「ところで」
「なんだ?」
「ラクトは、『失われた七人の騎士』についてどれくらい知っているんだ?」
「でもさー、どうせデートなんだし、そういう時こそ図書館を活用しようよ」
「いい案だな。……って待て。お前、そういうことを言うってことは、大体知ってるってことだろ?」
稔が聞くと、ラクトは首を左右に振った。
「お前、俺が『デート』について言った時も、後々笑いやがったしなぁ……。なんか嘘だと思っちゃうんだよなぁ」
「そうだぞ。知らないなんて嘘だぞ」
「やっぱりな。――でも、お前は図書館をご所望なんだろ?」
「おう」
稔は、ラクトに聞くのが手っ取り早いというのは重々承知していた。しかし、彼女がデートの一番最初に言っていたことを思い出し、『相手を悲しませないように』という事を守っていくことにした。その結果、図書館に行くことになった。
「でも、図書館なんて場所わからないだろ?」
「バーカ。テレポートが有るだろ、テレポート」
「けど、こんな場所で一瞬で二人が移動したら大騒ぎだろ……」
「でも、リスクが有ることって面白くない?」
「お前、日本に来たら絶対ギャンブルやるだろ……」
目を細める稔。ラクトは本心を言ったため、目を細められていい気はしなかった。
「まあいい。ほら、手を繋ぐぞ」
「い、言われなくても……」
言われなくても解ってる、というのはツンデレ的な台詞であるのは言うまでもない。稔は、そんなことを考えると、ついつい笑ってしまった。稔自身、何処か照れているところはあったものの、そこまで態度で表すほどのものではなく、態度で表すラクトを少し愛おしく思った。
手を繋ぐと、稔もラクトも互いの温かみを直に感じた。
「んじゃ、図書館へ参ろうか」
「早くしないと、人来るぞ」
「悪い悪い。んで、図書館は『ボン・クローネ図書館』でいいのか?」
「いいぞ」
答えをラクトからもらうと、刹那、稔はテレポートを使う。
(――テレポート、ボン・クローネ図書館――)
そして、着いた先は――
「何故、世界遺産のすぐ裏なんだ……?」
ボン・クローネ図書館は、世界遺産ヴェレナス・キャッスルを正面から見た時、ヴェレナス・キャッスルの裏に有った。ただ、ボン・クローネ図書館の中へとテレポートしたわけではなくて、正門前にテレポートした。
「裏っていうか、対になってるっていうか」
言い方を変えれば、『対』になっていると言っても間違いではない。
「えーっと……。『エルフィリア王国立第二図書館:ボン・クローネ図書館』か」
「国立なんだね。これは知らなかった」
「国立図書館か。……でも、第二ってことは第一も有るんだよな?」
稔は、図書館がもう一つ有るのかどうかをラクトに聞く。
「まあ、私が知ってるのは本当に基礎知識だけど……。一応、国立第一図書館は有るよ」
「何処に有るんだ?」
「ニューレイドーラ市――はそうなんだけど、正確には、エルフィリア王国の王宮の地下」
「王宮の地下か。じゃあ、一般人は入れないって事か?」
更に質問をする稔に、ラクトは首を上下に振った。
「ああ、入れない。戦争に関することとか、俗にいう『国家機密』みたいな物が保管されているのが、『第一図書館』だから、入れくて当然ってこった」
「なるほど。でも、一方で第二図書館は入れるんだろ?」
「そうだ。第二図書館は、文学系の書籍などが保管されている。戦争に関することでも、国家機密級のものでなければ第二図書館に保管されている」
「ふむふむ。つまり、この図書館は国内最大の図書館という事か?」
「まあね。蔵書数はエルフィリアでも群を抜いているし」
蔵書数が多いことに越したことはない。面白い本が多く眠っているということに繋がるためだ。一方で、蔵書数が多いということは維持費が掛かるし、読まれない本が多くなってしまう要因でも有る。
「というか、何故エルダレアに居たお前が、召使になったらエルフィリアの事を一杯知っているんだ?」
「召使ってそういうものだぞ。私らは一回死んでるから、何かを覚えさせることや改造も容易だしな」
「機械じゃないだろ……」
機械ではなくても、機械のような扱いをされる。――それは、爆弾魔の男がとヘル、スルトの関係に似ている。機械でなくて奴隷だということにしても、やはり似ている。
「それで。稔は、この第二図書館で何をするつもりなんだ?」
「そりゃ、『失われた七人の騎士』ってのが一体どういうものなのかを調べることだろ」
「それだけ……なのか?」
「どうした?」
少し悲しげな表情を浮かべるラクトに、稔は大変な事態が起こったのではないかと思ってしまう。
「デート、なんだろ……。本だけじゃなくて、彼女を見ろ」
「なんだよ。お前、そういうシュンとした一面も有るんじゃねーか。――ホント、ツンデレみたい」
「うるさいな!」
若干怒鳴るようにして言ったラクトは、直後に稔の手を握る強さを大きくする。
「痛いわ、馬鹿。――ほら、行くぞ」
強く握られた稔の手には、赤い跡がついていない。若干の痛みを与えるだけでだった。要は、ラクトは主人への考慮を入れて強く握ったのだ。
一方で、稔はそんなことを考えずに少し強い力でラクトと手を繋ぐと、図書館の敷地内へ入っていった。
とはいえ、建物が建てられていない敷地はそこまで広くはない。これは、蔵書数が多いことが関係する。他の理由としては、多ければ地下に保管するのも一手なのだが、デザイン性を考えた時、地下へ地下へと進めていくのはよろしくないという判断というものもある。
歩く道はヴェレナス・キャッスルと同じく、白いレンガで整備されていた。左右には、整備された芝生を見える。そして、そんな中を稔とラクトは建物へと進む。
建物の塗装は無く全面ガラス張り。誰が何を読んでいるかも丸わかりであるが、一階の出入口付近のみは透明ではなく、白色で配色されていた。ただ、自動ドアは透明だった。
ヴェレナス・キャッスルとは違って噴水はなく、建物も神殿というようなデザインではない。ごく普通の図書館というような建物だ。だが、四角い建物である所は共通点といえる。
建物の入口まで進んできた稔とラクトは、自動ドアの前に立った。
「開けゴマ!」
「なにそれ……?」
「俺の居た世界で使われる言葉なんだが、勢い良く開く様子を表しているらしい」
「勢い良く開く様子……」
「日本じゃ、勢いが悪くてもドアを開くときに言ったりする人は居るけど」
ラクトは、稔の説明中に何度か頷いた。
話が終わると、稔とラクトは目の前に視線を移した。すると、開いたドアの先から司書の声が聞こえる。
「――ようこそ。エルフィリア王国立第二図書館、ボン・クローネ図書館へ」
頭を下げる司書。図書館だというのに、誰かが訪れた時に言葉を言うのは珍しい。図書館といえば、大体相談を受けていたり貸し出し作業を行っていたりして、司書なんて、入ってきた人に言葉を言うのも珍しいといはずだ。
「稔」
「なんだ?」
「司書さんは確かに美人だけど、あの人召使だよ?」
「えっ……」
驚愕の事実に、稔はラクトを疑おうとする。
「本当かどうか、聞いてくる」
「信用して欲しいところだけど……まあ、いいか」
ラクトは自分が言ったことが信用されていないことに、少し憤りのようなものを感じていた。けれど、あくまでこれはデートであるということで、稔がしようとするならそれに乗っていこうと考えた。
「あの、すいません」
「なんでしょうか?」
「司書さんに質問なんですが、『失われた七人の騎士』に関して掛かれた本は何処らへんに有りますかね?」
「失われた七人の騎士……。ラ行でしたら、右側の建物に……。難しいようであれば、ご案内致しますが?」
「是非」
逸れるのを恐れ、ラクトは足早に稔に近づいた。当然、司書もそのことには気がついたのだが、司書も仕事。そのことは口に出さずに居た。御客様を傷つける訳にはいかないというのが一番の理由だ。
「こちらがラ行のエリアになりますので……はい、こちらですね。『失われた七人の騎士』について書かれた本は、相当数有りますので、是非お読み下さいませ。それでは」
「あ、あの」
「なんでしょうか?」
「司書さん、お綺麗ですね」
「……」
司書は、黒色の髪の毛に赤色の眼鏡を掛けており、ワイシャツの上に灰色のセーターと灰色の巻きスカート、黒色ニーソックス。黒色のネクタイをしていて、銀色のネクタイピンが照明で輝く。
……これを綺麗と言わずになんというか。だが、綺麗と言われた司書は少し照れる。敬語を流暢に使ってくれる彼女だが、少し照れると話すスピードが早まる。
「別に私はそんなに綺麗というわけではありませんよ。それこそ貴方の隣の彼女さんのほうが綺麗だと私は思います――」
稔はそんな風に照れている司書を笑った。一方で、ラクトは少し顔をむすっとさせ、頬を膨らませる。
「あまりにも私のことを褒め称えちゃうと、彼女さんが怒っちゃいますよ?」
「こいつは召使だからな。俺の大切な彼女であり召使だし、なんだかんだで可愛いしな」
「私が言うのもどうかと思いますが、貴方はもう少し、女性を褒める時の言葉を選んだほうがいいかと思います。……他に、聞きたいことは有りますか?」
司書はその立場上、来館者への対応は同じにしたいのが本音だった。
「そうですね……。この図書館には、カフェとかは有るんですか?」
「はい。カフェは三階になります。――ただ、私達の管轄外ですので、エスカレーターで行っていただかなければいけないんです。……他には、ございますか?」
今度はラクトが司書に質問した。
「この図書館、本以外にも音楽関連の物とか置いてあるの?」
「はい、置いてありますよ。CDやDVDなどは、まとめて二階に置かれています」
「そうなんだ」
「他には、電子文書なども保管されています。電子文書は、地下一階のコンピューターで読むことが出来ます。その他、一般の来館者が行けない場所に、それ以外の書籍や音楽関連の商品といった、国家機密ではない全て発行されたものが置かれています」
司書は説明する。この図書館が、国内でも凄い図書館であることを稔とラクトは再認識した。
「有難うございました」
「いえいえ。司書ですから、これがお仕事です」
笑顔を返す司書。だが、そんな司書が首から掛けていた名札に、稔は驚いた。
「カオス・アマテラス?」
それだけではない。『カオス・アマテラス』という名前が書かれている部分の下には、『エルフィリア王国立第二図書館(ボン・クローネ図書館)、館長・司書長』と書かれていた。
「私は召使なんです。この街の市長様の。神風織桜様の召使なんです――」
司書は礼をして、稔とラクトの居るコーナーを去った。




