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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-52 エロイムとエッサイム

 サタンがロパンリへ向かって稔ら三人は帝都へ向かったことで、ある意味では『場所の交換』となった稔陣営。けれども、そこまでの間に行われた事柄は非常に多かった。自身がかつて厨二病であったことを馬鹿にされても激怒しなかったり、サリンや原爆という危険な兵器の使用を阻止、回収したり。多くの事柄が積み重なって、稔陣営は遂に反政府軍の御膝元へと参った。


「ここが帝都か……」


 だが、ロパンリと同様に帝都にも活気はなかった。公共交通機関が動いていないわけではないが、見渡すかぎりでは廃れた地方都市のように見える。そんな独裁政権の本拠地となったディガビスタルで、その街に暮らす市民が喜んでいない現状を見て稔は思った。そして、思ったことを制止できずに声に漏らしてしまう。


「庶民が喜んでないってことは、反政府軍の方針は駄目ってことだな」

「そうだね。でも、庶民だけじゃないと思うよ? ほら、バイサヘルって経済の中心都市でしょ。なのに、あそこまで不穏な空気が漂ってるじゃん。だから、庶民も上流階級の人間も考えてることは同じだと思う」


 自分たちが騒がせたのは確かだが、確かにロパンリと同じように帝都も首都も活気を失っていたと思い返す稔。エルダレアを救うために立ち上がったことは本心の上ではなかったけれど、彼女が成し遂げられなかったことをするのも一つだと考え、帝都に到着して三十秒くらいして決意を表明することにした。


 庶民も上流階級も得をしない政策を推し進めた旧政権と、軍人をマインドコントロールしている現政権。国民の総意が反映されることは無いのは確かだ。けれど、その国に暮らす人々が得をしないような、命懸けで国を護ると誓った人々を人体実験に使うような政治は許せない。一部の政治家だけが得をするような政治なんて有り得ない。そんなことを考え、続いてそれらをまとめて稔は言った。


「俺はこの国の国民と軍人を救う。政治家とか軍の上層部だけが満悦するとかあり得ない」


 稔は強い意思を拳に込めてそれを握る。そんな主人の行動を見て、ラクトは少しだけ破顔させて立場を同じくした。自分が戦力にならないことは分かっていたが、それでも彼氏の考えに納得したのなら力を貸すべきと考えたのである。だが、少数精鋭の部隊でマインドコントロール部隊に対抗するのは難しいと思ってしまう側面もあった。協力するという立場からラクトはこう話す。


「でもさ、兵力的に不利だと思うよ?」

「なんでだ? 人海戦術に少数精鋭で勝てないとは思えないんだが」

「マインドコントロールってことは覚醒してるも同然じゃん。要は、効力の格差なんて関係なくて自分の持てる限りの魔力と体力をぶちかますってことじゃん。死ぬことを恐れない、それこそ紫姫みたいなさ」

「そうだったな……」


 ふと思い出す昨日の昼のこと。紫姫という精霊と契約する前に行った降臨戦で紫姫は自己紹介をした訳だが、その時に彼女が名乗っていた二つ名は『死を恐れない紫の蝶』。稔も馬鹿にできないような厨二名だけれど、その言葉は紫姫を具体的に表現している。捉え方を変えれば『戦闘狂』な訳だが、その言葉はマインドコントロール下で戦う人間のを表すにはもってこいの言葉だった。


「実力が紫姫と同じとは限らないよ。でも、奴らが死ぬまで戦ってくるのは事実だ。それこそ、『回復の薬(ハイルリン)』とかいうチートドラッグを使われたら溜まったもんじゃない」

「なら、そうならないことを祈るしか無いな」


 戦友と共に戦った際、軍人を気絶に追い込んだ経験を持っているのは確かだ。しかし、それはマインドコントロールをする為に使用するものが『通信機』だったからに過ぎない。それこそ拠点とする敷地内であれば、グリモワールの肉声が届く可能性は当然ながら存在する。『回復の薬』なんていうチートを何本も使用されてしまったら太刀打ちなんか出来たものでは無いのだ。その一方で作戦は固まった。


「じゃ、やることは一つか……」


 エロイムが空気となっていた時、一方でラクトは稔の考えを理解して口を合わせて考えを口に出すことにした。もっとも稔に相手の内心を読むことなど出来ないから、口を合わせることを考えた言い出しっぺが合わせる側に回ったが。


「「――グリモアの息の根を止める――」」


 二人はそう言って口を合わせた。しかし、それまで従っていた総司令官の名前を出されてもエロイムは顔色を変えない。稔の考えに同意していたからだ。けれどその時、エロイムに代わって耳に聞き覚えの無い人物の声が聞こえた。低いことから男声だとすぐに把握することが出来る。


「『グリモア』ッテ『グリモワール』ノコト デスカ?」

「……誰だ?」


 稔が振り返った時、そこには金髪と茶髪の中間くらいの髪色をした男が居た。先に名乗らなくても口調から外人だということが分かる。運命的に遭遇したのが男なのは少し残念だったが、『帝都』という言葉からサタンが話していた人物の名が稔の脳内に蘇る。でも、その言葉を最初に出したのは夜城ではなかった。


「エッサイムじゃないか」

「オー。コレハ エロイムサン。イキテ イタンデスネ」

「おいおい、私を勝手に殺さないでくれ。だが、こうやって生きて帰れたのは不幸中の幸いだ。それで、エッサイムよ。洗脳は解けたか?」

「スデニ トケマシタ。エロイムサンハ ドウデスカ?」

「既に解けている。というよりか、夜城の話を聞いていれば分かるだろうに」


 エロイムの言葉を聞くと、エッサイムは「ソウデスネ」と答を返す。その一方、エッサイムに肩を貸してもらおうと稔は交渉に入った。エロイムが自分たちの考えを呑んでくれていたことを考慮し、彼女が作戦に加担してくれるのを前提として話を進めていたのだ。まだエロイムが肩を貸してくれると限らないのにも関わらず。


「エッサイム。洗脳が解けてすぐに聞くのもなんだが、俺の作戦に協力してくれるか? 反政府軍総司令官の首を取りに行く。グリモアだけの息を止めに行く」

「イイカンガエデスネ。デモ、ロクナ センリョクニ ナリマセン」

「……どういうことだ?」


 稔はそう言って更に質問を行う。しかし、問うて返ってきた回答はエッサイムのものではなかった。エロイムが便乗して回答をしたのである。それでも稔は、聞きたい内容が余計に増えただけなので気にすることはない。


「マインドコントロールされて実力を自分で操作できないからこそ実力を発揮できるのであって、自分で制御が効く状況ではまともな力が発揮できないんだ」

「本当か? じゃあ、確認のために使用できる魔法の効果を言ってみてくれ」

「わかった」


 質問を受け、エロイムは咳払いしてから自身の魔法を言うことにした。本題から逸れることに何ら抵抗のない主人同様、似たもの同士カップルということでラクトも割り込んで回答を行ったエロイムへ批判を入れることはない。


「特別魔法は『三位一体トリニティ』と『双鳥のざん』。前者にしても後者にしても、エッサイムと力を合わせなければ魔法は使えないんだ」

「ソノトウリデス。ワタシモ オナジマホウヲ シヨウシマス」

「そうなのか。で、効果的にはどれくらいの威力――」


 稔が二人に魔法の効力を聞く。だが彼は、またも答えて欲しい人物から回答を得ることが出来なかった。赤髪ハッカーが稔が口頭で質問を話す前に彼の考えを読み取り、二人の内心を読んで情報を得ていたのである。出し惜しみをすることなく、解答権を渡すこと無く、ラクトは得た情報をそのまま話した。


「『三位一体』は、天上から神々を召喚して魔力を補給する技みたいだね。紫姫の『漆黒の蝶舞ブラックダンス・バタフライ』に近い技って考えるのが一番かも。本人は名称変えまくってるけど、今のが本当の魔法名ね」


 紫姫が自分を恋敵と捉えなくなったことが影響しているのか定かではないが、ラクトは紫姫の魔法に例える率を上げていた。もっとも、『紫蝶の五判決ベッシュ・バタフライジャッジ』が色々とカバーしているのは言うまでもないことで、彼女の魔法に例えられない方が少ないとも考えられる。


 本人たちから聴取したわけでないにしても、エロイムもエッサイムも口を挟んで「虚偽の情報を流している」とは言わなかったから、ラクトは自分の言っている情報が嘘ではないと考えて話を進めていく。それ以外にも、新たに仲間に加えられそうな二人の内心を読んで正答か確認するなど、綿密な対策を取っていた。


 確認が終わると、ラクトは更に話を続けた。


「『双鳥の斬』は、召喚した三人の力を使って双銃で襲いかかる技みたい。紫姫との降臨戦で私達が互いに剣を握ってやった攻撃アレに近いかな」

「へえ。紫姫って意外と魔法をカバーしてんのな」

「精霊の中じゃ二番目らしいけどね。ほら、サタンは魔法をコピーできるから」

「確かに。でも、例え易さなら紫姫なんだろ?」

「まあね」


 情報を提供してくれたはずの二人を蚊帳の外に追い出し、また自分たちで会話に夢中になる稔とラクト。エロイムは散々見せつけられていたから気に留めはしなかったのだが、翻ってエッサイムはその光景を初めて見た訳で、どうしても疑問が残ってしまった。


「アナタタチハ 『twosomeツーサム』トイウヨリ、『coupleカップル』デスネ。……アレ モシカシテ、ワタシ カンニサワルヨウナコト イイマシタカ?」

「英語の発音すっげえ……」


 癇に障るような言葉は一切耳に届いておらず、むしろその発音に稔は感嘆していた。その証拠に、某カップラーメン企業の『公用語を英語にする』主旨のコマーシャルで言い放たれた言葉を引用している。感じもそのままに再現していた。


「そんなにいい発音かな? 普通だと思うけど」

「ネイティブの発音とノンネイティブの発音を比べちゃダメだろ」

「いや、そもそもエッサイムは『ニアネイティヴ』だから。稔が『英語』って捉えてるその言語、言っておくけどエルダレアの言語じゃないからね?」

「本気で言ってんの? あれほど上手い発音で?」


 稔の質問に「うん」と言い、ラクトは首を上下に振った。赤髪が嘘の話をする可能性は否定出来なかったために二度聞いたが、同じ反応をしたので真っ赤な嘘という訳ではないようだ。そして稔は、そうやって話が進んでいくうちに、会話に関しては自分の英語力など皆無同然だと稔は思ってしまう。でも、諦めがついていないこともまた事実だった。


「エッサイムってエルダレア出身なのか?」

「Yes, I am. I'm from Eledarairエルダレア

「真面目な話だったか……」


 学歴で自分の右に出る者は居ないと思ったりしていた稔。しかし、それは厨二病がまだ完全に治りきっていない証拠だったようだ。ラクトには専門知識や気配りの点で完敗し、顔を知ったばかりとはいえ非母国語話者ノンネイティブスピーカーに発音で轟沈。赤っ恥をかく話ではないが、もう稔のライフはゼロだ。


 しかし、だからといって主人として落ち込んだままでは居られないのもまた事実。故に稔は謦咳を入れて気を取り直し、エロイムとエッサイムの能力を買って同盟を結びたいと話を始めた。強い絆で結ばれた二人組ツーサムならば一人同様に扱うことが出来る。そう、確信に近い感じで稔は思っていたのだ。


「まあいい。別に『一対一』で戦うわけじゃないんだ。それを踏まえて、もう一度聞く。俺らの作戦に協力してくれないか? 報酬とかは無いん――」

「嫌だ。私はもう戦いたくない」

「そっか。まあ、無理強いしたくないし、それならそれで。エッサイムは?」

「ワタシモ オナジ カンガエデス。フセンノチカイヲ タテマシタ」

「分かった。じゃあ、この案件は無しだ」


 強制的に物事を押し付けるようでは独裁と変わらないから、稔は無理にエロイムとエッサイムを戦闘に引きずり出したりしなかった。なにしろ、自分の行いそうになっていた行動がキチガイじみた行動だったと考えていたから、二人は『不戦の誓い』を掲げていたのだ。怯えを憎しみに変えて戦闘に及んだ場合にどうなるかなんてものは、分かりきったようなことである。


「ところで、あの機体はこっちでどうにかする方向でいいか?」

「そうしてくれ。反戦主義に軍機は要らぬ」

「そっか。じゃあ、そういうことで」


 稔はエロイムとエッサイムとの会話を終わらせ、続けて着ていた作業服を脱ぎ始めた。当然ながらガスマスクも取る。この先に在るかつての帝国政府庁舎で化学兵器が作られている可能性は否めないけれど、流石にガスマスクと作業着を着たまま街なかを歩いていたら誤認される。


「夜城。考え方の違いはあるかもしれないが、この国を暮らしやすくするのは共通の認識だ。反戦主義者ではない人物を支えるのは違うかも知れないが、最終的に叶えるべき夢が同じである以上、夜城の活躍を陰ながら応援させてもらうぞ」


 稔が話に専念していたせいで脱衣する機会を失い、結果として遅れて脱ぐことになったカップル。けれど、ラクトが稔に文句を言うことはない。その一方、エロイムは別れ際の台詞ということで恩人に応援のコメントを寄せた。


「ありがとな。情勢はまだ不安定だから、そこだけ気をつけて生きろよ?」

「ああ、分かった。では、夜城のよい結果を心待ちにしているよ」


 エロイムはそう言い、その場でくるりと回転して後ろを向いた。それから迷うこと無くエッサイムの手を取り、まるでカップルのように稔とラクトの居た場所から遠ざかっていく。既に別れの言葉を言い終わっていたから、エロイムが後ろを振り向くことはなかった。一方のエッサイムは、自分が大きく手を左右に振っているのを見せるためか後ろを向いている。


「行っちゃったな」

「そうだね。で、機体の回収ってどうするのさ?」

「サタンに聞けばいいだろ。留守番にされてる以上、後々の話になるけどな」

「でも、ロパンリからレープールまで移動させるのは酷い気がする」

「なら、後でサタンにお礼をすればいい」

「いい案だね」


 稔の考えを肯定する為に頷くラクト。その一方、彼女は自分の主張を入れた。昨日の夜から何かと世話になっているのは事実だし、ラクトとしても護衛をしてくれた借りがある。偽のお金や父親の残してくれた資産を使う気になれず、ラクトは自分で何かできないかと思ってこう話した。


「でも、私としては料理を振る舞うのがいいかな。料理は私の得意分野だし」

「そうだったな。でも、まだ二時なんだが?」

「宿探しも含めれば丁度いいって。てか、むしろ何がダメなのさ?」

「否定してないから!」


 そう言って軽くツッコミを入れる稔。続けて、彼はラクトの問いに回答する。


「その案、採用だ。ちゃんと胃袋を掴んでくれよ?」

「もちろん!」


 そう言ってラクトは手を握り、自らを象徴するような二つの膨らみを割くように向かわせて得意顔を見せた。だが、分けられた胸の方に稔の視線は行ってしまう。一方のラクトは、下心ありまくりの視線を弱みと捉えて稔を小馬鹿にした。


「どこ見てんだ」

「胸に視線を向かわせてた。でも、お前明らかに狙っただろ?」

「狙ってないよ。これ、真面目な話ね。でもまあ、怒ってないから安心してよ」

「視姦サービス?」

「んな訳ねえだろっ! 稔だから許してんの!」

「そっか」


 風俗嬢に似た立場に居た頃とは異なり、ラクトは溺愛出来る異性を見つけていた。だからこそ、他の異性にあられもない姿なんて晒すつもりは一切無い。それこそ、過去の自分なんて全否定することも出来そうな勢いだ。


「紫姫が『戦友』でサタンが『盟友』だとしたら、私は『心友』なのかな?」

「ああ。俺は『心友』だと思うぞ」


 心友。つまり、心を許し合っている友人のことを指す。『彼女』という言葉は『ガールフレンド』とも表すことが出来るため、ラクトは『フレンド』を『友』に変換して『心友』とした。けれど、『彼女』という肩書を持った親友の一人に過ぎないのではと考えてしまい、ラクトは確認を取る。


「でも、心が『通いあう』と『読める』は違うよ?」

「そんなこと分かってる。けど、仮に俺の中で『親友』から一人選ぶとしたら、恐らく迷わずお前だと思うぞ? あと、理由は俺の内心を読んで把握してくれ」

「じゃ、二人だけの秘密ってことで」


 ラクトはそう言って稔の内心を読み始める。時を同じくして、彼女は稔の右肩に身体を預けた。『能力ちから』である以上、頭を動かさなければ力を発揮しないので寝ることは無い。また、フィクション作品の登場人物的には太ってるとか言われそうなラクトだが、そこまで重荷が肩にのしかかっている感じは無かった。


「じゃ、サタンから情報が届くまで散策すっか」

「だね。反政府軍が何かしようとしても対応出来るし」

「そうだな」


 互いに『デート』という言葉を出すことは無かった。恥ずかしいからとかではなく、単に辞書からの引っ張り忘れだ。流石は似たもの同士の心友である。でも、稔がそんな雰囲気をぶち壊しに走った。もっとも、彼の辞書にもラクトの辞書にも『デート』なる単語が無いわけではないから、普通のこととも言えるが。


「まあ、端から見ればデートだし……な?」

「得意顔でエスコートして爆死しても知らないからね」

「フラグ立てんな」


 稔もラクトも互いを批判するような事を言っておきながら、結局は顔を綻ばせて手を繋ぐ。バカップルにしか見えない心友二人は、そうして帝都でのデートを始めた。

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