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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
一章 エルフィリア編Ⅰ 《Knowing another world and the country》
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1-22 ラクトの二つ目の特別魔法

 そもそも、男子トイレに入っている理由を聞いていなかったことに気付いた稔は、入る直前に耳元で小さくささやくようにして、こういった。


「――お前、なんで男子トイレに入る事にしたんだよ?」

「そりゃまあ、女子トイレが開いていなかったから……」


 聞いた稔に、ラクトは小さな声で答えた。だが、トイレの中には男性が二、三人程度見受けられた。故に、流石のラクトも言うのが恥ずかしくなって、稔だけに伝わるようにして言うことにした。


「そ、そうか……」


 稔だけに伝わるようにして言うということは、即ち『耳元でささやくようにして言う』ということだ。

 そして、稔はそのことを聞くと女子トイレの方向を見た。後、自分の目が節穴だったことに気づく。


「満員……だな」


 トイレ掃除をしているわけではなかった。ただ、エルフィートもそれ以外の種族も関係なく、そのトイレの前に列を作っていた。そして、それに気付いた瞬間に稔はため息を付いた。


「まあその。出来れば、個室に入ってこないように男の人達を見ていて欲しいかな……?」

「おうよ」


 小さな声での会話が続くが、稔にラクトの思いは届き、それを聞いた稔も実行に移る。けれど、見た感じ主人と執事というふうにしか見えないとも言える。何せ、ラクトは今、執事服を着ているのだから。

 ――ただ、そこで稔は気付いた。


(……あいつ、胸のサイズ変えてないよな?)


 そのことだった。胸のサイズ……即ち女性的な身体を表すには文章でも、度々出てくるものだ。……否、ライトノベルであればそれは大体出てくる。ハーレム系等であれば突出している。

 勿論、貧しければ男装しても声を変えればバレない。だが、ラクトは違う。貧しくない。


(――あの男たち、変なこと考えてないよな?)


 稔の心の中には、自然と召使を守ろうという思いが芽生えていた。それは、建前上の話ではなく、本心だった。彼氏彼女といった関係であるのか違うのか、そういったところは稔本人はまだ気がついていなかったが、それでも本心で『ラクトを守ろう』という心は芽生えていた。

 ――何か、有事が起きなければ。


 

 小便器の前。トイレの中は薄暗く、排尿には困らない明るさでは有ったが、それでも男が二人いるのか三人いるのか、そういったところははっきり見て取れない暗さだった。

 それもそのはず。トイレの中の電灯が壊れているのだ。


「……」


 静けさが訪れる。聞こえるのは、男たちの息のみだ。個室の中のラクトの息は聞こえない。

 ――だが、恐れていた事態は発生した。


『――兄貴ィ、ここに女がいますぜ!』

『これは俺様の奴隷確定だな! ハハハ』

『嬢ちゃん。俺らと一緒に、いいことしよっか?』


 その瞬間、男たちが何人いるのかが分かった。二人だ。足音は四回しか聞こえなかったことも、男たちが二人だという証拠になるだろう。

 もし仮に。三人だということになったとして、浮遊している男の姿が見えたとすれば、それは召使だと考えるのが妥当だ。

 しかし、その姿は消えていたということも有るため、ラクトが主人である稔の手の中に戻ろうとしないこととか、そういうことを考えたりすれば、幽霊だという考えに落ち着く。


『――これだから男は嫌いなんだよ』


『ああ?』

『男装してる時点で男嫌いとか意味不明だわ。まあ、この女がゴリラじゃないだけいいな』


『……ゴリラ?』


『ちげーよ。お前さんはゴリラじゃねーよ』

『けどよ、こいつ絶対エロそうだよな』

『エロゴリラってことっすか?』


『ハハハ』


 男二人が笑った。そんな中、恐れていた事態に直面した事もあり、主人として稔は助けに向かって、その時に到着した。


「おい」


 低い声で、稔は男二人に喧嘩を売った。


「……んだよ? ――テメェ、俺様格好良いんだぜみたいなそういうオーラ出して、何だ?」

「そうっす兄貴ィ」


 だが、喧嘩を売られた二人は笑い話だと捉え、真面目な話だとは捉えない。


「俺は格好つけてるわけじゃない。――その個室の中の、その召使を助けようとしているだけだ」

「ハッ。――無理だよ。おめえみたいな奴にはな。……オラッ!」


 真面目な話だとは捉えなかった男二人だが、兄貴と呼ばれている方の男は、笑いながら稔に睾丸蹴りをかまそうとする。――だが、そうはいかない。


「こいつ……テレポーター……ッ?」

「残念だったな」

「テメェ……」


 稔は、これまでは宣言を口でするのが主だったものの、口に出さないでテレポートすることにした。何しろ、その方が男二人に自分の強さを見せつけられる上、格好良さもアップする。

 加えて、場所をしているする時、有ることに気がついた。


(――九〇センチメートル、先へ)


 気がついたものは言うまでもなく、『地理的』なものではなく、『数学的』なものでもテレポート先は決定できるというものだった。

 だが、これにはひとつ危険な点が有った。それは、直線にしか進めないということだ。

 

 これまで、エルフィリア・メモリアル・センター・タワーズ内で行ったテレポートの際も、そして、このヴェレナス・キャッスルで行ったテレポートの際も。どちらとも、場所を言っていた。


 だが、場所を言わなくてもいい時は有るのだ。今のように、直線距離で言えばいい場合が有るのだ。


「――だが、残念だった……な……ッ?」


 兄貴と呼ばれている方の男は、笑みを浮かべて対抗心を燃やした。戦いに勝ち、絶対にラクトを自分の奴隷にするのだという決意を持っていたのだ。

 ――しかし、それは儚く散った。小さく聞こえたラクトの言葉によって。



「――麻痺パラリューゼ――」



 だが、その小さな声は誰も聞き逃さなかった。男二人も、稔も。


「麻痺……だと……?」


 男二人は、鍵がかかっている個室の中のラクトを、その個室のドアの上から覗いていた。故に、麻痺されてしまえば腕力は衰えていき、ゆくゆくは覗けなくなってしまう。

 勿論、それに気がついていた男たちは抵抗をしないはずがない。


「お前……卑怯だ……ぞ……ッ!」

「兄貴ィッ! 俺もう、手がァ……ッ!」


 だが、抵抗する男二人にラクトは更に攻撃を行う。



「――効力上昇ライジング――」



 男二人は、声すら押し殺さねば耐えることが出来ないその麻痺の魔法に、涙を瞳に浮かばせた。だが、それでもラクトは力を緩めようとしない。それは、何故だがは単純な理由だ。


「――私は主人以外の男を、彼氏以外の男を、一番好きな男以外の男のことを、殺そうと思ってますんで。そこら辺、みなさんもちゃんとした認識を、宜しくお願い致します――ね?」


 前から言っていたことだ。諸悪の根源インキュバスの影響により、自分は男が大っ嫌いになったということを。稔以外の男なんて、大嫌いなんだということを。


 そして、ラクトの顔は淫魔の顔に変貌した。淫らな行為を彼女が働いたわけではないにしても、顔は凄く狂気に満ちていた。



「――凍結アインフィーレン――」


 

 麻痺状態の上に、男二人は凍らされた。当然、これでもラクトは魔法を使うことを止めようとはしない。この男二人を殺す目的で魔法を使っているため、単純なその理由で、魔法を使うことを止めようとはしない。



「――入眠スパイト――」



 しかし、その言葉をラクトが言った時、凍らされた男二人は抵抗などしなかった。そのため、何処かでラクトが見失っていた心を持った、ラクトではない一人の人間がそれを止めに入る。

 個室のドアの前に立ち、男たちのすぐ近くに立って、ラクトとの会話をする。 


「……待て、ラクト」

「主人――いや、稔……?」

「確かに、お前がこいつらを成敗したい気持ちはわからなくもない。だが、自分がインキュバスによって大変な被害にあったからといって、成敗のやり過ぎは禁物だ」

「で、でも……」

「成敗するときに殺すのはこいつらじゃなくて、インキュバスだろ?」

「稔……」


 稔の言った言葉に、ラクトは頷いた。自分がそう思ったためである。インキュバスを殺す。そして、自分の心の闇を取り払う。そういった思いが、ラクトの心の中に刻まれた。


「えっと、こんなこと聞くものあれなんだが……。用は済んだか?」

「うん」

「んじゃ、この男たちを凍らせるのを一旦止めて、眠らせようか?」

「うん。分かったよ、稔」


 稔の言ったことを、何でもかんでも呑むような感じを醸し出しているラクトだが、本心では従いたくなかった。そのため、ラクトの心の中での葛藤がないわけではなかった。



 いくら自分の主人であるとはいえ、こいつは『ケモノ』だ。


 だけど、このしゅじんは私を助けてくれた……。


 それもどれも、計画的な策士な主人だからこそ。


 けれど、そんなふうには見えない……。



 そんな葛藤の先、ラクトが選んだのは稔を信じることだった。主人を信じるのは召使として当然のことであるが、それを無しにして考えたとしても、ラクトは稔を信じた。


 何しろ、稔は普通の主人ではしないようなことをしてくれたのだ。善意の有る主人を装っている可能性は否定できなくても、普通ならそんなことをする主人はまず少ない。だからこそ、主人とは思えないその心意気にラクトは感動すら覚えた。



「――麻痺パラリューゼ凍結アインフィーレン解除リリース――!」



 そう言って、ラクトは眠らせることからは開放しなかったものの、凍らされた状態と麻痺状態からは開放した。そして、強めていた魔法の効力も抑える。



「――入眠スパイト効力低下ディクライン――!」



 これにより、ラクトが行っていた事は意味を成さなくなった。眠らせたことを除けば、彼らは回復したのだ。……だが、凍らせていたからまだ良かったものの、彼らが凍っていないことによって、トイレの床に身体の背中を打つ事になった。

 そのため、ドアの前に居た稔が二人を支える。


「……流石に、怪我を負わせるのはまずい」

「じゃあどうする?」

「……便器の上に、寝かせておけばいいだろ」

「まるで犯人のようだね、私たち」

「いや、でも犯罪ではないと思うけど……」


 ただ、稔はエルフィリアという国に来てから少ししか経過していないゆえ、法律がどうなっているかなんて、詳しいことはわからなかった。

 加えて、稔もラクトもこの眼の前の男二人を殺したわけではない。正当防衛であるかどうかは賛否両論になることは間違いないが、それでも成敗という言葉に変えるのなら、行ったことは正しい。

 だが、流石にやり過ぎた点は有ったようにも感じられた。


「でもまあ、解除すればいいだけなんだけどさ」

「その時だけ、記憶を消すとかいう便利な魔法はないのか?」

「無いね。そんなんない」

「そっか。……んじゃまあ、取り敢えずトイレから出て、それから眠らせているのを解除しよう」

「それいいな」


 ラクトはここでもまた、稔の入った言葉に反論する意思も示さなかった。ただし、今回は葛藤なんて無かった。



「それで。お前はその、『執事服』を何時まで着ている気なんだ?」

「お? 野獣としての本能が心に芽生えたか?」

「いや、流石にその格好で居たら、これからのデートで色々と大変そうだし」

「まあ、心配ありがとうね。……時間短縮で重ね着したわけだけども、気付いてた?」


 その言葉に、稔は唖然とした。――だが、考えてみれば重ね着していると考えるのはおかしくない。何しろ、執事服を着させてから彼女の服は変えさせていないのだ。召喚後、執事服をずっと着ていた。

 そして、何故気づかなかったのか、ということを考えるうちに、稔の心の中のストレスは増していく。


「ごめん、気づかなくて」

「いいんだよ。……でも、不思議だ。死んでるからか、厚着をしても薄着をしても、暑さを感じない」

「真面目に言ってる?」

「ごめん、嘘」

「おい」

「でも、死んでいるからなのかは分からないけど、あまり暑くは感じなかったよ。暑いと思えば暑く感じるけど、思わなければそうでもないね」


 要するに、所詮気持ちの問題だということだ。


「……で、稔がオススメする服って何が有る?」

「特に無いけど。普通に、私服とかでいいんじゃないかな?」

「私服って言うと、下着だけだけど?」

「取り消します。……んじゃ、まずは洋服だな」

「稔が着ているような服のこと?」

「ああ、そうだが」


 そして、そんな反応をしている間に、ラクトは洋服を着る。


「……って、お前執事服脱いだ?」

「いや」

「先に脱げよ、執事服」

「ごめんごめん」


 そんな事を言いつつ、着替えるのがとても早いのがラクトの特徴だ。だから、脱いで着るのはお手の物だった。僅か、三〇秒程度で着替え終わった


「後は……スカートかな?」

「稔が口に出さないけど、心で言ってるサイズでいい?」

「別にいいぞ」


 口に出さないけど、心で言っているサイズというのは、要するに『絶対領域』があるスカート丈のことだった。――そして、稔はこれを実体化したものを脳裏に浮かばせていたこともあって、ラクトは心を読んでスムーズに着替えを進めた。


「稔が考えているようなものだと、黒いニーソックスとスカート丈が重要みたいだね?」

「無理はしなくていいが……」

「まあ、助けてくれたお礼に履くよ」

「お、おう……」


 執事服だと隠れていたニーソックスだったが、スカートを履いたことによって、それが露わになった。


「あとは、何かある?」

「パーカーとかかな? お前はパーカー似合いそう」

「ふむふむ……」


 言いつつ、ラクトは着替えを続ける。そして、こちらも簡単に着替え終わった。


「取り敢えず、稔が想像していたようなものを着たから見てみて」

「は、早いな……」

「そういう能力だもん」


 誇るラクトの声を聞きながら、稔はトイレのドアを開けた。勿論、へばりついていた二人を抱えていたため、目線の先にはラクト以外誰も居ない。

 稔は執事服ではない服を着たラクトという女を目の当たりにした。


「これは……」


 髪の毛の長さは変わらず、赤い髪の色と赤い瞳が綺麗だった。黒色が主体のスカートだが、少し有る白色の模様がマッチしていた。そして、服は――


「パーカー、白色か」

「なんか思い入れあるの?」

「そのパーカー、ぶっちゃけ、俺の持ってるやつに似てる……」


 白、といっても完全な白ではないが、それでも稔が持っているものに似ていた。

 そして、パーカーの下には、灰色の服を着ていた。けれど、これも今稔が着ている服を少しいじっただけだ。


「でも、そこまで来たら帽子かぶってみろよ」

「なんで?」

「耳を隠せるからだ」

「なるほど!」


 稔の言葉に、ラクトは逆らうことはなかった。ただ聞いたことを呑んで、その通りに行動しただけだった。

 そして、稔から聞いたとおりに、ラクトは耳をパーカーで隠した。


「――それ、可愛いと思うぞ」

「……稔。ありがと」

「どういたしまして。――んじゃ、この男たちをそのトイレにおいて、デート再開だ」

「おう!」


 稔の言ったことに、ラクトはそういって相槌を打った。

 後。稔が抱えていた男二人を、稔とラクトはトイレの便座の上に腰掛けさせるようにして、座らせた。


「んじゃ、行くぞ」

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