1-24 ボン・クローネ観光-Ⅰ
「しかし、何度見てもこの光景は圧巻だ」
「そうだよねぇ」
稔もラクトも、テレポートなどという技を使ったりはしなかった。テレポートなんざ使わず、自分の足で城の正面の場所まで来ていた。……だが稔は、道中のラクトのアイスに関しての話は鬱陶しいと思っていた。
ただ。稔も自分自身で変えて考えてみた時には「自分も言えないな」と思った。何しろ、『ネットゲームでオススメの物を教えて欲しい』等と言われれば、彼は断ることは出来ない。加えて、話を始めたら止まらない。
「観光客も多いけど、やっぱり話している言語は皆違うね」
「そうだな。耳を通り抜ける言語が少なくて困る」
一応、エルフィリアの言語は日本語に限りなく近い言語だ。一方で、それ以外の国の言語は日本語に限りなく近いのは少ない。英語に限りなく近いわけでもなければ、ドイツ語、フランス語、その他諸々の言語に近いわけでもない。
自分の聞いたことが有る言語――もとい、自分が一定の理解を示していない言語を延々と聞いていれば、そのうち慣れてくるのは確かだ。一方で、慣れるまでの過程は限りなく辛い。
特に、一定の理解を示しておらず、加えて字体が『全く』異なっているものはそれに酷く当てはまる。
「残念だけど、召使には秘密兵器が有るんだよ?」
「あれか? 四●元ポケットから出てくるアレか?」
「……へえ。日本にはそんなのが有るんだ」
心を読めるだけあって、稔にリートのように聞いてくることはない。
「でも、そんなロボットは存在しないね、この世界には」
「だろうな。でも、大体そういうものだろうなって話だから、深く考えなくていいよ」
「自分が言われていたことを返してきたか……」
歯を食いしばる仕草をするラクトに、稔は思いっきりの笑みを浮かべる。
「貴様ァ……!」
「デートの時に怒るなって。……力抜けよ」
「声を作るな! 気持ち悪いわけじゃないけど、顔に似合わねえよ!」
「ほら、笑ってるほうが可愛い」
「なっ……」
稔がやっているのは『ネットゲーム』と名のついたものだけではない。ギャルゲ、エロゲ、ソシャゲ、ありとあらゆるゲームだ。当然、無課金プレイヤーではない。微課金でもなく、廃課金だ。
一方で、エロゲーに関してはプレイしたことはない。しかし、実況動画は見たことが有り、かつコメントをしまくるという、まさに販売元への挑発とも受け取れるような層である。
でもギャルゲーは持っているわけで、それで培った知識を元に現在、デートを進行しているわけだ。
「その……」
「どうしたんだよ?」
「稔って、なんでそんなに余裕ぶってんの? 私が彼氏を作ったことがないから?」
「えっ……」
彼氏を作ったことがないからという言葉だが、今までの話を聞いていれば理解できる点は多々ある。しかし、稔は理解するのが大変だった。無理もない。記憶を失っているわけではないが、思い出そうとしないのだから。
「インキュバス」
「ああ」
しかし、思い出させようとして言ったラクトの一単語で、彼女が言っていた事を思い出し、そこから何故かを察する。……しかし、その必要性はなかった。
「彼氏居ないのは、インキュバスに家族を寝取られたから。アンタ以外の男が嫌いだから」
「やっぱな。……って、心読めてるか」
「そうだ」
そう言うと、ラクトは首を上下に一度降る。
「んでもって。稔は、どういう女が好みなわけさ?」
「デートの最中に聞きますかねぇ? ――まあ、外見は関係ねえよ」
「心が綺麗なら誰でもいいのか……」
「誰でも良いわけじゃないけど、俺は内面を先に見るからな」
そんな風に綺麗事を言う稔に、ラクトが攻撃する。
「私の胸を召喚された時に当てたけど、あの時の反応はどう考えても内面考えてないでしょ」
「そ、それは――」
「所詮男なんて、『顔・胸・尻・太もも・衣装』でしか女の価値を決められないようないだろ」
「えっと……」
稔は言い返そうと思っても言い返すことは出来なかった。『それでしか』という風な言い方には、確かに反論したくなるのが人間というものだ。それも、挑発されているようなものなら尚更だ。大人の対応ということで無視しようにも、一定のストレスを超えてしまっているときはどうにもならない。
「言い返せないんだね、ケモノさんは」
「こ、こいつ……」
「元々、私がやっていたのは上に乗ることだったし、ちょっとサディストっぽいのは仕方ないんだ」
「えっと、途中で意味深な言葉が入っていたんだが、つまりそういう認識でいいのか?」
「おう」
オブラートに包んでくれているラクトに、稔は有り難みを感じていた。公衆の面前で、放送禁止用語的なことを言ってもらっては困る。もっとも、オブラートに包んでくれているとしても、大体どういう意味なのかは言葉からわかる。
「……まあ、ここでこんな話をしているのもデートとしてどうかと思うんだよね。それこそ、トイレ出てから軽く七分は経過してるだろうしさ」
「七分か。……って、七分だと?」
正面に来てから、話しているだけでも四分近くは経過していた。そこまで来るための過程も兼ねて考えれば、軽く七分は超している。それ以外に鬱陶しかった話を換算すれば、体感時間は一〇分を超す。
「しかし、本当に観光客多いけど、一時間で回りきれるんだろうか……」
「無理だったら、私が加速魔法使えばいいだけの話だと思うぞー?」
「それもそうか。……でも、ちゃんと手は繋いでおくんだぞ? 迷子になってもらったら大変だから」
「それくらい常識内だろ。――ほら、行くぞ」
「お前強引……っ!」
男に対しての強引さということろは、サキュバスの血を受け継いでいるだけあった。一方で、血を吸うという特性を持ったヴァンパイアの血を受け継いでいるにもかかわらず、そういった所を彼女は見せない。
「――」
「……」
ラクトに強引に連れられ、城の中へと入る稔。白い外壁に似合う白い階段を登ると、入ってすぐ目についたのは巨大なシャンデリアだった。床はレッドカーペット。左右の壁は白を貴重とした配色。玄関という概念はない。
「うわぁ……」
強引なデートとなったものの、ラクトと稔は、観光客が居たことこそ影響して一分程度時間は掛かったものの、シャンデリアの下を通ることは出来た。下から見上げるシャンデリアは、横から見るそれとは違った風に見える。
「この城の中央にあるのが此処だから、ここから前左右のどれかの方向に行かなきゃいけないんだね」
「しかも、廊下は全部レッドカーペットなのか」
「みたいだね。しっかし、ゴミとか無いのに驚きなんだけど」
「そうか?」
エルフィリアで話される言葉が限りなく日本語に近いだけあって、清潔なことを保とうとするところも日本に似ている。稔はそこから察してみた時、エルダレアがどうなっているのかを簡単に想像できた。
「うん。今、稔が考えたような、そういうことがエルダレアで起こってる」
「ゴミ問題か……」
「そうそう」
稔が考えたことは、街中にゴミが散らかっているということや、歴史的遺産にもゴミが散らかっているということだった。当然、清掃はボランティアがやっているのだが、それでも無くならないものは国民性が国民性だからだ。
「んで、ここからどっち行く?」
「右方向行くか」
「直感かな?」
「おう。――なんか、左よりも右じゃねっていう」
「稔って右利きだよね、きっと」
「悪いか」
「私、左利きなんだよ」
「へ、へえ……」
稔はここでも鬱陶しくなってきて、小学生並みの反応しかできなかった。けれど、反応するだけでもマシといえばマシだった。……無理して反応する必要性が無いなどと言ったら、ラクトが何か言うのはどう考えても疑えない。
「廊下から見るに、外の白い壁と廊下までには部屋が有るんだね」
「みたいだな。入れない部屋一杯あるけど」
「市長は何をしているんだ……。世界遺産なのに……」
「でも、残念な世界遺産っていうのも有るもんだぞ?」
「でもなぁ……」
残さなければいけないものは残さなければいけない。安全性だとかを考えた時、一部屋二部屋の閉鎖は考えられるが、流石に結構な数の閉鎖はどうかと思ってしまうものである。
「――って、改装中ってだけじゃん」
「うわ……」
改装中に世界遺産を訪れるほど、悲しい世界遺産旅行はない。
違う光景が見れるとはいえ、それは見れない光景が有るという意味でも有るから、「特別なものを見ている」というよりも、「来てはいけない時に来てしまった」というふうに認識してしまうことが多い。
シャンデリアを後にして、トイレのあった方向へと進んでいる稔とラクト。観光客の列は途切れない。改装中であるってだけの話だということで結局始末が付き、見れる場所だけ見るという事に変更した。
「……お、ここ入れるじゃん」
「えーっと……。これは、ドレスとかの展示室!」
「プリンセスか。女の子ってそういうのを一回は経験してみたいもんなんでしょ?」
「王子様とか、幻想だと思うけどね。まあ、可愛くなりたいのは女性として当然でしょ。プリンセスとか、そういうことを抜きにしたとしても」
「そっか」
稔は『女の子』と言ったことによって、ラクトのことを女の子だということを再確認してしまい、顔を真っ赤に少し染めてしまった。当然の如く心拍数は上がっているわけで、ラクトからすれば弱みを握ったことになる。
だが、それよりも大変なことが起ころうとしていた。
「……ん?」
「稔。あの男の人見てみて。黒い服装の、あの人」
「あの人……って、あれって爆弾じゃ――」
「顔を見てみろ」
「ニヤけてる? ……ま、まさか!」
しかし、それは現実となった。
爆弾を仕掛けたとみられる男の心を読んだラクトが、首を上下に振ったのだ。
「追う?」
「ああ、追う。……エルフィリアをイメージダウンさせるような真似してくれて、誰が放っておくか」
「ハハ。流石は、この国の権利を一杯持っている人だけ有るね」
「まあ、別にリートの命令じゃないけどな。これは俺とお前の共闘だから、誤解すんな」
「ツンデレって、稔みたいな人のことを言うんじゃないかな?」
「違う違う。俺はそんな人間じゃねえ。――って、早く追わないと」
しかし、そこで稔は追う必要性の前に爆弾の危険性を考えた。
世界遺産に爆弾を仕掛ける人間自体、頭が狂っているというふうに考えるしか無いのは確かだが、仕掛けられてしまったのだから、『仕掛けなければいい』などという話は通用しない。
まずは、その爆弾の仕掛けを適切な対処で停止させなければならない。
「ラクト。凍結魔法、使えるか?」
「観光客に見えないように?」
「出来ればそれで頼む」
「仕方ないね。魔力消費は増えるけど私は頑張りますよ、っと……」
当然の如く、魔法を使用するときに口で何かいう必要なんて無い。言葉にする必要はあるが、それは口から出さなくてもいいのだ。自分が命令したそれが、しっかりと魔法となってくれればいいのだ。
(――波動式、凍結魔法――)
ラクトは言った。心の中で。だが、格好つけようとして目を瞑ったりすることはない。
言葉は魔法となって、けれどそれは見えない波動となって……。爆弾の方向へと向かう。
魔法を使用しろといったのは稔だ。要は、ラクトの責任ではなくて稔の責任となるため、何が起きても自分は関係ない、と主張できたためにラクトは強力な魔法にした。
「よし……」
動植物ではないから眠らせる魔法が効くはずがない。それに、麻痺魔法を使ったら爆発を招いてしまう可能性は否定出来ない。毒だって、動植物に対してではないので効くはずがない。
結果、効くのはひとつだ。眠らせる魔法でもなければ、麻痺させる魔法でもないし、毒を浴びせる魔法でもない。凍結魔法しか無いのだ。
「止まった――」
タイマーは鳴らない。しかし、少しその方向に近づいた時、しっかりと波動で伝わった凍結魔法の影響により、爆弾の作動装置は停止していた。
「さあ、あの男を確保しに向かうぞ」
「追える場所にいるの?」
「大丈夫だ。見てみろ、まだこの部屋の中で平然を装っている」
「最悪だ」
仕掛けたとみられる黒い服装の男。その男は、ようやく服が展示されている部屋を出た。赤いカーペットの廊下を通るわけだが、男は部屋から出ると右へと曲がった。
「黒い服装の男よ、待て!」
「ふっ!」
「逃げた!」
部屋を出て右へと曲がり、男の逃走が始まった。人混みを掻き分ける男に対抗するべく、稔は手を繋いでいたラクトの力を借りてスピードアップした。当然、人混みを通ったわけではない。
(――麻痺――!)
ラクトは空中を飛行していた。稔はラクトと手を繋いでいたため、自動的に空中に浮いた。しかしあろうことか、男はその魔法を避けて誇らしげな顔をする。
加えて、スピードアップした稔とラクトでさえも追いつけない程のスピードを、黒い服装の男が出せるという驚愕の事実が、ラクトが心を読んだことによって判明した。




