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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
特別章 精霊の恋愛事情 《She shouldn't have loved him.》
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EX-12 観覧車

「俺を好きになった……?」


 どういう魂胆で紫姫が言ったのか、稔は疑問に思って復唱した。しかし、紫髪は頷くだけで口を開かない。頬を紅潮させたまま頷く姿は小動物のようだ。だが、目の前の精霊を舐めまわすように観察している暇なんて無い。


「それで、貴台。返答を聞きたいのだが――」


 その一方で、稔は紫姫から返答を求められた。黒髪男は「悪い悪い」と言って軽く謝る。それから一つ深呼吸をして、稔は紫姫から受けた質問に対しての返答を述べた。その表情は真剣この上ない。


「悪いが、無理だ。俺には彼女が居る」


 言葉を包み込むことはしない。オブラートに包んで誤解されてしまうことなど、こういう告白の場面で絶対あってはいけないことだからだ。弾丸なみの言葉という球が飛んできたのだから、もちろん紫姫は泣きそうになる。だが、口頭は違う。


「そうだと、知っていた……」


 紫姫はそう言って俯き、稔に涙を流している姿を見せないようにした。それから間もなく、自責の念に駆られて稔も頭を下げる。二人が乗ったゴンドラは空気が重い他ない。折角の景色が満喫できないと思って、稔は紫姫を慰めた。


「紫姫の気持ちは凄く嬉しい。でも俺は、あいつからの信頼を壊してまで付きあおうとは思えない。ただ、な。ただ、……俺は紫姫を愛している」

「へっ……?」

「よ、要するに! 紫姫を嫌っているわけじゃないから、か、勘違いすんな!」


 まるでツンデレである。稔は自分の首を絞めるような内容を発していることを理解し、それと比例する形で顔を紅潮させていった。一方紫姫は、顔を赤く染めた稔を嘲笑している。けれど、それは紫姫も同様。つまりはお互い様だ。


「拭けよ、涙」

「な、涙など流していないぞ!」

「嘘言うな」


 流していた涙は止んだが、頬には涙がひこうき雲を見らなってかいたような泣いた爪痕が残っていた。そこで稔は、馬鹿にする意味も込めてハンカチを取り出す。けれど紫姫は、それを拒んで指で拭きとった。するとすぐ、紫姫は言う。


「貴台の隣に行っていいだろうか?」

「構わないぞ」


 稔はそう言い、陣取っていた長椅子の半分を開放した。それと同時、紫姫が起立して移動を始める。しかし刹那、ゴンドラが揺れた。紫姫はそれに対して驚きと恐怖を隠し得ない。一方の稔は、お化け屋敷で怖がっていたことを思い返す。でも、そんなことをしている暇はなかった。告白を終えて早々、紫姫が稔の膝の上に尻を不時着させたのである。


「す、すまない!」

「いいよ、紫姫。でも、それより俺側に来んなよ?」


 その理由は単純。紫姫が髪の毛から発散している匂いが、見事に生物の本能を掻き立てるのである。故に、そのことを鮮明に表現するモノへと近づいてくることは許されなかった。もとい、絶対に阻止しなければならなかった。


「なぜだ?」

「な、なぜと言われても……」

「膝の上で座られるより、骨盤を立たせて座ったほうが座り易いだろう?」

「それは――」

「ならば、なぜ貴台は拒む? ラクトが原因か?」


 稔が真剣な表情で告白したことにより、紫姫がベトベトしてくる。事情を説明すればどうにかなりそうだが、純粋無垢な彼女を汚したくない一心で投薬した身としては、ドストレートに言う訳にいかなかった。もちろんこれは、ラクトが原因なのではない。単なる、欲情を恐れるが故の措置だ。


「(なら、説明するべきか)」


 稔の最終結論はそれに達し、黒髪男は咳払いしてから紫姫に言った。


「……紫姫。覚悟しろ」

「どういうことだ?」

「これから俺が事情を話す。分からないことがあったら、俺の心や脳を探れ」

「分かった」


 紫姫は『覚悟』という言葉が大きな意味を持っていると思えず、いつも通りの口調で返答する。女子といっても博識なラクトではない。純粋無垢な紫姫だ。だから稔は、再度覚悟を決める必要があった。唾を呑んだ後、彼は紫姫の耳元で話を始めた。言い始めて早々、紫姫が顔を赤らめる。


「ばっ、なんてことを言って――」

「そっ、そういうことは言わなくていいっ!」


 会話が終わるまで、時間にして二〇秒程度。保健の授業を兼ね備えたその説明はの中では、紫姫の恥ずかしがる表情が見れた。だが、話が終わって早々。紫姫は稔の方へと後ろに進み始めた。柔らかな感触が、膝や太ももから脳へ伝わる。


「だから、やめ――」

「次に日常会話を交えられる二人きりの機会がいつか分からないからな。ラクトのように貴台を独占できる時間など多くないのだから、少しくらいは、な?」

「う……」


 紫姫はそう言い、太ももの上に座る意味を正当化した。稔が指導したのは、あくまでも欲情していることを示す部分への立ち入りを禁ずること。つまり、太ももはそれに該当しない。稔は、弱い所を突かれていたのである。


「まあいいや。この重さなら、緊急時は持ち上げられるだろうし」

「……皮肉か?」

「ねえよ。バトルで一番重要な絆を壊す必要なんか無いだろ」

「つまりそれは、本心ということか」

「そういうことになる」


 紫姫の疑問が晴れ、稔は安堵の表情を見せた。一方でこんなことを言う。


「やってみようか、一回」

「ぜひとも願いたい」


 そう言い、紫姫は身体の力を抜いた。一方、稔は覚悟を決める。理性が崩壊することの恐怖をしっかりと理解した上で、一度深呼吸した。そして、彼は紫髪の脇の下へと手を進める。腹部を持って持ち上げたせいで「擽ったい」とか、続けざまにゴンドラが揺れて「怖い」とか言われたくなかったのだ。


「わ……っ」


 思わず、紫姫が声を漏らす。翻って稔は、紫姫の身体全体が持ち上がらないことを察した。そこで黒髪男は、お姫様抱っこをすることにする。彼女以外にすることには抵抗があったが、告白への返答が自分勝手な内容になっていることの詫びと告白してくれた御礼を兼ねれば、正当な理由だと説明がつく。


「紫姫、すまない」

「な、なん……ひゃっ!」


 流石に、持ち上げている状況で開脚させるのはまずいと判断する稔。まずは、右手で太ももエリアの中間地点を持ち、左手を紫姫の腹部へと回して辱めを受けなくて済む態勢にした。続けて少し自分の方に近づけ、精霊を持ち上げる。


「特等席だぞ」

「と、特等席……!」

「たかいたかーい」

「……ば、馬鹿にするな!」


 特別扱いを受けていることを受け、紫姫の心が揺らいだ。けれどその一方で、紫髪の気持ちをぶち壊したのが稔である。「たかいたかい」という、乳幼児に対して行うような遊びを行ったのだ。しかも、彼女は暴れづらい状況にある。ゴンドラに着地して揺れるのは明白で、口頭で控えめな批判しか出来ない。


「鬼畜め……」


 その言葉が全てである。翻って稔は、「ごめんな」と言ったあと紫姫の座る場所をを元の位置へと戻した。だが当然、紫姫の苛立ちは収まりを知らない。


「上昇中だというのに、なんてことをしてくれる」

「やめろ、揺らすな!」

「うるさいうるさいっ! この、この鬼畜主人め!」


 開口一番に批判コメントを発すと同時、自分の尻を椅子代わりにしていた稔の太ももに打ち付ける紫姫。マゾヒストではないと自分を説明する稔だが、この時だけは痛気持ちいい感触だった。だが、長引くに連れて身体が痛みを訴える。


「そろそろやめてくれ。太もも痛い」

「お化け屋敷の恨み、まだ残ってるんだが?」

「……」


 稔は黙り込んでしまった。一方、紫姫があと何回これを続けるのか気になる。否、早くこれを止めなければならない。これが苛立ちを表現する方法である以上、マッサージでない以上、ここで紫姫の言うとおりになっていては後悔する。色々と考えた結果、稔は紫姫に対して質問を投げることにした。


「恨みを晴らしたい気持ちはわかる。でも、ゴンドラ揺れてんだぞ?」

「残念だったな。我は高所恐怖症ではない」

「知ってる。けど、落ちるかもしれないんだぞ?」

「落ち……る?」


 紫姫は稔の言葉を聞くと、刹那、凄まじいスピードで顔面を蒼白させていく。一方稔は、自分が紫髪のトラウマスイッチを押してしまった可能性を考える。考えてみれば、紫姫は飛行機に搭乗していた司令官の意思を継いだ精霊だ。彼女が墜落に人一倍恐怖を抱く気持ちを、分からないとは切り捨てられない。


「紫姫?」

「い、いや、なんでもない――」

「嘘言うな。お前、お化け屋敷でそんな顔してなかっただろ」

「……」

「他人の弱いところに足を踏み込みたくはない。だから、話してくれないか?」


 稔が真面目な表情を見せて紫姫に対して依頼する。だが、精霊は顔を下に向けている。もちろん、涙を流している訳ではない。話したい気持ちと話したくない気持ちが入り混じり、思考回路が混線しているのだ。そんな時に配慮の無い言葉を掛ける気にもなれず、『黒白』を乗せたゴンドラ内には重たい空気が漂う。


「今後一切、話さないことを誓ってほしい」

「それが条件か?」


 稔が聞き返すと、紫姫はゆっくりと頷いた。黒髪男だって決意が無いわけではないから、これに対して応えない訳にいかない。だから彼は、「わかった」と言って条件を呑んだ。それから間もなく、紫姫の話が始まる。


「我が戦闘機に搭乗したことのある精霊というのは既知の上だな?」

「もちろん」

「まあ、簡単に言うとだな。貴台の予想と概ね一致した事柄になる」

「つまり、墜落したのか?」


 稔が直球な質問を投げると、それに対して紫姫は無言で頷いた。けれど、『失われた七人の騎士ルーズ・セブン・ナイト』は、戦犯七名の意思を継いだ者達という意味。紫姫と当時の主人を乗せた機体が墜落したというのなら、戦犯も魂石も戦いが終わった後にはなくなっているはずだ。


「墜落したのなら、戦犯になる頃には生きていないんじゃないか?」

「いや、『墜落した』のではない。『墜落させた』んだ」

「墜落……させた?」


 稔は思わず復唱する。紫姫は「そうだ」と言いながら頷いている。


「出した指示が、敵軍に読まれていたんだ。まさか上空に敵軍機が居るなんて思わなかったから、奇襲に近い攻撃を受けたと言ってもいい。もっとも、敵艦を駆逐するために縦横無尽に動いた結果だから、因果応報でもあるのだがな……」


 稔は一つ、「そんなに落ち込むことなのか?」と言いたくなった。しかし彼は、戦中を生きた身ではない。そんな軽いことを言える口ではないのである。稔がそんなことを考えていると、紫姫が内心を汲み取ったようでこんなことを言った。


「戦争とは、すなわち生き地獄だ」

「生き地獄――」

「『二()を追う者は一兎をも得ず』と有名な諺がある。貴台がこれまで仕掛けてきた戦いは一対一だった。だが、戦いは仕掛け過ぎない方がいい。召使や精霊、罪源の負担が大になるだけだからな」


 日中戦争を行って長期化した中で太平洋戦争へと突入した過去。歴史の教科書からそのことを思い返してみると、多方面に争いを仕掛けるということが自分で自分の首を締めるということなのだと痛感する。植民地支配をしていた国家は独立した国家に移民で侵略を受け、敗戦国家は未だ国土を取り戻していない。


「いつの時代も、暴走した上層部に振り回されるのは民ってことか」

「そういうことだ。だから我は、過去の反省から貴台に求めたいことがある」

「なんだ?」


 会話が進む中、紫姫が間を入れる。それに対して稔が聞き返すと、間もなく答えが耳に届いた。サラサラとしたミディアムヘアの紫髪を揺らし、顔には笑顔が浮かぶ。それを見た寸秒、稔は戦友を絶対に泣かせないと決意した。


「――良識ある主人で居てくれれば、それでいい――」


 紫姫の言葉を受け、稔もまた笑顔で「ああ」と返した。翻り、黒髪男の決意表明に対して紫髪は「分かった」と言う。それから間もなくして、紫姫は稔の隣の座席に移動した。景色を堪能したいらしい。


「綺麗な夕焼けの空だな」

「そうだな」


 観覧車の真下付近。中洲を作り出している河川の水面には、照らされた観覧車が映っている。遠方に在る山岳の斜面に入れられていた刺青のような夕陽の光線は、もう無くなりそうだ。そのかわり、眼下には光り輝く遊園地が見える。


「み、稔!」

「どうした?」

「告白は失敗に終わったが、黒白は成功しよう……な?」

「言葉遊びか! まあでも、それはそうじゃなくちゃマズいっしょ」


 稔は紫姫にそう言い、そして続けざまに紫姫を振り向かせる。


「一緒に頑張ろうな、紫姫」


 内心を読んで行動を理解した紫姫は、稔の言葉を聞いてすぐに右手を出した。それは、握手をするという意味である。無論、『黒白』はすぐに握手した。両者のこれまでの健闘を称えあい、そして両者とも今後の成長を期待する。また、手を握り合う中で、稔の言葉に紫姫はしっかりと返答していた。


「了解した。親愛なる、我が主人様」


 笑顔を見せ、そして紫姫は敬意を払うために頭を下げる。稔は敬われることがそこまで好きではなかったから、彼女の気持ちを分かっていながらも頭を撫でる行為に出た。だが紫髪としては、そうされるほうが好きだった。


「なんか、小動物みたいだな」

「我は精霊だ」

「知ってる」


 破顔しつつ、稔は言う。一方紫姫は、撫でられたことでクールさの大部分を失ったらしく、稔に対して甘える。もちろんそれは、高額商品の購入等ではない。


「なあ、稔。観覧車から出て集合までの間、何処かでアイスを買って欲しい」

「何味が希望だ?」

「メジャーな味がいい」

「じゃ、バニラとかチョコだな。分かった、買ってやる」

「ありがとう、稔」


 紫姫はそう言い、満面の笑みを浮かばせた。涙は女の武器と言うが、弾ける笑顔もまた女の武器である。稔はそんなことを一身に感じながら、紫姫の愛くるしさを感じて噛みしめた。


 そうして観覧車は、刻々と変化する一五分間の空中散歩を終わらせる。

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