3-79 空冷消除 《マギア・イレイジャー》
データアンドロイド探しを始めてすぐ、紫姫が視界に見覚えのある顔を捉えた。別にそれが見覚えでなくてもパソコンの置かれている部屋に行かなければならないため、気にせず紫姫は機巧に声を掛ける。壕で大声を出しても響いて五月蝿いだけだから、紫姫は平常の声で言う。
「すまない。そこの女、少しいいか」
「構わな――お前か」
双方とも堅い言葉の使い手。データアンドロイドも紫姫も見覚えのある顔だと思って警戒心は既に薄れていたのだが、それでも日頃から行っている言葉遣いを一瞬で直すことは出来ない。しかし、そんな堅い言葉を使いながらも二人は任務を遂行する。
「要件は何だ?」
「いや、パソコンを使用できる部屋を探していてな」
「それは帝皇の部屋と対になっている部屋だ。帝皇の部屋から直進すればいい」
「つまり……」
稔と紫姫は話を聞いて左を向いた。データアンドロイドがデマを流すはずないと思って信用しきっていた二人は、意見を合致させてパソコンが置いてあるという部屋へ入ろうとする。もちろん、回答してもらったお礼として感謝の意を述べてからだ。
「お……」
学校のコンピュータールームのような許可申告を要する部屋ではなかったから、扉を開けてすぐに入ることが出来た。そしてすぐ、白い長机の上にパソコンがズラリと並んでいる光景が視界に入り込んでくる。椅子も綺麗に整っており、未使用という感じが窺えた。もっとも、座る必要はないのだが。
「紫姫。とりあえず、扉を閉めてくれ。
「把握した」
そう話して、紫姫は言われた通りにパソコンが羅列された部屋の扉を閉める。学校などのコンピュータールームには基本カーテンが存在するが、壕の中が暗いため帝皇の部屋の隣にあるコンピュータールームには設置されてはいなかった。しかし、扉を閉めるだけでも光を遮る効果は十分に得られる。
「なあ、稔。なぜ扉を閉めたのだ?」
「雑音が入ると悪いかなって思ってな。変な感情を抱いてるからじゃないぞ?」
「我は別にそれでも良いのだが……」
「紫姫が良くても俺がダメだ。気持ちは嬉しいんだが、申し訳ない」
暗い方向へと話を進ませていく稔と紫姫。コンピュータールームの空気はどんどんと重たくなっていった。しかし、この状況は打破しなければならない。そう決意して、唾を呑んですぐに稔はパソコンを起動させた。
「まあいいや、それは置いておいて話を進めよう」
「そ、そうだな。早く魔法を覚えようではないか」
少し動揺するが、紫姫はすぐに冷静さを取り戻した。『黒白』が挟んだ小話が終わる頃には、既にユーザー名が表示された画面になっていたこともあって、会話は数秒ばかし途切れても時間を経たすことなく復活する。
「パスワードは――な、無いだと?」
「どうやら、このコンピュータルームにあるパソコン全てが帝皇管理らしいぞ」
「そういうことか……」
気が利く赤髪召使を尊敬していた紫姫だが、既にラクトのスキルを自分のものにしていた。両者とも他人の心を窺えるため、気が利く行動を取ることが常人と比べて容易であるのは言うまでもない。だが、稔は返答すると同時に驚嘆した。一方紫姫は、稔が自分の簡素な説明で察しを付けたところに驚く。
「あの稔が、今の説明で理解できたのか?」
「帝皇が許可した者だけが入室を許可されるってことだと思ったんだが……」
「凄いぞ、シュヴァート。それ正解だ」
「それは嬉しい話だな」
重たい空気や真面目な話が続いていた中に突如として訪れた、二人が笑い合って話せる話題。クールな印象の紫姫が軽く破顔して一笑したのを皮切りに、スポイトで一滴水を注入する要領で、黒髪男と紫髪は真剣な表情に笑みを浮かした。
「さてと。どうやら完全に立ち上がったらしい」
「つまりは――どういうことだ?」
「魔法追加の義が行えるということだ。マニュアルがどこにあるか知らんがな」
稔は不安材料を話すと、すぐにCDディスクのような円盤をDVDドライブの挿入口へと向かわせた。円盤がどのような規格なのかは知らされていなかったが、円盤の形やパソコンルームを使わせた点から考えてドライブの対応規格と不一致しているとは考え難い。加えて、紫姫がこう述べた。
「だが、まだ安心できるぞ? 電子デバイスを使用していた人間なら、プログラムとしてマニュアルを添付している可能性を考えて良いと思うのだが……」
「なるほど。それは現実味がある」
紫姫の考えに賛同し、稔は遂に悩みを脳内から消し去った。同じ頃、ドライブに挿入した円盤がコンピュータ上で読み取られてソフトウェアが起動する。画面をそのままにして待機すると、ファンの回転速度も段々と落ち着いてきた。
「ちょっと見てみろ。紫姫の考え、どうやら正解みたいだぞ」
「本当か! 貴台の役に立てて嬉しいぞ!」
主人の役に立てて嬉しがる紫姫からは、妹――小動物のような可愛さが感じられる。満面の笑みとまではいかないけれど、クールさの裏にある笑顔には『ギャップ萌え』の点から魅了されてしまいそうだ。稔は彼女との約束を破るつもりなど甚だ無かったが、一方で帝皇バアルの言っていた妹萌えに共感した。
「なあ、稔。先程から我のことをジロジロと見ているような気がするのだが」
「喜んだ表情が無邪気で可愛くてな。不快だったのなら気をつける」
「そ、そういうわけではないぞっ! 節度ある範囲であれば、我は問わない」
稔が言った言葉とは反対だという姿勢を見せる紫姫。必死に訴えてくる姿を見て、主人は精霊に対して思っていたことが誤りだったことを認めて正した。だが、あまり本題から逸れても本末転倒であるから、「誤解してたみたいだ」と軽い一言に留めて特別魔法を増やすために必要な道程を踏む。
「とりあえず。紫姫、この椅子に座れ」
「貴台こそ座るべきでないのか……?」
「バカを言うな。俺とお前の身長差を考えろ」
紫姫に対してそう言い、稔は自らの話の正当性をアピールした。精霊は主人の話に納得したようで、少し躊躇いながらパソコンのディスプレイを真正面とする椅子に着座する。とはいえ、紫姫は大の機械音痴だ。彼女に一から十まで任せるのは荷が重い。よって、マウス操作もキーボード操作も稔が担当する。
「……シュヴァート。貴様、もしや我の体に触れるのが目的で座らせたのか?」
「悪いが俺、性欲処理はきちんとしているんでな。無闇矢鱈に異性の身体を触るなんてことはない。つか、俺が紫姫の横に立っていて分からないのか?」
マウスもキーボードも白い机の上に上げられていた。加えて、それらは両方ともディスプレイを正面に捉えていない。紫姫の横に稔が立っていたから、操作しやすいように斜めになっていたのである。自分の話が的外れだったことを認め、紫姫は誤りを訂正した後でディスプレイへと視線を向かわせた。
「ところでなんだが、シュヴァートはマニュアル見る気ゼロなのか?」
「そんなわけないだろ」
吐き捨てるように言ってソフトウェア上でマウスカーソルを動かし始めると、稔はそれを説明ボタンへ向かわせた。リンクをクリックする時などに現れる見慣れた指差マークが登場したため、稔はワンクリックで画面を移行させる。『Now Loading...』とソフトウェア中央に表示されたが、すぐに消えて説明書が目に入る。
「『魔法献呈』より魔法を選択して画面が切り替わつた後、提供者より許諾を得て取得したパスコードを入力すれば、自動的に認証が行はれる。これが一致した場合はディスクを取り出し、契約の代表者は記録媒体に触れ給ふ。それに続ひて、使用者は代表者と伴に下記の【詠唱文言】を訓み、自分の魔法とせよ」
たったの一段落で説明は終わったが、無駄に長い文章を見て稔も紫姫も呆れてしまった。平仮名で記されている部分が片仮名になろうものなら、一瞬にして古い文章と化してしまうのは言うまでもない。加えて『文言』を『センテンス』としているから良いものの、会話の最中に平然と出てきたらビジネスマンを除けば首を傾げてもおかしくなかろう。それこそ、意識高い系と揶揄されかねない。
というよりか、長い文章を目にして何度も追っていると次第にゲシュタルト崩壊を起こす。稔は自分に兆候が見られたことを理解し、即座にマウスカーソルを前頁に戻した。だが同時、先程の文章の中で気になった文句を紫姫が言った。
「説明の文章中に『パスコード』と有ったはずだが、それは入手しているか?」
「そういや、帝皇から貰ってない気がするな……」
「ならば早急に探そう。魔導書の中に挟まっているとか、そういう可能性も考えられるからな。自分の考えだけで他人を責めてしまわないためにも行うべきだ」
魔導書の中を捜索するように訴える紫姫。作業を誰かに押し付けるのは不本意だったが、一方の稔は紫髪に魔導書を手渡して特別魔法を献呈するために必要な事柄を進める。すると早速、探していたものが紫姫の手によって見つかった。
「もう見つけたのかよ!」
「いいじゃないか。発見が早いのに越したことはないだろう」
言いながら、魔導書に挟まっていたパスコードの記録されている感熱紙を扱ぐ紫姫。「印字されていた文字を読み上げればいいじゃん」とか稔は思ったが、けれど、それで紫髪の努力が踏み躙られてしまうのは言うまでもない。喉から出そうになるくらい募った言葉を押し殺し、黒髪男は優しい声で紙を受け取った。
「ありがとな、紫姫」
パスコードの入力など、某動画サイトでプレミアム会員に成るためにしなければならない課金や、ソーシャルゲームのプレイ中で欲しくなる課金アイテムを購入するために必要とされる課金で何度も行ってきた稔。要するに彼は、課金することに慣れていたのだ。即ち、パスコード入力がお手のものという意でもある。
「十六桁か」
中でも一六字の暗証番号はよく使われていた字数。ラクトより速度に劣りはあるものの、赤髪と同じくブラインドタッチすることが可能だったから、稔は自分の特技を堂々と披露する。四字ごとに区切られていたりしなかったから、神経をとがらせる必要も無い。だが一方、四字ごとに半角の空白が開けられていた。
「X3Y1 LSMR HSLE IJ2L ――」
「なあ、稔。声量は下げたほうがいいぞ。シュヴァートが要注意人物に見えてしまう。というより、貴台の『戦友』として恥でしかないから即刻やめて欲しい」
最後の文だけ紫姫が低く冷たい声で言ったことから、稔は紫髪がどれだけ自分のことを真剣に考えてくれているのかを知った。パートナーである人物が天才であろうと、常人では理解不能な性癖を持っていたりすれば一瞬にして信頼が崩れる。もっとも、その程度で崩れてしまう信頼など浅はかすぎて何も言えないが。
「つかそれ、戦闘狂になった紫姫ならブーメランでしかないよな」
「確かに。言われてみれば反論できん……」
紫姫は頬を膨らました後で軽く二度頷く。だがもう、その頃には暗証番号入力など既に終わっていた。ラクトと話している時のような会話のし易さを知って会話を更に行いたくなるが、それは遊園地ですればいいと自分の中で決めつけ、稔は急かすような言い回しで話を進める。
「認識完了だ。じゃ、帝皇の厚意で得た特別魔法の献呈に入ろうか」
「了解」
紫姫の返答を聞くと、すぐに稔はドライブから円盤を取り出した。ファンが高速回転していたこともあって、黒髪男の言う現実世界同様にディスクは熱い。触れて数秒で気づいてしまうほどだ。同じ頃、先程稔が電子説明書を読み上げた時に視界の外にしていた注釈を紫姫が言う。
「シュヴァート。気の毒だが、その反射膜に触れなければ効果が無いそうだ」
「そっか。それなら仕方ないな。戦友の為に覚悟を決めよう」
稔はそう言って一つ深呼吸する。紫姫が更に強くなるよう祈りを込めると、黒髪男は帝皇からの厚意を無駄にしないよう慎重に手を置いた。反射膜に触れた手の表面には電撃が走る。後から応用に熱が走ってパソコン内で頑張ってくれたことが理解できた。同頃、稔の体に変化が訪れる。
「うお……」
自動的に変化したことで勝手に稔の体の制御装置が作動し、目を瞑ってしまう稔。だが彼が再び目を開けた時、いつの間にか身体に氷冷な白光を纏っていた。その光は魂石からさながら電波のように飛んでいき、紫姫の身体にも変化を訪れさせる。新たな特別魔法を手に入れるため、『黒白』は『白々《はくはく》』となった。
紫姫の身体が白光で覆い尽くされた頃。パソコンと椅子の中間付近に銃が降りてきて、遂にはミリ単位で白い机から浮くような程度となった。しかも無駄に巨大な銃。稔が紫姫を描いたあの銃と似たり寄ったりのデザインかつ大きさだ。けれど似ている箇所が数多くある一方で、その銃には銃弾を入れる場所が無い。
「紫姫。この銃、銃弾を入れる場所が無くないか?」
「簡潔に述べれば『魔法を打ち消す空気砲』だからな。当然だろう」
つまり、銃でありながら手持ちの空気砲ということだ。付加効果として魔法の効果を打ち消すチート機能まで手に入るのだから、一石二鳥なんて言葉じゃ表せないほど得な銃だということは言うまでもない。そんな『チートガン』が届いたところで、稔と紫姫の絆が試される機会が訪れる。
「詠唱文は画面上に出るようだぞ、稔」
「分かった」
紫姫は椅子から立ち上がり、椅子の右隣に立っていた稔の左隣に移動した。二人は極力パソコンの画面に近づき、一文字一文字を誤認識しないようにゆっくりと【詠唱文言】を読み上げ始める。紫姫が選択した魔法を言い放つと、すぐに稔が合流して声を合わせて言った。
「空冷消除」
「「――我ラ、帝皇ノ意ヲ継承ス――」」
刹那、纏っていた白色の光が銃砲へと導かれていく。二人分の光は強烈なものだったが、光は十秒足らずで回収された。そして、報酬として紫姫に銃砲が与えられる。光の色を吸収して塗色され、紫姫に献呈された銃は白色になっていた。
「黒の剣と白の銃。これで遂に、正真正銘の『黒白』が成立したな」
「そうだな。じゃ、これからも頑張ろうな」
「うむ。我は貴台の考えに大賛成だ!」
満面の笑みを浮かばせる紫姫を見て、稔はまたも可愛さのせいで胸を動かされそうになる。だが、あまりに大きい銃を見て運びづらいとか色々考え、黒髪男は心配という点を意識したことで紫姫の可愛さで胸を躍らせることを抑止した。
「それはいいんだけど、その銃持ったままじゃ遊べなくないか?」
「無論だな。しかし、安心して欲しい。この銃は他の魔法同様に仕舞える」
「そうなんだ。なんか意外だな」
あまりに大きな銃を片付けるのは容易でないとしか思えなかったが、ところがどっこい、そんな銃を紫姫は一瞬にして片付けてしまった。でも、片付け方は基本的な形式とは異なる。通常『リリース』と言うものが、由緒正しき帝皇家から継ぐ形で献呈したことによって変化していたのだ。
「――空冷消除、解――」
その言葉によって銃砲が紫姫の手中から無くなった。そうして快適な移動性を手に入れた稔と紫姫は、遂に遊園地へと向かおうとする。だが直後、紫姫が魔導書とディスクを魂石内の自室へと搬入したいと言い出した。使わないものではあるが、継いだ人間が敬意を表さないのは異常と思っての行動だ。
魂石内に戻って帰ってきて、衣類と携帯端末を除くアイテム全てが稔と紫姫の身体から無くなって。ようやく、稔と紫姫は遊園地で遊ぶ時間を自分たちのものにすることが出来た。魔法使用宣言をし、稔と紫姫は遊園地までひとっ飛びする。通信制限も無く、一秒も掛からずに遊園地のゲート前に到着した。




