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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章B エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-86 精霊の駆け込み寺

 夕飯を食べ終わった頃には、拳で語り合った稔とアニタの姉の夫が会話を弾ませていた。時刻は八時四五分くらい。アニタの姉は子供を寝かすために先に離席していて、すでにリビングに影はない。


 そうしてラクトが皿洗いを一式終わらせた頃、ふと時計を見れば時刻は九時を回っていた。家事で疲れたであろうラクトに労いの言葉を言いつつ、稔はトントンと彼女の背中を叩く。


「おつかれ。カレー、美味しかったぞ」

「それはどうも」

「家事万能で芸術に長けてるとか、俺勝ち目ないからやめてほしいわ、ホント」

「悔しかったら追いついてみろ。ふんっ」


 胸の下で手を組み、ドヤ顔を見せるラクト。音楽を作れ、絵が描け、家庭的で、物を容易に作ることが出来る。基本的に落ち込んだりしないし、話しやすい。だから、中途半端に色々と熟せていると言っても、稔が追いつくのは難しかった。もっとも、性格から体格から趣向から全て似せる必要など無いのだが。


「では、また明日」

「そうですね。おやすみなさい」

「うむ。おやすみなさい」


 二人が仲の良い雰囲気を醸し始めると刹那、アニタの夫が場に立ち会わない方が良いと判断して身を引いた。まだ暴力を振っていなかった頃のことを思い返して、どこか懐かしい感じを覚える。それと同時に、もう嫁に手を出すのは止めようと強い決心を抱く。そうして彼は、歩いて階段を上っていく。


「じゃ、私達も行きますか」

「そうだな」


 そう言い、リビングの照明を落とすラクト。二人はその後、すぐに泊まる部屋へ向かう。少し歩いて渡り廊下に差し掛かったところで、二人は今後の予定について話を始めた。


「シャワー、先浴びる?」

「いや、後でいいよ。正直、スケジュールに空きがなかったから休憩したい」

「なるほどね。でも、寝ないでね?」

「分かった」


 話が一段落ついた。が、一連の流れはそれで止まらない。


「ああ、それと。代表者会合みたいなのを開こうと思うんだけどさ」

「反省会でもすんのか?」

「簡単に言うとそうだけど、明日の予定を確認したいってのもある」

「ああ、なるほど」


 一日に一国を旅するペースでも稔は構わなかった。なにせ、明日また戦闘することになろうが、今の『黒白』なら問題解決能力は十分にある。稔が頷いてそんなことを思っていると、一方でラクトが話を進めた。


「反時計回りに進むとエルダレアの次はギレリアルだけど……行く?」

「ギレリアル?」

「そう。『ギレリアル共和国連邦』って言うんだけど、要するに人族ヒュームルトの国」

「人間が主に住んでるってことか」

「そういうこと」


 反時計回りに進むということは、つまりギレリアルはエルダレアの西方にある国家ということ。エルフィリアの北でもある。そうやって大体の位置関係を把握した後、種族に関しての情報がラクトから齎された。


「でも、人族は魔法が使えないんだ。稔みたいな違う世界から来た人を除いて」

「そっか。そうなると、銃やらで殺すのは人道的じゃないかもな……」

「それがなんと、ところがどっこいなんだよ。帝皇の避難場所で見たでしょ?」

「何を?」

「ロボットだよ」


 ラクトの話を聞き、両手をパンと叩いて「あれか!」と大声を発する稔。赤髪は主人の表情にクスっと微笑を見せた後、例の機巧に関しての説明を始めた。


「あのロボット、元は軍事用のものだったんだよね」

「軍事用?」

「そう。使用用途は『精霊と罪源に対抗するため』って感じでさ」

「へえ。つか、精霊とか罪源ってそんなに脅威なのか?」

「それ、七人の精霊の中でも最強クラスを二人配下に抑えている人が言う?」

「そんなこと言われても」


 稔はそう言い、ラクトに詳しい説明を求めた。それから間もなく、赤髪が話し始める。


「現状ツートップと言われるエーストと紫姫な訳だけど、前者は魔法の複製だから対人族戦では活躍しないかもしれない。でも、後者は活躍し続ける」

「紫姫、そんなに強かったのか……」

「そりゃもう。加速、時間停止、突撃を主な魔法として拳銃も使用可能、更には敵の心を読める。もはやチートレベルだよ。俗に言う『ぶっ壊れ』ってやつ」


 仮に『一生』をコンティニュー不可能のゲームとして考えたとき、そのゲームバランスを崩壊させてしまう程の力を紫姫が持っているというのだ。加えて現在、紫姫は『空冷消除マギア・イレイジャー』を使用することも出来る。これをぶっ壊れと呼ばずにどう呼称するのだろうか。


「でも、人のこと悪く言ってた癖に、紫姫が居ないとパーティーが成り立たないよね。最強だからこそ必要不可欠っていうかさ、無いと弱くなるっていうかさ」

「それはあるかもな」

「だから、私と同じくらい紫姫のことも気遣って欲しい……かな」

「そっか。まあ、彼女の所望に応えない訳にはいかないしな。気をつける」

「そうしてくれると助かる」


 稔が願いを聞き入れて返答したのを確認すると、ラクトは「ありがとう」という意味の言葉を笑顔で表現した。感動的な場面が形成されたからって、必ずしも当事者たちが見合ったフレーズを言えるわけではないのだ。恥ずかしいとかいう気持ちが絡み合った結果が、彼女が笑顔を見せた唯一つの原因である。


「じゃ、戻りますか」

「おう」


 そうして稔とラクトは、歩調を合わせて民宿の二階にある例の部屋へと戻っていく。途中、渡り廊下や階段を渡った後には、黒髪が朝までその方向に戻ることはないだろうと思って照明を落としていた。


 階段を上って宿泊部屋へと辿り着くと、すぐにラクトが部屋の扉を開ける。もちろん、暗闇を進まければ照明を点けられないような不親切設計ではない。部屋に入って早々いかがわしいことをするわけではないから、部屋に入ってすぐに赤髪はある点灯スイッチを押した。すると――。


「えっと……」


 そこに居たのは、バトルツリーで倒した精霊。そう、カムイゲイルだ。関西弁――もとい、大阪弁が特徴的だった彼女の名前をすぐに思い出すと、稔は何となく部屋にいる意味を察して言った。


「どうした、カムイゲイル。……貸し出しか?」

「せやで。主人様の命令やねん」

「そうか。となると、俺らを待ってたって解釈でいいんだな?」

「そないいうこと。ほんで、稔はんは要求を受け入れるんでっか?」

「ゲイルがどう考えているかによるな。俺の意思だけで決める訳にはいかない」


 この部屋に来ているということは、貸し出し命令を嫌と感じている訳ではないのだろうと考えられる。だが、独断と偏見だけを用いて相手の気持ちを理解することなど不可能だ。上官だからこそ相手の気持ちを尊重するべきと思っていた稔は、その点に比重を置いて話を進めた。


「そんなん決まってるやろ」

「俺の配下に属することを嫌がってない。……その解釈でいいか?」

「せやで」

「分かった。じゃ、もう夜遅いから寝ろ」


 稔がそう言うと、ラクトが笑い混じりに割って入った。


「まだ九時じゃん。そこまで子供じゃないって」

「そうじゃねえよ。戦った代償として損傷を治して欲しいだけだ」

「ああ、なるほどね。でも、それなら隠さず言えばいいじゃん」


 ごもっともである。夜遅いからなんて言う理由で話を進めては、相手方に誤解を生ませてしまうだけだ。もちろん、これに稔が反論する余地などない。だが、彼は指摘を受けて逆ギレしたりしなかった。包み込むように短く返答する。


「そうだな」


 その一方、割り込んできたラクトに押される形でゲイルが言った。


「ほんなら、私は戻るで」

「分かった」


 貸し出す側の主人と借りる側の主人との間で貸し出しの許可が出れば、仕える人物が変わるのだから、元の主人は形式上の主人でしか無くなる。それこそが、ゲイルを含む直接契約した訳ではない精霊達が稔の魔法陣の中に戻れる理由だ。


「精霊の駆け込み寺って紫姫が言ったみたいだけど、その通りになったね」

「うるせえよ」


 第一の精霊から第七の精霊まで、全ての精霊を配下に抱える最強勢力が遂に成立した。借りている魔法陣組と直接契約をしている魂石組とで分かれるものの、精霊が揃っていることは変わりのない事実である。


「じゃ、シャワー浴びるてくるね」

「分かった。あんまり長く居座んじゃねえぞ」

「金払わずに泊まらせてもらってる身が高額の水道代叩きだすのはダメでしょ」

「常識は有るんだな」

「失敬な。芸術に携わるからって常識が無いわけじゃないんだぞ」

「それ、俺も巻き込んでないか?」

「自分が言った言葉が跳ね返ってきただけじゃん」


 稔は言い返せず、「確かにそうだな」と言った。小説家も作曲家も絵師も皆が厨二病。でもそれは、悪い意味での話じゃない。出版されるとか一定数のファンが居るとか、それは認められている証拠だ。つまり、彼らは認められた厨二病ということ。自意識過剰から起こる痛々しい話ではないのだ。


「じゃ、そういうわけで」

「おう。入ってこい」


 馬鹿にされているように感じた稔だが、でも、正論なのは確かだった。どう反論しようが結果を作ったことが自分であることは間違いない。ここで何を言っても無駄だと思い、稔は嫌な気持ちを度外視してラクトが早くシャワールームへ行くようにと背中を押す。しかし一人になった後、黒髪は妙な感情に襲われた。


「シャワー、浴びてるんだよな……」


 感情の正体は、風呂に浴びてしまおうかという考えだ。一緒に入ったことがある仲なのは確かだから、ラクトが拒否するとは思えない。かといって、気遣ってくれる赤髪にこんな仕打ちを掛けるのは人としてどうかと思ってくる。しかし、葛藤する一方で童貞特有の動揺は無かった。


「よし、やろう」


 そう独り言を言って心を決める稔。だが、まだ突撃しようとは思わない。理由は単純で、脱衣中に突っ込んでも味が無いためだ。突撃する時期はシャワーの音が聞こえ始めた頃。そう考え、稔は部屋を静まり返らせた。続いて音を消しながら移動すると、シャワールームと主室を隔てる扉に耳元を当てて諜報を始める。




 偵知を始めて約一分が経った頃。シャワーの音が十秒聞こえたことを確認すると、稔は深呼吸した。そして、続けざまに扉を開ける。だが、そこにラクトの姿は無い。シャワールームの前に脱衣所があるからだ。しかし、それは想定内のこと。ラクトが着ていたメイド服が畳まれているのを確認すると、稔は二つ目の扉の前に立った。そして、勢い良く開ける。


「こんばんは」

「残念だったなっ!」

「なん……だと……?」


 そこに居たのはラクト。だが、彼女は全裸ではない。稔の来襲を予想していたかの如くシャワーを持って立っていた赤髪は、その曲線美を最大限引き出すビキニ姿だった。一方稔は、期待を裏切られて失墜状態に陥る。だがラクトは、そんな稔を慰めるべく自分の方へと寄せた。そして、こう言う。


「覗きなんて悪趣味だぞ。だから、こうす――」

「余裕を見せたのが運の尽きだっ!」


 ラクトからシャワーを奪取すると、すぐさまシャワーの蛇口を捻って水を出す稔。さすがに冷水を掛けるほど鬼畜ではないから、温度は四十度の設定だ。勢い良くシャワーの水が出たのを確認すると、直後、ラクトを狙って掛け始める。


「ちょ……」

「俺のことを馬鹿にした罰だ!」

「罪は稔の方が大きいじゃん。てか、私の方に蛇口があるの忘れてない?」


 ラクトの言葉に、稔は「しまった!」と声を上げた。だが、バカにならない水道代にしないためにも蛇口をしめることに猶予を与えている暇はない。


「それに。昨日の大浴場とか民家の風呂場とかなら構わないけど、一人用のシャワールームでこういうことするのは止めてほしいな。されるの嫌じゃないけど」

「嫌じゃないんだ」

「もちろん、今回みたいなのは嫌だけど、別に心を許した相手から風呂場に突撃されても私は嫌じゃないよ。『定期的に』っていう条件はあるけどね」


 風呂場への侵入案件の常習犯なんて、行う側が変態性癖の持ち主であると証明しているようなものだ。定期的に、忘れた頃に行うからこそ味を出すのである。それは、忘れた頃に評価され始める絵画のように。


「そういうことだから、さっさと去れ。水着、早く脱ぎたいから」

「わかった。そういうことなら、戻る」

「ありがと。そういう理解あるところ、好きだよ」

「とっ、唐突になんだよ」

「別に。ほら、帰った帰った」


 互いに頬を薄く赤らめる、稔とラクト。赤髪によってシャワールームと脱衣所を分ける扉が閉められると、黒髪は「なんだよ」とボソッと吐き捨てるように言って主室へと戻った。翻ってラクトは、稔の反応を思い返してクスっと笑みを浮かべる。そして続けざま、水着を脱ぐ。


 その一方。主室に戻ってきた稔は、テレビをつけて情報収集を始めた。リモコンの隣に置かれていたテレビ局一覧表を見て、ニュース番組をやっていないか探る。夜の九時だからニュースはやっていないかと思ったりしたが、稔の予想は一つめの放送局の番組で裏切られた。


「おお」


 使用言語的にも問題なかったので、以後、稔はテレビの画面を見続けた。

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