3-27 対帝国政府-Ⅴ
「そこでだ。貴台、イステルとティアを戻しても良いのではないだろうか?」
「ダメだ。あいつにダメージを与えるには通常の遠距離魔法では不可だと分かってしまったからな」
「そのようなことを言うのであれば、我だって魔法使用が出来ない空間へと突撃出来ないではないか……」
あたかも自分の特別魔法が一つしか無いような言い方をする紫姫。一方の稔は、突撃せずとも時間を止める事も出来るから「有能」と判断して残しているだけに過ぎなかった。けれども、やはり口で言ってもらわないと単純な者は気付くことが出来ない。嘘を見抜けないように、真実も見抜けない事があるのだ。
しかし、真面目な話から入るのは恥ずかしいと思ってしまう癖が稔にはあった。指示を含んだ会話という訳でもなかったから、真面目に魔法を語るのは厨二病全開な気がしたというのが主な理由だ。だから、少し軽めな雰囲気を自分なりに作って話を進めた。
「何言ってんだ。紫姫は人の心を読めるし、時間だって止められるじゃないか。むしろ何が不満なんだ?」
「我は『覚醒形態』となった。しかし、未だに本当の力を用いて敵と交わっていない」
「馬鹿だろ。敵に立ち向かって行くことだけがバトルじゃないって。肉体と頭脳と精神、三つを巧みに使ってこそ勝利は得られるんだ。もっとも、下に就く奴は上が無能だと三拍手揃っても才能なんか活かせないが」
稔は自分のことを無能な主人だと思いたくはなかったが、取りあえず紫姫から指摘を受ける可能性も視野に入れて自虐に出来る心構えを整えておいた。けれど、紫姫から届いた台詞は「確かにそうだ」という、同じ立場を表明する姿勢だ。
そこで稔は、当初の予定を変更して紫姫の事を褒める台詞を言っていくことにした。バリアを破られるまで猶予は残っている。時間なんて止めようと思えば何時でも止められる。だからこそ、戦闘狂にならない程度に紫姫をコントロール出来る力を今のうちに手に入れておこうと、配下の精霊との会話を稔は大切にした。
「紫姫。さっき、イステルとティアが共に交戦しただろ? けど、二人は思うような結果が出せなかった。もちろん責めるべきことじゃない。結果を出せないことは誰でも有るからな」
「確かにそうだが、戦闘を開始しているんだ。我は脳天気な事を言っていられないと思うぞ?」
「そうかもな。けどな、俺だって考えてるんだぞ?」
「どんなことを考えているんだ。――や、やましいことか?」
「そんなことあるか! ……欲求は既に解消されてるから安心しろ」
稔は、紫姫を落ち着かせるために嘘の一切を付かずに綺麗な真実を話した。それと同時、おちょくる気が有った彼は、いつの間にか紫姫におちょくられている気がしなくもないと感じ始める。その反面で純粋さを感じるような照れたシーンもあり、おちょくっているのか構って欲しいのか訳がわからなくなってきた。彼はひとまず嘆息し、続けて紫姫に言う。
「パーセントで相手にダメージを与えるのが効果的だろう、って考えてるかな」
「成る程。確かに、パーセントであれば大ダメージを与えることは可能だ」
紫姫は稔の提案を呑む気でいた。サタナキアの体力も魔力も有り余っている事は目に見えた話だ。ここまで余裕を持って戦って、今ようやく解放したばかりの彼に大ダメージを与える手段としては有効すぎる。けれども、同じように疑問点も浮かんできていた。
「しかしだ。我が思うに、大ダメージを与えても回復される可能性は否定出来ないだろう?」
「回復する魔法が飛んできたら大変なのは否定出来ないな。けど、『回復の薬』を使った消耗戦であれば問題は無いと思う。――つか、頭で考えてるだけで何か始まる訳が無いだろ」
「先程の貴台の話と矛盾している気がするが――」
「対策する事は大切だ。それを基に何事も作っていくからな。けど、それを上回る事が起きないとは限らないだろ? 俺の指示だけに従えなんて言わないから、臨機応変さを持って戦えばいい。そうすれば勝てる」
臨機応変な対応を取れない人物が優秀な人材なはずがない。そんな風に稔は言い、考えこむ自分を嘲笑する自虐ネタとして使用した。でもそれは、同じように紫姫へ向けられたメッセージでもある。
「紫姫さん、私と繋いで二四秒もあるんです。時間を止めて会話すればいいじゃないですか」
「サタンの案も一理ある」
サタンは効果が切れる前に、遠距離魔法を中心として既に戦闘を開始していた。それは全て、『複製』を使用し、稔、ラクト、紫姫、リリス、ワースト、イステル、ティア、そのそれぞれから得た魔法である。一時間しか使用できないこともあり、彼女は急いで使用していく。
「まあ、そういうことだ。責任は全て俺にあるんだし、紫姫は存分に戦えばいい」
「りょ、了解した」
紫姫は話の流れについて行けなかったが、取り敢えずそう言って話を終わらせた。結局、「玉石混交とした情報から取捨選択しろ」ということで話は終わったのだ。つまり、三人がバリアを破られる前に結束を深めるだけの、いわば親睦会のようなものでしかなかったのである。でも、紫姫の存在意義が親睦を深めて確定した。
「では、貴台の指示に従って――参る!」
紫姫はそう言い、続いて内心での魔法使用宣言へと移行する。
「――S・F――」
本来の使用目的は相手の所持しているアイテムを消費させることなのかとか、紫姫は使用した後に自分以外の二人から聞いた話を脳内再生して考える。でも、五〇パーセント相手の体力と魔法を削るだけの赤ちゃんでも分かるような単純過ぎる魔法の本来の意味は、使用者にもよく分からなかった。
「う……」
考えても結論が見えてこない中、紫姫が撃った五〇パーセントカット魔法は敵サイドに到達した。その証拠にサタナキアが腹痛を訴えている。それだけではない。到達した後、彼から魔法を享受しているルシファーにも効果があったのだ。
「何ダ、コレハ……?」
ルシファーは大変な胸焼けを起こしたようで、右胸に右手を当てて痛みを和らげようと努力していた。紫姫は思うようにいって喜ぶが、それは内心に留めている。弱みを握ったことは知らせない方が良いと、稔の指示を得るために彼の内心を読んだ時に知ったからだ。
「ルシファー、後退せよ……うっ!」
「ワカッタ」
サタナキアは腹部の激痛に耐えながら指示を下していた。一方の稔は、そんな激痛に耐える姿に「ざまあみろ」とは思わない。自分が同じ様になった時、笑われるのが目に見えていたからだ。初めは口から出さなければ大丈夫とも考えたが、痛みを訴える姿で興奮するのは狂っている気しかせず止めたのである。
丁度その頃、五〇パーセントのダメージを相手に与えた精霊は敵の心を読んで情報を探っていた。彼女はそれら正確性が不確かな話を前に置いた上で、話す。
「貴台。我の情報が間違っていなければ、奴らは『回復の薬』を持っていない」
「つまり、『持久戦に持っていければ勝ち』ってことか?」
紫姫は頷き、「その通りだ」と言って主人の言い分に同調した。話を続けるのかと思って返答しようとしたのだが、紫姫に背を向けられてしまう稔。
「持久戦へ持って行くには圧倒的に不利な状況を相手に与えると効率が良いはずだと思うから、もう一度五〇パーセントカットを行いたい。――良いか?」
「相手を殺す訳じゃないんだ。お前に委ねるぞ、紫姫」
「了解した。……では、実行する!」
紫姫に責任を投げた訳ではない。稔の胸の内としては、実行するか否かの判断を下すことは構わなくても自分の力で物事を決めて欲しかったのである。押し切ってまで「使え」「使うな」とは言わなかったのは、その理由が大きい。
「――S・F――」
魔法の使用を禁じられないバリア内で同じ魔法を二度使用し、紫姫は敵軍がイライラを募る為の土台作りに成功した。それは、これまでは自分たちが煽りの対象を受けていたことへの報復でも有った。
そういったことも相まって、紫姫はガリアとアスタロトも魔法を撃つ対象とした。敵全体に向けた攻撃とすることもできる『S・F』を効果的に活用した形だ。しかし、攻撃が命中するとは限らない。だから紫姫は、バリアで弾かれないように紫姫は願った。
「え……?」
しかし、命中することはなかった。弾かれた――と言えばそうなのだが、厳密には異なる。何が起こったのかといえば、それは単純な話で有った。戦友を守るためにサタナキアが動いたのである。自らの体に傷を負っているのを承知の上で機敏な行動を見せたのだ。
「うああああッ!」
だが、五〇パーセントカットをもう一発喰らえば残りは二五パーセントとなる訳で、並大抵の者なら致命傷を負っているも同然の状況である。けれど、帝国でも相当な強さを誇っているからこそ上に立てているサタナキアは何とか堪えていた。
「負けて……たまるか! ――ん?」
サタナキアは言い、痛みを感じていた部分を手で必死に抑えて立ち上がる。けれど、そこへサタンが矢を放った。「情けのない女」と思われても動じない強さを持ち、彼女は冷淡な視線と共に矢を命中させたのだ。帝国政府の上層部に居る一人を倒す事が出来るなら、それでいいと思ったのである。
イステルから『複製』させてもらったことに感謝し、サタンはもう一発同じ魔法を放つ。それは、決してイステルの魔法が効果の無いわけではなく、効果的に使えていなかっただけなのだと証明する為の証拠になった。
「……」
サタナキアがその場に倒れた。直後、唖然としていたガリアに矢をサタンは矢を放つ。同じ頃にサタナキアの配下に居た罪源のルシファーが憤怒の感情を持ち始めたこともあって、サタンの放った矢が纏っていた炎の威力はどんどんと増していく。
「こんな結末……」
共に歩んできた戦友を失い、ガリアはその場に跪いた。サタンが矢を放った時は彼女の腹部付近を狙っていたため、膝を付いたガリアの腹部を狙うことは不可能に近い。けれど、座高などを考えると矢がガリアの身体に当たることは推測できた。
「いぎ……っ」
そんな推測が完了した時、丁度ガリアの額に矢が命中した。距離を置いてグリグリと刺さった矢を押し込むことは不可能だったが、既に矢は脳に刺さって貫通している。脳の重要な部分を仕留められ、ガリアは対抗する術なく多量出血状態になった。
梨汁のように鮮血がプシャァァ、と溢れていく。垂れていく血に、ガリアは首を左右に振って状況が掴めていないという態度を見せる。もちろん、接吻したところで今更何か変わるということはない。加えて性別が同じであるため、一般的な性交渉は不可能である。
圧倒的に稔サイドが有利となった時である。ガリアの魔法陣が赤い光を上に向けて放っていたのだ。同じ時、ガリアが目を閉じて息の根を止めた。同時、アスタロトは結晶が砕けるような音と共に姿を消す。
「アスタロトが――消えた?」
稔サイドは驚愕した表情を浮かばせた。ログアウト不能のデスゲームか何かの世界で起こっていることと考えれば気が楽で居れたが、今目の前に見ている光景は言い換えれば『現実』。異世界であっても、ここは仮想世界では無いのだ。そんな現実を知った時、稔はようやく起こった事を理解した。
「まさか――」
「先輩の考えている通りです」
サタンは、「正解だ」と稔の言ったことにコメントを付ける。一方、紫姫は稔の内心を読む間もなく、結晶の砕けるような音が聞こえたら何が起こったことを意味しているのか分かっていたから何も言えなかった。
「アスタロトもガリアさんも、死んだ……のか?」
稔の考えていた方向とは違う方向へ話が向かっていたような気がしたが、それでも生き残っている敵サイドの者は居る。ラクトが監禁されている場所が虚偽の場所である可能性も視野に入れつつ、稔はその残った者に言った。
「ルシファー。停戦、しないか?」
「停……戦?」
「そうだ。帝国政府を倒すことは最終的な目標だが、もう一つ目的が有る。だから、それを達成できていなければ後悔の念が残るのは目に見えた話なんだわ」
「ナルホド……」
頷きながらルシファーは言った。憤怒を抱いていた時とは大違いの冷静さである。しかし、ルシファーと言えば『傲慢』が武器の罪源。当然ながら、彼女もそれを持っていた。
「ナラ、私ヲ倒シテミロ。――ミノル」




