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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-71 Art Lesson-1

 同じ漢字を使う国でも、中国語で『愛人』と言えば『夫婦』のことを表すのは事実だ。しかし、エルダレアで公用語とされている言語は日本語のような言葉である。問うたハイテンションガールの年齢を考えても、それを知っているとは考え難い。そういうこともあって、稔は痩せ我慢される可能性も含めて教え子に無駄な知識を叩きこむことはしないでおく。


 とはいえ、ハイテンションガールは即座に発狂するような女の子ではない。自分の思っていたことと異なるからと火を噴いたりはしないのだ。叫声を上げたり暴行を働くこともない。バリスタの養子である生徒は、お淑やかで静かな常人らしい対応を取った。


「すみません。場の雰囲気を壊す発言をしてしまって……」

「大丈夫だ。若いうちは幾らでも失敗できる」

「みのるん先生も若いじゃないですか」

「……すまない。言い忘れたが、今の台詞は親の名言だ」

「そうでしたか」


 稔とその親の関係は良好とは言い難いものだ。だが、親は子の鑑。反面教師にするとかどうこう含め、自分の親から学べるものは非常に多いのだ。名言もその中の一つである。もっとも、自分勝手な行動をすることもある訳だが。ただし、それは人間である以上は仕方ないことだ。


「さて、ラクトがヘルに音楽を教えている裏で俺は美術を教える訳だが、まずは紙の用意を行う」

「……我に紙の作成能力など無いのだが?」

「雑務は口を閉じていろ。まだ、紫姫の出番じゃない」


 稔は少しきつい言葉を紫姫に浴びせた。だが『黒白』は、それくらいで壊されるような安い絆で結ばれていない。双方の信頼の上で相手へ厳しい言葉を突きつける権利が保証されていた。それは互いに分かっていたことだ。それゆえ、紫姫は「了解した」と言って口を閉ざす。それと同じ頃、紫姫と同じく紫髪の少女が挙手をした。――サタンだ。


「ありがとう」

「『与えられた役はしっかりと全うする』というのが、先輩の方針ですもんね」

「そうだな」


 たとえ二人の間で能力の差があろうが、無能は無能なりに、有能は有能なりに、それぞれ精を出して頑張るべきだ。そうすることで二人にある欠点を補うことが出来るようになるし、信頼度も向上する。稔はそんなことを思い、信念として貫いていた。『与えられた役を全うする』という、まとめれば僅か一文にしかならない言葉なのにもかかわらず。


「じゃ、授業を始めるぞ。エルダレアだと、起立して授業を始めるのが一般的か?」

「座って授業を始めるのが一般的だよ」

「そうか。……つか、お前は音楽をヘルに教えろ。こっちにもエルダレア出身者が居るんだ」

「もうちょっと感謝の気持ちを持とうよ」

「仕事を放棄しようとしているように見える行動をやめてから言おうな?」

「いっ、言い返せない……」


 話に割り込むことが許されていないわけではない。任された事柄を放棄するような話が呑めないだけだ。稔が『与えられた役を全うする』ということを重要視している以上、これは仕方が無い。もちろん、任されたことを終わらせて好きなように割り込んでもらえるなら大歓迎だ。なにしろ、ラクトは稔の彼女である。偽りが無い以上、これは当然であろう。


「それでは座ったままで。――授業を始めます、礼」


 起立しないことは知ったが、教師へ礼をするところは曲げなかった。稔は不敬などという言葉が出るくらいに敬われることは嫌いだったが、それでも礼をされたほうが授業をする側としても決心や覚悟がつく。魅力のある授業にするためにも必要だと考えて、ラクトの話を聞いた直後の挨拶でそれを採用した。だが、生徒の中では戸惑いが広がる。


「礼は一般的じゃないと思いますよ、先輩」

「なら、今後採用しなければいい。失敗を成功に活かすのも重要だぞ」

「そうですね」


 終わりで礼をしないという話を遠回しに決めると、代表同士の会話はすぐに終わった。そして直後、教師側が絵に関しての話を切り出す。だが、最初の話は紫姫いじりと呼べるものだった。


「それでは助手よ。手始めに俺の顔を描いてみろ。別に凝らなくていい」

「把握した。だが、鉛筆やシャープペンシルなどはどこだ?」

「サタンの手元だ」

「ありがとう」


 言って、紫姫はサタンの手元にあったシャープペンシルを一つ手に取る。稔に従属しているとか思ったりせず、あくまで「信頼」の上で言われているのだと考えていた彼女は自然な表情で筆先を走らせた。また、ながらでこう言う。


「下手な絵になるだろうが、その点は了承を願いたい」

「誰にだって得意不得意の分野は有るから安心して絵を描くといい」

「では、貴台のその言葉に甘えさせてもらおうかな」


 そう言うと、紫姫は先程よりも早いスピードで筆を走らせる。シャープペンシルの芯の先は適切になっていたから、決して折れることはない。だが、稔や生徒らの目線がそこに向かっているはずがなかった。紫姫以外の受講生も雑務役を任せてきた教師も、視線は紫姫の手先――紙に集中して注がれている。


「……シュヴァート、どこを見ているんだ?」

「俺をどういう風に描くのか見たくてな」

「なるほど。我の質素な体を見ていたわけではなかったのだな。安心した」

「俺のこと野獣扱いすんなよ……」


 自らを愚弄するような台詞を発す稔。「野獣扱い」という台詞の後に「先輩」とサタンから呼ばれたならば、真夏の夜の某動画の中で登場する人物と同じ扱いを受けているようにも聞こえる訳だが、それに関しては幸いにも無かった。とはいえ、自分で自分を馬鹿にする主人を見て笑みを浮かばせた者は少なくない。


「しかし上手いな、紫姫」

「それほどでもないだろう。まあでも、その批評は有り難く受け取っておこう」

「そうしてくれ」


 人間の顔は基本的に丸によって描かれる。身体にしたって、程よい肉付きを付ける場合は丸みを帯びさせた方が良い。もっともモノクロだろうがカラーだろうが、その先にある塗色でリアルに近づくことが多いのは紛れもない事実である。故に、まだ下書きやラフの段階で「上手」と決めつけるのは少し違うのだ。


 だがしかし、センスが問われる分野が美術という教科である。センスを伸ばすためには褒めることも重要であるし、たとえ全てが全て合っていなかったとしても、それで受講者が熱意を燃やしてくれたのなら、教える側としてはこれ以上に無い光栄と言っていい。


「こうして見てみると、やはり骨格から違うのだな……」

「狩猟してた奴の末裔が男だからな。そこら辺は違うだろうよ」


 別にフェミニストから怒りを買いたいわけではない。単に、「歴史上でそういう役割分担が成されていたのが理由の一つだ」と言いたいだけである。稔はそこまで肩が角張っているような気はしなかったが、紫姫の目線には角張っているように見えたそうだ。また、喉仏に関しても紫髪は言及した。


「喉仏も異なる点の一つだろう」

「絵だとそこまで重要でもないような気がしなくもないけどな?」

「そうか。でも、似す為には必要なパーツだと我は思うぞ」


 時たま顔を上げて似顔絵を描くために必要な資料を目で確認する紫姫。そのとき、彼女は同時進行で稔との会話を行っていた。絵を描くという方面に集中力を尖らせているというのにもかかわらず、会話にも気が配られている。ラクトを師匠的なポジションに位置づけて色々と盗んできた甲斐があったということだ。所詮、「学ぶこと」は「盗むこと」なのである。


「あとどれくらいで完成しそうだ?」

「ざっと五分程だろう。あくまで予測であり、その通りになるとは限らないが」

「そっか。まあ、頑張ってくれ」


 稔は言って受講生らの方を向いた。これは、紫姫が今描いている絵が完成したら授業進行中に割り込む形で話す機会を与えるという方針に切り替えた為だ。あくまで指示ではあったが、紫姫には「凝り過ぎるな」と言っておいたこともあるし、時間的にもまだ余裕が有るから問題無いとの判断であった。


「授業を始めるんだが、紫姫は輪郭とか取り終わったのか?」

「まだだ。だが、店内の机には余裕が有るだろう。差し障りの無い程度に移動すれば問題無いように我は思うのだが――どうだろうか?」

「時間も停止できるし、その方向でよろしく頼む」

「ああ、任された」


 その言葉を最後に、紫姫は同時進行で進めていた作業の一つを止めた。紙にペンを走らせる事のみに専念し、有限実行と言わんばかりの素早い行動を取る。教師の助手らしく前に居た紫姫が被写体の顔を見やすい位置へと移動したのだ。言い換えれば後方部へ移ったということである。


 だが、紫姫は雑務役だ。助手でもある以上、後ろに行かれると作業の進行に支障をきたす可能性が否めない。しかし稔は、紫髪の一連の行動に口を出すことはなかった。常人なら、プレッシャーを与えられても絵を上手く描けないためだ。


「さて。まず、皆には一枚の紙が配られているはずだ」

「みのるん先生! この紙は厚紙ですか?」

「厚紙じゃなくて画用紙だな。この紙はスケッチブックで使われるのと同じだ」

「紙の質を見ただけで分かるとか流石です!」


 そんな風にハイテンションガールから褒められる稔だが、ラクト以上のテンションの高さに動揺してしまう。友人との交流がそれなりに盛んだった中学生時代だったら別の展開になったと即座に見当が付くが、コミュニティ障害を生む程に友人関係をこじらせてしまった現在では適当な対応が分からなかった。


「さてと。似顔絵を描く時、最も最初に行うべき作業は何だと思う?」


 分からなかったから、取り敢えず話題を変えてみる。稔の顔にも多少ばかし対応に戸惑う表情が見て取れたが、ハイテンションガールは意外にも気を配って深く干渉してくることはなかった。だが、切り替わって始まった話で最初に回答を行ったのはバリスタの娘。つまり、ハイテンションガールである。


「目を描くことだと思います!」

「それは最後の方だ」


 残念がる表情を見せるバリスタの娘。そんな彼女の姿を見て手を挙げたのがサタンだ。他に解答者が居ないため指さざるを得なかったのだが、稔は精霊罪源の衣服が変化していたことに気が付いて指名を躊躇ってしまった。しかし、サタンは他人の内心を読めない訳ではない。稔が足踏みしていたのを感じ取って、講師から指名を受けたあとの解答する前にこう言った。


「制服いいじゃないですか」

「人の脳内から何穿り出してんだコラ」

「いいじゃないですか、先輩。どうですか、制服って可愛いと思いません?」


 本題から大きく逸れていることなんか明々白々だ。とはいえ、サタンに制服が似合っているのも事実である。紫髪と言えば稔陣営下には他に紫姫が居るわけだが、やはりロングヘアの方が日本の制服を着用した際に映えていた。古代から長髪の女性を書類に記しまくってきた国であるから、仕方が無いとも言えるが。


「可愛いのは事実だし、似合ってるのも事実だから、取り敢えず本題に戻す」

「面白くないですよ、みのるん先生」

「そうですよ、先輩」


 稔が強引に話を戻すが、その方策ではハイテンションガールとサタンから批判を買ってしまった。だが、そこで屈しない。その周囲に居る他の稔陣営の精霊・召使・罪源が、みな真剣な表情を浮かべていたからだ。一人や二人を依怙贔屓しては関係悪化など避けて通れない。だから稔は、あくまで多数決を採用した。


「煩い。今はサタンに解答権が有るんだ。会話権じゃない、解答権だ」

「仕方ないですね……。答えは『輪郭』ですよね」

「正解だ」


 サタンが嘆息を吐いた上で解答を述べる。稔は平然と返答を述べたのだが、残念ながらハイテンションガールやサタンには物足りない解答らしい。「面白い授業にしてよ」などと非難を浴びてしまう。しかし、そういう厄介な生徒の無視をするのも教師の役割である。授業妨害は断固として許さないのが教育者なのだ。


「似顔絵で使う技術は色々と転用できるから、ちゃんと覚えてくれよ?」

「分かりました、みのるん先生! 頑張ります!」


 両手拳を握って体の方へと持って行き、「頑張るぞ」とハイテンションガールは熱意を燃やして真剣な表情を見せた。彼女ほど露骨な態度を取ったりはしなかったが、講座参加者は皆真剣に話を聞いていた。

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