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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-24 対帝国政府-Ⅱ

 開戦したものの、それでも稔の内心には不安要素が有った。自分の感情を分からなくなるほど末期な訳ではないが、一方の紫姫が戦闘狂と化す可能性が否定出来なかったためだ。もはや一刻の猶予もないと感じて駆けつけたは良かったが、作戦は考えていないも同然。内心を読んでもらえば話はスムーズに進むが、紫姫がそれをするとは限らなかった。


 でも、稔は自分の精霊を信じた。気の利く赤髪も居ないし、最凶にして最強の精霊罪源だってこの場に居ない。そうなれば、もはやある程度の強さと同時に副指揮官となれる人材は紫姫くらいだ。契約順では早いがヘルは治癒に回したい気持ちがある。一方で強さ的に紫姫と同等かそれ以上のイステルに関しては、彼女の戦闘狂形態を見た者としては止められる術が無いと思った。


 精霊は戦闘狂になれるし、それこそカムオン系ではない召使しか稔の手持ちには居ないのだ。与えられた役割を全うしたい。そういった雰囲気を稔は作り上げたくあり、消去法と繋ぎあわせて遂に結論を導いた。これ以上の捕虜を出さないためにも、政府に辿り着く前までは『黒白』の力で薙ぎ倒しておくと決意を固めたのだ。


「紫姫。戦闘中に覚醒するな。――約束だ」

「了解した。であれば、貴台にも頑張ってほしい。早うに三〇〇の兵を倒し、独裁者を天誅しに参ろう」

「だからこそ、この戦いは俺らで決着を付けなきゃダメだ。他の精霊と召使は温存しておきたい」

「覚醒すべきでない魂胆はそれか。なるほど、貴台も素晴らしき考えを持つな」


 紫姫は稔を褒めるが、同時に掛かってきた兵士の攻撃に銃弾を食らわして気絶させてやった。織桜以上の拳銃使いではないにしても、ここまで正確に相手を狙い撃つ紫姫の姿に稔は思わず息を呑んでしまう。そしてそれは、彼の「競い合おう」というヒトとしての心情に働きかけていた。



「――六方向砲弾アーティレリー・シックス――」


 

 本来は気絶に使うような魔法ではあるまいが、剣を用いて相手を斬り刻めば多量出血で倒れる可能性が否めなかった。戦いなのだから殺し合いをしているも同然。けれど、多量出血で倒れられたら後始末が大変なのも確かなのだ。だからこそ、稔は中々相手を殺そうという強い思いを持てないでいた。


 しかしその時だ。ふと彼の中に、ラクトの声が聞こえた。一瞬ばかし下を見るが、何処にも赤髪らしき姿は無い。流石に背を向けるのはまずいと考え、彼は即座に顔を上にあげる。すると、その刹那だ。


「ベルゼ……」


 それは紛れもない銀髪幼女の姿だった。アニタの支配下に在る罪源、名はベルゼブブ。彼女がどのような魔法を使ってくれるのかなど戦場カメラマンからは微塵も聞かされていなかったから、現れたのは良かったけれど稔は心配もしていた。だが、その必要は無いことが即座に判明する。


「お兄ちゃん、助ける」


 銀髪幼女は突如として現れたが、そう言ってすぐに形態を変えていった。それは、別に身バレしたく無いために形態を変えるのではない。力を強くするための変化だった。兄に位置づけた一人の青年を助けようと強い思いを持ち、自分自身の本来の姿を彼女は見せてくれる。


「お前、その姿――」


 紫姫が蝶を元にしているかと思えば、ベルゼブブは同じく羽を持った虫――蝿を元にしていた。けれどそれは小汚い色だったり、嫌悪感を催すような透明な色ではない。色は緋色をしており、その羽の後ろには燃え盛る橙の炎とその陽炎かげろう。髪の色は銀髪のままだったが、眼の色は朱色に染まっている。


「私、怒らせた。罪、重い――」


 そう言い、彼女は天使の輪に酷似した炎の輪を分け目が始まる場所を通るように形成した。これが彼女による変身の最後である。そして、寸秒もしない間に彼女は場を飛び立って敵を倒しに向かう。精霊と罪源、本来は相容れないような関係の紫姫とベルゼブブ。その二人が二対の翼として、指揮官の下で戦闘をし始めた。



「――炎吐の咆哮(クライ・フレイム)――」


 

 天使の輪と緋色の羽。それらだけを見たならば、彼女が熾天使のように見えてもおかしくはなかった。言い放った使用宣言は、咆哮に乗せて炎を吐く魔法こうげきを使えるようにするためのもの。見えてきたのは彼女の激怒とともに、稔は彼女が『黒白』を助けに来た理由を聞きたくなった。単純なものだとは思わなかったが、それでも知識を深めたい気持ちを捨てる事はできない。


「ベルゼブブ。怒ったって言ったよな? それって、アニタの一件が大きな要因か?」


 ベルゼブブが放った咆哮で政府軍兵士の数十名が気絶したことを確認すると、稔は一段落ついたと思って彼女に聞く。しかし、一方の彼女は咆哮に大量の息と声を使用したらしい。ろくな声出しが出来ない状況だった。だから返ってきた返答は口頭によるものではなく、首を左右上下に動かして示すものだ。


「肯定、か。ありがとう」


 ベルゼブブが首を上下に振ったことを確認すると、稔はそう言って話を終わらせた。今はグダグダしていてはいけない状況だと思ったからだ。真剣に戦っている兵士達のためにも、こちらが余裕をこいて戦いたくはなかった。捕虜を出さない程度に、稔が率いる『黒白+α』は帝国軍を倒してゆく。


「これで……どうだッ!」


 そんな中、紫姫とベルゼブブの戦いによって着々と稔の闘争心が強くなっていた。しかし何を思ったか、彼はテレポートを駆使して物理技で兵士を倒そうとの考えに至る。無謀だと本人は当初こそ思っていたが、謎の自信の力も相まって次々にかました兵士への蹴りは命中していた。




 そして紫姫の戦闘開始から七分が経過した頃だ。帝国軍兵三〇〇名と『黒白+α』は、その戦いに終止符を撃つ最後の兵士への攻撃を始めた。紫姫によって他の兵士達は凍らされており、稔が物理技で気絶させた相手もベルゼブブに咆哮を喰らった兵士も、紫姫が銃弾を射れた軍人も身動きが取れない状況だ。そして彼らに身動きを取らせないよう、最後の構えとして稔が自身の特別魔法を転用する。


「貴様で最後だ。もはやお前に残兵は居ない。――降伏を宣言せよ」

「降伏――か。でもさ、その願いは聞けないなぁ」


 紫姫は調子に乗っていたわけではない。強気に出たほうが効果が遺憾なく発揮されると思ったのである。しかし、それはむしろ敵側を挑発したに過ぎない。圧倒的有利な状況だと稔も確信していたが、七分にも及ぶ戦いの末に待っていたのは――国民を巻き添えにする卑劣な作戦だったのだから。


「お前ッ!」


 稔が残った指揮官らしき者に怒号を浴びせる。その者は全身を白色に統一した衣装や帽子や靴を着用していたため、その者が行った街への攻撃で彼はいっそう目立っていた。それだけではない。加えて念を押すかのように目立つ行動をその者は取った。――高笑いだ。


「ハハハ、残念だったな。帝都なんか燃やしてしまえばいい。帝皇さえ残れば、この国は安泰だからな!」

「てめえ、いったい国民をなんだと思ってやがる!」

「戦争中だし、『二億総玉砕』なんてどうかな? ――かっこよさに溢れた素晴らしいスローガンじゃないか! カッ! 所詮、国民なんて国家の操り人形さ。独裁政治のエルダレアの下ではな!」


 その者は自分が街を破壊していることを美化していた。翻って、「こいつは気が狂っている」と『黒白』の中で同じ気持ちを抱く。でもそれは、話し合いで解決可能な内容ではないことが分かったという意でもあった。そのため、黒白の中の一人が銃口を敵軍の司令官に向ける。


「その言葉、見に染みさせて反省しろッ!」


 構えた拳銃の引き金に人差し指を向かわす紫姫。一方で気が狂っていた銃口を向けられた者は、また高笑いした。その余裕に一切の妥協や敵を思いやって殺る心は要らないと判断した紫姫は、遂に向けた銃口から弾を発砲する。パァン、という鋭い銃声音とともに、命中した銃弾は狂者の腹部を貫いた。飛び散る血は紫姫の頬を紅く染め、狂者の最後の高笑いのエネルギーとなる。


「帝国は永久に不滅だ! アハ、アハハハハハハ……!」


 そうして、帝国軍兵三〇〇人と『黒白+α』の戦いは幕を下ろした。一件落着なんてとんでもない、悲しい結末を呑むことが出来ていない状態でのことだ。場には同時に悲しみと重たい空気が流れた。けれど、涙を流している者は居ない。


「終わった……な」


 帝国を滅ぼす道筋の道半ば、稔らは正義の本当の意味をまた見失った。罪源と精霊が協力して戦闘をしたのは素晴らしいことだが、一方で敵軍を皆殺しにした罪を被ってしまったのも事実である。重々しい雰囲気の現況は間違いなくそれだ。


 しかし、稔は司令官として前を向いた。それに従い、紫姫とベルゼブブも負った強い傷を慰めつつ前を見る。助けるべき奴がいる。恋敵だから、義姉としているから、彼女だから――。三人それぞれ思いは違ったが、助けなくてはならないとそこで改めて強い気持ちを抱いた。


 けれど、その戦いにベルゼブブは参加しない意向を示した。


「私、参加、しない。代わり、サタン、するべき」

「ご指名ってことか。――てかベルゼブブ、お前声戻ったみたいだな」

「ありがとう」

「感謝するような内容じゃないっての。召使を気遣わない主人が何処に居る。自分の下に居ないとしても、顔見知りの仲なんだ。居なくなっちゃ困るっての」


 稔はそう言ってベルゼブブに自分の考えを伝えた。直後、今度は精霊魂石に向かってサタンの名を発す。大声で叫んだところでは地下に届かないと思ったから、稔は自分がテレポートしなくても済む方法で呼び出すことにしたのである。


「どうしましたか、先輩」

「ベルゼブブをアニタの元に戻したら、政府庁舎へ向かうぞ」

「分かりました。一〇秒で終わらせます」


 サタンはそう言い、ベルゼブブの右手を自身の左手で握って即座にテレポートした。テレポートする場所はアニタの待機している部屋だ。行って帰ってくるだけを想定したわけだが、サタンは余裕を持たせるために時間を膨らまして秒数を述べていた。


「それでだ。顔に血液が付着してしまったんだが――」


 紫姫は自身がハンカチなどの布類の一切を持っていないことを自白する。稔はそれを聞いて、ハンカチを探すために穿いていたズボンのポケットを上から叩いた。しかし、ハンカチらしき布を押した時の感触を感じることは出来ない。


「貴台のパーカーはどうだ?」

「……」


 ポケットを探せば探す作業は終わりと思った稔。しかし、本来はもう一箇所探せる場所があった。紫姫の指摘通りの場所、即ち着用していたパーカーのポケットである。外気が余りにも寒い時に手の避難場所と機能する場所だ。


「……あった」


 稔は手をポケットの中に突っ込み、布らしき感触を手に感じた。考えてみれば「そんなところに」と思うような場所ではない。けれど、鍛えていない人は焦ると冷静さを失う。事が終わった時は冷静で居られても、先の見えない不安によって焦る可能性は十二分にある訳だ。


「戻りました」


 ハンカチを紫姫に渡した時、丁度サタンが戻ってきた。渡したハンカチを繋がない方の手にすると、紫姫は稔の左手を右手で握った。サタンは稔の右手を左手で握る。そして魔法使用宣言を中央の人物が行う。

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