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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-66 新帝国の英雄

 でも、ラクトは劇薬の使用に抵抗を感じていていない。稔の魔法や自分が強化した手袋を用いて取り扱えば無問題だと考えたからである。精霊のように簡単に治癒が出来る立場にいるわけでなかった彼女だが、そういった危険性の一切を度外視して母国を救うために行動を取る。


「(これで足りるかは分からない。けど、やるしかない……)」


 ゴクリと唾を呑み、それから、ラクトは遂に水酸化ナトリウムを床へと投下し始めた。左院議会場に漂っていた化学物質の根源を攻撃した形である。速効性は無いものの、それによって多少の効果が現れることが期待された。なんだかんだVXガス相手に対応を行ったことなんて無かったから、言い換えてみれば、ラクトはいわゆる『処女』だったのだ。一方で夜の方に関しては言うまでもない。


 ラクトはそれから、水酸化ナトリウムを根源周辺に撒いた後に神社でよく見られる柄のついた桶――つまりは柄杓を作り出して手に取り、水酸化ナトリウムの液体を議会のあらゆる場所へと撒いていった。園芸で花に水をやる時の動作とさほど変わらない行動である。言うならば、『水か劇薬か』というだけだったのだ。もっとも、その水にも化学は応用されているが。




 時間にして三分くらいが経過した頃だ。遂に作り上げた水酸化ナトリウムが底をつき、それによってラクトの撒布作業は終わりを迎えた。バリアを汚染地ここで解除しては危険であるから、ラクトは彼氏といちゃついたりせず冷静に対処することを心がけた。その一環として、赤髪は稔の手を取って必死に訴える。


「戻ろうか」


 ストレートに思いを伝えると、バリアを張っていた黒髪男は何も言わずに頷いた。一人の召使ごときに逆らえないと汚名を着せられる可能性があるのは十分承知の上、けれど召使の意見を尊重したい主人として、稔はその理念を貫く。取られた手によってテレポートして欲しいのだとラクトの気持ちを察すると、一度深呼吸をしてから稔は魔法使用の宣言を行った。


「――テレポート――」


 場所は内心で指定する。角度があったから、稔はメートルではなく名称で指定した。ラクトを連れてその場所へと辿り着くと同時にバリアを解除する。時を同じくして、左院議会場から少し歩いたところで待機していた反政府軍内の蜂起した人々が歓喜の声を上げ始めた。あまり力を入れて耳を傾けていたわけではなかったのだが、ふと届いた言葉によって稔はビクッと体を震わせてしまう。


「夜城様! 夜城様!」


 稔は自分の名前が掛け声のようにして言われていることに気づいた。けれど彼は、崇拝されることなんて望んではいない。かといって、下僕とされることを望んでいるわけでもない。でも、稔が英雄として捉えられる事をしたのは確かだ。感情も思想も千差万別である以上、自分が損を受けない程度には受け入れてもいいのではないかと考え、稔は燥いでいる蜂起勢を批判したりはしなかった。


 そんな時だ。稔に対してラクトが、アドバイスのような皮肉のような事実を話し始めた。右斜め上に視線を送り、赤髪は考える姿勢を作って視線を注がせる。


「でもさ、考えてみたら、エルダレアがエルフィリアの手中に堕ちたようなもんじゃん。宗教団体みたいになると本軸から逸れちゃうのは確かだけどさ、そうじゃないとしたらエルダレア帝国の利用価値一気に上がったんじゃないのかな?」

「利用価値……か」


 国家のトップに君臨する人間となった訳ではない稔。とはいえ、崇拝者が居ることから分かる通り、地位的にはそういう立場となったのは言うまでもない。経済にしても軍事にしても、国が前進するためには他国を使うことが多いことは稔も分かっていたから、エルダレアの利用価値と聞いてラクトの言っていることに疑問符を浮かばすことはなかった。しかし、見下す感じは払拭できない。


「けどそれ、エルダレアを見下してるように思えるんだが」

「そういう風に捉えられるかもしれない。でも、傀儡かいらい国家として扱ったほうが都合がいいのは事実じゃん。てか、歴史認識に干渉しなければ全然問題ないと私は思うんだけどな」


 敗戦国は勝戦国から難癖をつけられるのが常識ルールだ。謝罪を続けることが強要され続け、歴史をつくることも許されないし、半傀儡国家ないし別の国家として扱われるのが通例なのである。しかし、それでは敗戦国の国民にとって圧倒的に不利である。衝突は避けたいが、自国の文化や伝統を重んじなければ国が本当の意味で存続することは不可能だ。


 敗戦国の人間ではないラクト。でも彼女は、稔の多様性を重んじる考え方を知って勝戦国の者とは思えない事を話していた。それこそが「歴史認識」に関しての話である。


「勝戦国だからって無駄な優越感に浸ってる奴も居るけど、その地位は自分が築き上げた訳じゃない。てか、『歴史認識』で難癖付ける暇があったら国内をどうにかしろって私は思うんだよ。過去ばかりを見てる奴に成長は無いんだから」

「未来ばかり見ても成長は無いけどな」


 ラクトは稔から正論すぎる補足を受け、「まあね」と思わず笑いを浮かべてしまった。過去だけを見ても暗い雰囲気しか漂わず、いつまで経っても話が進展しない。とはいえ、未来だけを見ても進展しない。高望みし過ぎるからだ。夢なんて叶わないのだから、未来だけを見てはいけない。


「過去から学んで未来のために何が出来るか考えることが大切で、片方だけを考えても無駄だって私は思うかな。――それはそうと、この話重すぎるんだけど」


 真面目な話が続けられていた中、ラクトが余りにも堅苦しい話の進みように疑問を呈した。せっかく勝利を収めたのだから、そういう話は今夜じっくりとすることにして楽しくなることをしようとラクトが考えたのである。凄く真面目な話から一気に切り替わることは得意だった稔とラクト。重すぎた話は一気に軽いものとなる。


「じゃ、喫茶店入って時間潰すか? 本も買ったことだしさ」

「時間的にも睡魔に襲われるタイミングだしね。その案、賛成っ!」

「それはありがとう。でも、崇拝者に挨拶してくるほうが先だと思うから……」

「そっか。なら、それが終わってからにすればいいじゃんよ」


 彼女との間で喫茶店に入ることが確定すると、稔は戦況報告を行うために蜂起して稔を崇拝したりしている団体に対して挨拶に向かった。この『革命クーデター』に協力してくれたお礼と、今後も協力して活動を行おうという思いを伝えるためにである。テレポートも使わず、二人はその場へ歩いて向かった。


「尊大なる夜城様……!」

「やめろ。気持ち悪い崇拝をするんじゃねえ。尊敬はして欲しいけどさ」

「これは、失敬に値した行動を取りまして申し訳ございませんでした」

「大の男が頭を下げるんじゃない。俺はまだ十代だ。下げられても困る」


 崇拝を認めたつもりでは居たものの、手を組み目をキラキラと輝かせてまで崇めてほしくはなかった。だから彼は仕方なく、白い目線を向けつつ注意を行う。とはいえ道半ばの出来事だ。稔は社会的常識が少し掛けた人物と深い関わりを持とうとは思わなかったが、これから招集を掛ける場所へと男を連れて出発した。




 招集を掛ける場所となったのは、ラクトが紫姫と協力したことで転送しられてきた注射類が置かれている場所だ。蜂起した人物らが外出したとは考えなかった彼は、点呼確認もせずに集めた蜂起勢に対して簡潔に話を始めた。


「まず、始めに。この革命で勝利したことを此処に報告する!」

「勝……利……?」


 蜂起した者は揃って途中から裏切りを働いた者だが、人間とは考え方を変える生き物であるから非難することは出来まい。もちろん、一方で擁護もできない。そんな自然と学ぶことが出来る情報を念頭に入れながら、稔は話を進めた。


「そして皆、これからも一緒にエルダレア帝国を作っていこう」


 新政府軍の指導者からの短な話が終わると、蜂起勢は「はい」と威勢のいい声を出した。「押忍」と言って拳を握った手を後方に下げるような行為に近い、魂のこもった威勢のいい声だったようにも聞こえる稔。


 そして一連の話をし終え、稔らは次なる目的地――喫茶店へと歩みだそうとする。だが、そこでトントンと右肩を叩かれてしまう黒髪男。振り返って誰が居るのか確認すれば、そこには戦場カメラマンであるアニタの姿が見受けられた。


「ああ、本日の宿はご用意します。顔が知られた状態だと凄く歩きづらいので」

「じゃ、その方向で頼もうかな。でも、早い時間からチェックインしたくない」

「でしたら、私が夜六時で予約を入れておきますね。その時間にロパンリ駅の方でお待ちしております。それまで自由にイチャラブしてください、稔さん」

「恥ずかしくないのかよ……」


 励ます言葉のように聞こえる一方で罵る為に言い放たれている言葉のようにも聞こえた稔。彼の心の中にあるモヤモヤとした感情が動いてしまって、思わず大きな嘆息を吐いてしまう。けれど、咳払いして平然を装う稔。


「じゃあ、六時にロパンリ駅前な。分かったよ」


 自由散策の時間を確保すると、遂に稔とラクトはデートを始めた。帝国議会を出た後、世間話をしながら喫茶店を探す。街はまだ活気を取り戻していたわけではなかったが、それを終戦後の動乱期と捉えれば然程どうこういうのでもない。だが一方で、エルダレア帝国の独裁政治を変えた英雄という捉え方で稔を崇拝する輩が登場していた。蜂起した人達から情報が知れ渡っていたようだ。


「気まずいね、この空気……」

「そうだな」


 手を振られ、稔は対応に困った反応を見せた後で手を振り返す。帝国の象徴という立場ではない黒髪男だったが、自分が偉業を成し遂げたことに誇りを持つ姿勢が無いわけではない。自意識過剰にならない程度に、彼は自分の武勇伝として胸の内に仕舞った。その方が、気まずくなくて自分にとって好都合だからだ。


「これじゃ、俺、襲撃されて最期を迎えそうだな」

「暗いこと言わないでよ。笑い話が最後の言葉になるとか洒落にならないし」


 ラクトは笑いながら指摘する。彼氏の考えていたことが手に取るように分かっていた彼女の指摘は身にしみるものがあり、稔は反論する姿勢の一切を見せず、でも少し軽い態度で「はいはい」と返答を述べた。


 そして喫茶店探しを続行するカップル。手を繋いでおり、互いに開いた距離はセンチで表すのが妥当だ。周囲に非リアが居れば、内心で「リア充爆発しろ」と強く思うに違いない。もっとも、稔にもラクトにも恵まれない境遇に位置する人達を見下すつもりはないのだが。――現実とは非情である。


「おっ、あそこの喫茶店どう?」

「緑バックに白色で女怪物か……。何処のス○バだ?」


 どうみてもス○ーバックスに見える看板。描かれていた女神らしき人物が海に縁のある女怪物だと稔は見通しを付けると、もうセイレーンにしか見えなくなってしまって口に出してしまった。一方、ラクトは訳が分からず首を傾げる。けれど、内心を読むという手を用いて稔の考えていることを理解した。


「確かに似てるね。織桜みたいな人が伝えたのかな?」

「可能性はありそうだな。まあ、あんまり難しく考えないで入ろうか」

「言い出しっぺが言うな」


 ラクトが笑いながらそんなことを言うと仕返しとして、少し強めに稔が繋いでいたラクトの手を離して腕を引っ張った。思わず「うわっ」と赤髪が声を上げるが、稔は圧倒的な冷めたさを見せつけて一時的に言論の自由を認めない。


「私、悪いことしたかな?」

「してねえよ。早くコーヒーが飲みたいだけだ」

「嘘つけっ!」


 温もりが届くとラクトが笑い混じりに言い、そして二人は喫茶店の前へと駆け足で向かった。

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