3-32 対帝国政府-Ⅹ
挿して回した時だ。ガチャ、と檻の施錠が解かれる音が聞こえた。それを合図に、自身の母親との完全再会を果たそうとラクトが一目散に檻へと入っていく。檻の一部だけゲートのようになっていたので、なりふり構わず彼女はそこから入って行っていた。
「稔さん、と申しましたか?」
「そうで――」
「娘を、どうか宜しくお願いします……」
「ど、ど、土下座なんかしないで下さい! お義母さんは頭を下げる立場じゃ無いじゃないですか」
稔はそう言い、自ら膝を付いて頭を下げた。ラクトの母親が自身の義母となる可能性は否定出来ないし、可能性は相当だ。だからこそ、稔は空いた時間を有意義に有効に利用するべきだと考えた。けれど、そんな中でこれまで敬語を話さないことを貫いてきた稔が、彼女の母親を前では敬語がついつい口から出てしまう。
「らしくないよね、敬語なんてさ」
「そうだな」
稔は「うるせえよ! 今聞くないで後で聞けよ」とラクトの行動を批判していた。でもそれは内心の話である。要は『本音』だ。『本音と建前』という言葉があるように、稔は建前上では感情を包み込むような対応をしていた。口から出てきた言葉はどことなく自分への皮肉に次第と聞こえてきたが、それは内心と外見で見た時の印象が真っ向から異なっていた為である。
「ところで、娘とは始めているのでしょうか?」
「……な、なんの話?」
「二人の間に新しい命を芽吹かせ――」
「(この母親……)」
聞かなくても良かったと、ラクトは自分の母親の質問に冷たく講義する意思を頭を抱えることで示した。稔はそっぽを向いて部外者になろうとするが――不可能である。この状況で無闇に行動をとって不審者扱いされては困る。唯でさえ帝国政府関係者が性処理部屋として使っているのだから、稔が下手な行動を取ることは性別的に無理があった。とはいえ彼は、ラクトに一任するのは断固として阻止する構えである。
「そ、そういうのは聞かないでよ!」
「こう見えて凄く恥ずかしがり屋なんでわからないかもしれませんが、子供に関しては今後連絡します」
「そうですか。では、依存症にならない程度に幸せな家庭を気づいて下さい
「はい、わかりました」
稔は笑顔を見せてそう言った。直後にラクトの母親が手にされていた手錠も解除し、手の動作が自由に出来るようにする。その後ラクトの母親の裸を見ないように配慮しつつ、稔は限りなく義母に近い女性の足に付けられていた手錠も解除した。それは即ち、足の自由――手足の自由を意味している。
「ありがとうございます。それでは、他の捕虜の解放を行いましょう」
ラクトの母親はそう言い、長い間使用していなかった足に力を入れた。踏ん張った訳ではない。二足歩行するために力を入れたのである。けれど、彼女は足を痛めていた。深刻な事態ではなかったが、足を動かしていないことが多くて使い方がいまいち分からなくなっていたのだ。
「危ないなあ、もう。――ほら」
「ありがとう……」
稔にはパスキーの入力と施錠された部屋の鍵を解除する役割を務めてもらうことにし、稔の補佐役として仕事を引き受けることにしたラクト。その第一弾として彼女は自分の母親が歩けない事を踏まえ、おんぶすることにした。重みは確かにあるが、それは歩けなくなる辛さを知った母とは大きく溝を開ける違いだ。
そうして稔と母を背負ったラクトは前へと歩き出した。
「言い忘れていました。通路の奥へと進んでいくことは、即ち捕虜の年齢が若くなることを示しています」
「それってつまり、一番向こうには一二歳の少女が居る可能性が否定出来ない――と?」
「その通りです。ですが、詳しいことは現地に行かなければ掴めません。ですから、早く向かいましょう」
ラクトの母親は身体を我が子に預けた状態で稔と話していたが、その台詞で会話は一区切り付いてしまった。「言い忘れていました」ときたので、稔はラクトの母親が自ら姓名を名乗るのかと思ったのだが――どうやら違うようだ。そのため稔は、ラクトの母親に直接聞かずに自らの母親をおんぶしている赤髪本人に聞いた。だが、彼女は内心を既に読み解いているので解答は早い。
「日本式の名乗り方なら『ドンケル・ハイト』。『ハイトさん』って呼べば問題ないんじゃないかな」
「いい名前だ。それと、お前が俺を散々罵っていた『厨二病』に通づるような名前の気がするな」
「そうかな? 身内だから、肯定するも否定するもどっちつかずの立場になれないや」
ラクトは自分の境遇を考え、名前をイジることでろくなことが起こるとは思えなかったので深く入ることはしなかった。一方で浅いままに延々と話を引きずることもない。「ドンマイ」と稔に言われたので、それで一気に熱が冷めたような感じだったのである。
「それじゃラクト、ハイト。救出に向かおう」
「敬語、消えましたね」
「それが俺だからな。許してくれてありがとう」
今度は稔からの『ありがとう』。散々ハイトに言われたので、どこか鬱陶しかったのである。なんでもかんでも謝罪することで罪が軽くなることは無い。同じように感謝の気持ちを繰り返し綴るのは、簡潔に言えばくどいだけ。つまり、ドストレートに伝えると病み上がりのハイトの気持ちは良くないと思い、稔は遠回しに言っていたのだ。
「手か首にある番号はラクトかハイトがチェックしてくれ」
「了解」
次の監禁部屋に到着し、二人目の解放作戦を開始した。でも、二人目以降の救出はそう簡単に終わらなかった。ラクトの母親一人だけを救出するような展開であったのなら、どれだけ簡単に幕を閉じられたかと思う。
しかし、そんな考えは一瞬で消え去った。ラクトが背中におんぶしているハイトだけを特別扱いするべきではないと思ったのだ。ハイトより年下の者達はいっぱい居る。だからこそ、そんな人達を見捨てるわけにはいかない。正義という言葉を味方として後ろに付けた以上、それは仕方がなかった。
そうしてラクトがハイトをおんぶしているのを横にして進め、稔は何とか監禁された女性たちの救出に成功した。帝国政府に献上された女性――ドストレートに言い換えるなら『性奴隷たち』。そんな彼女らの学力ときたら、どれだけ自分が恵まれているか分からせてくれるくらいだった。
「これも全て、あいつらの仕業……なのか?」
「そうです。学力が無くったって、性処理に尽力する女なら檻の中にいつでも入れておく連中ですから」
ハイトは冷淡な口調で喋っていた。我が子との再会もクールに果たしたこともそうだが、感情が乏しいのは召使や精霊、罪源だからというわけではないのである。過去に悲しい記憶を持っていたりして感情を前に押し出すことが出来ない、そういう奴だっているのだ。もっとも、その逆を行くのがラクトであるが。ハイトのローテンションから始まって周囲の性奴隷達に感情がないことを知り、稔はそんなことを思った。
だがそんな時。稔はふと、脳裏にとある質問を思いついた。それはハイトのトラウマを踏み躙るような卑劣極まりない行為かもしれないと聞く前々から思っていたが、それでも稔は断行して質問する。
「唐突だが、聞かせてくれ。献上された後は誰に尽くしていたんだ?」
「政府の関係者が中心でした。酷い時には一日で二〇人くらいは相手をしていたと思います」
「二〇人、か。でもそれ、裏付ける資料とかは――」
稔はハイトに資料の提示を求めた。確かにハイトの言葉を信じたい。けれど、言葉だけを信じてしまっては『捏造を証拠に論争する』という最悪の事態を招きかねない。人の言っていることはあくまで『参考』にするべきことであり、鵜呑みにするべきではないのである。「信じる」と「騙される」という言葉が紙一重である限り。
けれども、ハイトは一切の動揺を見せなかった。冷淡な姿勢を貫いていたのだ。彼女がそのような態度を見せるのは何となく分かっていたようなもの。けれど、稔を黙らせるようにハイトがデバイスの方を指し示したことで、ハイトの見せた一連の行動が繋がっていたことを証明した。
「そういった事に関してはデバイスで御確認ください。名前の下に『本日の使用回数』と書かれていると思います。その『使用回数』というのは、デバイスを弄った回数ではありません。性交渉に及んだ回数を示しています。原則として政府関係者はタップしてから臨むことになっていますので、正確性は十分でしょう」
「それは重要な証拠だな。奴らを辱めるために性癖を暴くことも可能かもしれない」
「残念ながら道具は記録されていません。ただ、年齢や顔、スリーサイズで好みは分かるでしょう」
「初めてのエロゲーで性癖が決まる」と言われる事があるが、誰にだってバレたくない秘密はあるものだ。そんな中でも、性癖をバラすことは躊躇いを感じるものである。対象の年齢が分かってしまう事以上に弱みを握れることもないはずだ。それこそ最小年齢の一二歳を相手に何度もしている野郎なんかは、「弱い者を犯して興奮する最低な野郎」と決めつけられておかしくない。
そんな風に弱みを握ろうと模索し始める親と彼氏を見つつ、ハイトをおんぶしていたラクトは救出された幼い子が可哀想になって頭を抱えた。とはいえ、そんな幼い子も強引に処女を奪われた被害者である。無論、到底、処女厨が求めるような『純粋無垢』とは程遠いだろう。しかし、ラクトはどうしても思ってしまった。「まだ無垢さがある子に聞かせる内容ではない」と。
「小さい子も居るんだから、そういう話はするべきじゃないと思うけどな?」
「らしくないことを言うけど、正論だな」
「酷い……」
ラクトはムスッとした表情を浮かべた。右頬を膨らまし、抗議の意を強くしている。一方の稔は、そんなラクトとは対照的に楽観的な言い回しで会話を続けた。
「まあまあ、そう悲しむなって。『気が利く』って表向きは褒めてるんだから」
「遠回しすぎんだろっ!」




