EX-8 ラグナロク攻略戦
発狂――もとい、『覚醒形態』となったラグナロクは、言うならば戦闘狂でしかなかった。髪の色を白くしてから数秒し、貧しかった胸をラクト並みに大きくすると、一気に背を伸ばして右手に白色の柄をした剣を持つ。
「――世界の終焉――」
聞き覚えのある神の名。自分の配下に居る元巨人のことだとすぐに分かる。稔がそんなことを理解した頃、その炎に対して紫姫が空気砲で攻撃を撃った。まるで稔をハブ空港のようにして魂石を通して登場したかと思った矢先の、時間にして五秒という極僅かな時間で、紫姫は攻撃対象を狙い撃った。
剣が放つ炎の直線。銃が放つ台風を遥かに凌駕する強風。紫姫は長期戦になるだろうと悟って、『空冷消除』を使用しながら【詠唱】を実行した。つまりそれは、言い換えれば火力が現段階の二倍になるということ。当初の火力の実に四倍だ。
「――番えしは我が軍の栄光と勝利。紫色の蝶と共に舞えよ、白色に染められし銀の桜の一片。今こそ降臨せよ、真の帝国精霊。封じられた力を解放したまえ、死を恐れぬ紫の蝶《デッドエンド・バタフライ》。誇るは桜――」
息を整えた後、紫姫は続けてこう言った。
「精霊の力を――侮るな」
『覚醒形態』に【詠唱】が上乗せされ、火力は通常時の四倍となった。精霊の中でも一二を争う強さの紫姫が途轍もない火力を出したことにより、発狂状態で『覚醒形態』を宣言したラグナロクを追い詰めていく。稔は紫姫のあまりの強さに口を開いてしまい、我を忘れそうになる。だが、その時だ。
「麻痺が……解けた?」
紫姫がラグナロクを追い詰めていく中で、稔の後遺症が晴れた。一方の黒髪巨乳の長身美女は、劣勢に立たされていたのは火を見るよりも明らかだ。しかし、彼女は諦めたりしない。ボスとして挑戦者と最後まで戦う覚悟を決めている。
「ボクが負けるなんてことは有り得ない!」
言い放ちってラグナロクは生やした翼を動かし、上空へと飛び立つ。『覚醒形態』となって体力も魔力も大量消費の一途を辿っていた紫姫にとって、敵が右往左往する光景は喜ばしいものではなかった。だが、困った時はお互い様だ。魂石越しに稔は紫姫へ作戦内容を伝達する。
「紫姫。時間を止めてもらえないか? 俺が斬りに行くから」
「……麻痺、解除されたのだな」
「ああ。それでその、頼む」
ラグナロクと対峙する時が間近に迫っていることなど、紫姫だって重々承知だった。しかしながら、本当に双剣で相手を削り切ることが出来るか不安になる。けれど、それこそ『お互い様』の精神を発動させれば良かった。紫姫には相手のヒットポイントを確実に削る特別魔法が使用できるのだから。
「貴台はバリアを展開して上空待機を頼む」
「分かった」
精霊の居る場所から離れていく稔。五メートルくらい離れた頃、それを合図に紫姫が特別魔法を使用した。黒髪男が離陸した時、紫髪は『覚醒形態』と【詠唱】の両方に属していたが、パーセントダメージで与えることの出来た火力は通常と同等。火力上昇の雰囲気と相容れず、パーセントに倍率は掛からなかった。
「――S・F――」
そして、続けざまに使用される二発目の特別魔法。今度は、『覚醒形態』【詠唱】を使用した効果が出ていた。つまりは、紫姫が続けて使用した魔法の効果が四倍になっている。時間に変換すれば、それは四八秒だ。
「――時間停止――」
稔と紫姫だけが魔法陣の上を右往左往できる時間が五十秒近く確保できた上、特別魔法を使わない以外で特に制限が無い。いつもに増して長い時間を使用できることに感謝しながらラグナロクに近づき、稔は手に持った双剣で斬り始めた。しかし、開始早々に彼は手を止める。
「生身の人間を……殺すのか?」
獣を殺傷する時には生じる気がしないような心の痛みを覚え、稔は紫姫に問うた。ラグナロクの身分が明かされていない以上、惨たらしい攻撃をして殺害でもしたらトラウマになるのは言うまでもない。しかし、紫姫は言う。
「ラグナロクは主人だ。だが、奴の立場はヘルのそれに似ている」
「どういうことだ?」
「奴の上に主人が居るんだ。何が言いたいかというと、ラグナロクは召使だ」
「それは、解読情報を基に言っているのか?」
「当然だ。もっとも、ラクトが提供する情報より細かな内容は届けられないがな」
自分の情報が赤髪のものより劣ると言ってくれるが、稔と比べたら二人の差なんて自分の比ではない。だから、遠回しな自慢のように聞こえた。それこそ、構って欲しいという欲望が裏に見え隠れしているように思ってしまう。
「まあいいや。じゃ、とりあえず最終確認だ。ラグナロクは召使なんだな?」
「そうだ。神で召使のラスボス様だ。生き返らないと言ったら嘘になる」
実際問題、生き返るから殺していいなんてことはない。もちろん、支配者と被支配者の関係だから何をしてもいいというわけでもない。だが、ここは『バトルツリー』だ。言わば部活動の大会会場のようなものである。常識の範疇で相手と必ず戦う必要が生じるのだ。よって、召使を殺すことは正当化される。けれど、あくまで『常識』の中での戦いだ。それを越したら事件の扱いと言えなくない。
「惨たらしさって、何なんだろうな?」
「レイプや強奪などを、相手が抵抗出来ないのを逆手に取って行うことだろう。場合によっては、機械を用いて争うことも該当すると我は考える」
「つまり、剣を使う場合は問題ない……ということか?」
「少なくとも、時間を止めて戦車で轢き殺すよりはマシだと思うが」
紫姫の言い分は尤もな話だった。所詮、戦いなど殺し合いである。精神的でも肉体的でもそうだ。負ければ悲壮感に浸らざるを得ないし、勝てば相手を貶す権利が与えられる。だからこそ、敵地へ赴いて殺しにかかるのは道徳的なのだ。コントローラーで操作し、ゲーム感覚で相手を殺すよりは何千倍も道徳的だ。
「もちろん、相手を倒すことになるかもしれない。だが、彼女の敵意を見て思うか? 『戦って悪かった』とか『自衛を働いて悪かった』と。我々と戦闘する意欲を見せていた彼女に対し、その言葉が心の底から込み上げてくるのか?」
「……」
「無いだろう? あるなら、そいつは自分を考えない大バカ自己犠牲野郎だ」
紫姫の最後の一言が胸に刺さる。武器無しで近づいて殺されかけた以上、ラグナロクに無抵抗主義は通用しない。もしもあの場面で剣を用いずに銃弾を弾き返していなかったら、今頃稔は生死の狭間に居たに違いないはずだ。無抵抗の人間を殺しかかった狂った女に「自衛を働いて悪かった」と言うのは、確かに愚かである。紫姫の主張もすぐに理解することが出来た。
「それと。もし今、貴台が『巧みな話術で心を射止めて倒せばいい』とか思っていたら、それは不可能だと勧告しておく。奴の発する声は時として大量破壊兵器になるから、再び麻痺状態に陥ることになる。そして、身体機能に支障を来す」
「――」
「もっとも。それでも無抵抗を続けるというのなら、我の強力無しで戦えるというのなら、我は貴台の行動を無理に止めたりしない。同時に、そう告げておく」
紫姫が稔を見捨てた訳ではない。自分が最良と思い込んでいる案を実施したい場合には、自己中心的な活動に成りそうな場合には、それ相応の覚悟を決めて挑めという話である。もちろん、その自己中心的な争いに加担する筋合いは無い。
何時にも増して厳しい言葉で訴える紫姫が、時間を停止してから三十秒程度が経過した頃。残り時間も僅かとなった辺りだ。稔は自分が取る作戦を決定し、大きく深呼吸した後で紫姫に背を向けて言った。
「分かった。攻略は戦闘を用いる」
「理解力のある主人で助かった……」
でも、会話をしている暇など無い。というのも、紫姫が折角作ってくれた四八秒という時間を無駄に経過させていたからだ。もっとも、そうなった一番の原因は稔にある。しかし彼は、決して歪曲して解釈したりしない。非を認め、だからこそ紫姫に感謝を態度で示す。もちろん、稔の決意は揺るがない。
「覚醒形態!」
特別魔法ではないからこそ、稔はそう言い放った。同じ位のタイミングで、彼が手に持っていた双剣は紫色の光を帯びる。それは、炎が燃え盛るようだ。そして紫姫が発動した『時間停止』から四十秒が経過した頃、深呼吸し終えた稔が、遂に双剣を手に作戦へと動いた。残り時間は一桁しかない。
「――終焉ノ剣――」
稔は弾丸のように言葉を撃ち放って、捨て身攻撃を仕掛ける。魔法使用宣言から三秒程して、彼の双剣がラグナロクの体表に触れた。双剣を中央へと向かわせていき、それぞれの剣の先端部が当たりそうになった具合で、対称になるように引き抜いていく。その頃、ラグナロクが『時間停止』の束縛から開放された。
「無慈悲な男……だな」
「先制攻撃で騙し打ちをしてきた女に言われる筋合いはねえよ、ラグナロク」
抜刀していた剣を仕舞うと、相手に対抗心を見せてから稔はラグナロクの後方で直立する。黒髪巨乳女は元通りの体型に戻っていた。またそれと同時進行で、体型と同じようにゼロへ戻っているものがあった。それはヒットポイントだ。
「じゃ、ボクが死ぬ前にラッシュをクリアした景品をキミ達に与えておくよ」
「景品?」
「そうだ。まず、キミにこれを贈呈する。キミにはこれだ」
ラグナロクは稔と紫姫それぞれに声を掛けた後、二人に一つづつの封筒を手渡す。紫姫は相手の内心を読むことで何故与えたのかという疑問は解決できるが、心を読まないほうが大きな驚きを生むと考え、封筒の内容が知らされるまで黒髪貧乳女の本質を突かないことにした。だが、すぐに驚きの時間は訪れた。
「まず、それは賞金だ。十万フィクスが封入されている」
「十万……」
「そしてそれは……、いや、ここでボクが言うのはもったいないな」
「何が入っているんだよ?」
「キミ達なら、その封筒から取り出してみれば分かるさ」
稔と紫姫なら分かるはず。それを聞くと、紫姫は封筒を止めていたテープを剥がした。封筒の中には、スケッチブックの表紙らしい厚みをした長方形の紙が入っている。それをスーッと引き抜いて内容物の確認へと移るのだが、その時、二人とも自分の目を疑ってしまった。思わず、驚きが声から出てしまう。
「「精霊魂石……?」」
稔と紫姫が声を合わせて言うと、景品を与えてくれたボクっ娘が軽い内容の説明を行った。しかし、既にヒットポイントはイエローゾーンに突入している。
「戦うのは『第六の精霊・アイテイル』だ。攻略に成功すれば、キミの精霊だ」
「もはや貴台は、精霊の駆け込み寺だな」
「うるせえよ」
そんな会話を挟む稔と紫姫。二人のその隙を見計らって、ラグナロクはバトルツリーを脱していた。主人の元へと応召するべく出発したのである。その一方、展開されていた魔法陣の上に現れたのはアイテイル。銀髪巨乳の美女だ。髪の毛は流路のようなストレートヘアで、左右に団子などはない。
「くっ……」
ラクトと同じかそれ以上の大きさを誇る、素晴らしい肉の塊に目が向かってしまう稔と紫姫。けれど、それぞれが抱いた感情は全く別物だった。顔を埋めるには持ってこいの大きさにグッジョブサインを出す前者が居れば、自身の誇れない胸部に手を当てて落胆する後者が居たのだから。
「落ち着け、紫姫。貧乳には貧乳なりの良さがある」
「我は貧乳じゃないぞ! 並、あくまで並だからなっ!」
紫姫は激怒した。火でも噴いているような猛抗議である。稔は「悪かった」と弁解するが、「うるさいうるさい」と聞く耳を持ってくれない。翻って、魔法陣に登場したアイテイルは首を傾げていた。しかし、紫姫が聞く耳を持ってくれないことで話が進まないことを確信し、稔が嘆息を吐いた後のことである。
「マスター候補様。戦わないのですか?」
「戦うつもりだ。でも、先に聞かせて欲しい。俺の配下に来たいかどうかを」
「はっきりと申し上げますと、出来れば断りたいです」
稔はドストレートな言葉を聞き、全身に電撃のような衝動を走らせた。けれどすぐ、アイテイルから弁明の言葉が来る。またそれによって、彼女が七人の精霊の中でもずば抜けている思想だということが判明した。
「いえ、貴方の顔が悪いのでは有りません。『貴方を』配下に収めたいんです」
「「……はい?」」




