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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-76 お礼イラスト

 紫姫が力作を描いてくれたこともあったから、ここで手抜きを提供する訳にはいかないと描くことに更なる情熱を注ぎ出す稔。持ったペンを縦横無尽かつ適当に動かし、細い青色の線画がディスプレイ上に浮かび上がらせる。彼の凄まじい情熱も相まって、全体を捉えるために必要な部分は十分掛からないうちに形成されていった。


 既にラクトが作曲した曲は停止していたが、本気モードに突入していた稔には関係のない話。黒髪男はペンタブレットとディスプレイを交互に見て、それを何度も繰り返して紫姫のイラストを描いていった。全体像が形成されたため、次に取り掛かったのは目だ。拡大して繊細な箇所まで下絵を忠実に再現する。最後に拡大するなどして狙撃銃ライフルを描き、稔は全体像完成から十分くらいで下描きを完成させた。


「結構ハイペースだな……ん?」


 ヘッドホンが御洒落の小道具と化していたことに今更気が付き、稔は耳にあった重荷を下ろした。そして、パソコンの横に置いた上で魂石越しに返却しようとする。けれど、それは無駄な行為であった。稔がヘッドホンを外したのを見たラクトが、無料通話アプリ『Talk』で通話開始を求めてきたのだ。すかさず稔は、マナーとしてヘッドホンを手にとって耳に当てる。


「なあ、なんで至近距離で通話なんかしてるんだ?」

「ヘッドホン回収に関して話をしようと思ってさ」

「なら、面と面向かって口頭で話そうぜ。こっち来いよ」

「影を描く段階に入ったから、教えることに手一杯で無理。つまり何が言いたいかというと、教師一人欠けると痛い状況だからヘッドホンは首に掛けるような形にしておいてもらえると助かるってこと」

「話し変わったな! まあいい、そういう話はちゃんと呑む」


 話が繋がっていないような気がして稔はツッコミを入れたが、ラクトの話は分からないものでもない。だから、すぐ話に従うこととした。面と面向かって話せばいいような要件を伝え終わると、ラクトは「では」と短い台詞を吐いて通話を切る。


 一方、稔は自然と描いていた絵に視線を移す。続けざまにマウスを操作して『レイヤー2』を『レイヤー3』に変更すると、カラーコードを『#000000』に設定して線の色を黒色を指定した。


「さて、最終段階だ」


 ここを過ぎたら最後は彩色だ。しかし稔は、『レイヤー3』で行う漫画で言うペン入れと同等である二回の下描きの方が最終段階のように感じる。その所為は単純で、二回目の下描きが線画を描く作業の終わりを告げるからだ。彩色よりも神経を尖らせる必要は無い。だが稔は、ここに至るまでの疲れを取り払うために大きく深呼吸した。


 息を整えた後、ふと稔は喫茶店内の時計を見た。時刻は午後三時を回っている。気晴らしに視線を移してラクトの方向を見てみると、そこでは赤髪と紫髪が講師として似顔絵の描き方を手取り足取り教えていた。そうやって周囲の観察を終えると、稔は視線をディスプレイに戻す。最後にペンを持ったまま肩を回し、稔は線画の最後に取り掛かる。


 ペンを持って曲線から直線までハイスピードで描いていく。重ねたレイヤーには汗水垂らした数十分間の記憶。持ったペンには描いてきた線の数々が記録されていた。先程と同様にして全体を掴むのに必要な部分から描き始め、目や銃は拡大して細かなところまで手を抜かない。もはや内心で「オラオラオラオラ」なんて言う気もなく、稔は線画を描き上げることだけに重きを置いてペンを走らせていた。


 そして――。


「(完成した……)」


 口から出すと誤解を招きかねないから、稔は喉から出そうになるくらいに込み上げていた完成した喜びを抑える。けれど、喜怒哀楽を持っているのが人間だ。抑えても感情を抑制することは出来なかった。そのため稔は、内心で完成した喜びを味わうことにする。それならイラスト講座を開いている講師陣に迷惑を掛けることもないし、被写体やその周辺に誤解を招く発言をすることもない。


「さあ、最終章だ……」


 そう言って自分を奮い立たせ、稔は色塗りに入る。『レイヤー3』を『レイヤー4』に変更して、筆圧やブラシなどを自分用にカスタマイズしておく。まずは顔から塗ることにし、作業効率的にも範囲選択から行くべきであるのは言うまでもないため、稔は『レイヤー4』を線画である『レイヤー3』に切り替えた。


「顔から塗るか」


 アナログ絵の場合は色鉛筆一本の筆圧や濃さで明暗を着けていくが、デジタル絵の場合はそうでない。アナログ絵は描いたら最後で後戻りしづらいが、デジタル絵は最悪一発消去できなくないのだ。ディスプレイか紙かに向かうという僅か一つの違いだけなのに、色々なところで差異が出来てしまうのである。


 そして、稔が行おうとしている『範囲選択』もその一つだ。パソコンでいうところのコピーのように指定範囲を青色で分かりやすく示し、そこから手を加えていくという至ってシンプルな話である。稔は、それを慣れた手つきで行う。


「一体、幾つレイヤー使うんだろうか……」


 デジタル絵はレイヤーを大量に使用することが出来るという利点があるが、稔は多すぎてもスクロールするのが面倒くさいとか思っていたから、あまり多量に使う主義では無かった。けれど今は違う。黒髪男を美化して描いてくれた紫姫への恩返しとして描いている以上、レイヤーを酷使しないなど有り得ない。綺麗な絵を届けるためにも、レイヤーは使ってなんぼだ。


 紫姫の為に描いているということを確認しつつ、稔は範囲選択を終わらせる。続けて、指定された範囲を中心にはみ出していいと軽い気持ちで黒髪男は雑に塗っていった。下地を塗り終えた後にレイヤーを増やし、出た部分に修正を施せば何ら問題は無いとの判断からである。


 紫姫の肌の色に見合った色で選択した部分を着色していき、ひと通り終わったところでレイヤーを新たに作成する。名称を『肌Ⅰ』とし、影付けをこのレイヤーで行う。また、はみ出した箇所の修正に関しては、『肌Ⅱ』と称するレイヤーを新規に作成して対応に当たるつもりだ。


「(影は……この色が良いかな)」


 そんなことを内心で言いながら作業を進める稔。現実世界で培ってきた技術をふんだんに用いて、黒髪男はどんどんとイラストを完成に近づけていった。濃い色から順に影を着け終えると、次に線の近くを肌の基本となる色で縁取る。それが終わると、今度は赤塗りとハイライトだ。薄くした赤色を膝や肘、頬などに入れた後、同じ場所にハイライトを入れる。


 同様にして、次は服の色塗りだ。肌と同じように同一色で塗る範囲を青色にして選択した後、カラーコードと睨めっこして服の色と同じ色に調整する。終いには現物と睨めっこしていたが、完成した色は納得のいくものに仕上がっていた。


 その出来た色を、先程と同じようにして選択した場所に塗っていく。ハイライトを入れる場所は特に無い。それこそ、キラキラとした衣装を身に纏っている訳ではない。服は影で勝負するのが基本だから、稔は自分のセンスをこれでもかというほど服の彩色作業に注ぐ。


 服を塗り終えた後、スカート、ソックス、靴、銃と、稔は絵の面積の大部分を占める部分を下に向かって易いものから順に塗っていった。ふと見れば、既に塗色だけでレイヤーの数は十を越している。スクロールバーまで見えてきた。この先に待ち構える髪と目という最大の難所を前にしてのことだ。


「(レイヤーなんか気にすんな)」


 自分にそう言い聞かせ、稔は難関エリアへと侵入した。先に取り掛かったのは目だ。髪の毛は目よりも範囲が広い上、なんだかんだ塗るのに楽しさが無いわけでない。ゆえに、技術の詰め込みでしかない目を先に終わらせようとしたのだ。


 線画……ではなく、肌のレイヤーに戻って稔は息を整える。五秒後、目の色が白色に設定されたと同時に紫姫の瞳の塗色が始まった。まず最初、目となる場所を範囲選択して白色で肌の色を覆い隠す。黒髪男は繊細な作業であることを十分に理解し、目の部分を拡大した後でゆっくりとペンを進めた。


「(よし……)」


 目の影を取り終えたところで現物と見比べる。本物の紫姫と大差ないことを遠目ながら確認すると、稔は水色の瞳に取り掛かった。だが万が一、指定された部分を外してしまった場合に打撃が大きいのは言うまでもない。だから、範囲選択を有効に活用して目玉全体を水色で塗ってしまった。


 後から影を着けるのは面倒なので、水色といっても相当濃い水色である。その後、瞳孔より少し下の辺りに下向きの曲線を描く。その後、それより薄い水色で下半分を塗る。黒の線で範囲を分ける線は描かれていなかったから、雑ながらグラデーションのように見えた。


 だが、これだけでは終わらない。めいっぱい拡大した後、目の最下部に別レイヤーのほうに最薄の濃さで楕円形を描いてグラデーションを追加したのだ。雑なグラデーションだと自他認めるというのにも関わらず更に一発かまそうとした稔だったが、彼には迷いも躊躇も一切無い。


「よし……」


 稔はそう言ってハイライトを最後に入れ、下手ながら目の基本的な部分を描き終えた。だが手直しするべきだと思い、ぼかしツールで雑なグラデーションをまともなものにしようと必死に頑張る。そんな彼の必死の努力のかいもあって、凡人から見たら「おおお……」と思われるような仕上がりにすることが出来た。


「最後は髪の毛だ」


 下地のレイヤーに戻し、稔は紫姫の一番の特徴である紫髪を塗っていく。範囲を選択して色を塗って影を着け、縁取れば完了だ。髪先にペールオレンジを追加で入れたりして遊ぶことも視野に入れながら、稔は下絵を描いた時に似た猛スピードで塗っていく。そして――。


「完成……した……!」


 塗り始めてから三十分。遂に稔が描いた紫姫が完成した。現実と比べても大差ない事を最終確認して大きく嘆息を吐く。白肌を意識し、全体の色を彩度高めにしてフィニッシュだ。しかし完成して間もなく、髪の毛に対する光の当たり方がおかしいと判断して『完成宣言』を取り消す。


「こうだな」


 髪の毛の適当な場所にハイライトを入れる。立体感は既に存在していたが、ハイライトを入れたほうが断然と現実味を帯びるのは言うまでもない。気持ち悪いと思いながら頷いて自画自賛すると、稔は絵として見るために必要なレイヤーを可視化しておく。また同時、ラクトに印刷機とUSBメモリの注文を取った。


『ラクト』

『はいはい、印刷機とメモステね』

『おう。魂石送りで頼む』


 無料通話アプリ上でメッセージを送ると、気が利く召使は既に稔の内心を読んでいたことを綴った。黒髪男の依頼を正式に受け、ラクトは僅かな時間で印刷機を作り上げてしまう。USBメモリに関しては常備していた物があったから、赤髪は稔の注文を受けても別に製作することはなかった。


『歩くネット通販だな』

『比喩表現が秀逸すぎて言い返せない……(´;ω;`)』


 ラクトをおちょくるようなメッセージを送信する稔。それから数秒して返ってきた文章が短文ながら面白く、黒髪男は視線を赤髪に移した後で抑えきれずに笑ってしまった。当然、ラクトは稔の行動を見た刹那に苛立ちを覚える。


「突然送んな!」


 そんな苛立ちの後、赤髪は彼氏に対して断りなしに発注の品を届けた。無論、突如として送られてきた品に稔は驚いてしまう。アプリで抗議の意を記述しようとしたが、ラクトは『オンライン』の表示を『オフライン』に変更している。もはや、稔が気持ちを伝える為には口頭で言うしか術が無かった。


「送ったことに文句言うなら回収するよ?」

「そ、それは……」


 ラクトが製作したパソコン、メモステ、印刷機。遠隔操作が全てにおいて可能とは言い難いが、それでも、それらの使い方を一番よく知っているのは設計者である赤髪以外に有り得ない。彼女に対して「脅すとか卑怯だ!」などと文句を言うのは簡単だが、後のことを見越して稔は何も言わないでおいた。


「それと、印刷機バッテリー式だからコード系無いよ」

「それは助かる。でもこれ、実物買ったら大変な額いくんだろうな……」

「そうでもないさ。所詮はノーパソとかスマホの技術を応用してるだけだし」


 稔は技術的なことに関しての会話をしながら印刷機の電源を入れる。数秒後、ラクトが作った複合機と言ったほうがいい機械は僅かな時間で起動した。ノーパソの技術といっても複合機は特別複雑なシステムを積んでいないため、起動時間がそれだけ早くなっていたのである。


「てか。そんな会話してる暇あるなら、早くデータ移行しろよ」

「わ、悪い!」


 ネット環境を整えれば、通信でデータをやり取りすることは不可能ではない。だがそうするためには、無線LANを使うとかスマホでテザリングするとか手間の掛かる話が出てくる。まだ時間には余裕があったが、ネット環境整備なんか始めたらUSBメモリを借りた意味がまるで無くなってしまうため、まず、稔は作成した絵をメモリに保存した。保存後、データをコピーしてパソコン本体にも保存する。


 そんな時だ。稔はUSBメモリの容量に関して目を光らせた。


「テラ……バイト?」


 ギガバイトの上を行くのがテラバイトであることは常識であるが、そんな大きな容量のUSBメモリが必要あるのかと思って驚きを隠せない。けれど、有り余るほどのパソコンを使っていることも事実。そういうこともあって、【備えあれば憂いなし】という諺もある通り、不測の事態を憂慮して万全を期しているようだ。でも、聞きたかったのはそこではない。気になったのは値段のほうだ。


「ラクト。これ、何万だ?」

「ざっと、十五万フィクスかな。小型化濃縮の上だから仕方ないさ」

「さすが元風俗嬢だ。同年齢なのに資金力が段違いだぜ……」

「ハハハ、もっと褒めろ!」


 途中で重たい空気になったものの、まもなく印刷という頃には稔もラクトもテンションを戻していた。でも直後、そんな二人に批判が飛ぶ。にこやかな笑みを浮かばせるサタンが、サタンだと思わせないほど冷たい声で言った。


「イチャコラするのは夜にしてください。割と本気でウザいです」

「「……すみません」」


 声を合わせて稔とラクトは謝罪した。その直後、稔は複合機のUSBポートにデータを保存したメモリを挿入する。複合機に設置された小さな画面上にはバッテリー残量が表示されていたが、製作の直後ということもあって一〇〇パーセントだった。心配する必要もなく、稔はいつも印刷機を使うときと同じように進める。


 片面印刷、カラーコピー、倍率100%、A4……。見慣れた項目を次々と設定していき、印刷準備が整ったところで『START』と書かれたボタンを押す。起動後最初の印刷ということで時間が長く掛かるかと思ったが、稔の予想に反し、印刷機は使用者をキレさせない高速さを叩きだした。


「おお……」


 印字も悪くない。レイヤーも反映されている。ラノベで見る挿絵に似た絵を印刷し終えると、稔はそれをくるくると丸めて手に持った。数秒で場を移動し、ラクトにUSBメモリを返却して印刷機の後処理を依頼する。赤髪が頷いてそれを了承すると、稔も頷いた後で足を進めた。そして、受講生達の前に立つ。


「紫姫」

「教師が教師を呼び出す光景は新鮮だな」

「知らねえよ」


 紫姫のボケにツッコミを入れた後、稔は一つ深呼吸をした。それから、御家芸である謦咳を入れて丸めておいた紙を広げる。垂れ幕を下ろす要領で受講生らに自作のイラストを披露すると、サタンやハイテンションガール始め、多くの生徒が「おおお!」と盛り上がってくれた。一部では拍手も起こっている。――と。


「紫姫?」


 突如、被写体である紫姫が泣き崩れた。不安になって稔は大丈夫か問うてみるが、紫姫からの返答は無い。発作でも起こったのではないかと緊急電話も視野に入れて状態を確認する。でも、黒髪男の心配は余計なお世話でしか無かった。


「ありがとう、稔。一生の宝物にする……!」


 その涙は感謝の声だった。弱い姿の紫姫を見て、稔はいつも以上の愛くるしさを覚えた。いつもクールで強い上に純粋な女に泣きながら笑顔を浮かべられたら、それは当然である。

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