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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-77 遊園地のチケット

 だが、そんな稔を煽る勢力も現れた。言うまでもない、サタンである。


「泣かせましたね、先輩」

「……俺は断じて泣かせてないぞ」

「いえいえ、違います。感動させたって意味です」

「なんだそっちか」


 稔は笑いを混ぜながらサタンの話に対応する。紫姫がまだ感動の渦から起き上がれずに泣き止んでいなかったことを考慮し、精霊罪源も黒髪男も茶化すような真似は控えていた。そんな時、遠慮ばかりの空気をブレイクする者が現れる。


「みのるん先生。講座のお礼と言ってはなんですが――、これどうぞ!」

「……ん?」


 それはサタンと双極に立つ稔を煽る勢力。つまりはハイテンションガールだ。彼女は何かのチケットを手に持っていて、そこにはメイリオフォントかつ緑色で『団体券』と目立つように書かれていた。それが何を意味するのか簡単に把握できなかったが、後方からの助言によって理解する。


「それ、遊園地のチケット」

「遊園地……だと?」

「そうそう。帝都の更に北に位置するけど、冬じゃないし晴れだし問題なし」


 ボン・クローネの街へ飛び出した昨夜、笑えない寒さに見舞われたのは記憶に新しい。それより緯度の高い地域だというのに寒くないなんて、稔には考えられなかった。昼間と夜間で話が違うのは言うまでもない。けれど、緯度と土地の環境を考えてしまうとプラマイゼロにしか見えなくなった。


「そのチケット、監禁されていた時に譲り受けたんです」

「そうなんだ」

「チケット一枚で十人だった気がするので、全員入場できると思います」

「稔、ラクト、紫姫、サタン、ヘル、スルト、エルジクス、ティア、イステル、ルシファー、ルシフェル。――十一じゃん」

「よく見て下さいよ、みのるん先生」


 バリスタの娘から指示を受けると、稔はそれに従ってチケットに再び視線を送った。するとそ記されていたのは驚愕の文章列。稔は現実を知って大きく嘆息を吐く。遊園地だと舞い上がった気持ちは一瞬にして無くなってしまった。


「女子限定かよ」

「はい。そういうことなので、みのるん先生だけ自腹で楽しんで下さい」

「ひどい商売だな」

「仕方ないじゃないですか。監禁されていた時に受け取ったチケットなんですよ? ほとんどが女しか居ない場所なんですし、注文も自然とそうなりますよ」


 稔は話を聞いて理解した。状況がそうさせたのだということを知って抗議する気なんて消えてしまう。稔はそれよりか、貰ったチケットを宝の持ち腐れにならないように女子勢に聞いてみた。


「遊園地に行きたいか?」


 多数決の結果、座席に座っていた殆どが挙手した。それによって稔たち一行で遊園地に行くことが確定する。現在時刻は午後三時半近く。既に受講生全員は対面座席の顔を似顔絵で描き終えていたから、遊園地に行くのは可能だ。準備さえすれば出発に踏み切ることができる。


「分かった。遊園地に行くことにする。ところで、閉園時間は何時だ?」

「夜の七時だった気がする。でもアニタと約束を交わした以上、集合十分前までに行くのがマナーだし――五時四五分にはロパンリに移動するのがいいと思う」

「そうだな、それがいい。じゃ、その方向で」


 どのように遊園地で楽しむかを決めると、稔はバリスタに礼を言った。リア充だからとイライラしながら客様扱いをしてくれたことも含めての感謝である。


「いい珈琲でした。また来ます」

「宜しくお願いします」


 稔とバリスタは笑顔を浮かばせながら社交辞令を行う。続けざま、今度はバリスタの娘が稔に礼を言った。部外者が受講生に混じっていたことなどを謝るが、稔は笑いながら「関係ないよ」と優しく話して笑みを見せる。


「それじゃ、移動面倒だから戻ってくれ」


 話を変えて稔は配下の召使達に指示を出す。公共交通機関を用いて移動するのが主流なのは分かりきっていた。だが、遊べる時間を限りなく多めに取るためには『瞬時転移テレポート』を用いるしか術がないと判断し、黒髪男はその方向で話を進めていく。召使らから異議が出ることもなく、ほぼ一斉に帰還した。


「……どうした?」


 けれど、一人だけ戻らなかった者が居た。もじもじとしながら言いたそうにしている彼女は、ラクトに似た髪型をした紫髪――紫姫だ。自分と彼女だけを場に出しておきたい訳ではなかったから、三人という少数ならテレポートするのも苦ではない。しかし、戻らないことに強い意志があると感じて稔は迷わず問うた。


「わ、我は遊園地が初めてでな……。手解きをして欲しいというか、その――」

「悪いな、異世界の遊園地は俺も初めてなんだ。でも、現実世界じゃ指を折って数えられないほど行ったしな。それと似たり寄ったりなら、出来ると思うけど」


 稔は紫姫の話を呑む気でいた。遊園地での待ち時間に絆を深めることが出来無くはないだろうし、弱点を掴めば強化するべき点を見つけられるかもしれない。どこまでも仕事で覆い尽くすのが善とはされていないけれど、後に繋げることをするのは何ら悪いことでないから、稔はそれらを頭の片隅に置いておく。


 だが黒髪男は、そんなことで頭をフル回転させていたりはしなかった。理由は言うまでもない。無駄に話を長引かせるのが得意の稔でも、紫姫と言わばデートすることをラクトに申請する前にはとても緊張していた。結果、頭がろくに回転しなかったのである。それが考え込まなかった大きな要因だ。


「それでだ。ラクト、今の件に関して許可もらえるか?」

「例の約束を思い出しなさいな」

「……申請が下りたってことか?」

「そういうこと。身体の関係を持たない限りは責めませんので、どうぞ絆を深めてくださいな。たまには同性と遊ぶのもいいなって思ったんだよね、私」

「確かにここ二日、俺に付きっきりだったもんな……」


 思い返せば、稔とラクトは睡眠時間を除いて同じ行動をしている。また、見た目は同じようでも考えていることに大きな開きがあることは多い。人間関係を構築するとき、理解できる点と理解できない点は必ず出てくるものだ。そういう観点から、相手への思いやりという遠慮を一時的に捨てるためにも、たまには違ったグループで楽しんでみようという案にはラクトも賛成だった。


「見苦しい点を見せるかもしれないが、初めてだということを考慮して欲しい」

「分かった」

「ではまた、遊園地で……」


 紫姫は頬を赤らめて精霊魂石の中へと戻った。しかし、その直後である。まだ喫茶店の店内だというのに、紫姫の突然の告白を受けてラクトが爆弾発言を投下した。彼女自身なにを言っているのか理解していないわけでないのは言うまでもなく、稔は思わず赤髪の口を強引に抑えこむ。


「夜の営みは宜しくお願いし――」

「教育上悪いこと言うな!」


 自分が悪いと分かっていたから、ラクトが稔を非難することはない。だが、呼吸困難に陥った場合は二度目の死が訪れるまで時間の問題だ。だからラクトは、本能的に身体がじたばたと動かした。稔には彼女を殺す意思なんてものは無かったから、当然それを静止させようと抑えにいくことはない。


「ぷはぁっ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 抑えていた口を話す稔。苦しさから解放され、ラクトの肺へと空気が一気に入り込む。寸秒で誰にでも備わっている体内の制御装置が作動し、過呼吸とならないよう呼吸量が通常の値へと戻っていく。だが、流石はサキュバス。呼吸という日頃から行ってる行為だというのに、見事な淫靡さが窺えた。


「突然口押さえるとか、強姦されるかと思ったよ」

「なんでお前の口からはそういう単語がスラスラと出てくるんだ……」

「恐らく、私って男並みの羞恥心しか無いと思う。稔よりはあると思うけどね」

「俺を変態扱いするんじゃない!」


 稔がキレ芸を入れると、途端にラクトが笑いを浮かべた。羞恥心こそ並大抵の女子より低いものの、赤髪の笑い方は特段下品なものでない。変なところで落差が激しいことを改めて確認すると、稔もラクトに釣られて破顔した。


「それじゃ、行こっか」

「そうだな」


 会話はまだまだ続きそうだったが、早く遊園地で遊びたい一心になっていた二人は共に話を途中でストップする。チケットを紛失していないことを確認して、稔は左手でラクトの右手をとった。そして、特別魔法を使用する。チケットに書かれた遊園地の名称を行き先に入れ、稔は深呼吸した上で言い放った。


「――瞬時転移、カオスアイランドパークへ――」


 言い放った後、それまで大人数がわんさか騒いでいた喫茶店は一瞬にして静かになった。ハイテンションガールはバリスタに対して「部屋行くね」と告げ、遂に喫茶店は店主一人のみとなる。上階にある部屋へと向かう最中、上を見上げたバリスタの養娘は小声で稔の名前を発していた。


「みのるん先生……」


 漂う黒色の煙を進む方向に感じながら、ハイテンションガールは嘆息を吐いて一歩をまた踏み出す。彼女の胸中で、トゲトゲとした何かがうごめいていた。




 その一方、稔とラクトは既に遊園地に到達していた。『カオスアイランドパーク』なる娯楽施設は、帝都を北の方角に進んで山が見えた近辺に存る。エルダレアの帝都や首都を流れて東岸へと流れていく大河ダリア川の中流、その中洲に存在するその遊園地は洪水が起こると流されそうな感じが漂う。


「ここが入園ゲートか」

「稔がそれを設定したんじゃん。何を今更。……あと稔、本気で自腹するの?」

「ラクト、払ってくれるのか?」

「払うよ。一万フィクスしか無いんだから、そういうのは大切に使わなきゃ」


 ラクトは言い切ってすぐに財布を取り出した。白色にピンク色の線が一つ引かれているだけのシンプルな革財布は、汚れの一切が着いていないことで美しく見える。コンパクトサイズの折りたたみ式だったから、ラクトはそれをポケットに収めてチケット券売機へ向かった。稔は赤髪を一人で行かせたが、途中でラクトが連れ去られたことを思い返し前言を撤回する。


「来たんだ」

「誘拐されたら困るしな。それに、二度も彼女を連れ去られて落胆したくない」

「なるほどね」


 ラクトは頷きながら慣れた手つきで購入手続きを進めていく。駅に設置されてる券売機に近い機械の前に立ち、画面に触れて人数を決定して指定料金を投入する。年齢詐称するつもりはなかったから、ラクトはきっちりと二千フィクス入れた。機械はそれをすぐに認識し、取り出し口からチケットが出てくる。


「それじゃ、チケットと軍資金ね」

「いっ、二万フィク――」


 二万フィクスは日本円に換算すると二万円だ。バイト禁止高校に通う稔は給料と無縁の生活を送っていたから、基本として小遣い制。そんな稔に二万フィクスなんて金額は大変巨額なものだった。しかし赤髪は、稔が僅かこの程度で驚くとは思わず首を傾げてしまう。


「す、少ないって思ったんだけど……足りる?」

「カオスアイランドってそんなに物価高いのか?」

「遊園地は基本ぼったくりじゃん。まあ、二万あれば十分楽しめると思うけど」

「ならいい。三万フィクスあれば無問題だろ」


 稔の所持金はゼロではない。現実世界から持ち込んだ福沢さんが一人居る。いざとなれば散らさなければならないが、遊園地のアトラクションは基本無料だ。飲食で豪遊するよりもアトラクションで楽しむほうに比重を傾ければ金銭的余裕を持ったまま終わることが出来ると考え、紫姫との調整をすることを大前提として稔は楽観的な構えを取った。


「ちなみに。今の手持ちは五万フィクスです」

「残りは銀行か」

「そういうこと。銀行含めると手持ち金は五百万くらいだったかな」

「結構稼いだんだな」

「夜の商売だもん。体売って稼げないとか、労働者に劣悪すぎるよ」


 ラクトは風俗嬢だった頃を思い返して意見を述べる。稔は「そうだな」とラクトの話に納得して同情した。だが、こんなことで時間を潰してはテレポートを用いた意味が無い。人通りが多くないからこそ出来る赤裸々な話は一先ず置いておいて、稔はラクトにレヴィアに与えたデバイスを作らせる。


「なあ、ラクト。レヴィアと通信する為に作ったデバイスあっただろ?」

「あったね。あれ使う?」

「ああ、使おう。リストバンドにもなるしな」

「紫姫以外の全員が着用するとか正気の沙汰じゃない気がするけどね……」


 安全対策であることは承知の上ながら、ラクトは稔の考えに意見する。文句を言われているわけでもなかったから、稔は「そうかもしれないな」としか言えない。しかし一方で、そんな会話をしつつもリストバンドは作られ続けていた。休み無しということもあって、それらは一分近くで全て完成する。


「召喚していいよ」

「分かった」


 ラクトの言葉を受け、召使・精霊・罪源の全員を魔法陣や精霊魂石から召喚する。出てきた女の子から次々とリストバンドを渡していき、ラクトは僅かな時間で配り終えることに成功した。一分という時間内でデバイスの初期設定は既に完了しており、通信相手のアドレスを集約した稔用の機器が最後に届けられる。


「位置情報・通話機能・メッセージ機能・翻訳機能の四つしか機能ないけど、右横のボタン押してホーム画面出すとアイコンが出てくるから、適時に適当なものを選択して機能を使ってくださいな。では皆、行動開始!」


 ラクトの話を理解しきれていない者も僅かながらに居たが、そういう者は話を理解した者と一緒に行動することになった為に無問題だった。デバイスを提供した彼女がヘルとスルトと共に行動するのを確認すると、稔は紫姫の方に近づいて話しかけようとする。だが刹那、予期せぬ事態が訪れた。


「……電話か?」


 ブルブルというバイブレーションの振動を感じ、稔はスマホを取り出した。ロック画面を即座に解除して要件が何なのかを確認する。残念ながら電話という予想は外れてしまったが、それでも重要な要件であったのは間違いなかった。


「なあ、紫姫。ちょっと用ができた」

「我……いや、私も付いていくぞ」

「分かった」


 紫姫が付き添いとして付いてくるとわかると、稔はすぐに紫髪の手を握った。まだ三分くらいしか経っていないというのに再びテレポートを用い、稔は指定された場所に移動する。移動する場所は――。


「(――テレポート、メトロポリタン、防空壕へ――)」

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