1-23 ラクトアイス好きの自意識過剰召使
トイレから出た後、稔はラクトに言った。
「トイレから出たのはいいんだが、やっぱりあの男たちが可哀想だと思わないか?」
「どういうこと?」
「だから、『トイレの便座で寝かせておくとか、ちょっと鬼畜すぎないか?』って話だよ」
だが、その意見にはラクトも反論するための根拠が有った。
「稔が言っていたことを私はしているだけなんだけどなぁ……。それで、なんでそんなことを言われないといけないのかなぁ……?」
「えっと……だな」
ただ、そんな対応をする稔に嫌気が差したラクトは、一言ため息を付いて言った。
「言葉に詰まってるから、乗ってあげる」
「ラクト――」
ラクトの対応に、稔は涙が出そうになった。
無理もない。自分の入った言葉のせいで、ラクトが無理をしているのだから。
「――入眠、解除――」
けれど、稔からしてみれば、それは無理をしているようになんて見えなかった。どちらかというと、嫌々ながら聞いてくれるツンデレのような存在だ。
そんなことを考えている裏で、甘えてきたりする稔の召使は聞いた内容をしっかりと行動で示した。二人の男たちが自分にした事は許したくなかったが、それでも主人の命令だから、仕方が無いということだったのだ。
そして心を読んで、自分に対して酷いことをしてきた二人の男を許すつもりはなかったが、彼らが忘れているようだったので、取り敢えずそれだけでも満足だった。
インキュバスの時に、ラクトは経験していたのだ。幾多と自分に対しての嫌がらせを受けるのは、本当に嫌だと。だからこそ、忘れてくれているだけでもマシだったのだ。後々何か言われる事もないのだから、それだけで十分だったのだ。
「終わったか?」
「ああ、終わった」
取り敢えずということで、ラクトは深呼吸をした。
「ところで、稔はこれからどうするつもりなの?」
「まあ、お前が色んな人を泣かせるくらいの技術で作り上げてくれたパンフレットが有るわけだし、それを使って回ればいいんじゃないかな? ほら、見た感じ広いみたいだしな」
「そうだよね。なんか、目の前から見た城とはちょっと違うふうにも見えるよね、ここから見ると」
会話が盛り上がって、二人とも笑みを浮かべた。
「なあ、ラクト。パンフレット貰っていいか?」
「つまりそれは、このコピーしたものを、更に複製しろと言いたいのかな?」
「そういうことでもいいし、お前が良いというのならそのパンフレットを貰いたいかな」
「――変な意味は入ってないよね?」
「なっ……」
「まあ、どうせ私が見た所でって話だろうからね。――いいよ」
変な意味なんて、稔は全く持って考えていなかった。ただ単に、一つしか無いからそう聞いただけであって、それ以外に理由なんて無い。稔がパンフレットを貰いたい理由は、自分がラクトとのデートでリードしたいから、というような理由だったのだ。
「おっ」
「どうした?」
「いや、ヴェレナス・キャッスルって、世界遺産なんだって思って」
「でも、世界遺産の素質は有るでしょ。なんせ、エルフィリアが戦争で負けそうになった時でさえ、この城は残ったんだしな。……まあ、私はエルフィリア国民からすれば敵の人間だったから、エルフィートが一体どれだけの辛さを味わったのか、映像とかでしか感じ取れないけどさ」
映像でしか感じ取れないのは、ラクトだけではなくて、稔も同じだ。体験というものをしていないため、一を聞いて十を知れないと、悲しい話をしたりした人に迷惑をかけてしまう。要するに、一知半解であっては困るのだ。
「まあ、映像だけが全てとは言い切れないよな」
「そうだよね。いくら編集がされていないとはいえ、それはエルフィリア全体を示したものじゃないし」
「一都市の一地区くらいでしか映ってないものが大多数だしな」
特に、山間部なんてそうだ。小さな集落を映した映像だけしか残っていないのも数多く、全国民を移すのは大変だ。
というよりも、そもそもそういった映像というのは、あまり一般の人々には出回らないのが事実なのだ。それは、「後世に残すためには必要」という意見よりも、「あの時の悲しみを思い出したくない」というのが強くなった結果でもある。
それこそ、報道機関が『報道しない自由』などという、変な話を言い出すせいでも有るが。
「――つか、世界遺産で戦争の話になるとか、なんなんだよお前」
「いや、それは稔のほうだろ」
このままでは、重い空気が流れてしまうことを察し、稔もラクトも、そう言ってなんとか重い空気から脱すことにした。
「そうかなぁ? ま、取り敢えず、見た感じなんだが……」
言って、稔はパンフレットをラクトと一緒に見る。だが、パンフレットは二人の顔を一〇〇としたときには一〇〇に届かない。つまり、見るためには少し近づく必要があったのだ。
「やっぱりお前、いい匂いするな」
「口に出すな。……主人だから許すけど」
「でも、本当のことだからな。で、お前が好きそうなアイス屋は――」
稔はアイス屋を探した。デートということで、相手を楽しませるためにしているだけだったのだが、ラクトはそれだけでも嬉しかったため、更に稔に近づいてきた。
これまで男とは一切、とまではいかずとも、そこまで親しい関係になったことがなかった。
サディスティーアを裏切り、インキュバスに裏切られ、男なんて消えればいいものだと思っていた。
でも――
(なんか、ご主人様と居ると安心するんだよね……。殺したくならないっていうか、ずっと近くにいてほしいっていうか……)
ラクトの心の中には、そんな言葉が動いていた。これまでの自分の経験を考えても、稔への感情は異常だった。転生したから、召使になったから。その理由が通用するのかもしれなかった。
でも、ラクトの心の中で動いている、凄く繊細で、思えば思うほどに壊れてしまいそうな気持ちは、そんな理由では表せないようなものだった。
「――おい、聞いてるか?」
(ご主人様、アイス屋を必死に探してくれてるんだ……。でも、私みたいな待遇を受ける召使って、絶対に僅かしか居ないよね……)
「ラクト?」
「あっ、ごめん、稔!」
どさくさ紛れに謝ってしまったラクトに、稔は笑い声をぶつける。
「どうしたんだよ。お前らしくないな、謝るなんて。――で、意外とアイス屋有ったぞ」
「ふ、ふーん」
「だから、どうしたんだってば?」
「な、なんでもない!」
稔は、豹変したラクトに少し戸惑った。けれど、少しツンツンしているラクトも、稔はまた嫌いではなかった。
「……取り敢えずさ、態度戻せって。俺がなんかしたら悪かった」
「べっ、別になんでもないから、心配しなくていいよ?」
「本当に?」
稔の質問に、ラクトは首を上下に振った。
そして、咳払いして元々の態度に戻す。要するに、『脱ツンデレ』である。
「しかしさ、トイレにまでこうやって歩道が続いているのは意外だったな」
「ホントだ」
稔は、内心ではツンデレの可愛さをもっともっと引き出したかった。……だが、流石にそのことだけにこだわっていては気持ち悪いと言わずになんというのかという話である。
「このパンフレットには歩道が書いてあってさ、結構わかりやすくていいなって思うわ」
「ホントに書いてあるね」
「んで、お店で何が販売されているのかも書いてあって、凄く分かりやすい」
「ほう……」
そして、そこで稔が一言追加すると、さらにラクトが過剰反応を示す。
「どうやら、アイス屋にはラクトアイス有るみたいだからな」
「うおおおお! きたあああああ!」
盛り上がりが半端ないのが特徴なのは分かっていた。しかしここまで過剰な反応をされると、稔も困ったものだ。
「えっと、アイスは後だからな?」
「分かった。……そんなに物分かりが悪いような女じゃないから、そこら辺は認識しておいてね?」
「おうよ」
稔はそういって問いに解答した。そして稔とラクトは宮殿の中央へ向かう。デートの一部として。アイスを買う前の楽しみとして。




