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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-50 化学と核の兵器の先に-Ⅲ

 袋が踏まれないことを祈り、稔と紫姫だけが分かる場所へと置いて場を去る『黒白』。化学兵器が発生させる有毒の気体を無毒の気体にする為にはサタンの協力が必須であり、彼女から漂白剤購入の知らせが届いていない現在、無闇に無知な者同士が先に進み過ぎても事故を増発させるだけなのでブレーキを掛けておく。


 しかし、ブレーキを掛けて数秒のことだ。魂石越しに活動していた紫髪の人物が、稔に対して元気いっぱいな声を掛けてきたのである。紫姫とサタンという、稔の配下屈指の紫髪同士が共演した形だ。また、ラクトと多少時間を共に過ごしたことが影響したようで人の気持ちを理解することを学んだらしい。サタンは漂白剤を手に、魂石を超えて駆けつけてくれた。


「突然現れんなよ。びっくりするだろ」

「そんなこと言ったって。でも、ラクトさんが言っていた物質の入った漂白剤を見つけたんですよ?」

「それに文句を言うつもりはないけど、向こうでそのラクトが話をしてるから」

「あ、そうなんですか。なんか、すみません……」


 場に重たい空気が流れる。稔は自分の取った行動がミスであると認めたくはなかったが、このような雰囲気に変貌させたのは紛れもなく自分だから認めざるを得なかった。とはいえ、ここで謝っていては更に重々しい雰囲気が続くだけであるのは言うまでもない。そんな中、気が利く点ではラクトを見習っていた紫姫が仲介役となって話の進行をしてくれた。


「二人とも重たい雰囲気を作るでない。我まで心がおかしくなってしまうではないか。全く、そのような重たい雰囲気を作り出す根幹を払拭してもらいたいところだ」


 紫姫の言っていることに反論出来なかった稔とサタンは、互いに俯いて口を閉ざしてしまった。そんな様子を見て紫姫が溜息をつく。まるで母親のような口調だ。それこそ今の紫姫が割烹着を着たならば、『母親役』という言葉から逃れられなくなるだろう。内心でそんなことを考える稔の一方、紫姫は咳払いして話を進めた。


「で、だ。サタンがサリンを持ってきてくれた事も有るし、ここから貴台とラクトがチェンジすることになる。もう少しでラクトが軍人A氏を連れてこちらへやってくるはずだ」

「『軍人A氏』?」

「彼女の名前が分からない時の呼称としては適切な気がするのだが――異論があったか?」

「いや、ちょっと聞き慣れなくてな」

「なるほど」


 精霊と主人という立ち位置の違いや出身地の違いなど、色々なところが合わさって互いに違う意見を述べるところが出てくるのは自明の理だ。それゆえに、まずは互いの違いを批難をしないで聞いてみる。それでも異論があったら主張する方針を取ればいい。『黒白』はそんな精神を互いに理解し、その方向で話を進めることに努めた。主人と精霊という立場の違いで話を推し進めるのではないと知ったサタンは、二日目も学ぶことが多いと頷いている。


 そんな時だ。話の途中で紫姫が言っていた赤髪が戻ってきた。彼女は軍人と仲良くなったらしく、満面の笑みを浮かばせている。どこか『営業スマイル』に見えるのは気のせいだとして、稔は謦咳一つを入れてラクトに何を話していたのか問うた。


「ガールズトーク?」

「それに近いかな。でも、『愚痴』とか『恋話』じゃなくて『駄弁り』だった」

「何話してたんだよ。……俺の立場を危うくするものか?」

「昨日の夜の話も話しといたよ」

「そうなのか。――って、なん……だと?」


 昨日の夜の話と聞いて映画を見た話でもしたのかと思った稔。しかし、ラクトの笑顔を見ていることで腰を痛めた記憶を思い出した。「念の為に確認をしようかな」とか内心で思ってみると、ラクトの顔が更に破顔したので間違いないことに気が付く。直後、稔は頭を抱えてその場にしゃがんだ。そして、深い溜息の後にこう口から漏らす。


「ああ。鬱だ、死のう……」


 この先に待ち受けていることを考えていたから、稔は涙を流したりすることはなかった。深い嘆息と言葉をネタだと感じることが出来ず、昨晩の一件に関して暴露した戦犯の赤髪が謝罪を始める。動きづらい衣服だったが、それでも「謝罪やむなし」と思った彼女は砂浜の上に正座して頭を下げた。


「大変、申し訳御座いませんでした……」


 ラクトが敬語を使うのは極めて稀なことである。無論、彼女の表情も真面目さしか見えない。一方、稔はラクトがここまでするとは思わなかったので動揺を見せる。それは、彼の台詞にも随所で見受けられた。しかし、それは『罠』だ。ハニトラに掛かりやすいことを軍人に話しており、皮肉にも、これを証明するためにラクトが仕組んだ罠だったのである。


「そ、そんな風に謝るなよ! 俺、別にそこまで怒ってないし! か、顔上げ――」

「引っ掛かったね」

「え……?」

「ここまで全て罠だったんだぞ」

「おいおい、なに馬鹿なこと言って――」


 稔は何も知らない。否、稔『だけ』が何も知らないのだ。サタンも紫姫も心を読むことができるし、ラクトのグルである軍人は既に情報を得ている。全員がラクトの真の恐怖から逃れられた一方、稔だけ彼女の手のひらで転がされていたのだ。そこまで真面目に『鬱』と口に出したわけではなかった稔だが、今の一件で完全に自分を見失ってしまった。


「やりぎたか……」


 ラクトは言い、稔が自分を見失って俯いているところへと近づく。あからさまな謝り方に気が付いて欲しい気持ちもあったのだが、この際そんなことを言っても後付けに聞こえるだけだろうと言わないでおく。同じ手口で誠意を現しても嘘だと言われてしまうのは目に見えていたから、ラクトはいつもどおりの口調で謝り始めた。


「ごめんね、稔の優しさに傷を付けるような行為をして」

「いや、見抜けなかった俺が悪い」

「まあ、ハニトラに掛かりやすいのを証明するためにやったのは確かだよ。……立場的には出来ない身だけどさ。でも、この際そんなことはいいんだよ。私が傷つけたのは変わりない事実じゃん」

「でもさ、俺としても彼女に頭下げられても良い気がしないんだよね」

「え……?」


 稔が漏らした嘆息の後に聞こえてきた言葉にラクトは首を傾げた。気にせず、彼女は稔にその言葉の意味を問う。主人はあまり説明したくない素振りをみせたが、少し照れくさそうにこう話した。


「そもそも、俺らって簡単に亀裂が入るような薄っぺらい関係じゃないじゃん。お前が暴露しちゃった昨日の一件だって、その一つだろ?」

「……」

「じゃ、そういうことで今回の件はチャラな。お前は急いでサリンの分解だ」


 稔は笑みを見せる。それは営業スマイルというわけではなく、彼の寛大な心が見せた笑顔だった。一方のラクトは、どこまでも優しい主人に自分がやった罪の重さを実感する。翻って、周囲から二人を見ていた紫姫とサタンと軍人A氏は、自分たちが便乗するべきではなかったことを痛感した。


「でも、その……。た、たまには叱って……ね?」

「分かった」


 叱って欲しいと言っている時、少し照れ顔になっていたラクト。マゾヒストのように見えるため、稔としては是非ともやめて欲しかった。しかし、彼女の願いを聞くことも彼氏の役目だと考えて了承する。そして間を開けずしてラクトに言った。恋人同士の内輪ネタで盛り上がるのは二人きりの時でいいと、そう考えてサリンを無毒にすることを早急に進めようとしたのである。


「早く作業を始めろ」

「『ろ』? ……え、稔、やんないの?」

「紫姫の話じゃ、ラクトの隣に居る軍人と話して恐怖症治すプログラムが組まれてるって聞いたんだが。……もしかして、デマか?」

「いや、デマじゃないけど。となると、責任者は――私?」


 右手の人差し指を自分の顔の方に向けて問うラクト。稔は彼女の問いを聞いて頷いて回答とした。答を得たラクトは、笑いながら「でも部門の責任者だよね」と言って稔に責任を被らせることを宣言する。それは皮肉っているかのようだ。


「んじゃ、良からぬことをしない条件の元で会話してこいやー」

「うおっ……」


 ラクトが優しく背中を押す。当然ながら、両手でドーンと押された稔は驚く。けれども軍人との距離は狭まったのも事実だ。彼氏の臆病さを分かっていたからこそ、ラクトは彼女として手助けをしたのである。仲良くなったのは、友情を築きたかった思いと仲介役という役割の両方のため。自分の役割を分かっていたからこそ、迷わずラクトは背中を押していた。


「さてと。防護服が無い事も有るし、サタンは魂石で休憩ね」

「いえ、休憩しなくて大丈夫です。ロパンリの方に移動して、アニタさんやラクトさんのお母さんの安全を確認したりしたいと思うので」

「そっか。じゃあ、その任務をよろしく」

「ラクトさん、主人権限無いですよね……。まあ、補佐みたいなものですけど」


 稔とラクトの関係を現す言葉として、『主人』と『召使』という明らかに主従の関係に見えるような呼び方を省いた場合、二人を似た関係で表すならば『社長』と『社長補佐』が適切だ。稔を社長、配下を従業員として会社に見立てた時、会社内の部署に近いものが『精霊』や『罪源』といった区別である。


「まあ、この膨らんだ会社を二人三脚で支えてください」

「会社……上手い例えだね」

「そうですか? では、作業の邪魔になると悪いので」


 一礼し、サタンは島の砂浜を飛び立った。魔法使用の宣言は内心で済ませてスマートに行う。行き先は言うまでもなくロパンリ市だ。その一方、砂浜で別々の行動をすることになったもう一班は、休む間もなく作業に取り掛かった。翻り、稔は軍人との話を始める。主人として召使らの行動を確認しておこうと思ったため、作業に多少の遅れが生じたのだ。


「どうだ、あの赤髪は?」

「見るからに夜は激しそうだな。そして、話の一つ一つに羞恥の心が無い」

「お前が言うか」

「なにせ、私は軍人だ。捕虜となることも想定済みだし、奴隷となる覚悟も出来ている。夜城稔とかいうハニトラ吸収装置の嫁とは異なる境遇なんだ」

「ハニトラ吸収装置って、お前な……」


 恥ずかしさを持たないであらゆる言葉を言えることは、即ち表現力が豊かだということを意味する。しかしその一方で、ズバズバ言う性格と合わさった時に凶器と化すのは言うまでもないことだ。何もかもを捨ててしまった人間が恐れることは無いのである。放送禁止用語を吐露することだって容易いことだ。


「まあいいや。俺がハニトラに引っ掛かりやすいのは事実だし」

「まあ、嫁と二人三脚で歩めば良い。そうすれば、夢への道が一歩近づくさ」

「教師か! ……で。そろそろ聞きたいんだけど、君の名前は?」


 「お前」と初対面と言っても過言ではない女性に言うのは失礼だと考え、稔は「君」と言ってみる。だが、言葉のニュアンスを履き間違えれば「子供扱いしてんのか」と思われかねないのは言うまでもない。相手がどのような態度を取るのか、稔は神経を尖らせて相手からの回答を待った。


「エロイム」

「エロイムさん、か。――ん? それって、グリモアの言ってた台詞の……」

「感が鋭いな。流石は大量の女を我が物にした男だ」

「やめろよ、築きたくてハーレムを築いた訳じゃないんだから」


 稔はエロイムの言っていることを否定しに入る。だが、周囲から見られた時の第一印象としてそのように思われるのは確かな話だ。ラクト、ヘル、スルトと召使をどんどんと増やしていく中で、稔は気づかないうちにハーレムを築いていたのである。とはいえ、ラクトという彼女の存在が大きいので、ラノベやギャルゲで言うような『ハーレム』とは意味合いが少し違う。


 エロイムは事実をバカにするような言い方で述べて批判を食らうと、咳払いをして詳しい説明に入った。


「エロイムエッサイム、とグリモワールの台詞に入っていただろう?」

「まさか……」

「予想が当たってるといいな」

「そうだな――じゃなくて、言えよ!」


 エロイムは稔からのツッコミを受け、それまでの固かった表情を和らげた。召使で無いとしても逆らう理由が特になく、彼女は笑みを残したまま稔に正解を伝える。その正解を知り、ひねる必要が一切無いような簡単な質問だったと改めて稔は知った。その一方、もう少しひねる問題にして欲しいとか要望も浮かぶ。


「エロイムとエッサイムは、それぞれの機体に搭乗していた人を指すぞ」

「正解か。――面白くなくね?」

「確かに、謎掛けの一切が無かったしな」


 稔の厳しい指摘も流さずにエロイムはしっかりと聞いていた。そんな時、稔はふと自分の役目を思い出す。問題を出しあうなどして軍人A氏との会話を楽しむのは作戦のうちで無ければならず、エロイムが男と話せない事を改善しなければいけないという使命を思い出したのだ。けれど、稔には思い出したふりをする程の弱いプライドではなかった。だから、話題を変えることで話をし易くする。


「そういや、エロイムって男と話が出来ないわけじゃないんだな」

「そういう訳ではない。ラクトが緊張を解してくれただけだ。『夜城稔』という男の正体とか、弱みとか。そういうものを理解しているからこう話せるんだぞ」

「全ては嫁――彼女のおかげってか」


 誤解を招く発言は言い直す稔。一方のエロイムは言い直しに気がついていないようで、動揺の色が多少ばかし残っていた稔を見て首を傾げていた。


「どうかしたか?」

「いや、なんでもない」


 疑問を払拭できなかったことを心の奥に仕舞うと、エロイムはそう言っていつも通りの自分を見せた。稔と軍人の会話が終わった頃、少し離れた地点からラクトが彼氏を呼んだ。主人は「どうした?」と言ってその方向へ向かう。エロイムも稔の背中を追ってついていった。


「処置、終わったよ。もちろん成功でね」

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