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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
一章 エルフィリア編Ⅰ 《Knowing another world and the country》
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1-26 ボン・クローネ観光-Ⅲ

 開いていたドアを通って、稔とラクトは男に導かれるように、念力でこじ開けられた部屋へ入った。


「これは……」


 入ってみればそこは、絶句するほどのシャンデリアが飾られている世界遺産の中だとは到底思えないほどの暗さだった。パソコンの光だけが頼りのような、そういう部屋に限りなく似ていた。


「此処がゲームの舞台となる部屋だ。……邪魔者が入る前に、先にバリアを張っておこう」

「バリア……?」

「ああ。可視化しないが、戦いに乗ってくるような強気な奴なら、それくらい知っているよな?」

「――」


 稔は知らなかったが、エルフィリアという国家の中には、エルフィートをはじめとした数多くの種族が、ツインタワーの時に張られたような、ああいったバリアを使えるのだ。


「口を閉ざすのかい? おいおい、あれほど威勢がよかったのにどうしたんだよ?」

「うるさい……ッ! バトルを、バトルを始めるぞ……」

「言っているだろう。泣くのはお前だと。――それなのに、やるのか?」

「男に二言はないからな」


 稔はそう言ってラクトとの距離を詰める。いつ戦いが始まってもいいように近づいたのだ。


「そうか。――じゃあ、お前を五秒で葬ってやるよ」

「やれるもんならやってみな」

「んじゃ、お望み通り行くぞッ!」


 男は不吉な笑みを浮かべた後、右手を前に出して召使を召喚した。



「――第一召使エットサーヴァント召喚サモン――!」



 召使は召喚された時、紅の色の炎のようなものを纏っていた。炎と言っても、少しばかし光っている。

 一体目に召喚された紅の色の炎を纏った召使は、召使とはいえないくらいの巨人だった。部屋を壊す心配性はないが、とてつもないデカさに稔は驚いた。

 一方で、生殖器等の性別を表すためのものは無いため、性別がどちらであるかは不明だった。


 だが、一体では終わらない。



「――第二召使ドヴァーサーヴァント召喚サモン――!」



 二体目の召使は、先の召喚とは打って変わって、水色の飛沫のようなものをまとっていた。こちらも、少しばかし光っていた。

 二体目に召喚された水色の飛沫のようなものをまとっていた召使は、上半身が肌色で、下半身が黒に近い青色だった。ラクト程ではないが胸も有り、二体目に召喚された召使が女であるということが分かる。 

 そして、二体目を召喚した男は、稔とラクトを煽る。


「ハハハ。こちとら、魔法が使えるのは三体だ。てめえらとは力量の差が生まれちまったな」

「なっ……」


 ブラック属性。弱点はカナリヤ属性のみだが、流石にカーマインとシアン……もしかしたらブラックも相手にするとなると、稔の表情にも笑顔は浮かばない。歯を食いしばり、大変なことになったと少し焦る。

 しかし、焦ることは必要なかった。そんなことをする程度であれば、ラクトに指示をだすべきなのだ。


「スルト! 超過熱オーバーヒート乱剣サーベル!」

「ゴォォォォッ! ガァァァァ!」


 剣は一つにとどまらない。

 炎を纏った剣は一つではなく、二つ、三つ、四つ……と次第に増えていき、最終的に八つとなった。



「――行動開始アクション――!」



 二人……否、二体の召使を司る逮捕の対象である男は、そう言って一体目に召喚した『スルト』と呼ばれる方の召使の行動を開始させた。八つの剣を振りかざし、稔とラクトに対して火の猛攻撃を行う。


「ラクト!」

「大丈夫。……ご主人様も大丈夫みたいだね」

「しかし、どうするんだ? ここまで強いと……」

「大丈夫。作戦は有るよ」


 ラクトがそう言った直後、彼女は麻痺魔法を無言で発動させ、見えない波動にさせて巨人に伝える。


「スルト! 動くんだ! 何故、何故そこで止まるんだ?」


 男はそう言って、床に足を叩きつける。当然それは痛みを伴うのだが、今の男に痛みなど分からない。理由は単純で、それを考えるための思考回路が停止しているためだ。


「もういい。スルト、お前は下がってろ!」


 そう言うと、男は呆れ顔でスルトに対してため息をつく。



「――第一召喚召使エットサーヴァント応召リターン――!」


 

 言われ、応召に応じた第一召使は、男の手の中へと戻っていく。そして、ここから作戦を立て直すのが普通なのだが、思うような成果が出なかったことも有って男は狂いだす。


「ふざけるな! 何故だ! 何故、何故、何故、何故、何故――」


 稔とラクトからすれば、『ただ一発だけ状態異常魔法、麻痺技で攻撃しただけ』という話であるが、勝つことしか脳内になく、まるで戦闘狂のようだった男は、麻痺技を喰らったということだけで狂い出す。


「ヘル」

「マスター、どうされましたか?」

「もういい。一対一だ」


 ラクトは、男から聞いたその言葉に笑みを浮かべる。


「一対一とか……。お前こそさっきまで威勢のいい声をあげていたのに、どうしたのかな?」

「貴様……ッ!」


 稔は良い気分だった。自分が女性警官に職務質問のようなものを受けたのも、この男のせいである。ファーストキスを女性警官に使ってしまう結果になったということも、元をたどればこの男のせいである。


「そうだ。最初から間違っていたんだ。あんな去勢済みの巨人カスみたいな奴が役に立つわけがない」

「――おい待て。去勢済みってどういう……」


 稔が聞き捨てならないことを耳に感じ、男に聞き返した。

 稔の質問に、男は笑って答える。


「ハハハ。去勢済みってのは言葉の通りだッ! あの巨人は、元々男だったッ! それを、俺が召使にするときに去勢してやったんだよ! ハハハ。いい気味だ!」

「召使って言っても、そいつの気持ちくら――」

「うっせえなッ! お前だって、将来はその女を自分の性欲のままに犯して、自分のペットにするつもりなんだろッ!」

「な、何を言って……」


 だが、そんな事でラクトは考えや思いを変えたりはしない。


「大丈夫。ご主人様のこと、私は信じてる」

「ラクト――」


 愛しあう――といっても召使と主人という感情なのだが、それでもその光景を見ていた男の様子は更に大変なものになる。気狂いと言わんばかりの狂った姿に、稔もラクトも男の第二召使も、言葉を失った。


「召使なんてな、気持ちはないんだよ!」

「違う!」

「所詮、奴らは奴隷同然だ! 奴隷に脳なんてない!」

「召使は奴隷じゃない! 大切な仲間だろ!」

「嘘つけ! じゃあ言ってみろ! お前、その召使に恋愛感情を抱いたことは有るか?」

「――」


 恋愛感情を抱いたことが有るのか無いのか。答えによっては、男に戦いを掌握されそうだということくらい、稔もわかっていた。故に、嘘でも言うしか無かった。


「ああ。俺は好きだぜ、こいつをな」

「みっ、ご主人様、何いってんの……」


 とはいえ、稔の本心はラクトにも伝わっている。その為、稔の耳元でラクトが一言言った。


「本当は、恋愛感情じゃないんだよね……?」

「けど、家族みたいな感じだろ、もう」

「……」


 ラクトの一言に稔が一言で返したが、ラクトは言葉をつまらせ顔を赤く染める。

 しかし、これこそが更に男を発狂させる燃料となってしまう。


「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! そんなの有り得ない! この僕が間違っているはずがない! 僕は間違いを犯すはずがない! 僕はエルフィートを制圧できる力を持っているのに! エルフィリアを制圧できる力を持っているのに! この国の国民より、遥かに頭がいいのに! 何故だ! 何故なんだ!」


 狂った男の顔は狂気に満ちていたのは確かだったが、それ以上に顔芸に見えた。


「ハハハハハハハハハハハハッ!」


 上の方向を向き、男は狂った笑みを浮かべる。持っていれば、ナイフを振り回して笑うくらいだ。


「マスター、あの……」

「家畜が言葉を使ってんじゃねえよッ!」


 男は突如として魔法で剣を作り出し、それを自らの召使に対して振りかざそうとする。本当に家畜同然の扱いだ。そして、その光景を見ていた稔とラクトは、掛ける言葉も見つからずに困った。


「てめえは俺の奴隷だ。何が何でもそれは揺るがない」

「ひっ……!」

「あ?」


 男は鬼の形相だった。そして、そんな男の召使であるヘルの心をラクトは覗いた。許可無しだったものの、せめて彼女を救うためにということで、やむを得なかった。

 すると、驚愕の事実が判明した。


「えっ……」



 ――死にたい


 ――なんでこんなマスターの元に転生したんだろうか。


 ――目の前のあの男の人を主人にしたかった


 ――あの男の人の召使が羨ましい


 ――こんなマスター、死ねばいいのに



 それは、鎖で繋がれた人間としか言えないものだった。自由を迫害され、何かを言おうとすれば主人に脅される。そんな悲しい人生を、転生先で送るしか無いのだ。

 続けて、ラクトは彼女の生活スタイルを覗くために更に心を読む。



 ――朝起きれば性欲処理に使われて、三度の飯は全て私が担当


 ――買い物では付いて行かなければ脅され


 ――寝る時間はたったの四時間しかなく


 ――夜だって、マスターが寝る前には性欲処理に使われ


 ――家事もマスターのケアも、全て私が担うなんて


 ――愛してくれるマスターが、愛すことが出来るマスターが良かった



 ヘルの心を覗き、ラクトは後ろめたい気持ちになった。だが、ふとラクトは気がついた。

 「ヘルは、私のかつての姿と似ているんじゃないか?」と。

 「このままでは全ての男性を拒絶することは確実である。それは、幼なじみ(インキュバス)という一人の男に全てを奪われた私に似ていないか?」と。


 そして、思ったことをすぐさまラクトは稔に報告する。


「稔。あの男の召使、相当死にたいみたいだ。これまでのマスターからの扱いが酷すぎたからか、彼女の心は相当病んでる。これ以上彼女を病ませておいたら、本当に生死に関わる重大な物に発展するぞ?」

「つまりそれは、あの狂った男だけを倒して召使を保護するってことか?」

「そうだね。――ただ、彼女は正式な契約解除を行っていないから、彼を殺さない限り、稔の手元には来ない」


 そんな話し合いをしている最中だった。


「お二人さぁん? 何を、話しているんですか……?」

「卑怯だぞ、貴様!」


 テレポートを使い、稔はその場所からの逃走を図った。そして逃走した先、剣がこちらに振られるのは間違いないと思った稔は、剣を振りかざす前にラクトにバリアを張るよう指示した。


「……くっ!」


 バリアの効力は揺るがない。


「テレポートなんて小作な真似を使いやがって……」

「お前みたいな、一般人に対して魔法を使うような奴に言われたくねえよ」

「魔法じゃねえ。催眠術だ」

「別にどうでもいい。……ともかく、貴様にその召使は似合わない。取り上げさせてもらおう」


 取り上げるという言葉を聞いた時に、男の顔には笑みが浮かんだ。


「お前、人の召使を寝取るようなゴミなのか。――最低だな」

「違うぞ。俺は、お前みたいに仲間を家畜のように扱う奴が大っ嫌いだからな。正義の成敗だ」

「正義? ……正義だなんて、ガキみたいなこと言ってんじゃね……え……」


 バリアを解除し、ラクトが心の中で言った。その言葉は凍結魔法使用時の言葉だ。


 魔法が使用されて、男はたちまち凍結魔法の餌食となった。例え、サイコキネシスの使い手だったとしても、彼はそれを使いこなせていないのだから意味が無い。念力で扉を開くところしか見れなかった。サイコキネシスなんて、使いこなせば十分使えるのにも関わらず、だ。


「ヘル、だっけか?」

「ど、どうされたん――」

「まずは質問に答えよ。――貴様に問う。――貴様は、俺に殺されたいか?」


 凍結魔法の効力は一定期間続くため、事情聴取をするときなどには役立つ魔法だった。凍結魔法は、麻痺魔法に比べれば拘束力が強く、かつ入眠魔法よりも身体的ダメージが大きいため、本当に事情聴取には役立つ。


「いいえ……」

「分かった。――ならば、貴様にもう一つ問う。――ヘル、俺の召使になれ」

「――」


 ただ、その発言は波乱を呼ぶ。


「おいこら、私をさし置いて――」

「大丈夫だ。お前は俺の実の家族みたいな存在で、ヘルは俺の義理の家族みたいな存在だから」

「そ、それってどういう……」

「こういうことだ」


 稔は、自分自身でやっていることに気持ち悪さを感じていたが、躊躇いはなかった。


「なっ……」

「わっ……にゃっ……こっ、これはっ……」


 右にヘルを抱き寄せ、左にラクトを抱き寄せる稔。痛みはなかったものの、ヘルとラクトと稔、三人の額が中央で衝突する。


「なんか寝取るようで悪いけど、俺はあの男の行動を許す気はない。ヘルにもその気持ちがあるなら、俺と共闘して欲しい」

「そ、それは……」


 繋がれた締め付けるような鎖は、簡単に取れるはずがない。けれど、取らなければ今後は大変な目に遭ってしまうことは言うまでもない。


「分かりました。それでは共闘条件として、一ついいでしょうか?」

「なんだ?」

「スルトをあの男の手の内に置くことは良いこととは思えないので、私の使い魔にしたいです」

「えっと……」


 稔が首を傾げると、ヘルが説明した。


「つまり、私が貴方の召使になったら、スルトも召使になるってことです」

「そういうことか」

「スルトは相当な防御系魔法を持っていますから、役に立つと思います。――まあその、基本的には私と一緒に召喚陣に居るでしょうが」


 召喚陣に居るということを聞いて、稔は疑問に思ったことが一つ有ったため、それをラクトにぶつけた。


「なあ、ラクト」

「大丈夫。――私は、稔の魔法陣には戻れない」

「えっ……?」


 二度目の首傾げ。それに、ラクトが回答する。


召喚カムオンって言った時点で、召喚陣には戻れない」

「そう……なのか……」

「本当の召使は召喚陣の中で寝たりする。だから、稔にとってみれば私は、契約精霊なのかもしれない」

「契約精霊か。……で、それって大体どれくらいの確率で生まれるものなんだ?」


 その質問には、ラクトではなくヘルが答える。


「確か、一〇〇〇分の一の確率だった気がします」

「一〇〇〇分の一……?」


 驚きの声を上げる稔だったが、その後更に驚きの声を上げた。


「……何の話をしているんだい?」

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