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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-38 対突撃隊

「ナゼ、オ前ハコレマデ敵ダッタ相手ヲ信用スルノダ?」

「簡単な話だ。俺の母国にはな、『昨日の敵は今日の友』ってことわざが有るんだ」

「諺……?」

「そうだ。古来から言い伝えられてきた言葉で、要約するなら伝統の一種ってところか」


 稔は簡単に説明した。あまり長引いても、突撃隊から攻撃を受けて餌食となるだけである。稔は自分自身が防御特化になれると思っていたこともあって、注意を払いたくあった。だからこそ説明は簡単にしておいたのだ。そんな稔の気持ちを察し、ルシファーも稔からそれ以上の説明を受けようとはしない。


 ――と、その時だ。稔が入室を許可した輩が、強烈な力で扉を蹴った。既に歯車は狂い始めているらしく、今の彼らには理性というものが無い。無論、痛みなんて感じない。それは例えるなら、体内で寄生虫を育て死んでしまう昆虫のような生き様だ。けれど、稔は『無様』と笑うことはない。相手は狂ったとしても『ヒト』である。見下したところで戦が収まるはずがないのだから、意味のない行為はしないという立場を取った。


「突撃ッ!」


 男の声だ。それと同時に拳銃を構えた音が聞こえたことから、彼が率いる隊員は少なくとも所持者が一人は居ることが分かった。とはいえ、フェイクの可能性や隠し持っている可能性など、列挙出来るくらい憂慮すべき点はある。しかし、稔は既に軍人としての志を固めていた。「平和ボケなんか捨てちまえ」と思い、幸福な異世界を作ることを目標として正義を掲げた戦いを繰り広げると誓う。


「撃て!」


 そんな直後である。ついに扉が打ち破られたかと思えば、続けざまに敵は稔を狙って発砲した。たちまち室内には銃声音が響く。嫌な音だと嫌悪感を抱くが、稔は出来たともを守るために行動を取る。


「俺の命令に従う必要はない。指示もしかりだ。お前の好きなように戦ってくれれば結構だ、ルシファー」


 言い、稔はルシファーを中心に『跳ね返しの透徹鏡壁バウンス・ミラーシールド』を使用する。一方の魔法使用者はといえば、彼は紫色の光を放つ剣を右手に持って最前線へと向かっていた。よくありがちな叫声を上げることはない。彼の口から抑えきれず出ている声は、走る以上は生まれてしまうあの呼吸だ。


 だが、室内を颯爽と駆け抜けていた途中のことである。稔が所持していた魂石が紫色の光を帯びていたのだ。同時に紫姫からのメッセージだと察しもついた稔。けれど、彼は一瞬だけ意識をそちらに傾けると元に戻し、また進軍してきた反政府軍らしき軍人らへ攻撃を喰らわしに掛かる。だが、それは主人一人では力不足だと思った精霊が送った合図であった。


「紫姫……?」

「貴台の彼女らから指示を受けたんだ。我一人の意思ではない。熱願冷諦して結論へと至った『総意』だ」


 紫姫は魂石から出現した理由を話すと、続けて所持していた拳銃を構える。続けて駆けていく稔に止まるように頼んだ。時間を停止させるのは先の話だろうと分かっていたが、それでも相手の攻撃を受ける前に体制だけは作っておきたかったのである。跳ね返しを可能にした以上、危険を冒してまで主人がバリアを出てくる意味は無い。そう、魂石から現れた精霊は主張した。


「そういうことなら分かった。指揮権は俺にある。けど、この戦いはお前の物だ」


 稔は言い、紫姫の話を呑んだ。対して紫姫は、隙を突いた相手サイドの銃撃を見事に交わした。そうして「ありがとう」と残し、『覚醒形態アルティメット』にならない状態で彼女は一人戦っていく。まるで精霊が最終兵器であるように、彼女の戦い方は世界の終焉を告げる様であった。


「……ん?」


 けれど、その終焉さは一瞬にして消えてしまう。あろうことか、紫姫が謎の書籍を手に持ったのである。薄い本ぐらいの厚みでは無いにしろ、それは隙を見せているようなものである。いくら蝶だからといつでも軽快な動きが出来るはずがないというのに、彼女は相手を見下すような行動を取り始めたのだ。でも、そんなものは稔の思い込みだった。紫姫が書籍を取り出した理由が、至極単純なものだったからだ。



「――【詠唱アリア】――」



 それは言うまでもなく、アニメで見るテンプレ厨二病患者であれば必ず通る道だ。格好良い漢字に背筋がゾクゾクするようなルビを振って恥ずかしさの欠片もないと思い込んで、周囲がドン引きするような自意識過剰さを見つける。そんな一種の方法を、紫姫は相手を見下すような隙を見せて言っていった。



「番えしは我が軍の栄光と勝利。紫色の蝶と共に舞え、白色はくしょくに染められし銀の桜の一片。今こそ降臨せよ、真の帝国精霊。封じられた力を解放したまえ、死を恐れぬ紫の蝶《デッドエンド・バタフライ》」


 長い【詠唱】のように聞こえたが、それは一五秒ほどのものだ。その間に数発ほど被弾していたのだが、紫姫はそんなものを物ともせずに【詠唱】を終えてしまった。それを見ただけでも、敵軍サイドは足の震えが止まらない。圧倒的な戦力差を感じ、歩兵は戦慄以上の震えによって跪こうとしていた。


「誇るは桜。第三精霊、今、散華するとき!」


 紫姫はそう言って拳銃を瞬時に二つに増産した。それに続けて、問題なく使用できる程度に中へぎゅうぎゅうと銃弾を詰めているのを僅か数秒で確認する。銃口は敵軍へと向けられており、もはや彼女に制御の二文字は無い。声に余裕は残っており、理性はあるようだ。だが、兵器ではないにしても超強力な力である。【詠唱】を終えた後、一段階強化された精霊の強さは計り知れない。


「政府軍の攻撃になど屈するな! 進め、進めえええッ!」


 敵軍の総司令官が乗り込んできたわけではないようだ。政府庁舎へ不法に侵入して器物破損をしてくれた者達は、ここに居ない女の声を聞いていた。女の声と来れば、地位の高い敵軍の女といえば、もはや絞られて挙げられる者は唯一人。敵軍の総司令官だけである。しかし紫姫は、そんなことを考えずに銃弾を放った。さり気なく、彼女は二弾同時に放っている。


「いっ……」


 百発百中と言われているわけではなかった紫姫。でも、彼女は【詠唱】のおかげで強い集中力を入手していて、見事に銃弾を敵軍へと当てていた。だが、溢れだす血は魔族デビルルドの中でも抵抗を感じるものが居るらしい。その典型的な人物だった歩兵の一人が温かくドロドロとした鮮血に吐き気を催し、その場で嘔吐した。


「何をしている! ……もういい! 死んでしまえ、この役立たずらが!」


 けれど、そんな状況を見た敵軍の総司令官は怒号を浴びせた。同時に彼女は回線を切断したらしく、本部からの情報が手に入らなくなった敵軍は苦渋の決断を強いられる。中でも軍の長は歯を食いしばって両拳を強く握っていた。


「――散る。我が軍は今、この場で散るぞおおおッ!」


 しかし、反政府軍の突撃部隊長は敗北を宣言することなどなかった。従っていた軍隊の最高司令官――即ち元帥が切り捨てたことを知って、狂っていた歯車を更に狂わし、彼は「敗北するならこの場で」に似た内容の事柄を言い放つ。その一方の紫姫は、一切の情けを掛けずに攻撃を行う。


「僕が死ぬ前に君が死ね、お前が死ね、死んでしまえ! こんな帝国なんか帝皇なんか滅んでしまえ! もうどうでもいい、僕はどうでもいいんだッ!」


 突撃部隊の隊長は続けて大笑いを浮かべた。出来る限りに両手を広げ、足と足の間を適度に開いて支配者のポーズを見せていたのだ。だが、その刹那だ。一段階以上も火力が上昇した紫姫が銃弾を発砲したのである。


 だが、その銃弾は外れ――違う。打ち消された。


「ルシ――」


 バリアも同様に消されていた。稔は打ち消された銃弾の行方を追い、消されたバリアに驚き、驚愕して名前を言うも途中で止めてしまう。先程、反政府軍が来る前に『跳ね返しの透徹鏡壁』を張って政府高官らの攻撃を受けていた時も、バリアを割ったのはルシファーだった。思い返し、彼女の強い力を再度確認する。


 しかし、その力の先にあったのは『暴走』だ。罪源も精霊も、理性を失った先に待っているのは戦闘狂化。紫姫の場合、『覚醒形態』ではなく【詠唱】だったからこそ理性を保てていたが、ルシファーの場合は違った。目が覚めたように気づき、紫姫は「はっ」とした表情で冷静な通常の状態へと戻る。


「貴台。もしかすると、ルシファーは既に――」

「『覚醒形態』……なのか?」


 ルシファーは既に五十パーセント体力を奪われている。そんな中で使用した特化型攻撃法の『覚醒形態』。回復してくれる召使は確かに稔の配下に居るし、道具を持っている精霊だっている。けれど、膨大な力を失って回復するために必要なのは精霊魂石だ。それを持っていた主人が消えた今、『覚醒形態』を使用したということは、言い換えるなら『特攻』だった。


「帝国ヲ、帝皇陛下ヲ……侮辱スルナアアアアアッ!」


 ルシファーは叫声する。それに続き、彼女は『明けの明星』を使用するために必要な剣を二つにした。紫姫が拳銃を二つ所持していたように、彼女も二つの剣を持ったのである。その一方、稔と紫姫は有ることを懸念していた。


「紫姫。ひょっとして、これって『リンチ』なんじゃ……」

「貴台と同じことを思っていたのだ。我も現在進行形で、この行為は道理ではないと思ってきた。しかしやはり、根源にあるのは貴台の発言だと我は思うぞ」

「俺とルシファーは同盟を組んでないから好きなようにしろ、ってやつか」

「その通り。けれど、『あくまで一つ』だ。貴台を完全否定してはいない」


 紫姫は稔の言い分も受け入れる姿勢を示したが、一方の主人は精霊に何か言う気はなかった。完全否定されていないだけで十分だったのだ。それよりか、今は目の前にある苦渋の決断をどうにかして解決しなければならない。


「よし、分かった。部屋全体にバリアを張るぞ」

「どういうことだ?」

「ルシファーの強烈な攻撃を防ぐんだ」

「了解した。必要なデータは部屋の寸法か?」

「そうだな。一二秒の間でアカウサギと協力して情報を収集してもらいたい」

「把握。では、使用する」


 紫姫の話を聞いて後退する気など無く、稔は寸秒で首を上下に振った。そして紫姫の魔法使用宣言が始まる。アカウサギは当然ながら指定圏外とし、魔法を使用した頃には寸法を図り始めてもらっていた『黒白』。二人はアカウサギに感謝の意を抱きながら、使用が受理されて止まった一二秒で作業を行っていく。


「高さは?」

「二メートル二十センチ。底面積の縦横は八メートルと一六メートルだ」

「分かった。つか、こっち来いよ。範囲から外れる気か?」

「す、少し時間が残った訳だ。……最後の借りを返してくれないか?」


 紫姫がモジモジしながら下を向いて言うと、稔は「分かった」と言って紫姫の背中と頭にそれぞれの手を回した。そして軽い彼女の身体を持ち上げる。


「わっ……」

「柔らかくて軽いな。じゃ、終わりだ」

「お、おう……」


 未だ動揺を隠せていない紫姫を寄せると、稔はルシファーにバレないように内心で魔法使用の宣言を行う。言い放った語句は、紫姫とアカウサギが求めてくれたものを活用していた。それを言い切ると、続けて稔はサディスティーアの居た部屋から退出する。自分のいるほうが『内』となって攻撃を跳ね返す仕組みである以上、そうせざるを得ないのだ。


「頼む……!」


 ルシファーが光を纏った剣を振り下ろした頃、黒白は手を組んで祈っていた。サタンが多大なダメージを受けたことからも言えるが、彼女が振り切った光る剣から放たれる『明ケノ明星』の威力は凄まじいのだ。一般人をもかき集めて形成したとしか思えない集団に対し、そのような攻撃を加えたら結末は見えている。


「(俺の無能さを、許てくれ……)」


 稔は歯を食いしばり、自身に対して強く苛立ちを覚えた。臆病さを克服してきていたというのに、自分は精霊一人を従えて戦闘に臨んでいる真っ只中だというのに。それらの権限を『譲渡』とか『効力を発揮するためには無理』と言い、前へと出れない状況を次々と乱立させてしまった。


 深く反省し、痛切な思いを抱きく稔。ルシファーが怒ったのは自分の力不足だと、どんな顔してラクトとサタンの元へ戻ればいいのか分からなくなってしまった。けれど、そんな主人の気持ちを知って紫姫が心を決める。


「貴台が理論的にバリア内に入れないというのなら、我が向かう」

「……え?」

「大丈夫だ。精霊魂石で我が生きているか否かは分かる」

「けど、そんなの俺が情けないって言ってるようなもんじゃねえか!」


 稔は自分への怒りの矛先を遂には紫姫へ向けてしまう。けれど、その衝動は一瞬にして鎮静した。紫姫が自身の思いを主人へと強く訴えたのである。


「稔。『黒白』は貴台と我で構成される。片方が欠損しようが、片方が戦えるのなら希望は残っているはずだ。なれば、残った者が戦わない理由は無い。それこそ我は【詠唱】しているから、今なら強力な効力の魔法を使用できる」


 ルシファーの超強力な魔法に逆らうために必要な力は在る。紫姫は自意識過剰と嘲笑われることを承知の上で言い、ルシファーの元へ乗り込む覚悟を決めていた。けれど一方、稔の反応が無い。放心しているのだと仮定し、紫姫は深呼吸してから捨て台詞を吐くように言った。


「貴台の命令には背くかもしれないが、これが我の正義なのだ」

「なら、生きて帰って来い。それが条件だ」

「ありがとう。では、この力を正義の為に使わしてもらうこととする」


 紫姫は精霊魂石をぎゅっと握り、自身の特別魔法から『|漆黒の蝶舞《ジェッドブラック・バタフライダンス』を選択し、『エンド・シュヴァルツ・ダンス』と呼称を変えて使用した。意味さえ伝われば無問題であることを活用した形だ。続けて転用し、紫姫は高速移動するための魔法として使用した。


「頼むぞ、紫姫」

 

 稔は内心でそう言い、小さくなる紫姫の背中を見ていた。

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