表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
229/474

3-44 傲慢罪源ルシフェル 【後】

 戦いを交えた相手の哀れな姿を見て、喜びは感じない。むしろ、「助けたい」という思いが一層強くなるだけだった。またそれは、意図した「媚を売っている」という行動ではない。稔の心内にこみ上げた本心だ。


「傷を負わせたか。どうやら、臆病という訳では無さそうだな」

「俺は紛れもない臆病野郎だ。キャラクターを操っている気分の司令官には分かりっこない話だろうがな」


 稔は敵意を剥き出しにし、敵軍の総司令官を厳しく非難した。ルシフェルは相手の手中に堕ちたが、決して奪還できないと決まっている訳ではない。総司令官の行動がエスカレートする前にルシフェルを助け出すことを頭に入れながら、稔は相手が暴走しない程度に言論で対抗することにした。


「君が言うとおり、私には分かりっこない話だな」

「なら、今すぐルシフェルを開放しろ。ルシフェルはお前に従う意思は無い」

「ほうほう。でも、さっきの復唱をどう説明するつもりなんだ? あの意思表示は私に忠誠を誓っている証拠だと思うが。――まさか、更正を謳う人間が捏造するのかい?」


 敵軍の総司令官が『捏造』という言葉を用いた刹那、この女が自分を翻弄するために事実を捻じ曲げようとする可能性を稔は考えた。エイブというインチキ捏造警察官がそうだったように、上に立つ者は絶対権力者として相手を無駄に優遇したり罵倒したりすることがある。これまでの実体験を踏まえ、稔はどのような方法で敵軍の総司令官に対抗するかを考えていく。


「捏造をする気は無い。お前の言う通り、そんなことしたら『正義』じゃないからな」

「なら、ルシフェルがお前に従わないと考えている根拠はどう説明するんだ?」

「……」


 稔は黙り込む。どう考えても、自らの考えを表明したところで「それはルシフェルの考えではない」と総司令官に言われるのがオチだ。ビデオレコーダーに録画された映像などがあれば状況もまた変わったのだろうが、そういったものを撮影してくれる赤髪の姿は無い。無論、ボイスレコーダーも同じく無い。


 そんな時、紫姫から一つ提案がなされた。彼女は稔の耳元でこう話す。稔の左耳を覆い隠すように左右の手で円筒を作り、そこを通して声を伝わせる。柔らかな感触に少しだけ動揺する稔だったが、集中モードは途絶えなかった。


「ラクトを呼んだらどうだ? ハッキングさせ、情報を得れば良い。敵軍の拠点も分かるはずだ」


 いざとなれば、一二秒間だけ時間を停止することだって可能だ。時空全体を止める攻撃で有る以上、それは敵軍に本拠地を移動させないべく行う方法としても有効である。そう考えていけば、自ずと作戦を拒む理由なんてものは消えていた。稔は紫姫に「ありがとう」と言うと、彼女の考えを高く評価して作戦に盛り込んだ。


「サタン。そちらの状況はどうだ?」

「敵軍の陣営が完全に撤退しています。会議室は私一人で十分そうですが――」

「話、聞いてたようだな?」

「彼女さんの方針ですよ。……では、ラクトさんを転送しますね」

「――転送?」


 聞きなれない言葉に稔は首を傾げた。意味は当然分かるのだが、サタンが使用する魔法として聞いた覚えはなかったのである。しかし、行われたのはその意味通りの事柄だった。サタンの追加説明によれば、テレポート同様に場所を指定して対象者を送る魔法だが、悲しいことに自分に対しては使用不可能だそうだ。


 それはそうとして、稔は帰ってきたラクトから開口一番に指摘を受けた。構って欲しい訳ではなかったラクトだが、自分が居ない間に仲良くなりすぎと思って「話を聞かなければ」という衝動に駆られたのである。赤髪は弁明を受けている中で自身の特別魔法を使用したこともあり、釈明側の稔は恐怖を抱いてしまう。


「紫姫とイチャコラできてよかったね」

「いや、そういうわけじゃな……」


 ラクトは稔の言葉に「ふーん」とだけ言うと、特別魔法を転用してノートパソコンを作り始めた。耳から耳へと情報が通過しているような気がした主人だったが、そんな時も赤髪はしっかりと聞いていた。一方、紫姫は自分の出る幕が無いと思わずに魔法を転用させて内心の解読をしていく。ラクトは恋敵である以前に信頼の置ける仲間であり、足りない部分は補うべきだと考えたのである。


「まあ、私は気にしてないから安心しなよ。てか、主人の統率が乱れるとか止めて」

「我もラクトの意見に賛同だ。戦闘中に悲観する主人とは情けない。場を片してから悲しむべきだ」


 主人は司令官である。司令官が方針を乱したりでもすれば、それは配下の召使にも精霊や罪源にも関わる重大な話になってしまう。統率を乱せば場が混乱するのだ。だからこそ、ラクトも紫姫も「立ち直れ」と強く稔に訴えた。そしてその考えは主人の心を動かし、稔は悲しみを鎮めた司令官として元に戻る。咳払いし、紫姫に対して内心で指示を出した。


「了解だ」


 紫姫は稔の心を読んで得た情報の下、作戦の実行に動き出す。ラクトがパソコンを起動し終えた事を自身の目で確認すると、紫髪は魔法の使用宣言を行った。


「――十二秒間の時間停止タイムストップ・ツヴェルフ――」


 範囲はバリア内の三名だ。使用宣言を耳で聞き取って、赤髪はハッキングを開始する。稔がルシフェルを攻略しようとしていることを理解し、迅速かつ冷静な態度でルシフェルと敵軍総司令官を繋ぐ回線を断つ為の攻撃を行っていく。


 だが、その時である。ハッカーの中でも相当上位にランクインするラクトでさえ頭を悩ます難題を発見してしまった。それは『パスワード入力』なのだが、悲しいことにその文字数が桁違いに多かったのだ。加えて、敵軍総司令官は自身でパスコードを入力していないことが判明してしまう。


「そんな……」


 ラクトは唖然とした。パスコードを入力していないということは、総司令官の内心を読んだところで情報が得られる確率は下がったも同然だ。紫姫は内心を読み続けてくれているが、それで正答を得られるとは限らない。敵方が騙す言葉を紛れさせられない状況なのは幸いといったところだが、情報を得られないのは痛かった。


「ラクト、どうした?」

「パスコードの桁数が三十桁なんだよ……」

「さ、三十だと……?」


 ラクトは首を上下に振るが、稔の方向は見なかった。パスコードの解析に没頭していたのである。無線機器を通して相手の使用していた回線に侵入することは出来たし、デバイスのIDも判明した。しかし、その先のパスワードが異様な文字数でどうにもならない状況が続いている。諦めない主人の考えを大いに評価して自分も取り組んでみたが、ラクトはなかなか前進出来なかった。


「なら、機器を破壊したらどうなん――」

「ルシフェルの脳内にチップとして埋め込まれている以上、機器の破壊をするということは罪源の脳細胞を破壊することになる。よって『不可能』と言いたい」

「そんな……」


 紫姫から聞いた事実は余りにも受け入れがたい話だったが、ラクトも同じような事を話したので間違いの無い話だと判明した。内心を読んでも情報は得られないし、かといって機械を破壊できる訳でもない。託された希望は重く、ラクトの顔には険しい表情が浮かんでいる。


「紫姫。残りは?」

「三秒、二――」

「まだ三文字しか……」


 ブラインドタッチではなく、画面を敢えて見ながらラクトはタイピングしていた。眼鏡を掛けている余裕などなく裸眼で作業を進めていくが、彼女の目に映っていたのは黒色の画面。濃い赤色系や青色系よりはマシとしても、目へのダメージは大きいものだった。細かい文字を追うことと目を酷使することにより、数十秒の時間で彼女は疲れを訴える。


「……ごめん。戻って作業していい?」

「邪魔じゃないが、確かに作業内容や実力からすれば、お前は戻るべきだ」

「分かった。じゃ、サタンを――」


 ラクトはサタンの後ろでハッキング作業を継続することを決意し、稔に元居た場所へ戻るための手段を実行してもらうよう交渉してほしいと訴えた。だがラクトは、思いもよらぬ形でサタンによって転送させられる。


「わっ……」


 ノートパソコンを畳んで手に持った瞬間、それを見計らったようにサタンが形振り構わず『転送』の魔法を使用したのだ。聞かされていなかったから、驚いてラクトは声を上げる。そしてそれは、紫姫が使用した特別魔法の効力が切れたことを意味していた。ラクトに解析されつつあったルシフェルは、裸体を晒したまま再び戦闘を始める。


「……よし。歩兵を倒すぞ、紫姫」

「了解した。我は左方さほうを担当する。貴台は右方うほうを担当したまえ」


 自信あり気な表情で「ああ」と言い、稔は紫姫と戦闘に関する会話を終わらせた。未だに効力を発揮し続けている『|跳ね返しの透徹鏡壁《バウンス・ミラーシールド』が、ルシフェルや歩兵たちの攻撃から『黒白』を守ってくれているのは確かだ。しかし稔は、軍人の生き様を考えた時に真っ向から対決するべきだと考えた。敵に殺されたほうが、悔いの残らない死に様だからだ。


 けれど、その考えに抵抗が無かったわけではない。歩兵達の兵力を使えないかと一時的に考えたのである。しかしそれをするとなれば、ラクトの力をまた借りることになってしまう。敵軍総司令官の洗脳に嵌っているのは確かなのだ。加えて「ラクトにこれ以上負担を掛けるべきじゃない」と思い、稔は戦闘すると腹を決めた。


「助けてくれた貴台の為、精一杯の戦いをさせてもらう」

「ああ、そうしてくれ」


 頷き、紫姫を送り出しす稔。直後、稔と紫姫が同時にバリアを破って歩兵達への攻撃を開始した。ラクトが転送されて帰った事を確認したそうで、続けざまに精霊罪源が一時的な参戦を表明する。彼女は『黒白』を補助するため、バリア外に『瞬時転移テレポート』してきて魔法を使用を宣言した。


「――魔法使用停止の術(マジックストップ)、仲間を除いて――」


 料理名を言っているかのようだが、それは魔法使用の宣言であって料理の名称ではない。サタンはそんな使用宣言をした後、すぐにラクトの元へと戻った。赤髪一人では無理に等しい課題であり、主人との連絡も取りづらいためだ。一方の敵方では動揺が走っていた。


「あれは――サタン?」


 目を丸くする敵軍総司令官。魔法を封じられたルシフェルは使いものにならないと、操り人形にしていた罪源に対して怒りをぶつけ始めた。突撃隊に対して暴言を吐いた時と同じような内容で、他人からの評価を気にしない振る舞いには脱帽してしまう程である。


「魔法を封じられたら話にならん! お前なんか要らん! 消えろ!」


 裸の状態のルシフェルに暴言が飛ぶが、総司令官は『黒白』が相手をしていた歩兵達にも暴言を言い放った。洗脳されていたこともあり、彼らは青ざめた顔にしていく。一方の稔と紫姫は、耳障りだったが特に反撃せずに論理を聞く姿勢を見せ続けた。洗脳されていないことの証明も含め、二人は戦いを続ける。


「お前らの実力を買ってやった私を褒め称えよ! そして、もう関わるな!」


 ルシフェルと歩兵は瞳に涙を浮かばせていた。歩兵の中には「お待ちくださいませ、司令官!」と抗議に出るものも居たが、独裁者である総司令官によって黙殺されてしまう。それと同じく、総司令官の手によって歩兵までもが操り人形とされてしまった。皆が身体に異変が起こったと訴え、行動を操作されてしまう。


「我らのせい……なのか?」

「非はあるかも知れない。けど、反政府軍は今の政府を破壊して独裁政権を作りたいだけだって分かっただろ? それに、紫姫はルシフェルと同じ身体にされる可能性がある。非が有る無いは俺が請け負うから、お前はそれに注意してくれ」


 紫姫は望まぬ形で処女を奪われた一人であり、稔から受けた言葉は強く脳裏に焼き付けられた。深く考えることが一点に絞られたこともあり、紫姫が銃弾を撃っていくペースは自然と早くなっている。


「身の危険を感じたら、絶対に戻れ」

「約束する」


 稔は右方における戦闘を再開すると、魂石越しに紫姫へと指示を送った。砲弾と剣を用いながら、稔は右方の歩兵部隊をどんどんと片付けていく。対極の紫姫も歩兵部隊をどんどんと片していた。順調なペースで、このままいけば残り三十秒くらいで終わる。そう思った時だ。


「先輩。パスコードの解読に成功しました!」

「本当か! それは良かった……」


 ラクトが行っていた事柄が成功した知らせを受けて安堵する。しかし、まだ右方の敵は倒しきていない。そのため稔は、余裕を見せている暇を極力無くして剣を振っていた。そうでなければ六方向へ砲弾を撃ち、右方での戦闘を効率化していた。


「紫姫、そっちはどうだ?」

「あと数人で担当人数は終わる」

「奇遇だな、俺もだ」


 『黒白』は状況をやり取りし合いながら作戦を進めていく。駅前での戦闘と合わせれば、延べ四〇〇人を相手に戦った計算になる。恐ろしい数だが、軍人達を「気絶させた」のであって「殺した」わけではなかった。名目上が「更正」であるため、二人とも敵方の軍人を殺さないように留意したのである。


「よし……」


 そして、ようやく訪れた待望の瞬間。『黒白』は歩兵たちの行動を停止させ続け、遂に全員を行動不能に陥らせることが出来た。敵軍総司令官は更なる怒りを露わにするが、ハッキングされている今は完全にラクトの手のひらの上。繋いだ回線を断つこと以外の手段では、強制終了も出来ない。


「クソが! 死ね!」


 強制終了が出来なくなり、総司令官は怒りを露わにした。回線の向こうから、ルシフェルなどを操る為に使用していると思われるデバイスを壊せる程の強さで机らしき物を殴る鈍い音が聞こえる。


「これが正義? ふざけや――」

「ふざけんな。お前のやってる行為の方が正義じゃねえだろ」


 稔はルシフェルらを見ていると思われる総司令官に対し、強い眼力を見せて言い放った。敵は怯え、小さく「ひっ」と声を出したのをラクトに捉えられる。ハッキングされている状況下、総司令官のパソコンから指示を送るためのマイクまでラクトの手中に落ちていたのである。紫姫からそのような情報を得ると、稔はいっそう強気に出た。


「それとも。配下の奴らに裏切られるのが怖いのか?」

「断じて違う! 恐れてなどいない!」

「なら、聞かせてもらおうか。なんで自分で操ることにしたんだ?」


 言われ、敵方は口を重く閉ざした。稔は「言い返せないのか?」と笑い混じりに言い、ラクト並の煽りを行っていく。敵方の総司令官は拳を強く握って震えさていた。そして怒号と共に指示を送るが、切られた回線の向こうには通じない。それは言うまでもなく、あの赤髪ハッカーの仕業だった。


「ありがとよ、ラクト」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ