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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-46 傲慢罪源ルシフェル 【終】

「認める訳にいくか!」


 だが、敵軍の総司令官は自身の主張している事柄の一切が捏造ではないと言い放った。稔陣営は既に悪行を犯した奴という認識で意思疎通が図れていたから然程の効果はなかったが、それでもここまで反論づくしにされると頭が痛くてしょうがない。赤髪のハッキング担当者が、自らの担当部門を捨てて乗り込んでやろうかと思うくらいだ。


 しかし、そのような怒りは別の方向へと向けられた。ラクトは敵軍の総司令官の在居を特定し始めたのである。「懲りない奴に有効な方法」と考えた時、先程もアイデアを提供したサタンが「滞在場所の特定をしたらどうか」と述べたのだ。その理論は支持できるものであり、ラクトも二つ返事で作業に取り掛かった。


「先輩。これ以上論争しても意味が無いので、総司令官の居場所を特定します」

「ああ、そうしてくれ」


 別に空爆を行うわけでは無い。無差別に無関係の人を殺すことなんて稔には出来なかった。というより、そんな事柄は『正義』という言葉で美化されていいものではない。庶民の平和を維持しながら悪を排除する。それが稔の究極目標だったのだ。だからこそ稔は、敵軍の司令部を殲滅する作戦として有効な手段を確立する作業を二つ返事で受け入れる。


「まあいい。こっちに証拠は揃ってるんだからな」

「デタラメの証拠を提示したところで、我が反政府軍に戦いで勝てるはずが無い!」

「いやいや。俺としては平和的解決がしたいんだけど?」

「そう言ったって、君は反政府軍の素晴らしき思想を根も葉もない話で批判するだろう?」

「根も葉もある話なんだけど」


 憲法の条文を引っ張ってきても無駄で、庶民が敵軍の活動が始まったせいで苦しんでいることを伝えても無駄。挙句の果てに、敵軍は論争で勝てないことを先見して戦闘を持ち込んできた。そもそも、敵軍の総司令官は敵軍のトップである。彼女を動かすべきではないと思って稔の配下や同盟下の者達は論破を狙ってきたのだが、それは不可能ということが判明してしまった。


 だがそんな時である。政府という戦争相手を失った反政府軍が、この戦いで全軍が玉砕することも視野に入れて自らの所持している武器の名称を公開したのだ。反政府軍のリーダーは自身の名を言って、それらの告白を始めた。


「名はグリモワール。こちらには大量の核兵器と爆弾、魔力が在る。さあ、戦おうではないか」

「本性を現したか……」


 徐々に本性を現していたグリモワール。彼女は遂にその本性を明らかにした。論争で負けようがお構いなしで、捏造された事柄が大量に記されているとしか思えない魔導書を手にしている。続けて彼女は笑みを浮かばせ、フッという声を上げた。直後、グリモワールは言った。


「エロイムエッサイム。我は魔導書に問うたり――」


 繋がれていた回線が切断できないと理解したグリモワールは、背後に所持していた武器をどうにかして使おうと考えて魔導書に問う。数秒の時間が経過した時、魔導書は声を上げて台詞を発した敵軍総司令官に回答を行った。同じ頃にラクトが行っていたプロジェクトが終了したのだが、サタンはその事実を伝える場面ではないと先送りする。


「《爆弾を用い、都市を爆破せよ》」

「な……」


 稔が恐れていた事柄である。庶民へ被害が及ぶことだけは避けたいと、彼にはそういった願望が有ったのだ。こうなってくると解析情報が必要ではないかと思い、先送りしたはずの情報はサタンによって急遽伝えられることになった。だが、伝えられた真実に稔は驚愕してしまう。


「先輩。解析情報によると、敵軍の本部は帝国の国会議事堂にあるようです」

「つまり――」

「旧帝国政府の拠点があった施設を乗っ取っているようです。都市名は『ディビガスタル』」

「帝都ではないか……ッ!」


 稔が頭を傾げると、代わりに返答――応答したのは紫姫だった。ディビガスタルはれっきとしたエルダレア帝国の帝都。ラクトが解析ハッキングして得た『乗っ取られた』という話も頷ける。とはいえ、帝国政府庁舎の近辺には敵軍の軍勢が多く居ることが予想された。それも、庶民へ被害を出そうとしている者と一緒になって散ってやろうという輩である。どのような攻撃が飛んでくるか予想出来ないことはない。


「グリモア。お前が使おうとしている手段はなんだ?」

「なら、問おうか。――核兵器と魔法、どちらがいい?」

「「核兵器……」」


 声をあわせて『黒白』は言った。同時、二人を含めて庁舎の外に居た者達の間には不穏な雰囲気が漂う。それは魂石を越した先のサタンとラクトにも伝わっていた。動揺する敵方を見て、グリモアは笑いが抑えきれない。


「うむ。こうなれば、両方使うしか方法は無いみたいだな。結界を張って、原子爆弾を使ってやろう……」

「お前、そんなことしたらどうなるか――」

「数千万の人間が吹っ飛ぶね。ハハハ!」


 稔は原爆の恐怖を身に体験した訳ではない。だが、修学旅行で見た昭和二〇年八月六日の広島の光景を思い出してしまうと、範囲が限定された上で行う原爆投下がどれだけ異常な事かすぐに分かった。


「そんな行為、今すぐ止めろ」

「残念だな。止めることは出来ない」

「え……?」


 庁舎外に居た者達の耳に原爆投下用の軍機が飛び立った音が聞こえると、彼女は同時に結界を張って通信を強制切断した。それは俗にいう抜け道だ。ラクトはグリモワールが帝都から指示を送っていることをハッキングして理解出来たが、それより先の情報は知っていない。


「――どこに投下する気なんだ?」


 切断されてしまった以上、軍機がどこまで飛んでくるのか理解しなければ作業は留まったままだ。とはいえ、軍機ということは空を飛ぶ。よって、音が聞こえてくると考えられる。そのためイステルを召喚する稔。続けてイステルに音を察知して得た情報を伝えるよう指示した。


「了解ですわ。稔さんがそれほど恐れているということは、『原子爆弾』というものは相当な物なのですわね。――威力はどれくらいのものでして?」

「一言で言うなら、『街がまるごと吹っ飛ぶ』」

「……嘘ですわよね?」

「嘘じゃなく、事実だ。少なくとも木造の住居は全滅する」

「そんな……」


 イステルの表情が一気に変化したが、彼女はそれを聞いて原子爆弾の脅威を思い知った。同時、空へと飛び立って軍機の音を観測する。それから数秒後、ラクトが切断前に解析した情報が伝えられた。サタンによって伝えられるかと思った稔だが、予想に反して情報はラクトが魂石に声を当てて伝えられる。


「計算上、軍機が発進したのは国会議事堂の隣にある空き地みたい。いくら燃料があっても、帝都からロパンリまで一回じゃ飛んでこれない。それと――」

「それと?」

「数千万の人口を抱えている街は『帝都』じゃない。『首都』だ。エルダレア帝国の経済の中心都市、バイサヘル。一回で飛んでいける範囲にある」

「じゃあ、バイサヘルに向かえば――」


 稔がラクトに提案するが、彼女はサタンと共に『瞬時転移テレポート』として主人の元へと帰ってきて即座に話す。ふと見れば、ラクトはいつの間にかメガネを掛けていた。彼女は俯いた後に真剣な表情で訴える。


「遮断方法が結界だった以上、グリモアは帝都と首都の両方を壊すつもりだよ」

「両方……だと?」


 結界を張る行為は魔法でなければ不可能であるし、核兵器を使うという行為は魔法では不可能。そんな『科学』と『魔法』を融合して生まれた無差別殺人行為は、グリモアが言っていた一つの熟語で表せた。そう、『両方』である。


「両方の戦闘方法を使って両方――つまり、二つの大都市を破壊する」

「けど、待ってくれ。その都市二つは晴れているか?」

「バイサヘルは雲ひとつ無い快晴で、ディビガンスタルは少しだけ雲がある」

「両方とも晴れじゃねえか……」


 稔陣営が総出で行った行為。それらは全てグリモアの手のひらの上で行われた行為だった。立ち止まることも出来ず、正論を訴えることだけに必死になっていたのが裏目に出た形だ。とはいえ、既に決定された原子爆弾の投下を防がない訳にもいくまい。


「どうすれば防げるんだ……」

「海に落とすしか無いよ。山に囲まれているところで落とされたら、被害は甚大になるじゃん。風で移動するのは海でも陸でも同じ。だったら、被害の少ない方で落としてもらうしかない」


 ラクトの言い分は現実的であり、他の手段が無ければ採用せざるを得ない方法だった。しかし、望みをかけて問うてみる稔。テレポートさせたり洗脳させることが出来ることから、それを応用して出来ないか聞いてみた。


「軍機を消すことは『不可能』なのか?」

「不可能だよ。時を戻せる魔法を使える人は居ない。それに、核兵器は非魔法じゃん。サタンが魔法使用を停止させようがお構いなしで投下できるんだよ?」


 稔は言葉を失う。積み上げてきた『希望』という熟語は消え去った。洗脳や場所の移動、魔法の使用を停止させることは出来る。けれど、武器の使用は止められないのだ。利益が後ろにあろうがなかろうが、上空へ旅立ってしまった兵器を使わせないのは不可能に近い。


「なら、どうすればいいんだよ?」

「エルジクスの『洗脳魔法ブレイン・ウォッシング』と、稔の『瞬時転移』を使用して海上へ誘導するのが一番だと思う。でも、エルジクスだけで十分だと思うな」

「そうか? サタン込みでも軍機が二機以上だと――」

「いや、その倍の機数だよ。エルジクス、サタン、紫姫、そして私。凍らせる魔法が使用できるのは四人居るじゃん。つか、配下の召使らの魔法を把握しとけ」


 稔は「悪い」と軽く謝ると、咳払いして帝都方面へとテレポートすることを決定した。それを決定した時、ルシフェルの方から稔に対して追加情報が入る。


「私の魔法も使えそうだと思う。――だから、同行させてほしい」

「主人も召使も一網打尽ってことか。分かった、ついて来い」


 ルシフェルを同行させることを決定すると、稔は魔法陣や精霊魂石へと戻せる者らを次々と戻していく。紫姫、ルシファー、サタンと来て、最後にイステル。音に関して得られた情報が無いか聞いてみると、彼女は稔の問いにこう答えた。


「ロパンリの近辺には聞こえてない、ということだけは分かりましたわ」

「そうか。ありがとな」

「構いませんわ。この後も同様の作業をさせてもらいますわよ」

「ああ、そうしてくれると助かる」


 短な会話を交わし、イステルを魔法陣の中へと戻す稔。場に出ているのはラクトとルシフェル、そして自分だ。彼は二人の手を取って魔法使用の宣言をする。時間は五秒にも満たない。それは、軍機が発進してから一分が経過しようとした時のことだ。ラクトが指定した向かう場所の情報を入れ、稔は言う放った。


「――テレポート、バイサヘル市役所の屋上へ――」


 自治体として存在するために必要不可欠な施設もの。エルダレア出身者が言った言葉への信頼は厚く、稔は一切の躊躇い無しに言っていた。刹那の時間でロパンリから数百キロもある地点へと向かう三人。ロパンリは晴れというよりは曇りだったが、向かった先はラクトが言った通りの快晴だった。


「イステ――」


 稔は向かった寸秒でイステルとエルジクスを召喚しようとするが、イステルは自らの意思で魔法陣を出ていた。サタンも同様にして魂石から登場している。そのため、稔が召喚させたのはエルジクスだけだ。しかし、待ち時間は無かった。


「軍機を発見しましたわ」

「本当か!」

「軍機は二――」


 ルシフェルはイステルの脳内を読み、続けて遠く離れた機体の中に居た人物の内心を解析する。そして彼女は分かった事柄を告げ始めた。しかしサタンが、役を奪うかの如くその話を先読みする。読み取った刹那、彼女は「自分の出番だ」と思って『転送』を使用してもう一機が飛んでいる場所へと向かった。


「サタンが向かったみたいだね。それで、ルシフェル。落下予定地点は?」

平和大橋ピースブリッジ。市役所から一キロの橋だ」

「そんな距離、投下された瞬間に死――」


 ルシフェルの回答に稔が言う。しかし、これからエルジクスとルシフェルが向かう場所は軍機間近だ。憂慮すべき点も当然ながら山々である。しかし、それをしなければ原爆投下は避けられない。それ故、稔も考え方をすぐに変えた。


「いや、行け。……でも、二人一組で行動してくれよ?」

「分かりました」

「了解」


 条件を提示し、稔はルシフェルとエルジクスを送り出した。二人は即座に軍機へと向かう。その途中、軍機へと一直線に魔法を向かわせる。波動化させた上での一直線魔法は大変であるが、それは彼女らの連携プレイで解消出来た。


「じゃあ、俺らもやんなきゃな」

「そうだね」


 軍機の場所を提供し終えたイステルは、役目が終了したとして陣内へと戻っていく。一方、稔はサタンへと指示を送るべく『精霊魂石アズライト』に向かって叫んだ。翻ってラクトは、巨大な拡声器の製作を試みる。


「サタン。拡声器を作って市民を避難させてくれ。男声が欲しければ俺が行く」

「時間も止められるんですし、魔法の連続使用くらい簡単な話ですよ」

「そうか。じゃ、頼むぜ」

「今、引き受けました」


 サタンがそう言ったと同じく、ラクトが巨大な拡声器の製作に成功したと告げた。作られた機械を目の当たりにした稔は、ラクトから拡声器を渡されて虚偽申告ではないことを確認する作業へと入る。だがその前に、サタンに伝えておく。


「サタン。対象は市民だ。上空から避難誘導を頼む」

「わかりました」


 避難は可能だ。しかし、爆心地周辺に居た場合に死ぬ確率は一〇〇パーセントを超える。それこそ稔の場合、市役所庁舎の上だから何を言われるかなんて分からない。無論、市民が混乱するのは目に見えている。しかし稔は、爆心地周辺に居る人が少しでも助かって欲しいという思いで言い放つことに躊躇わない。


「先輩と同じタイミングで言いますよ。どうせ、投下も同時なんでしょうし」

「そうか。――じゃあ、行くぞ」


 謎の要求にサタンの言い分を無視するような口調になる稔。けれどそれは、受け入れないという話ではない。稔は一斉に避難させるというサタンの提案を受け入れたのだ。深呼吸して「せーの……」と稔が言うと、続けて二人は声を合わせて言い始める。


「バイサヘル市民に次ぐ。平和大橋の近辺に居る市民は直ちに避難せよ!」

「ディビガスタル市民に次ぐ。帝城の近辺にいる市民は直ちに避難せよ!」


 稔もサタンも叫び声で拡声器から声を発した。サタンは軍機にも近い位置で居たから、言い放ってすぐに軍機に『瞬時転移』する。そして『転送』を使用し、海上へと向かわす。だが一方、バイサヘルサイドは軍機を移動させること自体が出来なかった。


「「え……?」」


 エルジクスが発砲した銃弾が軍機に当たる直前、その機体が姿を消したのである。直後、その機体が現れたのは市役所の上空だ。予想外の急展開には混乱を隠しえない稔陣営のバイサヘルサイド。そんな時、紫姫が自分の意思で魂石を出て魔法使用の宣言をした。一方、ラクトは稔の頬をピンタする。


「統率しろよバカ主人! 情けねえんだよ!」


 初めて受けた彼女からのピンタに、稔は恐怖と反抗を覚えた。しかし、最終的にはラクトの言い分が正答だと気がつく。責任逃れで召使や精霊、罪源を自由にしているのではない。そう気付かされ、稔は主人として統率を図ることにした。


「エルジクス、ルシフェル。紫姫の元へ向かえ!」


 二人組にそう言い放ち、一方の紫姫には魂石で指示を送る。


「対象は俺、ラクト、エルジクス、ルシフェルを除く人物だ」

「了解した」


 どのような魔法を使用するのかは見当がついていたから、稔はそれを使用することを前提に話を進めていた。でも、魂石越しに心を読めるわけではないのだ。だから紫姫は、稔の一言で自分が使用するべき魔法を決定づけることが出来た。


「――時間停止タイムストップ――」

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