3-39 傲慢罪源ルシファー √1
部屋へ入ることが出来ると、目に入ってきたのはルシファーが天へと向けた剣だった。既に済ました【詠唱】で得た強力な魔法で立ち向かおうと、彼女は即座に拳銃を構える。二丁の拳銃をそれぞれ構え、間もなくやってくるであろう光線を天高くに作り出した張本人へと向けて撃つ。
「目覚めろ……、ルシファァァァァ!」
後半は声にならないくらいの叫び声になってしまったが、紫姫はそう言って彼女の注意を自分へと向けた。しかし実際のところ、弱点や配置を考えて見れば紫姫は不利だ。圧倒的な戦力差は無いにしても、後方の反政府軍に命を狙われる可能性は否定できまい。つまり、紫姫の戦いは完全な命懸けだったのだ。
「オ前ガ敵軍ノ司令官カ。貴様ノ部下ガ帝国ト帝皇ヲ侮辱シタ。加エテ銃弾ヲ撃チコム? ――フザケヤガッテ。朕ハ絶対ニ許サナイ。許シテタマルカ!」
ルシファーは瞳に輝きを見せること無く、俗にいう『レイプ目』で言った。続けて、構えて上へと向けていた双剣を一気に下へと振り下ろす。同時、両方の剣で何もない場所で斬り裂く仕草をした。凶器を持って狂気に満ちたルシファーの姿は、もはや誰にも止められない暴走した最終兵器にしか見えない。
と、その刹那のことだ。
「なっ――」
ふと見上げた上方。天井があった場所は巨大な光源となっており、大変なエネルギーが溜まっていた。それはバリアで跳ね返す事が出来ないのではないかと思ってしまうくらいの強力さだ。故に紫姫は魂石に向かって伝えた。
「今すぐバリアを解除して会議室へ戻れ! 臨時庁舎の二階は壊滅するぞ!」
第三会議室の先に暗闇があったことを踏まえ、紫姫は会議室まで距離があると仮定した。強力な力を使われたとしても、遠ければバリアが破壊される確率は減る。だからこそ、紫姫は稔にダブルでバリアを張るように求めたのだ。自分の命は元通りに戻すことが出来るのだから、せめて主人だけでも生き残って欲しい。そんな強い思いを紫姫は魂石にぶつけた。
しかし。その紫姫の叫声は、対ルシファー戦線を増員する行為となった。
「紫姫さん。剣には剣で対抗するべきです」
「ユースティティア……?」
ブラックとカナリヤ属性を併せ持ったルシファーに立ち向かうため、稔は自身が第三会議室に戻る一方で精霊を追加投入した。用意されたのは織桜から借りている金髪の少女、ユースティティア。ビリジアンとカナリヤを併せ持っており、紫姫と協戦ってもらって弱点を減らそうという魂胆だ。
ティアは一切の名乗りをせずに剣を構え、続けてそれを振り下ろした。剣に拳銃で立ち向かうことは難しい。たとえ強力だとしても、氷弾である以上は弾き返される可能性の方が高い。だったら、一か八か剣と剣で交えた方が良いはず。そういった所為から、彼女は剣に光を多量に与えて光源へ突撃する。
「紫姫さんはルシファーさんに銃弾を浴びせて下さい」
「は、把握した!」
紫姫は動揺を隠せていなかった。『黒白』が『光白』となった今、司令官は不在。けれども名称からして、稔から権利を譲渡されたのはティアと言って良かった。もっとも、冷静さを貫けているのは現時点で二人ともなのだが。そんな二人は次に、同時で魔法使用を宣言した。
「――白色の銃弾――」
「――諸悪を斬り裂く聖剣――」
多少の変更をしたが、それはティアが【詠唱】を使わない事を前提としたためである。誰かが見ているから言ったとかではなく、それは自発的行為。せめて自分の強い意思だけは見せておこうとしたのである。
そんな紫姫とティアが魔法の使用宣言をしたと同時、隙が見えたと言わんばかりのタイミングで光源の光は下降してくる。紫姫は先程使用した魔法とそれを転用した効力で瞬時に移動し、近距離でルシファーへと銃弾を撃ちこんでいった。一方、ティアは下降し始めた光源を狙って飛び立つ。
「ソンナ攻撃デ屈スルト思ッテイルノカ、バカ小娘共メ。潔ク侮辱ノ罪ヲ受ケ入レヨ。ソレガ貴様ラノ償イトナルノニ」
「そんなの知った事か。我もティアも貴様の暴走に付き合っている暇など無い」
「改善ノ兆候ガ見ラレナイトナレバ、貴様ラヲ更正スル術ハ一ツシカ無イナ」
「撃ちたきゃ撃てば良い。でも、更生するのはお前の方だッ!」
紫姫は構えた拳銃を更に強く握り、大きく息を吐いてからルシファーへと何発も銃弾を浴びせていく。けれど、彼女が着ていた白色の服は非常に頑固な作りであった。なかなか銃弾を浴びせても貫通できずに紫姫は舌打ちをしてしまう。一方のティアは、【詠唱】をしていないにも関わらず必死に聖剣で光源を押さえている。紫姫のためにも引く訳にはいかないと、ティアは強い思いを聖剣に込めていた。
「ダメ……か……?」
ティアは片目を瞑って軽くウインク状態になっており、続けて歯を食いしばって力を入れていることを態度に表面化させた。それと同時に、彼女は『このままだとヤバイ』ということを痛感する。光源を何とか分散させて床上に落としてバリアの破壊を防いでいるものの、跳ね返ってくる光源に襲われないかと心配になっていたのだ。たとえ弱点でないとしても、あまりの強さには限界があった。
「なら――」
剣での限界を感じたティア。最後まで抵抗しても自分が大量の光線を受けるだけだと分かり、早急に対応を取るべきだと別の方法を取り始める。構えていた剣はそのままに、余力を振り絞ってもう片方の手で魔法使用宣言を行って魔法を使った。
「――女神からの断罪角礫――」
現れたのは角礫だ。巨大な岩石を形成するとなると余力では不可能。だからこそティアは、それぞれ独立した岩々を形成して断罪の気持ちを込めることにした。それに続けて、溜まったエネルギーを放出する。光源を目掛けて大量の岩石を当てることにより、降下してきた光線を多方向へと分散させることに成功した。
けれど。『跳ね返しの透徹鏡壁』がある以上、分散させても跳ね返ってくるのは確かだ。一箇所に集結しないのは幸いなことだが、それでも多方向から飛んでくることが幸いとは首を上下に振れる事柄ではない。でも、向かってきた弱い光線を斬り裂くことは容易だ。
「よし……」
一人で頷き、ティアは右手に剣を構えて走りだした。ブラック属性を持っている紫姫に光線が当たる前に自分が光線を斬り裂こうと考えたのである。一つでは足りないとして一本追加し、ティアも双剣の態勢で戦いに臨むことにした。残りの体力や魔力は限界値に達していないから戦えるが、それでも限界との勝負だ。言うまでもなく、これは【詠唱】をしていないことが原因の一つである。
「紫姫さん! もっともっと撃って下さい!」
「分かっている! けれど!」
あまりの装甲の硬さは未だに破れず、紫姫は先程よりも後退していた。ルシファーに当たりそうな光線は残してティアは斬っていくわけだが、その途中で紫姫が使用した魔法と同じ光景を見てしまう。首を左右に振り、ティアは信じられないと言葉を失う。けれど、立ち直ってどんどんと光線を斬る作業を続ける。
その一方、紫姫の内心には最終手段を使用するか否かが浮上していた。希望を粉砕した後に体当たりしてやろうという、剣と銃で現在の主人と交えた時に行った手法で相手を倒そうという計画だ。しかしながら、それをするならば時間を止めてから連続使用したほうが良い。同じ特別魔法の括りということもあるから、それなら魔法は多くあった方がいいという話だ。
そういった魂胆から、紫姫はティアに一切の許可を取らずして『時間停止』を使用する。ルシファー更正の最終手段として、ティアが護ってくれたお返しをする意味を含めて実行したのだ。
「――紫蝶の五判決……十二秒間の時間停止――」
紫姫に戦闘狂化したような感じは見受けられない。自分の正義を根拠に、彼女は拳銃を捨ててまで身を粉にする攻撃技に出ることにしたのだ。それを正義を司る女神は止めようとしないし、魂石を通して伝わってきているはずの主人も止めようとはしない。頼れる精霊の決断を否定する根拠が無かったのだ。
「(やるしか……無いッ!)」
紫姫は稔のような熱い気持ちを持ち、俯いて目を一度瞑る。そして顔を上げ、使用した時間停止の魔法に続けて更なる魔法使用宣言を行う。一二秒という時間を有効活用するためにも、急いで魔法使用をするしか道はなかった。
「――希望の粉砕――」
ルシファーには悪いと思いつつも、彼女は傲慢罪源の内心を読む。そうして見つけた悪の感情。帝国と帝皇を侮辱した反政府軍の奴に向けた殺意剥き出しの感情を知り、紫姫はそれを問答無用でぶっ潰す。ティアさえも干渉させないように止めた時間の中、紫髪を揺らして彼女はルシファーへと突撃しに行った。
「お前の正義は罪の押し付けだ、ルシファァァァァッ!」
そう叫び、紫姫は続けて魔法使用宣言をした。折角できた仲間を裏切るような行為に、当然ながら葛藤という感情が生まれる。けれど彼女は、それを甘えとして押し殺した。そして使用宣言したのは、『判決の最終章』である。
「――闇氷の駆動紫蝶――」
剣を作り出せる状況下では無い以上、紫姫に出来たことは拳銃による射撃か突撃攻撃の二通りの攻撃しか無かった。もっとも、時間停止後に使用できる魔法は順番的に限られていることもあり、そもそも使えたのが『闇氷の駆動紫蝶』しか無かったのも事実だが。
「覚悟せよ、ルシファァァァァッ!」
右肘より下の部分に力を込め、紫姫は凄まじい速さでルシファーの元へと移動する。右手を失う可能性は否めなかったが、一方で強力な魔法を少ない魔力で使用できる今、魔力を大量に溜めた後に魔法へと変換するという行為は逆手を取った形でもあった。
「(神よ。頼む……ッ!)」
精神的に追い詰められた状況で残った技は唯一つ。もはや紫姫は、八百万の神へとルシファーが更正してくれることを祈ることでしか心を癒せなかった。右手に込めた魔力を解き放つまでは僅かだったが、ルシファー本体を目の前にするまで彼女は撃ち殺したくなる自分のもう一つの感情も動かしていた。
「更正せよ、ルシファァァ――ッ!」
紫姫は勢い良く右手を振り下ろした。しかし、装甲は岩盤のような硬さでなかなか壊すことが出来ない。けれども精霊として、彼女は自分の意思を石へ向かわしていった。次に右手へ向かわし、魔力を大量に消費してまで装甲を打ち砕こうとする。その時の紫姫の表情は戦闘狂以下にしては異例といえる、鬼のような形相だった。
「打ち抜け、我が右手よ――ッ!」
片目を瞑り、歯を食いしばり、瞑った目からは涙を流す。紫姫が装甲に右手を当てていた時、氷冷な白色の光と風が発生していた。それだけ相当な魔力と体力を消費していた紫姫も、限界がどれくらいだかは検討を付けることが出来る。そしてその限界は、ルシファーの更正前に来てしまうのではないかという心配すら生まれてしまう。
けれど、それは突如として訪れた。
「……え?」
紫姫の右手にあった硬い装甲は一瞬にして質量を失い、彼女の右手は壊されないままに身体が前へのめり込んでいたのである。一二秒間という聖域が終わってしまったのではないかと思うが、実際は終わっていなかった。カウント上では残り一秒だったのである。
けれど、紫姫によって入れられた攻撃でルシファーが強烈な痛みに苦しめられてしまった。【詠唱】したことで更正してもらえる状態に早くもっていけたのは良かったが、それは皮肉にも更なる恨みを生むだけに過ぎなかったのだ。
「マダ朕ニ抵抗スル気ナノカ、反政府軍ノ愚カナ者メ!」
「愚かなのは貴様のほうだ、ルシファー。早急に我々への復讐攻撃を止めよ!」
「嫌ダ。コレハ我ガ主ノ命令シタ最終攻撃デアリ、コレヲ阻害スル者ハ許サヌ」
「阻害する? この期に及んで、まだ貴様は戯言を申すか!」
更正してくれたはずだと思っていたこともあり、紫姫は相当な怒りの感情を抱いていた。鬼の形相が収まったかと思えば彼女の表情は再び硬く険しいものへと変わっており、その形相が綻ぶことは先の話だと紫姫は痛感する。
「コレハ戯言デハナイ。主君ノ命ダ。貴様モ主君ノ命ニハ絶対従ウダロウ?」
「従うだろう。だが我の場合、お前のような恨み晴らしをするために暴走したら主人は止めに入る。制御が効かなくなった精霊を止めに入るのも主君の義務だ」
「主君ノ義務ガ精霊ノ制御ナド、脳内ヲ花畑ニシタ者ガ考エル話ニシカ聞コエヌ。全ク、低能奴ガ朕ニ対シテソノヨウナ暴言ヲ吐クノハ止メテモライタイ」
ルシファーは既に戦闘狂となる準備を始めていた。紫姫はそれを感じ、近づいていた状況から瞬時に距離を置く。そんな中でルシファーと紫姫が言い争うが、傲慢の罪源が紫姫の言葉に反論し終えたと同時のことだ。
「ルシファー。残念だが、主人は配下の精霊も罪源も管理する権利がある」
「アメ……ジスト?」
「ああ、そうだ。紫姫を助けに来た。――『黒白』で相手しろとの指示でな!」
紫姫は稔が戻ってきたことを歓迎したが、一方で同一人物なのか心配になっていた。あれほど葛藤していた主人が、何の躊躇いもなく帰還するとは思えなかったのである。加えて見渡した時、ティアが見えなかったため心配にも拍車が掛かった。
「どういうことだ? ティアは……」
「この施設を敵軍から守るため、サタンやイステルと共に最前線で戦っている。でも、『回復の薬に関しては既に入手済みだから心配すんな」
「了解した」
二人きりの場所をセッティングしてくれたとか、そんなロマンチスト的な思想など今の紫姫には無い。けれども、再び『黒白』の真の力を証明する事が出来る機会が与えられたことに彼女は歓喜しており、説明を聞いた後に返した答えと同じく笑顔を見せていた。
「……待て。施設とはどういうことだ?」
「敵軍の侵入が確認されたらしくてな。施設前の騎士達も病院送りだそうだ」
「そうなのか……」
紫姫は稔から詳細を聞くと同時、主人へ反発感を抱いた。彼女が役に立たないくらい最前線で活用できない魔法の持ち主だというのに、そんな彼女を置いてまでして罪源の更正に掛かろうというのである。つい先程、強姦一歩手前まで追い詰められた召使を捨てるような行為が紫姫には理解出来なかった。
でも、そんな心配する紫姫をよそに聞こえてくるのは好成績の発表だ。
『現在、新政府軍は快進撃を続けています。臨時政府庁舎の敷地の一部を除いて奪還に成功しました。その他、新たな兵士を入手しましたので報告します』
魂石を通して伝わってきた内容に紫姫は少し驚いてしまう。けれど、それは今しかルシファーを更生する絶好の機会が無いことを遠回しに意味しており、紫姫は稔の考えに同乗することにした。だが、その解答を拒むように稔が話す。
「サタンとティアとイステルは敷地奪還の最前戦線、エルジクスとヘル、スルトにラクトは第三会議室で最終防衛戦線の守衛に当たっている。『黒白』は捕虜と仲間を更生する最前戦線だ。どうだ、紫姫。俺の案に乗ってみないか?」
「バカか、参加するに決まっているだろう」
「ありがとう、紫姫」
互いに会話を済まし、稔と紫姫はグータッチを交わす。一方のルシファーは、そんな二人を見ながら戦闘狂へと堕ちに堕ちていた。そのような中、傲慢の罪源は戦いを行う意向を示した稔と紫姫を敵と捉えて双剣を構える。
「主君ヲ殺シタ敵ヲ打ッテヤル。覚悟セヨ、『黒白』……」
左右の手に剣を構えるルシファー。翻って、対抗する稔も左右の手に剣を構えていた。全てはルシファーの更正のために。そう互いに誓い、『黒白』は稔の言葉に紫姫が続く形で傲慢の罪源に対して言い放った。
「たとえ最強でなくても、弱いところを隠しあえたなら最強が生まれる」
「ここに最強のタッグとして、更正すべき相手の為に共闘することを――」
黒色は両手に剣を持ち、白色は両手に拳銃を持つ。白色の冷たさと紫色の神秘さと黒色の闇が交じり合っていく中、『黒白』は息を合わせて言い放った。
「「――宣言する――」」




