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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-58 「反政府軍」VS「新政府軍」-Ⅴ

 使用した魔法は、言うまでもなく『瞬時転移テレポート』だ。辿り着いた先に見えたのは戦友がメラメラと燃え盛るような反抗の炎を燃やしている姿。紫姫の悲鳴の声から何となく予想は付けることが出来たが、流石にここまで「くっ……」と歯を食いしばっている表情をしているとは考えられなかった。


「シュヴァート。こいつは危険な野郎だ……うっ」

「紫姫! だ、大丈夫か……?」


 見るからに相当なダメージを負っているように見える紫姫。テレポートした際に回線が一時的ながら停止したものの、場所の特定が済んで回復したから同時にラクトの声が聞こえた。しかし、驚愕の事実を告げることこそ司令官の真骨頂と言っても過言ではないから、当然のように赤髪は稔の耳元で信じがたい話を始める。


「紫姫を『覚醒形態アルティメット』にしても問題は無いと思うけど、稔が来るまでに喰らったダメージは相当だからね。『覚醒形態』じゃなかったとしても今のままで持つ時間は限られてると思う」

「その制限時間はどれくらいだ?」

「致命傷を負っている以上、二桁行けば十分くらいだね。私は魂石に戻すことをおすすめするよ」


 ヘッドホン越しにラクトはそう言って稔に提案する。その一方で主人サイドは簡単に受け入れた。その旨を紫姫に告げることだって躊躇うことはない。大声を上げたところで隙を見せるだけだと思った稔は、紫姫が相手からの攻撃を防ぎづらい態勢にいることを考えて魂石越しにメッセージを伝えることにした。けれど、ヘッドホンを装着しているのは稔も紫姫も同じ。紫髪も既にラクトから漏れた情報を得ていた。


「貴台の命令に背くわけにいかないのが精霊たる我だが――シュヴァートは我をどうするつもりだろう?」

「魂石に戻れ。俺としては『命令』を使いたくないから、できれば『指示』として行いたいんだけど……」

「了解。貴台の指示を受け入れて魂石の中で治癒を受けることにしよう」


 紫姫はそう言って魂石に戻る。敵軍の残兵から拘束攻撃を受けていたわけではなかったから、魂石に戻る行為に支障が有るわけではない。『黒白』という二人組は一時的な解散を迎えてしまって稔一人となってしまったけれど、過去の敵がここからは仲間である。正式な二人組とは言いがたい。けれど、同盟を締結した仲として互いに協力することを確認してグータッチを交わした。


「ああ、グリモワール様! 何故、何故、そのような貧相な男の手中に?」

「『ルルド・デビル』は解散したんだ。お前ももう反政府軍に関わる必要は無いぞ、ソロモン」

「嘘です、そんなのは嘘です! 魔王崇拝は今後も続けるべきです!」


 ソロモンという名前の男は『ルルド・デビル』の解散の事実が嘘であると信じたいらしいが、そうは問屋が卸さない。何を隠そう、現実とは非情なものなのである。本心としては、他人の弱みにつけ込んで批判を口酸っぱくするのは嫌だった稔。だが彼は、グリモアが自分の意思に同意して今があることを思い返したから本心に嘘をついて話を――罵倒を行った。


「残念だな、ソロモン。グリモアは既に俺の手中に堕ちた」

「有り得ない! そんなことは有り得ない!」

「これは事実だ。反政府軍と新政府軍の和解が行われたことだし、帝国にも太平の世が訪れるはずだ」

「太平の……世……?」

「そうだ。そして、それを実現したのは――俺だ。紛争中の帝国を天下統一したのは俺って訳だな」


 戦国時代のように大量の国が有ったわけではない。むしろ、南北朝があった時代に似ていると言ったほうが似ているかもしれない。『豊臣秀吉』ではなくて『足利義満』という訳だ。けれど、『天下統一』と言ったほうがインパクトが強いということは言うまでもない話である。もっとも、マド―ロムの世界で日本人の名前が浸透しているはずが無い。歴史上の人物となれば尚更だ。


「グリモワール様。帝国を統一したのが、魔王崇拝もしていないような外地人だというのは本当ですか?」

「ああ、本当のことだ。……分かっただろ? 所詮、『ルルド・デビル』はカルト宗教団体だ」

「嘘を言わないでください、グリモワール様!」


 グリモアは本当のことを言っただけだったが、洗脳によって自ら心身を自分の意思でコントロールできないような人物が本当のことだと信じることは出来なかった。そして、遂にソロモンはそれまでの敬語を止めてしまう。目の前に居るグリモワールを『ルルド・デビル』の教祖だと考えなくなったのだ。


「偽教祖のクソ女と隣に居る嘘吐き男に言っておくが、こちらには多くの信仰者が居るんだ。その信仰者を駆逐できていないということは――」

「残念だが、お前の話は根拠もろとも崩壊してるぞ?」

「え……?」


 稔の話を聞いてソロモンは目を丸くして驚愕の表情を示した。同じ頃、一〇〇名以上の構成員を誇る集団が左院の入り口扉を開ける。そこに現れたのはカルト宗教団体に染まっていた残兵の奴らが大多数。しかし、そこに見覚えのある人物を見る。脳内のかすかな記憶を呼び起こすと、思い出した名前をその人物に向けて稔は発した。――ロパンリで精霊罪源に魔法を封じられた夫婦の名を。


「リリスと……ワースト?」

「精霊罪源さんに呼び出しを喰らっちゃってね。それと、魔法は使えるから」

「協力――してくれるのか?」

「もちろん。ラーメンを食べてくれたお礼も含めてね」


 リリスが振る舞ったわけではないが、純粋無垢な男子を襲いまくる淫魔はピンク色の髪を揺らして満面の笑みを浮かばせていた。淫魔の言葉の後、一斉蜂起した『ルルド・デビル』に入信していた魔族達がソロモンに襲いかかる。それだけではない。グリモワールも同様に襲撃の対象となった。


「幹部を殺せ! こんな宗教ぶっ壊せ!」

「そうだそうだ! 俺らはこいつらに苦しめられたんだ。死んで詫びろ!」


 グリモワールとは同盟を結んだ仲である。それゆえ、稔としては見捨てたくはなかった。けれど、同盟を締結した相手は稔の提案を拒む。首を左右に振って自分とソロモンが殺される姿を見て欲しいと遠回しに言っているかのようだ。


「ラクト――いや、司令官。俺はどうするべきだと思う?」

「いいんじゃないかな、最高の死に方で死ねるというなら」


 最高の死に方。それはつまり、後退りしない死に方のことだ。一方、グリモワールを助けるか助けないかという点においてラクトは遠回しの発言しかしなかった。全てを総括する最高司令官という立場に居たとしても、現場主義を忘れたりはしなかったのである。


 責任の擦り付け行為と採ることも出来るが、主従関係を考えれば稔が全体に指示を出すのがベストなのは言うまでもない。言い換えれば、本来あるべき姿に戻ったということだ。稔はそんなことを察してラクトの言葉の意味を理解する。


「俺が決断をしなくちゃダメってか。嫌われ役、なりたくないんだけどな……」


 稔はそう言うが、だからといって貰った役から降りたりしない。それは頼られる主人として当然のことである。蜂起した人々がグリモワールとソロモンに傷を負わせるのも時間の問題だったから、早急に結論を出すことが求められていた稔は、ラクトから遠回しの指示を受けて二桁も行かない時間で決断を下した。


「新たな帝国を作りたい残兵たちに告ぐ。俺はこの革命を指揮する夜城稔だ。俺の話に賛同する者は早急に教祖グリモワールと副教祖ソロモンを倒せ!」


 格好つけているような言動は厨二病だった過去を思い出させるようなものだ。でも相手から、なかでも数分前に同盟を締結したはずのグリモワールから嫌われる役になることを承諾していたこともあって、躊躇なんかは無い。一方、ヘッドホン越しに司令官は稔の判断を称賛していた。


「責任転嫁、ごめんね。でも、決断に関しては本当にありがとう……」

「優しさっていう言葉は、慰める意味と引っ張っていく力も言い表している。言葉こそ違うけど、俺の彼女は確かそう言っていたはずなんだけどな?」

「そうだったね。でも、執事服の一件で大きなミスを犯したんだ。指摘すんな」

「仕方ないだろ。徹夜明けで仮眠も少ししか取れてなかったんだしな」

「あれ、初耳」


 執事服の一件は稔が召使の服装に注意を払っていなかったことが一番の要因であるが、その要因を見ていく先に映るのは『睡眠不足』という根本的な問題だ。補習を受けるような点数でも無かった稔は、長期休暇中に学校へ出向く機会がそれほど多いわけでもなかったから昼夜逆転生活が許可されていたのだ。しかし、その日は徹夜をしてしまった。理由は単純、ゲームにドはまりした為である。


「まあ、二重に着たほうが胸とか曲線が消せるから女っぽく見えないのは確かだけどさ。それでも、昼夜の寒暖差が激しい街で昼間に厚着って苦じゃん?」

「悪かったって」

「いやいや、謝れって言ってないし。そもそも新鮮な体験だったからね。まあ、そんなことはどうでもいいのさ。――グリモアとソロモンの最期を見届けよう」


 軽い雰囲気だった場が一転した。けれど、現場監督を務める自分が指示した事柄だとして責任を強く感じていた稔は、最高司令官であるラクトに何か言ったりしない。赤髪の提案を受け入れ、言葉を発さずに「ああ」と言って頷いていた。


「内部戦争……か」


 稔は原則として戦いたく無かった。しかし、稔の目の前で今の時間に起こっている一斉蜂起からの教団幹部襲撃こそが、『ルルド・デビル』というカルト宗教団体に所属して洗脳を受けた人物達の総意なのである。その総意を認めてしまったこともあり、蜂起の現場を眺めているだけで居れるはずが無かった。


「なあ、ラクト。俺も参戦していいか?」

「でも、今の稔の特別魔法でまともな効力を発揮する魔法ものは無い」

「それでもいい。少しでも革命の力になりたいんだ」

「そっか。じゃ、現場の判断に任せるね」


 そう言い、再び責任を稔に押し付けるラクト。一方の主人は「了解した」と内心で言って、そのまま続けざまで言い放った。格好つけるようなキャラじゃないと思いつつも、それでは過去の自分を否定することになると思って後悔なんてしないと決め、半ば自分を捨てる感じで稔は叫ぶ。


「夜城稔、いざ最前線に参るッ!」


 グリモワールもソロモンも無抵抗のままに居たことが影響し、多少は罠と考えても機会を逃す訳にはいかないと剣を強く握って前線へと向かう稔。肩書では最高司令官に在るラクトも、何百キロと離れた街に居る人物の心情なんか掴めっこないから『現場主義』という言葉で責任は稔にあると考え、自分は資料探しを行う。しかし、そのような甘みが思わぬ悲劇を生んでしまった。


「教祖にも副教祖にも、幹部は皆殺してやらあっ!」

「勝ち目は無い……か。まあ、裏切られたんだ。同盟も無いし、好きにするか」


 蜂起した構成員らに剣やら拳銃やらで傷を負わされていたグリモア。彼女は着ていた衣服を血の色に染めながらも意味深に発言をし、直後、衣服のポケットから一つの袋を取り出した。同様の行動をソロモンも行う。


「……なんだ?」


 その袋の内部には琥珀色の液体。すかさず、稔は化学物質を使用する可能性を脳裏に過ぎらした。その後、すぐに専門家たるラクトに考えられる物質名を聞き出し始める。もし仮に琥珀色の液体が毒性が強い物質の場合、自分の『跳ね返しの透徹鏡壁バウンス・ミラーシールド』で危険性を除去しようと考えたのだ。


「ラクト。化学物質で琥珀色の液体と言えば何だ?」

「色合い的にはサリンかもね。前科が有るし可能性は否定出来ない。でも、もしかすると最強の、ガスマスクでは防げない化学兵器かもしれない」

「その名前は?」

「VXガス。……サリンなんて比じゃないよ」


 ラクトは恐怖を見せていなかったが、言葉を聞き取るだけでどれだけ危険な薬物なのか理解することは容易だった。ラクトは続けて『VXガス』について話す。


「サリンはすぐに無毒化できる。でも、VXガスは違う。水酸化ナトリウムだって高濃度の物が要求されるし、過酸化水素でも無毒化は経過を待つ必要がある。それと、悪だからって無闇に出向かないでね? 稔が死んだら元も子もないから」

「けど……」

「大丈夫。私がプラリドキシムヨウ化メチルとアトロピンを用意しておくから。稔は自分の周囲にバリアを張って、グリモア達を怒らせない程度に――」


 だが、ラクトがそう言った直後だ。化学兵器の名称を公表しないまま、グリモアが閉ざされていた袋から琥珀色の液体をばら撒いた。稔は反射的に『跳ね返しの透徹鏡壁』を使用するが、当然ながら範囲は自分を覆うくらいだ。自分こそ液体から発せられた気体を吸わなくて済んだけれど、蜂起した集団は前線から次々と倒れていく。例えるなら、同時多発的にテロが起こったかのようだ。


 そして、現実が非情であることをつくづく痛感する時が来た。


「これこそがVXガスの破壊力だ! さあ、みんなみんな死んでしまえ!」


 稔は耳に当てていたヘッドホンを首に掛ける。そして、その場に膝を付いた。首を左右に振って現実逃避に似た行動を取り始める。夢であって欲しいと切に願う。だが、そんな稔も数秒で自分を取り戻した。ラクトの叫び声が聞こえたのである。絶望の裏には希望が残っていることもある、と伝えてくれたのだ。


「生きてる奴を見殺しにするな、バカ主人がッ!」


 自分にも非はある。でも、今やるべきことは主人の背中を押すこと。そう考えて遠くから赤髪は叫んだ。

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