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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-65 帝国議会堂

 稔が『瞬時転移テレポート』してエルダレア帝国の政治の中枢、国会議事堂へと戻る。会議というより裁判に近いものとなった『終戦会議』の内容をアニタらに聞かれるかと思ったが、戻った時、彼女達は温かく出迎えるだけで新政府軍の現場司令官に深い干渉をしたりしなかった。もっとも、「お疲れ様」だの、「頑張ったな」だの、蜂起した反政府軍の下っ端たちが稔を称えていたが。


 一方で同じ頃。ロパンリでは、献上によって監禁されることを余儀なくされた女性たちが久しぶりに外の世界で光を浴びていた。内戦が終了した上、ロパンリの街にも平和が戻ったから、暗く狭い部屋から解放しようと新政府軍の総司令官が考えたのである。そのような行動を取りながら、ラクトはヘッドホン越しにその様子を生放送していた。そういった事業が行われていることなど知らなかったが、紫姫が気を利かせて魂石でサインを送ったことによって、稔はラクトが行っていることを理解する。


 稔がヘッドホンを装着した時、ちょうど聞こえてきたのは母と娘の会話だった。


「お母さんはお姉ちゃんと暮らす予定なの?」

「それがいいと思うんだけど……」

「じゃ、そうしてよ。平穏な暮らしが一番なんだからさ。こんな監禁室で暮らすより絶対にいい」

「分かったわ。娘たっての希望だもの、そうするしかないわ」


 平穏な暮らし。エルダレア帝国に蔓延っていた独裁政権が滅ぼされ、帝皇を象徴とする民主主義の新政府が新たに誕生することになった今だから、先に希望の光を感じていたからこそ言える言葉だった。そんなことを言う娘に対して、母親はまた長い間会えなくなるのではないかと悲観的になる。けれど、ラクトの母親は自身のそういった感情を殺してラクトを励ました。


「じゃ、彼氏さんと上手く……ね」

「そうやって最後の一文で全部もってくの、やめてよ。まあ、それがお母さんだけど」


 ラクトは再会を果たした母親と短な会話を交わすと、「じゃあね」と言ってロパンリを旅立つために紫姫の元へと向かった。背を向けて離れていく愛娘の姿に、四二歳の母親は少量の涙滴を頬に伝わす。抑えきれない衝動を涙でラクトの母親は示していた。でも、もう泣かないと彼女は思い立つ。娘が新たな方面へ進出することを拒むようなコントロールをする親であってはならない。そう、思ったのだ。


「元気でね、ブラッド――ううん、ラクト」

「そっちこそ。元気で……ね?」


 お涙頂戴とも言える感動の場面。一方でラクトが始めた生放送はその時点で終了する。ヘッドホン越しに声しか聞こえなかったから流石に泣いたりはしなかったけれど、稔も心にぐっとくる衝動ものがあって感動していた。でも、口に出すと恥ずかしかったから言ったりしない。それと同じ頃、ロパンリでは紫姫による精霊のみが使用を許された魔法が使われた。


「――転送――」


 それは、主人の魂石まで一飛びするというチート技であり便利な技だ。紫姫は化学兵器の処理でも用いたその手法を活用し、恋敵の一方で心を開ける相手であるラクトと共に稔の居る元へと向かう。数百キロ、数千キロに及ぶ移動距離ながら、彼女らの主人が使用する『瞬時転移』同様に高速移動を可能にしていた。


 そして帝都ディガビスタルで、帝国に革命をもたらした新政府軍のツートップが再会する。他国の大使が庶民を主体とした反政府軍に協力して起こしたのは確かだが、勝利を手にする局面へ持っていたのは稔なのは間違いなく、言葉の意味合い的には革命というよりかはクーデターに近かった。ただ、そんなことはどうでもいいと判断するのが普通だ。謦咳を入れ、稔は自分の元へ帰ってきた二人に声を掛けた。


「ラクト、紫姫。おかえり」

「ただい――な訳あるか! 帝国議会って稔の本拠地じゃないじゃん!」


 稔が選んだ言葉に誤りがあると主張するラクト。同じ頃、赤髪がそう言う一方で紫姫が魂石へと帰還していた。「二人の時間を楽しめ」という彼女なりの気遣いというわけではない。サタンよりは疲弊していないとはいえ、指示を出すとか資料を探すとかで疲れたこともあって休養を取りたくなったのである。翻り、主人は紫姫の自分勝手な行動を許した。彼に精霊を束縛するつもりが無いからだ。 


「それで」


 少し声を強めにしてラクトは言った。自分に注視してもらいたい訳ではなかったが、彼女持ちの癖に精霊に愛情を注ぎすぎだと考え、稔に対して嫉妬心を持ったのである。普段であれば察する能力が著しく低い稔ながら、あからさますぎる行動には思わず察する能力が発動してしまった。ビクビクという黒髪の震えが収まった頃、ラクトはいつも通りの大きさで話を始める。


「ばら撒かれたのは『VXガス』で間違いないんだよね?」

「恐らく間違いないと思う。対処してくれるか?」

「対処はする。でも、ガスマスクが意味ないのは確かだから、バリア張ってね」


 ラクトの願いを聞くと、稔は「任せろ」との思いで軽く胸を叩いた。まるでゴリラのような行動に、真剣に頼み事をしたラクトも思わず笑ってしまう。喩えるなら、コーラを口の中に含んでいれば噴き出すくらいだ。


「俺、そこまで笑われるようなこと言ったか?」

「いやいや、そもそも笑いのツボは人によって違うでしょうよ」

「確かに……」


 稔は頷きながら言った。芸人がネタを披露しても、面白いと思う人がいる一方で面白く無いと思う人も居る。もちろん、それを押し付けるのはナンセンスだ。自己中心的にも程がある。芸人を絡めた話では無かったが、他人に自分の思っていることを押し付けるのはナンセンスというのは心友同士の共通認識となった。


「……そういうことでさ、さっさと作業終わらせちゃおうよ」

「そうだな」


 稔はラクトに扱き使われているが、それでも主人だ。権限も責任も稔の方が多く持っている。戦闘時こそ指揮はラクトに任せていたが、そんなイジられやすい体質を持った黒髪男は強い権限と稔陣営をまとめる責任があったため、他者から交渉を受ける際に受け身とならざるを得なかった。その一例として、アニタとリリスが稔の元を訪れ今後の方針を問う。


「稔さん。蜂起された方々にはどのような対応を致しますか?」

「連絡が取れるようにしてから帰宅させてくれ。休養も必要だろ」

「そうですか。化学兵器が使用されましたけど、病院に行かせないのですか?」

「その旨も連絡事項として伝えておいてもらえると助かる。治療薬を投与したのは確かだけど、重症患者に関しては可能なら病院に届けておいて欲しいかな」

「分かりました。では、そのように対処致します」


 アニタとリリスはそう言って元の場所へと戻る。一方の稔とラクトは、協力関係にあった二人が帰ってから化学兵器が撒かれた左院へと進み始めた。テレポートを使用するのも一手だったが、そう遠い場所へと向かうわけではないので歩きで向かう。所要時間は一分にも満たず、下手をすれば三十秒を切るくらいだ。


 短な距離を歩いて着いた左院議会場と廊下を隔てる扉の前に立つ、心友二人。鍵が閉まっているわけではなかったが、ラクトが見たことのないような恐怖を覚えていたため、思わず稔は彼女の背中を擦るように和ます言葉を掛け始めた。


「そういや。ラクト、メガネ掛けたよな?」

「博識っぽいでしょ」


 胸の下で手を組むような余裕が無かったことも一つの理由だが、もう一つ、適切な対応として彼女はメガネの縁を人差し指で押し上げて下に動かした。言葉で言い表すなら、『ドヤァ』という語句以外に適当なものが見当たらない。


「そうか? 赤髪って情熱的な感じするけどな」

「髪の毛で決め付けんな。それじゃ、まるでピンク髪全員が淫乱みたいじゃん」

「そういうふうに相場が決まってるからな」

「流石、入れ込んでる人の言うことは違うね。ところで、博識って何色の髪?」

「俺は寒色系の色だと思う。青とか黒とか紫とか――」


 稔は話しながら、『博識』というより『クール』と言ったほうが良いのではないかと気がついた。また、頭が良いだけなら大抵、金髪か黒髪であることも同時に気が付く黒髪男。完璧超人的な金髪と最強クールの黒髪だ。そして、そういう博識キャラは話の中で重要な位置づけがされていることがほとんどだ。


「でも私、毛色は変えたくないかな。髪を壊して何が楽しいんだろうって思う」

「確かに、染めるやつって髪の毛が痛むらしいしな」

「へえ、染めたこと無いんだ。……なんか意外」


 オタクからリア充になりたいとの思いで暴走し、金髪に染めるなんてことが一切なかった稔。平凡に一人の高校生活を送っていた彼に、そういう洒落をする機会は無かった。だが、ラクトも誤解を招くような発言をしていたのは事実だ。


「その言い方だと、『経験者は語る』みたいな感じに聞こえるけど……」

「いやいや、私も染めたこと無いよ。お姉ちゃんを反面教師にしてるだけ」


 ラクトはそう言って誤認識を訂正した。一方の稔は、良いところで区切りをつけようとして行動に出る。彼女が話を終えた後に魔法使用の宣言を内心で行ってバリアを作った後、黒髪男がラクトに声を掛けてから、扉のドアノブに手を掛けたのだ。トントン拍子で行動が進んだのは良いものの、少しばかし自己中心的な稔の行動。ラクトは追いつけなくて動揺を見せていた。


「じゃ、議会場へと入るぞ」

「わっ、分かった!」




 一体どれほどの汚染が起きているのか確認したくなったラクト。自分でも始めて相手をする化学兵器だったから、今後の資料として採取しようという学者意識が身体を巡ったのである。だが、稔がそれを止めた。無駄な行動をするなという意味ではない。いくら死んでいると言っても、赤子を産める可能性が無いわけではないから、母体を大事にして欲しかったのである。


「『母体を大事に』って言葉を聞けて嬉しい気持ちで山々なんだけど、私としては、女子勢全員にも言ったほうがいいと思うかな。ほら、紫姫とかサタンとか」

「謝礼か?」


 言って首を傾げる稔。ラクトは「うん」と一言言ってから頷いた。だが直後、感情の込められていない淡々とした話に変化が訪れる。ラクトが口を自身の右手で抑え、クスクスとサディスト感しかない笑みを浮かばせたのだ。


「稔、戦友と盟友に裏切られたら太刀打ち出来ないんだから早く言ってきなよ」

「事実を言われたら対抗できないだろ、バカ」


 非道な行為を働くようなクズになりたくないと、そう、稔は根っこから強い思いを持っていた。戦友と盟友を犯せば配下から抜けられなくする事は可能かもしれないが、そんなことをするつもりなど彼には毛頭無いのである。だからこそ男嫌いをしていたラクトが信用したわけであり、これに関しては揺らがなかった。


 そうして、稔はラクトに指示を受けたとおりに行動を取り始める。言われたじじつを認め、グリモワールと戦った際に勝利への貢献を果たしてくれたと

いう旨を告げる決意をする。もっとも、盾も賞状もない。あったのは「おつかれさま」の気持ちだけだ。しかしそれでも、精霊と罪源は嬉しい気分になった。


「自分から出てきたのか」

「貴台が茶を濁しながら話を進めていたのが気になってな。思わず魂石を出てしまった。それ以外にも、我と関係のある話が有るようだが……要件は?」

「共に戦ってくれて有り難う。あと、身体大事にしろよ」

「簡単な話ではないか。全く、出し惜しみするでない」


 紫姫が話を終えて感想を述べる。怒っているわけではなかったが、それでも彼女は休養中だったこともあって早く魂石に戻りたいらしい。感想を述べ終わった直後にそわそわとした出したのである。


「では、我は魂石へと戻ろうと思う。伝言としてサタンにも伝えておく」

「それは助かる。じゃ、頼むぞ」


 紫姫は稔から言われると頷き、それを返答とした。ひと通りの事柄が済んだと理解した紫髪は、挨拶一つせず自分だけの居場所へと戻っていく。回復薬を投与されたといっても、自然治癒的なものは欲するようだ。


「さてと。取り敢えずは洗浄を始めようか」

「洗浄?」

「洗浄って言っても化学洗浄のほうね。VXは水に強いからサリンとは違うんだ」

「へえ。ところで、洗浄用の液剤には何を採用するつもりなの?」

「水酸化ナトリウムかな。濃度の高いオキシドールでもいいけど、室内だから」


 オキシドールとは即ち『過酸化水素水』だ。『水酸化ナトリウム』と言えば、電気を通しやすくすることでお馴染みである。もっとも、どちらとも使用方法を謝ると大事故に繋がりかねないのは言うまでもないのだが。


「けど、もう室内一体に広まったはずだ。そんな大量に確保できるのか?」

「それは……」

「だから俺は、議会の中央付近を重点的にするのが一番いいと思う」


 撒かれたのはグリモワールと戦っていた場所の付近だ。また、毒ガスだから空中を浮遊している。至るところに激臭や悪い効果をもたらす可能性も否めない。そしてなにより、そんな激臭や悪い効果を消すために劇薬を至るところにばら撒くことになるとも言えた。だから稔は、ラクトに対してそう意見を出した。


「そうだね。その方向で行こう」


 言い、ラクトは使用することになった水酸化ナトリウムの生産を開始する。何にでも変えられる原料を用って、また、『凍結アインフィーレン』と『燃焼フレアバーン』を使用して水を生み出して、ラクトはこれから使用する対化学兵器薬の製造を続ける。作り出した液体を入れるための容器もラクトは作製していた。


 そして、容器八分目くらいまで水酸化ナトリウムが入った頃。中央部の洗浄だけで使うとは到底思えない量の劇薬を使う時が遂に来たのだ。稔が命令を下すと、その指示によって陣営が動き出した。

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