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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-64 終戦会議

 司会進行が「終戦会議」を執り行う旨を話した後、アナトから手渡された資料をバアルが読み上げだした。帝皇は流石と言わんばかりの滑舌で、とても聞き取りやすい。しかし、その内容はとてもじゃないが聞けたものではない。難しい言葉遣いがなされていて、一度聞いただけでは意味がわからないようなものだった。


「終戦会議は、我が国の国土と国民を二極にして行われた内戦の終結をするために執り行う。基本としては政府軍と反政府軍の和解をもって終わらせたいところであるが、政府軍は過去の産物となっている点があり、今回の終戦会議においては、新政府軍と反政府軍の両陣営トップによる話し合いをもって出た結論によって終戦の決定をするものとする。なお、本会議は自由傍聴である」


 資料の一頁の上部に書かれていた文章を読み上げ終わると、帝皇は次に読み始めるまで十秒の時間を開けた。滑舌よく息継ぎもしっかりとするために必要な時間が十秒らしい。そして、話は一頁の下部へと移る。その合図は司会進行役である帝后によって行われた。


「終戦までの経緯。帝皇陛下、お願いします」


 司会進行役から指示を受けると、帝皇は言葉を発さずに頷いて話を始めた。


「この戦争は、政府の政策に対して激怒した青年らが剣や銃を持ったことが始まりとされる。これは今から四年前の話だ。それより、反政府軍は博識な人材を多く確保して核兵器や化学兵器の研究、生産を開始した。この時に本拠地としていたのが『ディガビスタル研究所』である。所長はグリモワールだった」


 グリモワールが研究所を持っていたことに驚きを隠せなかった稔。反政府軍の総司令官が捏造する脳だけしか持っていない訳でないということを始めて知った。というよりか、むしろ稔はそちらのほうが驚きだった。そこから、どれだけ稔がグリモワールを馬鹿にしていたかが窺えよう。


「今から二年前、帝国軍に対して反政府軍が宣戦布告を行う。この頃、反政府軍は本拠地である帝都の『ディガビスタル研究所』で洗脳教育を行い始めていた。一方、旧政府軍は『女献上』のシステムを確立させて若娘を中心に数十の女を性奴隷として政府庁舎へと呼び寄せた。この一件は今でこそ私も把握している。だが、当時の政府は暴走政権さながらであって私ら帝室は情報を得ることが出来なかった」


 今から二年前、エルダレア帝国政府が暴走し始めた頃。暗い時代の幕開けといったところだ。帝皇が自ら自分に非が無いような言い方をしたところに多少ばかし疑問を持ったが、稔はとりあえずおとなしく居ることにする。まだ、その時頃ではない。今は経緯の確認を行う時間である。


「そして今から一年前。反政府軍が農民や捕虜に洗脳教育を施し始め、グリモワール以外の幹部ほとんどにも洗脳を始めた。これによって反政府軍は北部での勢力を増すこととなり、多くの犠牲を伴ったものの、本拠地である帝都から政府を追い出すことに成功する。その後、反政府軍は南部へと侵攻を開始した。旧政府軍は首都・バイサヘルに仮政府を置く予定だったが、取りやめてロパンリに設置した」


 遂に出てきたロパンリの都市名。帝都を追われ、首都を追われ、やっと辿り着いた街。そこは、エルダレア帝国の南部では最大の都市だ。そんな大都市の一角、風俗街を撤去するという暴挙を行って政府は臨時庁舎を建設した。その一連の流れは帝皇にも読まれた。また、その話では稔の彼女も挙げられている。


「しかし、ロパンリ市の風俗街を取っ払って設置したことから多くの市民が反対運動を起こした。その中でも中心として活動を行ったのがブラッドである。彼女は当時十七歳という異例の若さで政府への批判運動を繰り広げ、武器を用いず言論で対抗することを貫いた。しかし、それを都合の悪い事柄と思った政府が鎮圧し、ブラッドや同胞たちは政府軍によって処刑されてしまった」


 ラクトの話がやけに詳しく紹介されていたことに稔は疑問を覚えた。無理もない。ここまでくると伝記レベル、そうでなくとも教科書の一部を抜粋したような文章なのである。赤髪が経緯を記したのではないかと疑ってしまうくらいだ。しかし、ここでヘッドホンを用いて話をするのは進行の妨害だしマナー違反。稔は質問したいという気持ちが高ぶった結果、うずうずしてしまった。


「そして今日の昼頃、ロパンリでテロが発生した。だがこれは、対応したのが新政府軍の司令官によって鎮められた。その後に旧政府軍への攻撃が行われ、反政府軍の鎮圧と行われ、そしてこの終戦会議に至る」


 経緯の中でそれなりに疑問点は有ったが、稔らがエルダレア帝国の双極にあった軍を滅ぼしたという話で締めくくられた。この四年間の出来事は『革命』と『クーデター』の両方が交じり合ったものでもあり、帝皇はそういった言葉の解釈なんていう難しい話題に関係する発言を控える。


「帝皇陛下、経緯の説明をありがとうございました。それではこれより、反政府軍と新政府軍の司令官同士による話し合いを行います。――その前に。二方、質問は有りますか?」


 司会進行を務めるアナトはそう言って稔とグリモワールに質問の有無を問う。稔は聞きたくて聞きたくてうずうずしていたことも有ったから、またとない機会と捉えて瞬時に手をピンと伸ばして挙げた。一方でグリモワールは質問をする気配が無い。緊張しているのか、負けを認めたのか――。稔は敵でありながら心配してしまった。しかし残念ながら、彼女の心を顔から判別することは出来ない。


「夜城さん、どうぞ」


 心配をしていた一方で、質問する時間を欲しがったのが自分であることに変わりはない。だから稔は、アナトがいい割った瞬間、失礼が無いように話す台詞を推敲してから帝皇に質問を行った。


「帝皇陛下。経緯の説明は誰からの情報でしょうか?」

「夜城紅月という名前らしい。知り合いか?」

「ええ、存じ上げております。知り合いです。……回答、ありがとうございました」


 稔はそう言って稔はそう言って情報の出元を確認した。伝記レベルの人物紹介で疑問に思ったことが正解と結びついていたらしい。「やけにラクトだけ詳しい説明だ」と考えた稔に間違いはなかったのである。そういったこともあって、またもラクトの暴走に付き合わされたとか思う反面、役に立つ女だと稔は再び認識した。そんな中で、グリモワールは質問をしなかったからアナトによって順番が飛ばされる。


「では、経緯を絡めながら話を進めていきま――」


 だが、アナトが話を淡々と進め始めたところでグリモワールが遂に手を挙げた。稔から正論を言われたことや帝皇をいざ目の前にしたため、彼女は相当緊張した面持ちである。普段であれば稔に負けず劣らずの常体で話すのだが、そういった側面も影響してグリモワールは敬体でアナトに話をしていた。


「あ、あの! 終結とかではなくて、その、国会の場で争える関係にしたらどうかと思うんですが……」

「具体的にはどのような考えですか?」

「どちらかが賠償金を支払うのではなく、政党を結成して国の未来を作ろうという考えです」


 アナトにしては冷静で理論的な考えだ。アナトも驚いた様子を浮かべている。稔もしかりだ。というよりか、もはや現場司令官はグリモワールの案で文句なしだった。もっとも、反政府軍の総司令官は犯罪を犯していることもあるから、稔の考えでは裁きを受けるのを前提としてだったが。


「夜城さんは?」


 アナトは稔に判断を求めた。それは責任を新政府軍の司令官に押し付けるものではなかったのだが、稔は自分に重い責任がのしかかっているとしか思えずに答えることを拒む。しかしアナトは、無言の稔に対して答えるように強く求めた。


「答えて下さい」

「……」

「答えが無いわけではないと思うんですが。進行ができないので答えて下さい」


 重い責任にしか聞こえなくなる稔。もはや幻聴を通り越して洗脳が始まったかのようだった。「答えるべき」という気持ちと「答えたら責任を問われる」という二つの気持ちが交差し、稔は口を重く閉ざしてしまう。


「正論を言っていたのは単なるかっこつけだったんですか?」

「そんなことは……ない」

「なら、答えてくださいよ。これは司会者からの命令です」


 稔は司会者命令には逆らえないと判断し、二つの交差した思いのうち一つを選択することに決めた。それは『答えるべき』という気持ちのほうで、司会者の話を呑んだ形だ。大きく嘆息を吐いた後で、彼はアナトの問いに回答を話した。


「賛成だ」

「そうですか。分かりました。でしたら、終戦会議をする必要も無いですね」


 稔が回答をすると、アナトはそう言って終戦会議を終わらせるようなことを言い始めた。けれど、アナトはグリモワールの犯した残虐非道な罪を許すほど悪な女ではない。正義感をしっかりと持っていた彼女は、終戦会議を終わらせて政党を結成することを会話に交えた一方で、グリモアにこのように言った。


「では、新政府軍の後継政党と反政府軍の後継政党を作って下さい。それと、グリモワールさんは『内乱罪』で公安送りということも確定させて下さい」

「わかりました……」


 グリモワールは逆らわずにアナトの話を呑んだ。内戦を起こしたこと、言葉を簡略化すれば『テロ事件』を起こしたこと。いくら混沌とした時代だからといって、グリモアの起こした犯罪は許されないということが帝室側から示された。稔も話の一連の流れに質問する必要は無いとの意向を示し、長引くと思われた終戦会議はすぐに幕を下ろすこととなる。


「では、帝皇陛下。本会議で決定致しました事柄の説明をお願い致します」


 幕が下ろされることが全会一致で決まると、アナトはバアルにそう言って説明を求めた。帝皇といっても会議では立会人でしか無く、司会者より低い立場での会議参加だったから呑まないなんてことはない。帝皇は咳払いし、息を整えてから、稔とグリモワール、そして会場内に居た者達に向けて会議の決議を話す。


「本会議では、エルダレア帝国の国会に新たな政党を二つ置くことが双方の合意で決定した。また、反政府軍の総司令官が今後、裁きを受けることも確定した」


 どのように裁かれるかという情報は、そもそも裁判が始まっていないから判明していない。けれど、公安送りになったのは確定らしい。防空壕の中に居た警備担当者らが扉を開けて会議場内へと入り、グリモワールの近くへ直行すると、慣れた手つきで手錠をして拘束していた。連行され、会議場を去ろうとする。


「帝皇や君を侮辱していたこと、この場を持って陳謝する。申し訳なかった」

「反論と侮辱を履き間違えんなよ、グリモア。……じゃ、また会おうな」


 グリモワールは左右の手で身動きが取れないことを残念そうに感じ、少し涙を浮かばせた表情を顔に見せた。けれど、稔は女の武器を発動されたからと動いたりはしない。たとえそれで無慈悲と言われようが、彼は動かない覚悟で居た。グリモワールの運命がこの結末を作ったと感じたからだ。


き理解者よ。……さようなら」


 グリモワールは稔の方を向いて満面の笑みを浮かばせると、大きく一礼してから扉を出た。扉は壊れているわけではないから、開いたら閉まる構造のままだ。帝室の存亡を護る警備担当者は丁寧に扉を閉めていたから通常よりも時間が掛かったが、それは不安材料とならずして、会議室と廊下を隔てる扉は閉まった。


「夜城くん……だったか」

「そうですが――。どうされました?」


 帝皇と意見の食い違いがある可能性も否めなかったが、バアルはそれでも稔の味方をしてくれている。だからこそ、現場監督は彼に逆らいたくなかった。というよりか、そもそも稔はエルフィリア王国の大使だ。他国の、それも君主に無礼があっては、エルフィリアという異世界で稔を救ってくれた有り難い国家の面子を汚す以外の何物でもない。


「四年間の戦争に終止符を打ってくれて助かったよ。化学兵器や核兵器といった危険な兵器を利用することなく、絆と魔法で快進撃を繰り広げる君には感銘を受けた。もっとも、文章だけでしか把握できなくて至極残念に思うのだがな……」

「構いませんよ。陛下から感謝を頂けただけでも光栄ですから」

「それは私としても天にも昇る心地だな」


 稔と同様、帝皇も嬉しい気分で居た。グリモワールは最後こそ折れたが、彼女の公約では『帝皇制廃止』を掲げているも同然だ。だからこそ帝皇は、エルダレア帝国の帝室運営が今後も続けられるということに喜んでいた。そういったこともあって、帝皇の内心は稔に対して褒美をあげたい気持ちで満たされていく。


「そういうこともあるから、私は功績を称えて君に褒美をあげたいのだが――」

「そんな。お言葉だけで結構ですよ」

「まあ、そう謙虚になさらず。何か欲しい褒美などはあるか?」

「そうですね……」


 稔は腕を組んで悩むポーズを取った。人差し指の第二関節を顎の下に当てて首を傾げる、あのポーズである。座ったままで大きい態度を取っていることに後から自責の念を持った稔だったが、その場では大きい態度を取ることを止めない。


「でしたら、陛下。情報提供を頼めますでしょうか」

「構わない。だがしかし、我が国は周知の通り今日こんにちまで戦時下だった。まともな情報を入手出来るとは到底思えない。――本当に良いのか、夜城くん?」

「構いません。それが終わりましたら、陛下、もう一つ願い申し上げます」

「二つの依頼――。まあ、君の功績を称えているんだ。それくらいが妥当か」

「ありがとうございます、陛下」


 稔は帝皇に感謝の言葉を伝えた。話を明確に伝えるために二つ目の依頼は適当な頃合いを見計らって入れることにする。それから深呼吸をし、稔は帝皇に依頼を行う。でもその依頼は、大使という役目を全うする稔らしさや仕事柄が滲み出ていたもので、個人の依頼という訳ではない。言うまでもなく、それこそ稔が二つの依頼をしてよいか帝皇に頼んだ魂胆だ。


「帝皇陛下。エルダレア王室の現国王をご存知でしょうか」

「臨時でリート女王が職務を全うしているらしいな。それがどうかしたか?」

「実は、リート女王の兄に当たる国王の行方が不明なんです」

「失踪したのか! それは大事だな……」

「それで、帝皇陛下が何か情報を持っていればと思って聞いたのですが……」


 稔は慎重に帝皇から情報を聞き出そうとする。その姿勢は報道関係者さながらだった。でも、情報を捏造したりすることはない。あくまでも正義を貫く者として、そんな都合のいい解釈で正義を捻じ曲げるつもりは毛頭なかったのである。だが、そのような報道姿勢でも敵わない事態があるのも確かだ。


「申しわけないが、その情報は私の手元にない。今後、グリモワールへの取り調べや臨時政府庁舎の立ち入り調査などで判明すると思うから、待っていたまえ」

「分かりました」


 稔は帝皇の話を聞いてそう返すと、次の依頼に移った。今度は自分の思いをダイレクトに伝える依頼だ。もっとも、稔が帝皇に告白する訳ではない。そもそも帝皇の性別は男だし、それこそ彼女持ちの稔が告白しても波紋を呼んで仲間を失うだけである。ダイレクトに伝えたのは帝皇に向けた自分からの頼みだ。


「陛下。データアンドロイド一体はどれくらいの費用でしょうか」

「新品で十万、中古で三万フィクスといったところだな。欲しいのなら、帝都の家電量販店に駆け込むといい。君の名を名乗れば、安く売ってくれるはずだぞ」


 稔はエルフィリアの大使でありながら、エルダレアで相当な知名度を持つ人物という位置づけにされたらしい。嬉しいような嬉しくないような、どっちつかずの感情を稔は持つ。でも、情報を提供してもらったことに感謝の礼はする。


「分かりました、陛下。情報のご提供、ありがとうございました」

「どういたしまして。ところで君は、もうロパンリへ戻るのか?」

「はい。ですが、なぜそれを?」

「紅月さんの話にあってな。それと、私は別に阻止するつもりなどない」

「そうでしたか。では、陛下。お言葉に甘えて戻らさせていただきます」


 稔はそう言って一礼した。帝皇はそんな姿を見て右手を差し伸ばす。握手をするサインだということを察すると、稔も同様にして右手を差し伸ばした。それぞれの手が交差すること無く直線上でぶつかって、帝皇と新政府軍の現場司令官は握手を行う。新たに構築し始めた絆を感じ合うと、稔は帝皇との別れに入った。


「では、帝皇陛下。本日はご多忙の中で貴重な時間をありがとうございました」

「こちらこそ、新たな時代の幕開けをありがとう」

「「では」」


 互いに言って稔は帝皇に背を向ける。その後、彼は迷うこと無くそのまま魔法使用の宣言をした。防空壕からロパンリのラクト達が待つ場所へ――という訳ではない。まずは、化学兵器を撒かれた帝国議会へと向かい、アニタなどと共に事態の終息に当たらなければならなかったからだ。

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