3-56 「反政府軍」VS「新政府軍」-Ⅲ
サタンの問いの後、言われるがまま配下の召使や精霊らの誰よりも早く口を開く稔。閉ざしていた口から発された言葉は、開けた扉の向こうにどのような人物が居たかを示すための台詞だった。
「グリモア――」
目に見えたのはグリモワールの姿だ。籠城戦に持ち込もうとしたのか、ルシフェルと情報をやりとりするために使用したとみられるパソコンの隣には大型の冷蔵庫。議会の席一列に大幅改良を施し、自分を崇めてくれる人物たちと共に稔の進軍を迎え撃とうとしていた。しかしグリモアは、自分が籠城すると決めた場所に攻め込まれた挙句、自らが最期を迎えるかもしれない部屋まで進軍されてしまう。
「ボクの思っていた展開とは違ったが――正解だ。さあ、革命の時をその手で作りたまえ。ボクは天上へと帰るよ。見届けられなくて悔しいんだけどね」
「ホント、本当に自分勝手な神様だな」
「褒め言葉として受け取っておくよ。そして、キミが現実世界へ戻るためにボクの居城を攻め入る時にもう一度聞かせてくれ。その時まで、ボクはキミを天上で待っている。また降りてくるかもしれないけどね」
そう言って場を退散するレア。『去勢』などという危険な句を述べた女とは思えないほどに見事に温厚さを見せつける演技をしていて、稔はその中性的な金髪の神に脱帽していた。心を読ませなかったところも大きな評価点を得る箇所と言えよう。二者択一の問いを勘で解決できた自分を褒めながら、稔はグリモアに話を持ち掛けてみた。親衛隊や援軍の姿は一切見当たらないため、稔の温情が働いたのである。
「反政府軍も旧政府軍も帝国のことを一切考えていないようだが……取り敢えずは言い分を聞こう」
「情けは要らん。殺したければ殺せ!」
「無抵抗の女を問答無用で殺すような男が正義を名乗れると思っているのか? ふっ、戯言を言う」
稔はグリモアが反論してきたことを嘲り笑った。翻って、自らの味方にマインドコントロールを施した女は理論づけるように話す稔の姿勢が気に入らず、聞く耳を持たない。所詮は敵同士。話し合いをしても無駄だという考えに囚われていたのだ。相手から自白してもらおうと稔が場の雰囲気作りに翻弄されると同じころ、紫姫は敵の思想を理解してそのまま司令官へと報告した。
「グリモワールはシュヴァートの交渉に応じない模様だが、敵軍の論を聞く必要はあるのだろうか?」
「大いにあると私は思うよ。少なからず、相手が正論を言う可能性は有る訳だし」
その結論に至るまでの過程がしっかりと説明できていれば、あとは自然と成立するものが『話』だ。仮に至った結論が同じで無かろうが、今後に活かせる『正論』があるかもしれないのは言うまでもない。自分の結論だけで相手を批判するのではなく、その結論に至った過程の一つ一つを吟味することに議論の面白さは有る。ラクトはそう考え、紫姫に自らの考えを表明した後にその旨を話した。
「なるほど。確かに、始めから一つの事柄を決めつけるのは公平性も皆無で議論にならないな」
紫姫はラクトとヘッドホン越しで会話をし、グリモワールと交渉を続ける稔に伝える内容を考える。紫髪個人としては、追加で一個人の話として脳内辞書に登録する話題が出来たために嬉しい限りだった。
「まあいいや。とりあえず、グリモワール戦の司令官は私なんだ。稔には私が話を伝えておくよ」
「了解した。では、我含め配下の各々は護衛に回る」
「わかった」
紫姫はヘッドホンを外しはしなかったが、『黒白』として二人で最前線に並ぼうとはしない。それでも二人で戦線の主軸を築くという根本的な部分は代わっておらず、紫姫が召使らを指揮する役を引き受けることは変わりのないことだった。そんな多少の進展を迎えた稔陣営の紫姫グループの一方、ラクトから「グリモワールに自分の犯した罪を告白させろ」という指令を受けた稔グループは、未だ話がろくに進んでいないでいる。
「グリモワール。お前が反政府軍に行ったことを話してくれ」
「どうせ私を批判するんだろう? 亡き帝皇の尊厳すら踏み躙る黄色猿が!」
グリモワールから何度という暴言を吐かれようが、稔は一切攻撃的な表情を浮かばせなかった。交渉という段取り合戦において相手を威嚇したとしても、特には意味を成さないからだ。だからこそ、冷静かつ素直な対応が求められた。嘘をつく場面も多少は有ったが、稔は出来る限り素直さを見せて反抗心でいっぱいのグリモアに安心感を持たせようと模索する。
「グリモアは確かに綺麗な白い肌だ。程よい肉付きでもある。きっと、どんな衣装でも似合うだろうな」
「世辞はよせ。猿に褒められても嬉しくないし、求愛されようがそれに応えようと思わない」
感情で嘘をつくのは何が何でも嫌だった。しかし、籠城戦を回避して対話が出来ていなくはない状況に漕ぎ着けて燃えてしまうのも稔の一面だ。燃えてしまった彼は、本心で思っていた「好きではない」という感情を廃して攻略作業へと移行する。とはいえ、『攻略』なんて言葉は上手いように言っただけだ。本質的には彼女が可哀想になることばかりである。そのため稔はラクトに許可を取った。
「グリモアを白状させるために攻略したい。許可を頼む」
「彼女としては認めたくないけど、司令官として認める。……例の盟約から外れない行動を頼むよ?」
「ああ。じゃあ、許可してくれたお礼を精一杯返させてもらうぜ」
燃えた稔をラクトは止めず、心友ではなく司令官としてグリモアの居る方向へと向かわせた。最後に彼氏から掛けられた言葉で大切にしてくれていることを確認すると、ラクトはインターネットの向こうで作戦の成功を祈る。議会では、万一の為にと紫姫率いる稔配下の召使達が攻撃態勢で待機していた。
「グリモア。まずは武器をその場に置け。俺も武器を置く」
「そもそも武器を持っていないんだが?」
「なら――問題無いな」
稔はそう言ってグリモアの方向へと歩みを進める。無論、反政府軍の総司令官は近づいてくる黄色猿に恐怖を抱いた。ブルブルと震えている姿からは弱いところを突かれたと言わざるを得ない。しかし、なおも稔は前進を続ける。近くで対話しようとしたのだ。そのほうが説得力も上がる。
「こ、こちらへ来るな……っ!」
「俺はお前と対等の位置に立って会話がしたいだけだ。それに、近くで話したほうが話し合いもスムーズに進むだろ? だから、そこで静止してもらえないか」
「断る。私は貴様に逆らうと言ったはずだ。話もろくに通じない以上はな」
「そうか。なら、仕方ないな」
好意を持っていない異性を拘束することには躊躇いを感じていた稔。だが、処刑しようが捕虜にしようが経緯を聞いておくべきだという考えでもあった。仮に正論が成立すれば無駄に重い罪を相手に着せなくて済むし、そのほうが、『正義』を掲げる稔陣営の道理にかなったものと考えられるからだ。
「紫姫。判決の序章を頼む」
「了解した。本来であれば『麻痺』などを使いたいところだが……ラクトは?」
「あいつは陣営全体の司令官だ。突然に自ら出てきてもらっちゃ統率が乱れる」
「尤もだ。では、後退り無い使用方法として魔法使用を宣言しようかな」
紫姫は稔の居る場所から離れた場所に居たから、会話は魂石越しである。グリモアに気が付かれてもバレないような話し方で魔法使用を依頼すると、紫姫はラクトの名前を出して憂慮の対象としながらも最終的には快く引き受けてくれた。彼女は魔法群の中から最初の一項目を選択し、続き内心にて宣言する。
「(――白色の銃弾――)」
魔法使用の宣言によって作られた拳銃を自らの背後に回す紫姫。バレないよう細心の注意を払うと、彼女は拳銃より発砲される銃弾を波動化できないものかと頭を悩ませる。しかし、結論は見いだせず終いであった。よって紫姫の考えは破棄され、従来の方法に則った魔法使用宣言と効力発揮となる。
「グリモア、覚悟!」
紫姫は銃弾を発砲する前にグリモアの注意、稔の注意を自分のほうに向かわせた。主人は紫姫の攻撃を知っていたから、射程圏に入っていても命中する確率の高い位置からは逃れている。一方、グリモアは言論でこそ稔に屈服の表情を見せていなくても既に降伏してもよい心境であり、向かってくる銃弾に恐れを抱きながらも俯いてその場に静止した。
「ひゃっ……」
可愛らしげな声を上げるグリモア。銃弾が見事に命中したのだ。紫姫は声を聞いて追加攻撃をする必要は無いと判断し、銃弾を無作為に発砲しないようにロックを掛けた。弱さに漬け込む行為は断腸の思いとしながらも、紫姫の弾丸がグリモワールに命中したと同じく敵軍『ルルド・デビル』の元帥へ近づいていく。
「痛いよな?」
「それでも、私は貴様に自白するつもりなど……」
「そうか。でも、こっちもこっちで無駄な争いする気なんざ一つも無くてな」
「そのような情はいらん。くっ……殺せ」
言葉でこそ格好つけていたが、グリモワールの内心では殺されることに恐怖を覚えていた。隠されてもいない心情は罪の告白を頼む現場司令官も把握がしやすく、普段の察し能力には長けていない稔でも理解することが出来る。兄弟姉妹の一人も居ない。だが、異世界に来てから誰かを世話する能力を磨いていた稔は、グリモワールの事を思って兄のように介抱した。
「少なくとも無意味に人を殺すつもりはないぞ、俺は」
「嘘を吐くな!」
「嘘じゃない。証拠に、今の銃弾だって何の致命傷でも無いだろ?」
「それは……」
腹部側面の一部を凍らせていた紫姫の銃弾。しかし、効力はグリモアが身に着けていた装甲を凍らせるだけに過ぎなかった。紫姫は「覚悟」と声を張って言っておきながら、一方で温情も相当量込めていたのである。もっとも言うまでもないことだが、それで稔と紫姫の取った行為が正当化されるという訳ではない。
「けれど、貴様が私に発砲したのは事実だ。これは揺るがない」
「そうだな。正当防衛でもないし、その点に関しては俺の過失と認めたい」
「自ら『正義』を否定する真似をするとは……流石、知能の無い黄色猿だ」
「言ってくれるな、全く」
稔は自分に向けられた暴言だと分かっていながら反論の一切をしなかった。でも、それは陣営内部から厳しい批判が巻き起こることを予測した上だ。「無駄な争い」を避けたいという主張を実行しているだけに過ぎず、稔は寛容な自分の優しさで争いの火種を吸収しようと考えていたのである。
「それで、グリモアが配下の兵士らをマインドコントロールした理由は何だ?」
「正義を自ら否定するような奴に私が答える必要など皆無だろう」
「そうかもな。けど――」
グリモアの考えを肯定した一方、稔は設置されていた冷蔵庫のことを思い出して遂に強硬作戦の決行を決定する。総司令官が余裕を見せていた最中に手を取り、即座に『瞬時転移』の魔法使用宣言を行って冷蔵庫前に移動させた。話に夢中になるグリモアの性質を利用し、片方の足が使いづらくなっていることに気がついていなかった点を突いたのだ。
「――話してもらわなきゃ困るんだよ」
「……」
グリモワールを移動させると、作戦の実行中に冷蔵庫に頭を強打してもらっては困るために片方の手をクッション代わりに冷蔵庫と総司令官の頭に向かわせ、もう片方の手で強く冷蔵庫を叩いて、グリモワールの身体を冷蔵庫へと後退させた。俗にいう『壁ドン』である。
稔は頭が冷えて「自分の顔で出来たものではない」という考えになったが、行った行為には責任を持って対応した。クッション代わりにしていた片方の手を横へとずらし、両手で冷蔵庫と自分の身体でグリモワールを挟むような図にすると、それを合図に『勝者の特権』を理由として元帥に話すよう更なる要求をする。
「俺らは戦いの勝者だ。――拒否権は認めないぞ、グリモワール」
「そうですね、先輩」
稔が壁ドンをしている後ろで、追い打ちを掛けるためとしか思えない精霊が司令室から『瞬時移動』してきていた。彼女は旧帝国政府の首相から『複製』した特別魔法、『魔法吸収』を波動化させてグリモワールに使う。死体蹴りをするつもりは無いから、サタンはそれを終わらせると一礼して再びロパンリの司令室へ舞い戻った。
そして。ゲームであれば禁止技に該当するような特別魔法を使用され、遂に稔陣営の前にグリモアが妥協の色を示した。大きく深呼吸をし、真剣な表情を見せて稔の顔をじっと見る。それに続いて、罪の告白を行うことを表明した。
「分かった。今までの経緯を話そう。だから、貴様から私を開放してくれ」
「悪いな、こんな感じで自白を強要するように迫って」
「貴様がそれ以上非を認めるようなことを喋るなら、私は前言を撤回するが?」
「いや、やめてくれ」
前言撤回の差し止めを受け、グリモアは稔陣営の現場司令官が自分が非に思っていることを話さなくなるまで待った。数秒の静寂が聞こえた後、偽りの言葉で塗り固められた自分の口で『ルルド・デビル』の総司令官――元帥は今まで自分が行った罪を全て告白し始める。




