3-55 「反政府軍」VS「新政府軍」-Ⅱ
「――悪を斬り裂く終焉の聖剣――」
技名はティアが自ら即興で考えたものだ。稔の特別魔法の名称と金髪の特別魔法の名称を加え、自分なりにアレンジして導き出したのである。紫姫が何度も本当の技名を変えてきたことから分かるが、特別魔法は何も一つの言葉に囚われない。意味さえ伝われば良いのだ。英訳しようと独訳しようと関係ない。意味さえ伝われば、魔法宣言での名称を変えようが未発動なんてことは無いのだ。
「覚悟ッ!」
地上で何人も斬り殺しては本末転倒だと考え、ティアは稔陣営の考え方に同調して技を使用した。使用場所は天井の近辺だ。双剣にしたため、ある程度の威力を持たせれば自然と強風が発生する。だから、地上で相手への攻撃を行う必要が無くなっていた。
聖なる剣は天空からの光に輝いている。それは稔が所持していたことで生まれた紫色の光と交わり、『終焉』と『聖剣』を掛け持つ剣となった。ティアはそれを手に強く握ると、力強くクロスさせるように中央へと持っていく。それによって巨大な光線が発生し、同時に政府庁舎内を強風が襲う。カーペットは捲れ、壁に取り付けられていた紙や置かれていた植木など、様々なものが宙に舞っていた。しかし、誰にも止められない。
「強いな……」
「流石は精霊、といったところか」
「お前が言うか?」
「技では強いかもしれないが、冷静さなら圧倒的にティアの方が優位という話は言うまでもないからな」
紫姫は「冷静さ」を強調したが、それは言い換えれば「防御面に響く能力値」である。そもそも、『覚醒状態』は攻撃特化でしかない。体力を削って魔力を大量に消費し、相手へと最後の一撃や最終段階の発狂攻撃――連続攻撃を行う道具でしか無いのだ。それこそ、ただでさえ強力な魔法を使える精霊が『覚醒状態』なんか使ったら主人でも簡単に止められない。
つまり、そんな主人でも止められないような攻撃を極力使用しないためにある能力こそが「冷静さ」という訳だ。言動によってある程度判別でき、例を挙げれば、『紫姫よりもティア』『ティアよりもサタン』という感じだ。紫姫の台詞中の「優位」はここから来ている。
「結局、攻守最強なのはサタンってことだ。冷静な上に魔法もフルに使える。だが、上手く貴台が指示を出さなければフルに活用することは出来ん。ルシファーから攻撃を受けた時もそうだっただろ?」
「ああ、そうだったな」
「指示を出すことに恐れを抱くな。我々への不当な扱いを避ければ、配下の者は貴台を嫌いにならないさ」
紫姫はそう言って応援のコメントを寄せた。士気を高めようとラクトを真似して行ってくれたのである。けれど、曖昧な表現では理解するのに戸惑ってしまった。しかし、稔は自分の考える『不当な扱い』という言葉を軸に戦闘での現場指示を出していこうとの考えに至る。一方その頃、バリアの目の前には大量の敵軍兵士が気絶して倒れている姿を見ることが出来た。
「ユースティティアさんの作戦勝ちですわね」
イステルが言うと、稔は即座に話の中で言われていた人物を探し始める。わずか数秒後、ティアの姿を発見できた。彼女は紫姫が評価していた通りの冷静さを保っており、無論、過呼吸状態に陥ったり心理的苦痛を訴えたりしていない。辺り一面に広がっていたのは倒れた兵士ばかりだったこともあり、ティアはその金髪と風貌も合わさって孤高の騎士のように見えた。
「次の階層へ進むぞ、稔」
「了解だ」
現場の司令官が紫姫の勧誘の問いに回答したと同時、稔とその配下の者達は頷いた。稔以外は口を開かずして頷いたが、これは一種の謙虚さである。そんな女子勢の一方、我が道を行くと言わんばかりの気の強さを誇る紫姫。砕ければデレデレなのだが、戦友として変に乙女心を開花させたりは出来なかった。ラクト代わりの副主人として活動している以上、赤髪を反面教師にしている一面も有ったわけだ。
「やあ」
先程と同じペース配分で更に国会議事堂の奥へと向かう稔陣営だったが、その道中で選択する場面が訪れた。現れたのは黒服を着用して白色の覆面を着けた、金髪の人物だ。だが、髪の毛の長さだけでは簡単に性別の見分けが付かない。声で考えれば性別は女の可能性が高いが、胸部に膨らみがある訳ではなく一発で判断を下すのは難しかった。
「誰だ?」
「まあ、そう焦らずに。そういえば、キミとボクは久しぶりの対面だよね――」
「久しぶり……?」
「わからないのかい? ボクは――レアだ」
そう言って着けていた覆面を外し、レアは不吉な笑みを浮かべた。稔は前に会った時の記憶を呼び起こさせる。それと同じく彼の脳裏を「去勢」という言葉が過った。一方、ふと背後を振り返るとティアが驚愕の表情を浮かべている。同じ精霊でも、ティア以外の三人は驚いたりしてはいなかった。
「――なんで天上から降りてきたんだ?」
「この国の行く末を見に来たのさ。今日が『革命の日』となるだろうからね」
「革命の……日?」
「そうさ。だからボクは、キミとキミの仲間達を見に来たんだ」
レアの言葉からは自分のことしか考えられない性格がひしひしと伝わってきたから、稔は凄く嫌な気がした。けれど、天上から降りてきた神は稔が行おうとしている作戦に干渉する気は無いらしい。
「ボクは無駄に戦乱に加担する気はない。未来を作るのはキミ達だからね」
「じゃあ、何をしに来たんだ?」
「ボクはキミに選択を取りに来た」
「選択……?」
『選べ!』と絶対選択肢を迫ってきているように見える。だが、レアは別にチャラい神様ではない。職務を全うしているかはさておき、彼女の言動から軽さは感じられないはずだ。しかし、軽さがないことは重さが無いことも示している。片方に比重が傾いた時、その裏に何かが有ると思ってしまうと――恐ろしくて堪らない。
「さあ、選択をしてもらおう――」
場の空気が一変した。ミリ○ネアで「ファイナルアンサー」と問われた時と同じような重々しく緊張する空気だ。掛かっている金額が一千万とか桁違いなわけではない。けれど、この先に革命を左右する事柄が有る可能性を否めず、稔はごくりと唾を呑んでその時を待った。
「どちらの議会に行くかを問おう」
「……どういうことだ?」
「エルダレア帝国の国会議事堂には二つの議会場――『左院』と『右院』が設置されているのさ。そして、どちらかに総司令官が待機している」
「総司令官が……待機?」
気になった箇所を稔が復唱すると、間違いないとレアが首を上下に振る。レアの内心を読むことで情報が得られるのではないかと稔は考えたが、干渉しないと言い切ったとおり場所の一切を彼女は記憶していなかった。『黒白』という、戦闘での穂陣営ツートップは一気に失望感に溺れそうになってしまう。
「残念だけど、ボクの前じゃ小作な手は通用しないよ?」
「ヒントは――」
「無い。ただ、言えることは有るね。左院にも右院にも戦闘員が待機してるよ」
「人数は?」
「左院をxとたら、右院はyかな。……ごめん。これ、ヒントじゃないね」
レアは稔をおちょくり笑った。そもそも左辺の『x』と『y』だけ示されても、右辺に使える『a』などの記号を使用できなければ話にならない。というより、今使うべき教科は『数学』ではなく計算――つまり『算数』だ。理論づけで説明されるということは集中力の妨害でしかない。
「ヒントは特に無いってことか?」
「流石はミノル。その通りさ。ボクは干渉しないと言ったはずだからね。それはそうと、ボクから脅迫を受けたあと一日経過したけど結構成長したみたいだね」
「この世界で生き抜こうって思ったら嫌でも成長すると思うけど?」
「そうかい? それはボクも嬉しいな」
「お前がしてることを褒めた訳じゃないんだけどな……」
レアは自分が褒められたと勘違いしていることを直そうとせず、笑みを浮かばせてその場を逃げ切ろうとした。証拠に、稔が心に思っていることを明かしても耳を貸す姿勢の一切を見せていない。無論、耳を傾けていなければ会話が成立するはずもなく、レアは「ずっと俺のターン」と言わんばかりに話を続けてくれた。逃げ切るため、話す内容は当然変える。
「では、問おう。――左院と右院、キミはどちらの鍵を手にしたい?」
「選択肢は二つで間違い無いな?」
「ああ、間違いは無い。選択肢は二つ、どちらを選ぶかはキミの自由だ」
「ヒントも見えないなら勘でいこう……」
稔が言っている最中、レアは着ていた黒服のポケットの中から鍵を取り出した。右ポケットから出たのは右院の鍵、左ポケットから出たのは左院の鍵だ。対応するポケットから対応する鍵を取り出し、レアは鍵の上部にあった輪の部分を持つ。寸秒の後、二つの鍵を少し揺らして稔の回答を急かす。
「『右』だ」
「それは……どちらから見て?」
「俺から見て右の鍵だ。お前から見れば左の鍵だな」
「――こちらの鍵を選択して回答の最終訂正かな?」
レアに「ファイナルアンサー?」と問われると、稔は躊躇なく頷いた。配下の召使や精霊、罪源の意向の一切を聞かない主人の独断に厳しい言葉が入るかと思ったが、稔の予測に反してヘッドホン越しのラクトは毒を吐かない。同じように紫姫も反発の心を抱いておらず、口から反論は出なかった。
「『全体を引っ張る』って意味での優しさってことなんだし、気にすんな。女に媚び売るような優しさよりも、さり気ない気遣いのほうがポイント高いから」
ラクトが反論をしなかった裏には肯定の意思があった。それは彼氏に媚びを売っているわけではない。赤髪の本心だ。恋愛経験が稔と同程度のラクトの価値観と同義なのである。稔は思い込んで恥ずかしい行動に出るつもりはなかった為、個人の意見としてラクトの考えを脳裏に置いておいた。直後、レアが稔に言う。
「では、ボクが案内しよう。キミの選んだ【議会】へ――」
「変な方向へ連れて行くのか?」
「そんなわけないだろう。まあ、そこまで心配なら看板を見ればいいさ」
レアの言葉からは嘘を吐いているという感じは一切しなかったから、稔は「去勢する」とか昨日言ってくれた人物の言葉を信用することにした。自分の判断が間違っている可能性もあるから、稔はレアとの距離を開けてバリアの効力を持たせたまま歩く。その後ろで稔の服の裾を掴みながら、紫姫は看板を見ながら歩いていた。他、稔配下の精霊、罪源、召使は、前方を見ながら横に広がって歩く。
レアの案内はほんの一五秒程度のものだった。短い時間で議会場の前に到着したのだ。また、シャンデリアの明かりが『右院議会場』という看板を照らしており、素人目線ならば工作を施したような後は一切窺えない。
「さあ、運命の時間だ」
「――」
稔陣営は唾を呑む。一方、レアは作業に取り掛かったら歯止めは効かないということで施錠の解除に必死となった。だが、十秒も掛からないうちに扉に掛かっていたロックが開いた。直後、金髪の中性的な人物はネイティヴ並の発音で質問し、稔に対して回答を求める。
「What do you see in your eyes?」




