1-25 ボン・クローネ観光-Ⅱ
「どうなってるんだ……?」
「稔。あの男がとてつもないスピードを出せるというのは、非常に厄介なことじゃないかな?」
「厄介だな。いくらテレポートが出来るとはいえ、直線上に観光客が居て、そこに俺らがテレポートしたら大変だ。事故に繋がる。何十人と居れば大事故だ」
「そ――」
会釈を入れようとするラクト。そんなラクトに、男の運が味方する。
「なっ……」
「貴方達、世界遺産で何をしようと考えているのかしら?」
そう言って、開いていた展示室から女性が現れた。女性は黒い髪の色をしており、服は警官の服を着ていた。
稔はその服を見たのが始めてだったが、自分たちを取り調べようとする彼女の姿から、この女性が警察官であることを察した。
「い、いや、別に変なことをしようだなんて微塵も考えていませんが……」
男が猛スピードで通過した時、女性の姿は無かった。つまり、男が猛スピードで通過したために女性が現れたのだ。そして、その原因を作ったと考えられるということで、稔とラクトは職務質問的なものを受けた。
「嘘よ。貴方の顔が言っているわ。……それに、貴方ヒュームルトでしょう?」
「ああ。地球から来た人間だ」
「『チキュウ』? ……くだらないことを言って。貴方の意見は信用できません。取調室へ来て下さい」
「ふざけんな! お前らみたいな治安を破ったやつを逮捕したりする奴らは、俺を調べるんじゃなくて、あの男を調べるべきだろう!」
反論をする稔に、女性警官は言った。
「嫌よ。あの男の人は悪いことをしていないもの。貴方達が追いかけているから、あの男の人が逃げているとしか考えられないわ。言い訳はいいから、付いてきなさい」
犯人は稔で間違いないと考えた女性警官は、言い訳をしてくる稔に顔をしかめる。
しかし、言い訳――もとい、反論をするのは稔だけでない。
「召使だから馬鹿にされるかもしれない。けど、私もご主人様も、あの男が爆弾を仕掛けているのを見たから追いかけていたんだ。なのに、何故こんな仕打ちを受ける必要がある?」
「でっち上げた話、私は信用しないわ」
「でっち上げなんかじゃない! お前らみたいなでっち上げばかりするクソ集団と比べれば稔は――」
ラクトの目には殺意が映る。だが、警察官はそれが分からない。そのため、更に煽るような言葉遣いで二人が言い訳を言っているのだということに、でっち上げて事実の話であるということにしようとする。
「言い訳をして、ついに暴言まで吐いてきたわ。暴言を吐くということは、言い訳って言っているようなものだと思うのですけ――」
口論に発展するのは、誰が見ても明らかだ。そんな状況下、このまま話し合いで解決するだなんて考えられなかった稔とラクトは、テレポートでその場所を脱した。
(――テレポート、直進方向、五〇メートル――)
大体の場所を考え、その場所へと稔とラクトがテレポートする。そして、そこから更に空中を駆ける。
遠くに聞こえる警官の声。警官は稔とラクトを捕まえようと必死だ。しかし、捕まえるべきなのは稔とラクトではなく、男のほうだ。
「待て! 爆弾を仕掛けた野郎!」
「ハハハ。ついてこれるかな? ――無駄な足掻きなのにッ!」
「……っ?」
男は、稔の煽りに反応するくらい、稔とラクトに近い場所に居た。テレポートを実行したのが実を結んだ形となったのだ。――しかしそれはいい実だけではなく、厄介な実までも生んでしまうことにも繋がった。
「こ、これは……?」
「それが何だかは、食べてみれば分かることだ」
「お前――」
男は、持っていた赤い実を床に落とした。床に敷かれていたのは赤いカーペットだったが、実の色よりも濃くないため、目を凝らさなくても実が何処に落ちているかがわかった。
「稔」
「な、なんだ……?」
「あの実は食べたらダメだ。あの実は、摂取したら魔法を使用不可能になって最悪死ぬようだ」
「そ、それは何処情報だ……?」
「男の心の中だよ。――稔は、信じてくれるよね?」
「ああ、もちろん」
赤い実には目もくれず、稔とラクトは男が進んだ方向へと進んでいく。
「ねえ。その実、君たちが食べなければ後続の警官さんが食べることになるんだよ……?」
「えっ――?」
職務質問のようなことを稔とラクトにし、追いかけてきている女性警官。彼女は、男を助けるために稔とラクトを追っているようなものだ。棒などは持っていないし、魔法なども使ってはいないが。
しかし、男の言葉は稔の良心を傷めつける。
異性だからか。それとも、身体がいいとか顔がいいとか、そういうことからか。稔は、女性警官を助けたいと思っていた。でも、そんな思いも心を読まれ、ラクトにバレてため息をつかれてしまった。
「君と召使の関係性は凄いものだと認識しているよ。ホント、親しい二人が引き裂かれること以上に面白いものは無いね……」
「てめぇ……ッ!」
そんな口論をしている所で、警官がたどり着いた。だが、警官は空中へと浮かび上がらない。地上に警官は居るが、稔の足を掴もうと必死に上の方向へ手を伸ばしている程度だ。
しかし、そんな罪もない――とまではいかないが、男と稔達との間の喧嘩に関係のない女性警官は、漢によって大変な目に遭ってしまった。
「――催眠術――」
いち早く、何が行われるのか召使のラクトが察し、ラクトによってバリアが張られる。だが、バリアを張ることが出来ない女性警官は、どうすることも出来ずに魔法の効力が発揮される対象者となってしまった。
「お前……」
ラクトは、ため息を付いていた自分を殺そうと感じてしまった。はじめから、稔の言っていることと同じ意見でいればよかったのに。ため息なんかつかなければこんなことには――
『――美味しいリンゴ。赤いリンゴ。中身は凄く美味しい――』
「美味しいリンゴ……。赤いリンゴ……。中身は凄く美味しい……」
「やめろ……やめてくれ……」
『――私は赤いリンゴを食べたい。おいしいリンゴを食べたくて食べたくて仕方が無い――』
「私は赤いリンゴを食べたい……。おいしいリンゴを食べたくて食べたくて仕方が無い……」
「警官! 動くな! その場所を、絶対に動くんじゃねえ!」
しかし、女性警官の目は赤く染まった。充血し、目の前の赤いリンゴにしか目が無いようだ。
「――」
どうすることも出来ない。女性警官の動きを止めようとするのは不可能ではない。しかし、無闇に動けば、男の手によって変なことがされる可能性は否定出来ない。
加えて彼は逃げ足が速く、テレポートで移動する場所を間違えた刹那、何が来るかわからない。
「ラクト……?」
「ちょっと、戦闘モードに入っていいかな?」
「ど、どういうことだ……?」
稔は、その言葉が一体何を意味しているかなど分からない。だが、彼女を止めることはしなかった。この世界で生きてきた人生は彼女の方が長い。稔が生きてきたのは地球で、彼女が生きてきたのはマドーロムなのだから。
「え、えっと……」
バリアの中、ラクトは変身を開始した。そして、変身した姿はスーツ姿だった。それも胸や尻、太ももなどの女性的な魅力と女性的なエロさを兼ね備えた、俗にいうエロスーツである。
「稔と話している暇はない。ごめんな」
「別に強い女性は嫌いじゃねえぞ、俺は。戦う女性でも嫌いじゃねーよ」
「なっ――」
「まあともかく。俺の召使として、恥じない行動を頼む」
「きっ、緊急時はお前の力を借りるぞ、ごっ、ご主人様――」
すっかりデートなど忘れ、何故かツンデレキャラになってしまったラクト。だが、彼女の中にはそんなことを考えている余裕はなく。
「――女性警官、入眠――」
リンゴを口にしようとする寸前、ラクトは女性に対して入眠魔法を使用した。それは言うまでもなく、彼女を催眠状態から回復させる為ではなく、男へのダメージを与えるためである。
「馬鹿な。そんな簡単に、僕の魔法が……」
「残念だが、女性は入眠したぞ。――さあ、この世界遺産で暴れた裁きを受けよ」
「ハハハ! バレなきゃ犯罪じゃねーんだよッ!」
ラクトは男を追った。しかし、追う前に稔に言っておいた。
「その女性警官の事を大切に想う気持ちが有るから、私が惹かれたのかな――」
「えっ……?」
別に稔は難聴ではなかったが、ゴモゴモという感じでラクトが言っていたことも伴い、聞き返すしか無かった。
「睡眠魔法は、対象者に五秒間以上キスをすれば解けるからな。これ、豆だぞ」
「キ、キスっておま……」
「それじゃ、私は戦場へ行くよ。ご主人様――」
言ってしまうと、ラクトは猛スピードで男を追った。今まで見たことのないほどのそのスピードに、稔は驚きを隠せない。だが、それが戦闘モードの強みなのだ。
そして、稔の目の前には女性警官。
「観光客は居るか……?」
辺りを見渡す稔。警官はしっかりと息はしているが、その息すら稔はエロく感じてしまって、何処かに隠れてキスをしようとする。自分が逮捕されてしまうリスクは分かっていたが、それでも実行することに躊躇いはなかった。
「んっ……」
催眠状態の時、リンゴを目の前にして涎を垂らした女性警官は、眠っている状態でも涎を垂らしていた。しかし、彼女がそんな事を稔から聞いたら絶対に心に響いてしまう。
「キ、キス……するからな……」
女性警官と交わったこともない。それは、身体も唇もどちらもだ。
しかし、この場所で眠らせたままにしていては通報されてしまうのがオチ。それに気付いた稔は、それ相応の対処を行う。
「んむっ――」
五秒
五秒
五秒――
たったの五秒。されど五秒。緊張すれば時間は長く感じるものであり、現実世界ではない世界でのファーストキスとなった稔は、緊張しすぎてしまった。考えれば考えるほどにゲシュタルト崩壊を起こすが、それでも緊張のしすぎなのだから、仕方が無い。
「貴方は……さっきの……って」
女性警官には悪かったものの、男はテレポートを使用した。今度は、メートル数は少ない。
「俺のことを悪く言うのはいいですけど、催眠術を使われていましたよ。俺じゃない、貴方が被害者としているあの男に」
「なっ――」
「信じて下さい。今、俺の召使だってあの男が催眠術を使ったための、裁きに行っているんです」
「……」
「見知らぬ男にキスをされたのは凄く嫌でしょうが、自分が解除するにはこれしか方法がないって召使が言っていましてね。……警官さん、話は後にして欲しいんですが、いいですか?」
「えっ、えっ……?」
稔は女性警官を男の場所へと連れて行くことにした。だが、連れて行くからには自分が守る覚悟でいた。男に裁きを与えるのは自分たちではないのだということを、稔は感じていたのだ。結局、自分たちが裁いてしまったら、それは武力での解決となって、殺すか殺されるかの解決へ繋がる。
警官がいる以上。国同士の戦いでもないのだから、殺すか殺されるかの解決なんて警官に任せるべきである。ラクトには悪いと思っていたものの、そう感じた稔は考えを曲げようとはしなかった。
「――テレポート、前方方向三〇メートル――」
「あ、貴方魔法が使えるの……?」
その質問に稔は口を閉ざしたままだった。
女性警官を連れて三〇メートル先の方向へ向い終えた後、稔はラクトに頼み、バリアを張ってもらった。もう催眠術の対象にはならないで欲しいという、稔の思いを感じ取ったラクトには断わるという手段はなかった。
「君たちは、僕が爆弾を仕掛けた真犯人だというのか?」
「そうだ。でなければ、何故お前はあの場所で笑みを浮かべていた?」
「――ちっ」
稔は、ラクトに変わって言葉で攻めていった。そして、攻めている相手が決定的に悪いということは、警官も少しずつ分かってきた。自分が誤解していたんだなということも、分かってきた。
「そうだよ。僕が真犯人だ」
「そうか。……なら、逃走を止めろ」
「残念だが、それは不可能だ」
「どういうことだ?」
男は、稔から見て廊下の左側の扉を開けた。それは、魔法を使用したのではない。念力だ。
「な、な……」
「さあ、始めようじゃないか。サイコキネシスを使う野郎と、テレポートを使う野郎の戦いを――」
「お前、何を考えているんだ……?」
「僕かい? そりゃ、この国を滅ぼすことさ。――まあ、詳しいことは警察の居ない所で話したい」
そう言うと、男は警官へのバリア解除を要求した。
だが、平等さを求めた稔もまた、一つ要求することがあった。
「バリアを解除する。だが、それだけだと平等ではないな」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、俺の要求だ。――この観光地に来ている人達の安全を保証しろ」
「それは構わない。……でも、それはお前たちが勝ったらな」
「なっ――」
男は笑みを浮かべていった。
「いいじゃないか。自分たちは賭けていないけど、相手は賭けている。賭け事をしてきた相手に何も賭けない自分たちが勝ったってことは、結構な自信につながると思うけどなぁ……?」
「つまり、お前は俺らに要求をするな、と言いたいのか?」
「ああ、勿論」
男は首を上下に振る。
「勝てば、俺らの要求を呑むのか?」
「ああ、呑むよ。何でも一つ……いや、二つ呑んでやろう」
「分かった」
稔は承諾した。ラクトの様子が気になったりした稔だったが、稔の承諾への反論はラクトは述べない。
「それで、お前は何処で戦うつもりだ?」
「決まっているだろう――」
そう言うと男は不吉な笑みを浮かべ、稔から見て右手人差し指で、開いた左側の扉の向こうを指した。
「これが何を意味するか。お前、分かるよな」
「あの場所が戦いの舞台、と言いたいんだろう」
「ああそうだ。――貴様はあの場所でその召使を泣かせることになる」
「その言葉、お前にそっくり返してやるよ」
「言ったな……」
稔は、男に召使がいるかどうかなどは分からなかったが、そう言った。一方で、女性警官の心の中には反論したいという思いが募る。だが自分は守られている立場であり、何も言えなかった。
「それじゃ、その女性警官のバリアを解除しろ」
「だってよ、ラクト」
「分かった」
ラクトは稔の支持に従った。戦闘モードだからといって、まともな判断が出来なくはなかった。しかし、主人の判断に身を委ねたのである。
「――保護圏、解除――!」
ラクトの言った言葉は、すぐに形となって現れ、守られていた女性警官はバリアを失う。
「弱いやつには攻撃しないから安心しろ。ハハハ、戦いの始まりだ……!」
「望むところだ……ッ!」




