1-27 ボン・クローネ観光-Ⅳ
「何故、凍結魔法を破った……?」
「そりゃ、僕がサイコキネシスの使い手だからだろう。――さあ、戦いはここからだ。人様の召使を寝とってくれた貴様には、成敗と裁きを与えなければならぬ」
「俺は寝とった訳じゃない! お前が本当の召使の気持ちに気づかないからこそ、俺が慰めようと――」
しかし、凍結魔法の効力をゼロにするほどのサイコキネシスを使うことが出来る男は、召使の気持ちということ自体を否定しているため、稔の話など聞くに値しない。
「慰めようとした? ……自分の召使になれと言っている時点で、何処が慰めだ?」
「なら、この召使に聞けばいいじゃないか。俺とお前、どっちの主人に奉仕したいか」
「望むところだ」
ただ単に、男と男による一人の女の取り合いというわけではない。
酷い主人に仕えているよりもいい主人に仕えるべきだという、稔の主張によって生まれた取り合いなのだ。恋愛を掛けてではなく、このまま憂鬱な第二の人生を過ごすのか、このまま楽しい第二の人生を過ごすのかということなのだ。
言うなれば、ヘルの人生をかけた男同士の争いというところだ。
「――ヘル。お前は、僕をどう思う?」
「す、素晴らしい……ご主人様……です……」
「そうか。そうだよな。お前は、僕を溺愛しているんだもんな……」
稔もラクトも、そしてヘルの心の中も同じだった。『溺愛』なんて言葉は、ヘルと男との間には存在しないのだということをだ。
そして、男同士の召使の人生を掛けた戦いに不正が発覚した。
「あのクソ野郎、念力を使いやがった!」
「サイコキネシスを使ったのか?」
歯を食いしばり、稔とラクトの目的だった「本音を吐き出させること」は失敗に終わった。ヘルの心理状況を聞いただけでも、悲しみの海に飛び込んでしまいたくなるくらいになるというのに、助けてやれないのは有り得ない。
「おいおい。物的証拠がないというのに、何を根拠に君たちは僕を悪者にする気なんだ?」
「くっ――!」
ヘルの証言が、一番の証拠であるのは確かだ。しかし、スマホで録音するなど考える余裕もなかった。そもそもそれを出していたら、ヘルの本音すら聞けていなかったに違いない。
「さあ、蘇生還神よ。戦いの時は来た。僕の召使として、戦え……」
「イエス、マスター」
見えない鎖。……しかし、それは男の笑みとなって現れる。
「ハハハ。僕は、ヘルがどう思っているかなんて知っているんだよ!」
「貴様……」
ヘルがどう思っているか。つまり、爆弾魔のあの男は、ヘルが爆弾を仕掛けた男をどう思っているかを知っているのだ。
「憶測か?」
「違う。さっき、話は聞かせてもらったからな」
「事実に基づいている……だと……?」
「筋の曲がった話は嫌いだからね、僕は。――まあ、証拠なんて山ほど有るけど!」
ヘルは爆弾魔の男というマスターが大嫌いなのだ。死ねばいいのにと思っているくらいに、大嫌いなのだ。だが、爆弾魔の男は自分の奴隷で居るよう迫り、結局主人と召使という立場上、断ることが不可能だったのだ。
弱みを握り、本音を握り、拘束していたのだ。
「絶対に……許さないッ!」
「許さない? お前本当に格好つけてるけど、負けたら格好悪いぞ?」
「そんなのどうだっていい。俺には、お前から召使達を救出する仕事が有るんだからな」
だが、それは本当の目的ではない。
あくまでこの爆弾魔の男を追ってきて、この部屋に入って聞いた話なのだ。去勢といい、性欲処理と言い、どう考えても奴隷同然の扱いで召使を扱っている爆弾魔の男が、稔には到底理解不可能だったのだ。
「ヘル。死者の歌声!」
「……っ!」
ヘルは歌いたくなかった。必死に声を出そうとしたが、何故か出なかった。
「おい? 声を出さないと、お前を助けようとしている二人の前で……ヘヘ」
「ひっ――」
怯えたヘル。死者を生き返らせる神とは思えないほどの怯えっぷりに、男は大笑いする。
「アッハハハ。全く、ヘルはこれだから――」
「マスター……」
「貴様の話など聞く価値も無い。……さあ、戦え。二人を虐殺せよ」
「――っ!」
歌を歌い、一定の催眠術効果を出した後に惨たらしく人間を殺す。それが、ヘルという死者を生きかえらせることが出来る女神だ。虐殺して死んだ者を助けるのが、ヘルという女神だ。
「早く特別魔法を見せろよ、ヘル」
「……」
「マスターの命令が聞けないというのか? ――このクソビッチが! 自分のことを性欲処理道具と言っているくせに、いつも喜んでいたじゃないか! 自分のことばかりをいい風に言って、お前は自己中心的すぎる!」
「――」
「何か言ったらどうなんだ!」
爆弾魔の男はヘルに攻撃を加えた。ヘルの右足を踏んだのだ。
「痛っ――」
「奴隷に言葉は不要だ。能なしクソビッチが」
爆弾魔の男は、暴言を自身の召使に浴びさせた刹那、自身の召使から攻撃を受けた。
怖がっていた自分を捨てて、大声を爆弾魔の男に浴びせる。
「私はこれまでお前に何度も傷を負わされてきた。召使だから、奴隷だから、家畜だから……。てめえの思い通りになんでもなると思ってんのか? 召使だから、お前の言うことをなんでも聞くと思ってるのか?」
「お前が俺の元へ転生したのだから、そうだろう」
「クソ野郎、本当に頭どうかしてるわ」
しかし、メンタルが弱くて発狂する事が多いマスターは、ヘルが自分に逆らった事を逆手に取り、言った。
「知ってるか?」
「何をだ」
「主人はな、召使に対しての絶対的権利を持っているんだぜ。だから、召使が『貴方の召使を辞めます』って言った所で、何も変わらないんだよ。主人が承諾しなきゃ意味は無い」
しかし、その言葉すら逆手に取るのが稔の召使だった。
「じゃあ、主人に承諾させればいいんだな?」
「――っ!」
爆弾魔の男も、流石にラクトの姿に反応した。何せ、ラクトは自ら着ていたスーツの一部を剥いだのである。だが、ただの痴女にしか思われないという欠点があったのでそれを払拭するべく、彼女は稔に相談を持ちかけた。
「稔。悪いが、触手に犯される私を想像して欲しい」
「なに言ってんだこいつ……。痴女か?」
「違う。――男を悩殺するには、エロでいくのがいいかと思ってさ」
「ああ、そういうことか。……なら」
稔は即決した。瞬間、稔はラクトの為に触手で犯されるラクトを想像した。――だが、一つだけ言っておくことが有った。それは、『大切なモノは失わない程度にな』という言葉だった。
しかし、稔の心を読めるのがラクトだ。心を読めれば、言われなくても聞くことが出来る。
「ひゃぁ……! にゃっ、やめぇ……っ!」
「お前、なんて真似を――」
爆弾魔の男は歯を食いしばり、冷や汗をかいた。しかし、内心を読めるラクトは、何故そうなっているのかを知って、大笑いを浮かべる。
「ハハハ! この爆弾魔、私が触手に犯されている姿を見て興奮してるんだ! 気持ち悪っ!」
「違う! 僕は、そんなふしだらなことをするような男じゃ――」
流石はサキュバスの娘。前に生きていた時に男から精を吸い取り、何人も殺してきたのがよく分かる。
当然ながら、夜に強い彼女は昼間はあまり活動的ではない。しかし、ここは暗い。必要最低限の電気しか付いていないのだ。つまり、それが何を表すかといえば――
「――猛毒魔法――ッ!」
彼女の魔法の強さを引き立てているのだ。要するに、攻撃力倍増という話だ。
「女に見とれてるお前こそ、巨人に変わって去勢されるべきだったんじゃないか? なんか言えよ?」
「召使……の……お前に……何がッ……?」
しかし、サキュバスの娘。一度その気になって男を見れば、相当なエネルギーが漲ってくる。
「くはっ……」
「お前がヘルに強制した痛みはこんなものじゃないだろ! 彼女は、お前によってすべてを奪われ、洗脳され、悲しい目に遭ったんだぞ? 歯を食いしばって耐えてみな!」
「はっ――ひっ――ハハ――ヒヒ――」
まともな思考回路は消えた。
爆弾魔の男に残されたのは、野獣としての、雄としての本能だけだ。
「ヒヒヒヒヒヒ……」
爆弾魔の男はニヤけ顔でラクトに近づいた。手つきは大変にいやらしく、見ているだけでも吐き気が出てきそうなくらいだ。そしてその目つきは、どう考えても強姦の犯罪者にしか見えない。
まさに野獣。まさに外道。彼に残っているのは雄としての脳のみ。
「ヘルゥ……。待てよぉ……。ブヒヒ……!」
「嫌だっ!」
しかし、襲おうとする爆弾魔の男には裁きが行われる。
「――拘束――!」
ラクトは、最終手段に出た。拘束技だ。黒色の紐を使用し、対象者の身体全体を縛り付ける。後、その縛り付けを強くしていく技だ。これで何が出来るかといえば、拷問や真実を吐かせることである。
日本の警察がこんなことをやれば大問題になるが、エルフィリアでは一般人――いや、警察ではない人間がやっても無問題なのだ。
「ハハハ! これまで自分が性処理道具として使ってきた女の子たちに恥ずかしい姿を見られて、可哀想!」
「く……へっ……」
「気持ち悪いんだよ!」
「ヒヒィッ!」
うつ伏せにされ、爆弾魔の男の背中の上にはラクトの足が乗る。そして、ラクトに声をかけられ、ヘルもその場所へ駆けつけた。これにより、二人からの成敗がスタートするのだ。
「さあ、答えろ。お前は、ヘルとスルトを自分の召使ではないと認め、自分は犯罪者だと自覚したか?」
「くほっ――!」
「どうなんだッ!」
「ハヒィ!」
これにより、ヘルとスルトは爆弾魔の男の召使ではなくなった。だがそれはつまり、召喚されたままを意味する。とはいえ、召喚陣から召使を出したままで交換するのがエルフィリアでは一般的なので、召喚されたままでも気にならない召使も少なくない。
「スルト」
「グルゥ……。グィギィ……?(ヘル、大丈夫?)」
「そうだよ。――へへ」
「ゴルゥ……ゴルゥ……!(よかった! よかった!)」
女神が笑顔になっていた。巨人の顔にも笑顔が映る。身長差は相当だが、二人とも関係は良いらしい。
「ヘル、スルト」
「はい」
「ギュルゥゥ……?(なに?)」
身長差が相当の二人だったが、仲が良ければそれでいい。
そして、そんな二人の仲を稔は微笑ましそうにして言った。
「――俺の、召使になってくれますか?」
女神の解答も、巨人の解答も同じだった。何を話しているか分からなくても、喜んでいる表情からは何かが分かるものだ。
一応それが誤解ではないかヘルに確認をとっても、「誤解じゃないです」と言われたこともあって、二人とも晴れて稔の召使になった。
だが、これはあくまで形だけだ。
「……それで、お前たちはなんて呼ばれたい?」
「普通に、ヘルと呼んでもらって大丈夫っす」
「ギュリリリッ!」
「スルト、でいいみたいっす」
ヘルとスルト。新たに二人の仲間が召使に加わった。これにより、稔の負担は確かに大きくなった。だが、負担が大きいということは、それだけ楽しいということにも繋がるものだ。
「それじゃ、戻して召喚して、また戻すぞ。――いいか?」
「訓練っすか?」
「おうよ」
稔はスルトの言っていることを理解できずにいて、スルトが可哀想になった。しかし、そんな時こそラクトやヘルの出番だ。彼女達がスルトの言っていることを理解してくれれば、少しは対話もスムーズになる。
結局、他力本願よりも自力で解決した方がいいということなのだが。
「――ヘル、スルト、応召――!」
そんなことはさておき。稔は、そう言って召喚陣を見せた。稔自身、召喚陣は初めて見る陣だった。
そして、少しして召喚陣は消える。
「ラクト?」
「どしたの?」
「召喚陣の絵柄って、全てで違うのか?」
「そうだよ」
要は、戦国武将の家紋みたいなものだ。主人の家紋、それが召喚陣に描かれているデザインなのだ。そしてそのデザインは、多種多様である。
「――ヘル、スルト、召喚――!」
今度は召喚だ。召喚陣を使って、二人の召使を呼び覚ます。
そしてこの時、稔は有ることに気がついた。それは、声の大きさで召喚陣の大きさが替わるということだ。
「どもっす」
「ガリュぅゥゥゥ!(ども!)」
そして最後。変に、巨人が居るとか女神が居るとか騒がれたくなかった稔は、戻せるだけ二人を召喚陣に戻しておくことにした。だが、理由はそれだけにすぎない。
「稔」
「ん?」
「召喚陣っていうのは、主人が張っているバリアのことなんだぞ。私が稔を守るときに使っているバリアとは違って、主人が全て召使との契約を放棄するか主人が死ぬかしないと、バリアは消えないんだ」
「そうなのか」
稔が言うと、ラクトは首を上下に振った。
そして稔は、召喚陣という安全圏の中へヘルとスルトを送った。
「――ヘル、スルト、応召――!」
言葉とともに起動する召喚陣。声は中くらいであり、ここで声の大きさで召喚陣の大きさが本当に替わるのかをチェックした。
「……それで、男はどうなった?」
「拘束力はそのままに、毒の力は無くしたから状態異常は無い。拘束されてるだけで、後は警官を呼ぶだけ」
「そうか。……まあ、最後にあの女性警官の護衛をしようぜ、デートの一環に」
「何いってん――」
「魔法の使える俺らと比べたら魔法の使えない女性警官の方が弱いんだし、護衛した方がいいだろ。そもそも、男を殺すのが今回の目的ではなかったんだし」
「話を最後まで聞け! 私は『何いってんだよ、するに決まってるだろ!』って言いたかったんだけど?」
「サーセン……」
そんなことを言って謝罪した稔は、少し間を置いてから大声で女性警官を呼ぶ。
「警官さーん。犯人、捕まりましたよー!」
「本当ですか? それじゃ、職務質問をするので、連れてきて下さい」
「何処にですか?」
「取調室でーす」
「分かりました」
女性警官は魔法を使えないということがあったために、容疑者を取調室までへ連れて行く仕事は、稔とラクトに任せたのである。女性警官の態度は最初と一変したのである。
「なあ、ラクト」
「何?」
「テレポートって、三人一緒にできるかな?」
「分からないけどやってみよう!」
ラクトが非常に前向きだったので、稔は躊躇いもなく爆弾魔の男を右手に抱え上げ、ラクトと左手で手を繋いで魔法使用を宣言した。
「――テレポート、ヴェレナス・キャッスル、取調室――!」
一秒以下の移動。警官は歩いてくるか走ってくるかであり、一秒で移動してくるはずがない。
しかし、最初に職務質問された女性警官ではない女性警官が、テレポート先の取調室に現れた。彼女は、女子便所に用を足しに行っていたのである。見回りにも兼ねて、だ。
「おやおや。君たち、突然こんなところに現れて……」
「あの、この男、爆弾を仕掛けたんです!」
「なんと!」
「今は拘束しているので抵抗していませんが、取り調べ中も気をつけて下さい!」
「分かりました」
稔とラクトが職務質問された女性警官よりも、歳は取っているようだった。だが、あくまでお姉さんという感じの歳を取っているという様な女性で、老けているという訳ではない。
「まあ、君たち。連れてきてくれたのは有難いんだが、証言者は――」
そこへ、遅れてやって来たのは女性警官だった。
「貴方みたいな、テレポートを使える人間が羨ましい……」
「もしかして――」
お姉さん系の女性警官は察した。
「はい。この女性警官さんが重要な証言者です」




