3-62 「反政府軍」VS「新政府軍」-Ⅸ
「こいつ――」
稔が頭を抱える一方、グリモワールは自分の身にこれから何が起こるのか予想がついたので抵抗し始めた。魔法を封印したりすることは出来ないものの、エーストが魔法を使用すれば効力を逆転することが出来る。その一瞬を狙ってどうにか勝ちたい、と考えた。だが――。
「ふふふ……」
エーストが一向に魔法を使おうとはしない。メガネを掛けて欲しい気持ちで一杯だった彼女は着ていた服の胸のポケットからメガネを取り出し、『百合成分』なるエネルギー補給に尽力していたのだ。成分補給中に魔法を使うのは逆を行くことになるから、そう考えれば魔法使用がされる可能性は低いと言える。だから、グリモアはどのように対策するか頭を悩ませた。
「……さ、下がれ!」
「そう怒らないでください。私は貴方に危害を食わえたりなんかしま――デュフフ……」
「ひっ――」
平和的解決が出来そうな勢いだが、革命を起こそうと配下の者達を襲ったりしたグリモワールが裁かれるのは言うまでもない。でも、この革命の終焉が見えてきたのは確かだった。グリモワールが構えた剣を置き、エーストがメガネを掛けるなどという事を言わなくなれば革命は終結するが――まだ時間が掛かりそうだ。
「そんな武器を捨てて楽になりましょうよ、グリモワールさん……」
「こっ、こっちくんなっ!」
稔が見たことないくらい、グリモワールはブルブルと寒気でも感じるように震えていた。武器を持ちながら震えている場合は集中力が下がっている訳で本来ならろくな攻撃が出来ないのだが、それでも、『覚醒形態』に近い状態に持っていければ問題は無い。攻撃特化してしまえば問題無いのだ。
しかし、エーストのサポートに罪源が回った。言い換えれば不意打ちの攻撃である。危険があるなか、魔法使用宣言は心内ではなく口頭で行う。
「――魔法封印――」
しかし、攻撃と判断能力は比例の関係に有る。だから、『魔法封印』を喰らった瞬間にグリモワールは攻撃を跳ね返すことが出来なかった。跳ね返せなかった時や無効化できなかった時、即座にその魔法の効力が発揮されるというのは言うまでもない。つまり、魔法の使用ができなくなったのである。
「――効果逆化――」
魔法の効果を逆化しようとするが、グリモアは魔法の使用自体が封印――禁じられているため攻撃の一切が出来なくなっていた。『跳ね返しの透徹鏡壁』はそんな効力が無かったから魔法の効力を逆化出来ただけであって、根源を止められればどうにもならないのだ。
「さあ、メガネを着けましょう!」
「嫌でも着け……無い……」
グリモワールは戦士らしい意志を表明する。でも、ここで『覚醒形態』を貫いても意味が有るとは考えがたい。稔配下の精霊による暴走と捉えることも出来たが、これ以上戦っても無駄ということは分かりきったことなので、稔はグリモアに対して強く出ることを決める。その第一歩として、稔はグリモアに負けたことを呑むように言い放った。
「グリモア。お前はもう負けた。それに、俺らは抵抗できない状態で危害を加えたりするほど残虐非道じゃない。安心してくれ。だからもう、止めような?」
「残念だが、私はこんなことで挫けない」
微かな希望も失った状況で、なおも抵抗を続けるグリモワール。稔は理不尽な攻撃を受けても必死に抵抗する彼女を見て早急に解決しようと考える。既に革命は終わったし、洗脳も解けた。だからもう、やるべきことは一つ。帝皇に挨拶しに行くこと、それだけなのだ。
「グリモア。帝皇に挨拶しに行くぞ」
「何を言うか。私は『帝皇制など廃止すべき』と主張しているんだぞ?」
「主張は大いにしてくれ。でも、グリモアの提示した根拠がそもそもねじ曲がっている以上は主張が通ることなんてない。それが世界の共通認識だからな」
稔は言う。ただの会話であれば理由なんてものは要らないかもしれないが、誰かを説得するとなると話は別だ。捏造した理由を根拠に主張する発表者の肩を持つ大馬鹿者も稀に居るけれど、もしそれが嘘とバレた場合に信頼が置かれない者として認識されるのは言うまでもない。
グリモアは自分の主張する話を信じて疑わなかったが、その一方で、稔の主張する『捏造すると後で痛い目を見る』という話は理解して支持した。とはいえ、やはり『帝皇制廃止』を目論む活動家。疑問を思わず口にする。
「ところで、貴様が私を連れて帝皇の元に行く必要性は何だ?」
「挨拶、そして停戦会議だ」
「停戦会議、とな?」
グリモアは意味を理解して復唱した。だが、語尾を上げたのが失策となって稔が反応し、結果として長い返答へと話が長い方へ長い方へと続くことになる。でも話の意図を理解しやすくなるのは明白なことで、観点を変えれば得策だった。
「そうだ。開戦の書類が無いとはいえ、革命する中で戦争が起こったのは確かだろ? 俺は別に賠償金が欲しい訳じゃない。事後処理せずに戦争なんか終結できないだろ。だから俺は、国民の全員が理解している帝皇に立会人になってもらって停戦会議を開き、停戦の同意書を策定したいと思ってる」
帝皇がエルダレア帝国の国家元首だということは同感だったグリモア。自分に理不尽な事柄が会議中に次々浮上してくる可能性を憂慮したが、革命後すぐという人間で言えば情緒不安定な時を丸く収めるため、彼女は稔の考えに同意した。
「分かった。このような仕打ちを受けている以上は戦闘しても無駄とも思うし、貴様の考えを受け入れることにする。そして、早急にその精霊を戻してくれ」
「どうかしたのか?」
「……貴様は私を同性愛者に染めるつもりなのか?」
グリモアは自分を同性愛者ではないと主張した。エーストのように『百合成分』なるものを補給するような女では無いのである。稔を馬鹿にしたような話し方だったが、彼女の内心は焦り心で一杯だった。
「他人の意見を押し潰す程じゃねえよ、馬鹿」
稔はそう言ってグリモワールの意見を汲み取った。しかし、彼に分離した精霊罪源の戻し方など分からない。だから、自分の事を「教養もない情けない男」と考えても落胆した上で司令官に情報を求めるしか無かった。
「ラクト。精霊と罪源をどうやって一緒にすればいい?」
「戻す対象にさっきと同じことして、次にさっきの詠唱にあった『ここに』ってのを『精霊魂石』って直すだけ。稔のことだし、また、合唱形式がいいかな?」
「気が利く女だな、ホント」
「そんなもん慣れでしょ。二四時間以上も寄り添ってたら嫌でも慣れるって」
誰とでも二四時間で意思疎通が出来るとは限らない。今回のケースは、似たもの同士で有ったことや交際関係に発展したことなどが大きな後押しとなったから、ラクトは稔に関しての色々な情報を手に握ることが出来ただけである。故に、あえて『慣れる』という言葉を赤髪は用いた。
「じゃ、シュヴァート。早くサタンの元へ向かえ」
「おいこら」
紫姫の真似をして『シュヴァート』と稔を罵った。シュヴァート本来の意味は罵倒ではないのだが、稔に対して向けられた『シュヴァート』は普通名詞という訳ではない。彼が用いる特別魔法の一つ、『シュヴァート・エンデ・ツヴァイ』の最初の単語から来ている固有名詞なのだ。
深く嘆息を吐くと、稔は、「こいつ……」と内心で思って強い反感を持った。しかし、それがラクトの個性というものである。彼女なりに悪ノリの限度は定めている訳で、稔は怒鳴りつける感じで怒りを露わにしたりはしない。それこそ、心友が互いを縛りあってどうするとも思った。
「じゃ、サタン」
「あまり口付けばかりしていると、『二度あることは三度ある』と諺もありますし、彼女さんが激怒するかもしれませんよ。それこそ、キスをせがまれるとか」
「心配してくれるのは嬉しいけど、これは必要悪だ。だから、ラクトが許してるんだと俺は思う。そういう彼女の良心に感謝してれば、基本的に無問題だろ」
「確かに、先輩が無理強いをした証拠は無いですね」
無理強いをして彼女を屈服させるように許可をもらっていたなら話は別だが、実際のところは真逆だ。議論したのかを問わないとしても互いの利害が一致した上で合意へと持っていった事案ばかりである。そのため、現段階では稔の主張を呑むことにした。サタンはその旨を口頭で告げる。
「今のところは不問というところでしょう。先輩を殺ろうと思えば殺れるのは確かなことなので、私の信頼を裏切るような行為はしないでくださいね?」
「しねえよ。盟友に裏切られたら俺の損害は溜まったもんじゃないし」
「確かにそうですね」
サタンは稔の話にクスクスと笑みを浮かばせた。それから数秒を経過させ、彼女は話を元に戻す。サタンは稔のお家芸である謦咳をすることなく、口頭で言葉だけを発して話の行く先を修正する。このとき盟友が変に意識しているということはなく、やるべきことを淡々と熟すという必要悪に対する考えしか無かった。
「では、詠唱をお願いします。百合成分は彼女さんからも得れるでしょうし」
「……その許可、俺じゃなくてラクトから取れよ? 俺の奴隷じゃないんだし」
「そんなことくらい分かってますよ、先輩」
そう言って小さく破顔させるサタン。それから彼女は、直後に目を瞑った。恥ずかしいと思っていなかった紫髪だが、どうやら話をする中で少しばかし照れてしまったようで顔を微量ながら赤く染めている。でもそれは、気がつかないくらいの染めようだ。基本的にはペールオレンジの色と大差ない。
「――」
サタンが照れながら主人との接吻を交わした一方で、稔は恥ずかしさなどを持たずに交わしていた。どうやら、精霊や罪源と何度も口付けを交わしたことによって慣れてしまったらしい。でもそれは、言い換えれば大量の責任を負っているという意味。羨ましいと感じるか羨ましくないと感じるかは個々の主観だが、稔はキスする喜びより責任を背負う辛さが上回っていたから嬉しくなかった。
そして、立て続けに詠唱へと入る。キスした音が聞こえたためにラクトが話しだしたわけではない。稔から合図が送られたのだ。でも、ヘッドホン越しに作業を進める中でサタンの心情の理解することは流石に難しく、ラクトは怒欲罪源に向けた温かな言葉を送ることは出来なかった。
「合唱」
ラクトはそう言って稔に準備をさせた。そして、「せーの」と声を合わせて心友二人はその台詞を言う。長い文章を暗記するのは難しかったが、多少の発する時間がずれようと詠唱文句が同じなら差し支えない。合唱のメリットはそこだ。そのメリットを十二分に活用しようと、稔とラクトは声を合わせて詠唱する。
「「――第一の精霊よ、怒欲の罪源よ。貴女達の麗美で他を寄せ付けぬ唯一無二の強さ、精霊魂石に現せ願う――」」
言葉が発せられた刹那、サタンとエーストは同じ魂石へと戻った。続けて、ヘッドホン越しにラクトが帝皇の居場所に関しての情報を伝達する。いくらグリモアが話を呑んだからといって、稔はその情報を復唱するような手の内を明かす行為はせず、頷きながら赤髪の話を聞くだけだった。
「帝皇の居場所は『メトロポリタン』。名前から大都市を連想するかもしれないけど、この場所は言い換えれば防空壕みたいな場所で、第三次臨時政府の拠点」
稔は『第三次』という言葉を聞いて質問しようという気になったが、手の内を明かせない方針から聞くことは後回しにした。だが寸秒、似たもの同士は距離すらも凌駕してくれる。稔が内心で思っていた「説明をしてほしい」という思いを叶えてくれたのだ。もはや、青タヌキでお馴染みの近未来ロボット並と言えた。
「第一次がバイサヘル、第二次がロパンリで、第三次がメトロポリタンね」
ラクトはそう言って説明を済ました。だが、会話の主導権は彼女に握られたままだ。稔が強い行動力で会話に割って入れば話は別だったのは言わずもがなのことだが、手の内を明かさないと強い信念を持っていた彼にそれは不可能だった。
「人里離れた山奥の地下だから、『防空壕』って言葉は忘れないでね。じゃ、頑張れ。――もっとも、帝皇との会議に関しては私も参加したいつもりだけどさ」
そうして、ラクトはヘッドホン越しの会話を終わらせた。直後、稔はグリモワに近づいていく。サタンもエーストも既に会議場内には居ないが、彼女らの遺産は大きくグリモアも抵抗したりしない。双方の利害が一致して合意に基づいた以上、前振りを長引かせるなんていう姑息な真似を使ったら恥と思っていたのだ。
「グリモア。行くぞ」
「分かった」
稔の言葉にグリモアは反応を示したけれど、話し方こそ同じといえど冷たさは紫姫よりも大きかった。冷淡な態度は顔の表情からも汲み取れるが、それはこれから行われる会議への熱意に相当力を入れている証拠でもある。だが、その一方でツンとした態度と受け取ることも出来た。
「貴様の提示した案には概ね賛成だ。しかし、移動する際に使用する魔法として使用する『瞬時転移』は手を繋ぐ必要があるから、私は断固拒否するぞ」
「また捏造か。バカ言え、大丈夫だわ。『瞬時転移』と『跳ね返しの透徹鏡壁』を使えば手を繋ぐ必要なんか無い。それに、お前が魔法を使えない状況に居るからって変なことをするつもりだって俺にはないぞ?」
稔は決意表明をする感じで言ったのだが、グリモアは自分との間に結んだ同盟が放棄されたことを根に持っているようだ。そう簡単に裏切り者の話を聞いてくれるはずがない。また、稔が「変なことをしない」と自分から言ったことも、グリモアが彼の話を信用するべきではないと思う要因の一つだった。
「残念だ。今の発言で私は君を見限ったよ」
「バカな女だ。俺よりもグリモアの方が見限られていると思うんだが?」
稔はグリモアを嘲笑する。耐えられそうにない話を聞き、総司令官はプルプルと右手の拳を握って震わせた。だが、この場面でまともな反論なんか出来っこない。捏造しようが馬鹿にされるのは目に見えた話。これ以上稔に自分を批判する材料を提供してもいいものかとグリモアは考え、黙りこんでしまった。
「まあいいさ。現在のグリモアが抵抗したところで俺に勝ち目はないんだ」
「独裁政権を築こうなんて主張、庶民は納得しないと思うが?」
「俺は独裁政権を作ろうなんて言った覚えはないし、もし仮に作ったとしても洗脳教育を施したグリモアに優るとは到底思えないんだけどな」
「私に非道な仕打ちをする男が正義を主張するとはな」
稔はグリモアが提供してくれた批判材料を積極的に使って批判を続ける。その一方で、負けを認めたくない捏造好きのグリモワールは何が何でも勝とうと必死になる。でも翻って、稔としては頭を抱える要素以外の何物でもなかった。そんな時だ。稔をサポートする為にとラクトが助言を寄せた。
「そこで足踏みしないでよ。すでに証拠は手にしてるんだから、突っ走れ!」
「じゃ、お前も同罪な」
稔はラクトにも罪を被らせようとしたが、「どうせ責任を自分に返してくる」と思って真剣に言ってはいなかった。でも直後、そんな彼の予想に反するラクトの回答が聞こえる。『心友』という言葉を凄く大切に思っているようで、だからこそ負担も半分にしようとの考えらしい。無論、そちらのほうが稔も嬉しいと感じるのは言うまでもないことなのだが。
「私は司令官の椅子を誰にも渡さなかった。回答言わないけど、これヒントね」
でも、そんなことを口にするのは恥ずかしいと感じていたラクト。だから、行った回答も遠回しのものだった。けれど、ラノベ主人公特有の病に陥れば赤髪の話しなんか分かりっこないのは言うまでもないこと。稀に察しの良さを発揮する
稔だが、肝心のところで発揮しないからほとんど役に立たない。
「ヒント難しくねえか? まあいい、俺のやり方でやるよ」
稔はそう言ってラクトに返答――というよりか同意を求める。それに対して、ラクトは稔に「頑張れ」と同意と激励を送る。稔は言葉を発してヘッドホン越しに返さなかったが、その一方で表情はとても柔らかなものとなった。
「さてと。じゃ、まずはバリアを形成するかな」
既に場所は聞いている。だから稔は、やるべきことを淡々と熟す方面に集中力を注いだ。使用しなければならない魔法は二つ、それらは順番が決まっているため入れ替えたりは出来ない。無論稔は、その順番通りに使用宣言を行って効力発揮へと一連の流れを作っていった。
「――跳ね返しの透徹鏡壁――」
指定半径は5メートル。自分を中心に球状のエリアを作るので、もちろん発揮される効力は逆に向かわなくてはならない。だから稔は、表向きで魔法使用宣言の台詞を言った後に『反転』と心内で言った。それは言い換えれば、その魔法の効力が逆――要は、稔とグリモアが半球に閉じ込められたことになる。
「一体、何をする気だ……」
「場所を移動するだけだ。変な心配すんな」
稔はそう言ってグリモアを納得させに入るが、敗北が決まったような状況でも反政府軍の最高司令官だったことに変わりはない。それゆえ、彼女は高いプライドを捨てたりすることはなかった。
「まあいい。バリア内に居る以上は嫌でも俺に従わなければならないしな」
グリモアが驚いたような表情を見せた。その直後、稔が二個目の魔法使用宣言を行う。グリモワールの言い分を聞けていたら、無闇に時を経過させてしまって相手の思う壺。だからこそ、稔はグリモアの意見を無視したのだ。
「――テレポート、メトロポリタン、防空壕へ――」
ラクトから聞いて知った場所の名前をしっかりと宣言内に入れ、稔はグリモアを連れて防空壕へとテレポートを行った。帝皇を立会人として行う終戦会議の為に。




