3-26 対帝国政府-Ⅳ
「『覚醒状態』を使用するのを許可するんだ。君、相当追い込まれてるのかな?」
「追い込まれていると明言した気は一切無いんだが?」
「おっとおっと、これは失礼。でも――、いくら『覚醒』したところで僕の前には敵わないんだよ」
「……根拠は何だ?」
稔は根拠なしには引き下がる意は無い。それこそ、土下座という最終戦法で戦線から離脱する事は視野に無かったのだ。けれど、困難を極める場合は止むを得ない時のみ謝罪――つまりは『降伏』の宣言を受諾するつもりだった。でも、手持ちにサタンが居る時点でほぼあり得ないことである。
「ガリ……ア?」
「私、一応は政府の役人ですし、それこそサディスティーア様の側近中の側近ですしね」
「やっぱり、お前らは組んでるんだな」
「当たり前じゃないですか。私の主君はこの方じゃないですけど、昔からの――そう、幼馴染ですし」
過去の話を聞いてもラクトを救うことは出来まい。そう考え、稔は『覚醒形態』に入った紫姫をコントロールしながら話を断とうとする。だが、やはり二対一の差は大きかった。召使は複数体との契約が可能であり、二対一ということで、ルシファーを除いてもう一体がガリアの支配下に居る可能性が否定出来ないからだ。
「貴台。どうやら、その考えは正しいようだ」
紫姫はそう言った。その直後にガリアの方へと視線を向ける稔。すると、そこにはルシファーとは対を成すような色の服を着た召使らしき少女の姿。内心で召喚を宣言したらしく、ガリアの召使らしき少女の名前は稔に聞こえてきていなかった。でも、紫姫が内心を読んで伝達する。
「名は『アスタロト』と言うらしい」
「『アスタロト』……だと?」
サタナキア、アガリアレプト、ルシファー、アスタロト。厨二心を擽るような単語の数々だが、それは目の前に召喚された召使や罪源とその主人の名前に他ならない。名付けられたとは考え難く、授かった名前と言えよう。即ち、上と下の名前に分けられない場合は苗字の側面が強いという訳である。
名前に関して考えるのを止めると、稔はすぐに回りを見渡し始める。見慣れた場所でないからこそ、戦う為に場所の構造などを理解しておくべきだとの理由である。一方、紫姫は今すぐにでも戦闘に入れる状態で待機していた。けれども、主人の指示なきままに戦闘へは出る意思は固められていない。
「サディスティーア。お前が挑発してきたんだろ、早くこっちへ来いよ」
「言わせておけば……」
稔は余裕の表情を浮かべたわけではない。胸の内には揺れる心があったからだ。相手を挑発する行為は極力避けるべきだと分かっていたけど、奇襲を掛けるよりは正当防衛的な面を主張しやすくなる。一方で勝ちやすいのは奇襲だ。押し切ればこっちのものである。色々と面倒くさい事を考えていた稔は、結局『挑発』の方向へと舵を切ったのだが、同時、稔は敵から見た時には『狙撃対象』でしかなくなった。
「斬る――ッ!」
「去レ――」
サタナキアとガリアは、同じ組織内に居る主君同士ということや幼馴染の中であることを存分に発揮するように連携の取れた指示を出していった。一方の稔サイドも、紫姫に指示を出さなければいけない時期。稔を含めれば二体一という訳ではなかったが、含めて同等というなら相手は主人二名も含めることが出来る。つまり、結局は増やしても二対一なことは変わらなかったのだ。
稔はそんなことを計算すると、紫姫一人だけに任せていられる場合ではないと悟って精霊を追加で召喚した。ブラック属性に対抗できるカナリヤ、そしてカーマイン。それを持った精霊二体の召喚である。
「ティア、イステル、現れよ――ッ!」
魔法の使用は禁じられていないバリア内だから、外へと出た刹那に相手の思う壺となる。けれど、内側から遠距離射撃の魔法を飛ばすことは特別困難な業ではない。『跳ね返しの透徹鏡壁』は外側の魔法を弾くのであって、内側の魔法は弾かないからだ。
それに加えて、幸いなことにティアもイステルも魔法使用を禁じられた場所でさえ使わなければ相手へ攻撃を命中させられる人材であった。角礫にしても弓矢にしても、命中してしまえば稔サイドの勝ちである。もっとも、遠距離の魔法を行う中で一番難しいのがその『命中』なのは紛れも無い事実である。
「ティア、イステル。この範囲内だけは魔法の使用が禁じられていない。ここから出たら終わりだけどな」
「『終わり』と言われますと、どのような理由でございまして?」
「サディスティーアが魔法使用不可のエリアを形成したんだ。故に、特定の者以外は使えない」
稔が答えようとしたところ、紫姫が拳銃から銃弾を五発だけ発砲して答えた。別に『いいとこ取り』ではないのだが、そういった側面が少なからず見える。そんな『黒白』の裏、イステルは状況を自分なりに整理して理解していた。質問しなかったティアは既に状況を理解し終えているらしい。それは即ち、これで四対四の戦闘が可能となったことを意味する。
「『遠距離の魔法に限る』。――これだけは絶対に忘れんな」
「了解した、アメジスト」
「把握しましたわ」
「分かりました、稔さん」
紫姫、イステル、ティア、と各々の口調で返答を行う。その直後、今度は特徴的な各々の魔法を使用していく。飛んでゆく正義の角礫、連発される氷弾、放たれる焔を纏った矢。そんな中、主人である稔はまだ自分の特別魔法を使用するに至っていない。
「魔法使用不可のエリアに向かって魔法を撃てば問題ない、ということか。全く君らは抜け道を見つけるのが上手過ぎるよ。もはや感服して息を呑むくらいだ」
「それはありがたい。でも、今は真剣勝負だ。お前の話に構っている暇はない」
「格好つけてくれるもんだね。……でも、バトルはそれが楽しみだから止められない! もっと、もっと、僕を楽しませてくれよッ!」
着々とサディスティーアが暴走の色を見せてきている。その一方、ガリアは冷静沈着な振る舞いを見せていた。確かに官房長官の方が位は低いけれど、総理は歴訪したりする。即ち、総理が外交に大きく関わる場合は実質国内のトップみたいな役職。脳天気さと冷淡さという、相容れない二つの属性を一人ずつが持っていることで独裁国家を運営することが容易だったのだろう。
稔は二人の仲が幼馴染だという点には一切触れず、その点だけに視点を当てて話を進めていた。戦闘に頭が向かっていて、考える方向に脳の全てを向けられなかった事が大きな理由だ。
「ところで、貴台は何故サタンを魂石から召喚しなかったのだ?」
「あれは『最終兵器』に近いものがあるからな。俺は別にサタンを嫌っているわけじゃないけど、『究極形態』になれば最強だろうし、止められる気がしない」
「そういう魂胆か。……納得できぬ理由でもないな」
紫姫は恐れるような形相を浮かべた。だが実際、恐れるべきは目の前のバリアを破ろうとする帝国政府の幹部とその召使らである。剣を上に向けて上から強い攻撃をしてくるルシファーと、前方からバリアを正面突破するために物理技と中間に混ぜる光線で向かってくるアスタロト。
「紫姫。もしかして、このバリアって破壊されるんじゃ――」
「そうなったら我が時間を止める。『黒白』は貴台と我を持って形成されるグループじゃないか。それに、やろうと思えば範囲なんて幾らでも変えられる」
「お前……」
紫姫はラクト代わりと最初は名乗っていたが、もはや彼女はラクトの対極に位置する稔の側近として地位を固め始めていた。『黒白』というチームを結成したのが一番大きいのは明々白々なことだ。でも同じくらい大きい理由で、稔以上の正義感があってこそ対極のちいに短期間で成り上がったとも言えた。
稔は言葉には出さなかったが、紫姫に感謝の気持ちを抱いていた。翻って、イステルとティアは戦闘を続けている。近距離から魔法を撃てないという制限が掛かっていることは痛手になるかと思われたが、それでも二人は存分に自分の力を持て余さないで使っていた。
だが、そんな感動的な展開が始まろうとしていたのも束の間だ。アカウサギが大きな鳴き声を発したのである。耳がキンキンして不快な音に抗議の意を示したくなる稔ら四名。だが、そのアカウサギの行動は彼らを痛めつけるための行動ではなかった。
「稔さん、バリアが壊れ始めていますわ!」
「嘘……だろ……?」
イステルは右手の人差し指を壊れ始めるバリアの一部分に向けた。それはルシファーが狙っていた上部の場所だ。既に破壊は始まっており、このままでは魔法使用不可の魔法を稔たちが被ってしまう可能性が否定出来ない。けれど、それに必死で対抗していたのがアカウサギだ。鳴き声は血漿のようなもの。即ち、傷口を修繕していたのである。
「イステル、ティア。お前らを手放したら主人にどんな顔を見せればいいか分からない。だから、戻れ。勝手過ぎる主人で悪かった。でも、今すぐに戻れ!」
稔は目を瞑って言い放った。騒音に耐えようと各々が耳を塞いだりしていたため、言葉を弾かれることも考慮して大声を出さなければならなかったのだ。けれど、久しぶりに出した叫声を構成するはずの声は掠れていた。
「分かり……ましたわ」
「分かりました」
イステルとティアは魂石の中へと戻せたが、アカウサギを頭上に乗せた紫姫を戻すことは出来なかった。その一方、戻した二人に代わって最強にして最凶の最終兵器に近い存在の精霊罪源が魂石から自分の意思で登場してくる。
「しかし先輩、この騒音は相当なものですね……」
「お前、大丈夫なのか?」
「まあ、大丈夫です。最も強い精霊が騒音の前に砕け散るなんて、そんなの恥以外の何物でもないんです。だから、私は負けません。先輩の精霊として頑張ります」
サタンは帰還した二人の分も頑張ることを告げ、稔に満面の笑みを見せた。サタンの実力からしてみれば、彼女を「か弱い」などと言う事は出来まい。でも、その笑みは「か弱そうな女子」さをアピールしているかのようだった。
「(こんなんで衝動に駆られるって、男って単純だよな……)」
一方、サタンの笑みで相当な衝撃を受けた稔は内心でそんなことを思う。しかし、今だけはその「単純さ」に感謝を抱けた。決定事項を見ないように後ろを振り返るなんていう、情けない真似をしなくなれたからだ。
「貴台、早くバリアを再設定しなければ……ッ!」
その時だ。サタンとの会話が行われている裏でもアカウサギによる叫声は続けられていた訳だが、遂に赤い妖族の声にも限界が迫ってきた。それを理由とし、紫姫が同時に言い放った。彼女は目を瞑るような仕草をしているが、これは大声を出すためにすぎない。
「分かった」
稔は紫姫からの声を聞き、バリアを守ろうとするアカウサギに感謝と謝罪の気持ちを持って魔法使用宣言を行った。それに続けて、「既に形成しておいたバリアなど、もはや破壊しても良い、今から作る新たなバリアさえ壊れなければ――」と言い放った後に内心で思う。
「無駄だよ。いくらバリアを張ったところで、逃げているだけだからねッ!」
しかし、その一方で憫笑ながら稔に対してそう言ってくるサタナキア。独裁者は、自身を構成する為に必要不可欠な繋ぎ目のネジを失い始めていた。
「逃げるも作戦のうちだろうが。対うだけなんて馬鹿だ」
「口の悪い大使には――食らわせてやらないとな」
サディスティーアは言い、バリアを壊す事をルシファーに命令した。それだけではあるまい。自身の着用していた衣服のポケットから注射器を取り出し、首へと刺したのである。内容物は水色の液体。それが何を示すのか、稔は居ても立ってもいられない。翻って、そんな彼の感情を汲み取って紫姫が敵の内心を読むのだが、知った事実は公表したくないような話だった。
けれど、彼女は話す。
「あの水色の液体は、脳の内部に影響を与えるものらしい。『戦闘特化』とも言えるな。だが、奴の目的はそれではない。脳に刺激を与え、理性を破壊して残虐非道の限りを尽くす魂胆のようだ。その初手こそが、先の魔法使用不可らしい」
稔は紫姫から話を聞き、サタナキアが最初から戦闘狂になろうとしていたことを初めて耳にした。煽ることも自分の感情を高ぶらせる為の手法の一つに過ぎなかった、という訳である。
「なるほどな……」




