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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-2 生活上必要な書類

「到着した」


 空港の中にある一室、空港内に有る警察署――交番に到着した。本来は英語表記であるはずの掲げられている看板が、ラクトが使用した魔法によって強引にも日本語に切り替わっている。そこだけ見ると好待遇のように受け取ってしまうが、内容は全く別だ。


 交番の内装は、空港の中にあるだけあって交番とは思えない立派な作りだった。照明がシャンデリアであることや、それぞれの机が人工大理石で出来ていることからそれが言える。冷房機器は天井の中に埋め込まれており、使用するときのみ遠隔操作で下ろして使うようだ。もちろん、リモコンは警官が持っている。


「そこに座ってくれたまえ」


 蹴りを突然入れてきた女性警官に勧められ、喫茶店のデッキを意識したとしか思えない椅子に二人は腰を掛けた。四つの椅子と一つの席がセットになっている。椅子は木製、テーブルは人工大理石だ。それらを改めて見て、国民の血税でこれらが作られたかと思ってしまった稔。彼は、胸が締め付けられる重いを抱いた。


「さて。――遅れたが、自己紹介をさせてほしい」

「いやいや。遅れたもなにも、警官さんは暴力を振るったことをまず謝ってください」


 全くの正論だ。これには思わず、警官も言葉を失う。犯人を射殺することが許されている警官も世界には少なからず居るが、少なくとも稔は今回、殺し合いに発展するような犯罪を犯してはいない。法律違反を犯していたのは警官が言う以上確かな事なのだろう。だが、何の法律をどう違反したかなんて、足を踏み入れて間もない他国の人間からしたら初耳としか言いようがない。


「法律違反をしたのは分かりました。でも、それが理由で暴力を振るうのですか? 観光客を空港のロビー前で蹴るなんて、どうかしていると思います。普通に声を掛けられれば良かったじゃないですか」

「そうかもしれない。……手が先に出てしまった点は、陳謝する」

「その言葉、しっかりと記憶しておきます」


 警官に頭を下げさせると、稔はすぐに笑顔を見せてそう言う。翻り、到着早々に稔の背中目掛けて蹴りを入れた張本人は、そんな彼の姿を見て動揺を抱いた。これまで女性にしか好意を抱けなかった彼女にとって稔は、何を隠そう初めて見る異性。声の低さなど、気になる点は山々だった。けれど女性警官は、そのような私利私欲に駆られない。


「では、この国の法律に関してもう一度話す」


 そう言うと、警官は稔とラクトにB5サイズの重要書類一枚を手渡した。文書作成ソフトでちゃちゃっと作ったようにしか思えない仕上がりだが、全てが文章で埋まっているわけではない。資料に二人が目を通し始めたのを見て、女性警官が話を始めた。


「ではまずはじめに、自己紹介と行こう。私はサテルデイタ空港交番、交番所長のレラだ」


 名乗り、胸のポケットに引っ掛けていた赤ペンを紙の上に移動させるレラ。彼女はそれを指し棒として使うようだ。キャップはそのままに、トントンと紙を叩いて音を出いて場所を示す。


「では、本題に移る。先程ちらっと話したのだが、この国にはもう人族ヒュームルトのY遺伝子がないんだ。それを見越した科学者たちが身体の細胞を精細胞に変える技術を構築したのだが――どうやら女性の細胞からはX染色体のみしか出ないようでな。精細胞に変換できるのは確かでも、Y染色体が無いためにY染色体を持つ人族が生まれなくなってしまったんだ」


 レラは『他種族交際容認許可証を渡すことに関して』という資料の最初、『現況説明』の部分を分かりやすく説明した。しかし、説明があまりにも長過ぎる。稔もラクトも頷きながら彼女の話を聞いていたが、二人とも胸の内で思っていたことは、「話が長いので早く終わって欲しい」というものだった。


「ここまでで質問は無いか?」

「はい、ありません。続けてください」


 稔はそう言ってレラに話を続けるよう促す。だがラクトは、これに「同調していたはずの主人に裏切られたのでは?」と疑問を抱いた。そのため、レラから見えない位置で稔の服の右袖を引っ張る。小動物のような行動にドキッとしつつも、黒髪はラクトの言いたいことを理解して「わかった」と内心で言った。それが伝わると、彼女は首を小さく上下に振った。――だが、その時。


「……本当に仲が良いんだな、君達は」

「あ、いや、これは――な?」

「あ、あはは……」


 二人はレラが会話を進めていないことに気が付いてしまった。動揺を隠せなくなった結果、それぞれ言動がおかしくなっている。けれど女性警官の目には、そんな互いをかばい合う二人の様子は好印象に映ったらしい。どうにか場を凌ごうとして出た言動ながら、それが二人に思わぬ幸運を呼んでくれた。


「君達は偽装で仲の良さ演出しているわけではなさそうだな。私はこれまで女性同士のカップルしか見たことが無いが、そういう思いやりや労りや支え合いの精神は通づるものがある」

「そう……ですか」

「そうだ。どこかこう、『友達夫婦』という感じがあるのがとても似ている」

「ふ――」


 赤髪に彼氏のことを意識させる言葉とは知らず、意識せずにレラが言うと、耳にしたラクトが顔を紅潮させてしまう。こうなると稔の彼女は放熱の時間を要するので、会話戦線からの離脱を余儀なくされた。稔も薄っすらと赤らめを見せるが、すぐに平常さを取り戻して会話を進める。


「それで、レラさん。その後どうなったんですか?」

「その後政府は、どうにかY染色体を復活させられないかと、精力のある人に頼んで精子の提供を承った。けれど、その精子と卵を組み合わせても男児は生まれなかった。人工授精させても、XとXの組み合わせしか成立しなかったんだ」

「なるほど。……ということは、この国に男性が居ないわけではないんですか?」

「居ないというと嘘になる。だが、一つ言えることが有る」

「なんですか?」

「君と同年代の男子は居ない。現在確認されている最低年齢は三一歳だ」


 稔は思わず耳を疑った。三一歳未満は全てが女性だと言うのである。言い換えればそれは、稔がどんな格好で街中を歩いても確実に視線が来るということだ。極度の変態なら視線で興奮するかもしれないが、稔はそれほど変態ではない。あまりにも各方面から視線が飛んでくると歩きづらくなるだけなので、勘弁して欲しかった。


「でも、ギレリアルには多くの魅力がある。だから、政府としては観光客をどうしても呼び込みたい。そこで国は、異常者扱いされかねない男子を救おうという法律を作った。それこそが、年齢問わず全ての男性が入国時に入国審査以外にも書類を書かなければらないという法律――『他種族入国許可証法』だ」


 ようやく、レラの口から書類を書かなければならない本当の理由が話された。差別をしないさせない為の法律だと聞き、稔はすぐに書き始めようと決意する。だが、警官は本当に長話が好きなようで、再び陳腐な説明を始めた。


「この『他種族入国許可証法』で渡されるカードには三枚ある。一つは『他種族在居許可証明書』。一週間以上ギレリアルに滞在するときに渡されるものだ。二つめは『他種族活動許可証明書』。これは一週間未満ギレリアルに滞在するときに渡されるものだ。この二つは男性のみで来た時にしか渡されない」


 しかし、何を言いたいのか意味が分かってしまうと乗ってしまうのが、優しい人のダメなところ。指摘することなく、稔はレラの話に乗っかった。切り込む場所ではないと思い、取りあえずは頷きながら話の進行を捉える。


「そして三つ目。これが今から君に書いてもらう書類でありカード、『他種族交際容認証明書』だ。期間を問わず、男性が女性と来た時に渡される。家族旅行で来た場合もだ」

「そうなんですか。ところでそれ、年齢制限とかありますか?」

「制限というか、区別がある。一三歳以上が『他種族交際容認証明書』だ。一三歳未満は『他種族児童活動容認証明書』となる。男女問わず一三歳以上の同行者一人がその責任者となって同書にサインをしなければならない」

「なるほど」


 頷く稔。その一方、紅潮の束縛から解かれたラクトがレラに質問した。


「証明書の名前が長ったらしいんですが、どうにか出来ませんか?」

「略称ですか? 略称なら英字略がそれぞれある。『他種族在居許可証明書』は『OOPC』、『他種族活動許可証明書』は『OAPC』、『他種族交際容認証明書』は『OCAC』、『他種族児童活動容認証明書』は『OCAA証明書』となる。とりあえず君達は、『OCAC』と『OCA証明書』を覚えておけばいい」

「そうですか。ありがとうございます」


 ラクトはそう言って質問を終える。それに続き、しなければならない質問と思えるものが無かった稔が、ラクトの言葉に続いて「そろそろ書きたいのですが……」と申し出た。それを聞き、レラが持っていた書類一枚を机に置く。今度はA4サイズの紙一枚。それと同時に、警官はボールペンも机上に置いた。


「二人とも、パスポート番号、名前、生年月日を書いてくれ。もしも君の彼女が召使であれば、『召使』のチェック欄に印をつけてほしい。そうでなければチェックは不要だ。最後に『情報提供への同意』に印を入れ、二人のサインを頼む」

「わかりました」

「では、私は少し席を外すことにする」


 そう言うと、警官は交番の外へ出る。空港一階にある自動販売機コーナーへと向かうのだ。その一方で、書類を書き始める稔。隣では、ラクトがまじまじとペン先の行方を追っている。しかし黒髪は、視線のせいで書きづらさを覚えてしまった。躊躇うことなく、そのことを彼女に伝える。


「ペン先追って楽しいか?」

「そうじゃなくて、その、こっ、婚姻届書いてるみたいで――」

「同じ書類に二人のサインだもんな。確かに似てる」

「ちょ、なんでそういうの平気に言えるのさ。恥ずかしくないの?」

「全然――というのは嘘だな。感情を押し殺してるだけだ」


 彼女と会話する一方、稔はペンの動きを止めない。しかし、そんなボールを縦横無尽に走らせてインクを紙に付ける作業をする最中。「感情を押し殺しているのか」ということに疑問を抱いたラクトが、自分の耳を稔の胸板――と布二枚隔てた場所に耳を当てた。そして、主人の鼓動がどうなっているか聞く。


「は、早いね……」

「煩い。というかそのフレーズ、もしかして狙って言ってる?」

「いやいやいや、そんなこと無いよっ!」

「ならいいんだが」


 稔はラクトとの会話を結んだと同時、下部にあったサイン欄に英字筆記体での記名を終えた。だがその一方で、胸板に耳を当てたことでスキンシップを図りたいと思ったらしく、ラクトが稔の太ももにダイブした。身長的に考えてあり得ないことだが、仕草の一切は小動物にしか見えない。


「なんだよ」

「ドキドキしてるの耳に聞いたから、死体蹴りしてみた」

「やめろ」

「やめないぞー!」


 そう言い、ラクトが稔の太ももの上で転がる。さらさらとした赤い髪の毛が主人の身体を撫でた。その行動で花粉のように芳香が放たれ、すぐ空気で運ばれて稔の鼻孔まで届く。恥ずかしさを抑えようにも、心臓の鼓動は早くなる一方だ。色々と考えてしまい、二人は仲良く紅潮している。



 一分くらいイチャコラした後、稔とラクトは再び作業に戻った。けれどもう、稔が担当する作業は終わっている。彼が行ったように、ラクトもパスポート番号、姓名、生年月日、そして最後にサインをすれば終了だ。もちろん、筆記体にこだわって書く必要は無い。


 赤髪が書き始めて一分しないくらいの時間。遂に、ラクトが書かなければならない欄が埋まった。残りは提出するだけだ。――が、ここで召使が確認を取る。


「終ったはいいんだけど、ちゃんと書いてある約款読んだ?」

「読んでなかった気がする」

「そっか。じゃ、紙見ろ」


 女性警官は、稔に「急いで書き上げろ」と言ったわけではない。それに、交番所を飛び出して売店に行った人物がそれを言うのは虫が良すぎる。すでに全ての欄が埋まっていたが、確認しておかなければならない条項だと考えたラクトは稔にもう一度紙を見てもらった。並行して、彼に黙読してもらう。


 紙面には、『提供された情報は出国と同時に破棄する』ことが書かれていた。『当書類に記名した相手以外と交際関係を持たない』ことも記されている。その他、『当書類に記名をした人物が犯罪を犯した場合は記名した人物全員を同罪とみなし、共犯者と考える』とも書いてあった。


「どう? この書類にサインしたけど、本当に提出して大丈夫?」

「提出してもらっていいぞ。だってこれ、悪用するとか書いてないだろ?」


 稔はそう言い、三つめの項目の下を指さした。そこには、『当書類は警察機関によって厳重かつ慎重に保管され取り扱われる』と書かれている。警察機関が一〇〇パーセント悪用をしないとは限らないが、一応は取り締まる側。正義感があれば信頼できると考え、稔は提出することにオーケーサインを出す。


「分かった。じゃ、提出してくる」

「いや、提出する必要はなさそうだぞ」

「そう……みたいだね」


 購入したコーヒーを右手に、レラが上機嫌で元の席へと戻ってきた。着席すると、机上にあった紙面を手に取って記入漏れがないか確認する。五秒くらいして首を上下に振ると、女性警官は稔に対してパスポートを提示するよう求めた。


「貸してもらう」

「どうぞ」


 稔がパスポートを手渡すと同時、レラが慣れた手つきで査証欄を探し始める。二秒ほどで見つけ、レラはポケットから細長い印鑑と丸型の朱肉を取り出した。女性警官はしっかり印鑑に赤い色をつけ、それを査証欄に押す。


「これで完了だ。このままだと提示を求められた時に困るから、しおり挟んでおく。選ぶものではないかもしれないが、ビビっときたものを一つ貰ってくれ」

「では、これを」

「良いセンスをしているな、君は。まあ、それはそうとして。もう、君たち二人が交番にいる意味は無くなった。出て、ギレリアルを心行くまで堪能してくれ」

「わかりました」

「それでは、パスポートを返却する」


 そう言い、レラが借りたパスポートを稔に返還した。時を同じくして、バカップルが手を繋ぐ。一方のレラは、机上に置かれたボールペンと書類を片付けていた。同頃、交番内に居たもう一人の警官は稔とラクトに手を振っていた。


 交番を出て空港の建物内を移動する二人。その途中、ロビーの一角に巨大なサテルデイタ近郊の地図を発見した。そこに書かれていた世界遺産を意味する黒い星のマークの場所を確認すると、稔とラクトは互いを見合って頷く。これは、二人の間で通じる「行こう」というメッセージだ。


 やることが決まった後、二人はロビーを出て空港の目の前のバス停乗り場に向かった。しかし悲しいことに、バスはちょうど出発する時刻。駆け込んで乗車するのは危険なので、バカップルは次の便を待つことを考える。だが結局、タクシーで例の場所まで行くことにした。理由は単純である。


「バスよりタクシーに乗ったほうが、ギレリアルの情報を知れると思うな」


 ラクトのその一言が大きな影響をもたらした。稔もその考えに納得し、相互同意の上でタクシー乗り場を探し始める。

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