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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-16 淫魔の夫婦

「政府庁舎に戻りたいのか。でも、なんで戻る必要があるんだ?」

「呆れました。先輩って、何か一つの物事にドハマりすると他のことを考えられなくなるタイプですよね」


 サタンから強烈な一言を浴びたが、稔は言葉の弾丸を論破されない程度に受け止めようと意を固める。そんな彼の心を読む必要も無いと判断し、特に紫姫の魔法を『複製レプリケイション』することもなく、サタンは嘆息をいてから続けて言った。


「政府庁舎に殴り込むために向かった訳じゃないじゃないですか。インキュバスを探しに、帝国政府を自分の味方にするために向かったんじゃないですか。それなのに片方だけを進行させようなんて、この人数を集めた司令官の取るべき行動とは思いませんよ?」

「……」

「私には他人ひとの魔法を複製できる魔法が有ります。時間こそ制限が有りますが、テロ事件が終焉を迎えるまでに掛かる時間はそう長いとは思いません。ですから、ここからは別行動をしましょう」

「俺がテロを解決して、サタンがインキュバスを探す――ってことか?」

「その通りです」


 サタンは大きく頷いた。直後、稔は即決する。


「分かった。じゃあ、連絡するためのデバイスを――」

「必要ないです。精霊魂石に私の考えている事を伝達するつもりなので、情報はラクトさんから得て下さい」

「そうか、分かった」


 ラクトの能力で技術的に可能なのか否かを稔は聞かぬままだったが、そう言ってサタンを臨時政府庁舎へと戻した。直前、彼女はサタナキアにパスポートを提示するように求められる可能性が有ると考え、稔のパスポートを複製しておく。ラクトの特別魔法を転用し、彼女が行うようなことを実行したのである。


「それで。私たちは何をすればいいの?」

「爆破テロが臨時政府庁舎のすぐ近くで有ったからな。危機感を持ってテロの収拾したいところだが――」


 稔はそう言いながら、未だに高く昇っている火を見て大惨事が目の前で起きたことを改めて知る。しかし自分が言ったことを自身が守らなければ意味が無い。故に稔は、危機感を持った行動に努めることにした。テロ事件には警察が出てくるのが当然だが、エルフィリアで見たのは無能警察。エルダレア帝国の政府が事実上ではな無いことになっている現在いま、エルフィリア同様に無能警察が出てくる可能性は否定できなかった。


「――紫姫、エルジクス、現れよ――」


 稔は火に対して強力な力を発するのは水や氷だと考え、安全が確保できたと仮定したと同時に言い放つ。現れてくる紫姫とエルジクス。カロリーネから借用している眼帯娘は既に九〇パーセント以上回復しており、致命傷を負った一八時間前から急速な回復を行ってきた事が分かる。


「紫姫、エルジクス。精霊同士でユニオンスキル的なものは使えないか?」

「ユニオンスキルとは何だ?」

「合体技っていうかな、こう――」

「合体技か。それなら理解が出来る。我の語彙力を甘く見て欲しくはないが、聞いているものが分かりづらい文章にするのは良くないぞ。話し言葉は簡潔かつ正確に伝えるべきだ」


 稔は紫姫からの指摘に「分かった」と言い、素直に紫髪の主張を受け入れた。けれど『司令官』という役職からしてみれば、敵にバレないように暗号で司令を送るのは当然といえば当然の話だ。無論、自分が率いている軍勢が敗北する姿は司令官なら見たいはずがなかろう。だが、そんな役の違いで生まれる気持ちの差なんてよくある話だ。だから稔は、特に気にせず話を進めていった。


「ところで貴台に問いたいんだが。我とエルジクスが合体技を利用するとなると、似たような技を利用するべきと思う。それでなのだが、『白色の銃弾(ホワイト・ブレット)』にしても『西方氷雪の銃弾サウス・アイスブレット』にしても、シアン属性の中でもアイス系統に分類される。火には対抗できぬ気がするぞ?」

「転用とか出来なかったっけ?」

「我は出来ないように記憶していたが――記憶違いだったろうか」


 紫姫は悩んだ様子を浮かべた。テロ事件を解決しようと思い立ったは良かったが、そのために必要なシアン属性の中でも水系の魔法を利用できる者が居ない可能性が浮上したのだ。転用という希望を見出すが、紫姫は稔に背を向けて真剣に考えている。その一方、エルジクスはこう言った。


「自分の考えになるのですが、ティアさんの魔法で火の上から角礫――岩を被せるのはどうでしょう?」

「いい考えだとは思う。けど、爆破テロが起きたのは第三の都市といえど玄関口の目の前だ。火を押し潰すアイディアは俺も素晴らしいと思うんだけど、やっぱり路面の舗装を壊してまですることじゃない」


 稔は風俗街まで続いている地下道を見ていたことも有り、舗装した道路の更に下まで角礫の重みで壊されることを心配していたのだ。けれどそんな中、借りている精霊が自分のために必死になってくれている気持ちが十分に伝わったこともあって、ラクトがこんなことを言い出した。


「別に、特別魔法に縛られることはないと思うけどね」

「でも、極力早めに終わらせ――」

「人員が確保できないのに、時間の問題がどうとか言ってる場合じゃないよ。てか、時間は一時間ってサタンが言ってたじゃんか。その時間内に終われば、非道でなきゃ方法なんか何だっていいじゃん」


 稔の言い分は途中で揉み消されてしまった。でも、結局は逆で進行していようが彼女によって論破されていた稔。彼はラクトが論争に強いことを今一度確認する。それは稔だけでなく、彼の支配下に収まっていた召使や精霊や罪源の共通意識となったと言ってもいい。


「まあ、どちらにせよ、紫姫とエルジクスが鍵を握ってるのは確かなんだよね。シアン属性が水系の魔法で弱いはずがないし。特別魔法って呼称は、他人より少し優っているだけでも呼ばれることが有るんだし」

「そこらへんは雑なんだな」

「魔法に優劣があるのは普通なんだし、同じ技を使う物同士で競えってことでしょ」

「そりゃ戦って訓練すれば強くなるとは思うけどさ……」


 根付いた呼称を今更変更するなんて事は考えなかったけれど、ラクトの「先人の知恵」みたいな言い方には納得がいっていなかった稔。実際、紫姫とエルジクスは似たような魔法を使っていると言えば確かだが、それでも競い合っているとは思えない。そういうことを考え、稔は自身の特別魔法である『瞬時転移テレポート』に似た技を使用している者を見たことも無いと色々と考えて結論を導き出した。


「いやいや、インキュバスの技って完全にテレポじゃん」


 しかし、その結論はラクトの一言で覆ってしまった。自分が競う相手がラクトの因縁の相手だということは運命なのかと思ってしまうが、考えてみれば『共通の敵』ということは作戦を練りやすくなると同義だ。もちろん、インキュバスを倒すのは最終手段でしか無い。それは単に、鬱憤晴らしで人殺しなんて言語道断だからだ。加えて正義を貫こうとしている稔やその仲間に許されるものではない。


「てか、こんなことに時間を使ってる暇があったら作業しようよ」

「そうだな。我もラクトの意見に賛成の立場を取りたい」


 ラクトが特別魔法ではない魔法を使用しているシーンを見たことは有ったが、紫姫の特別魔法を見たことは無かった稔。そのため、彼女が一体どんな魔法を使うのか見たくあった。シアン属性の中でも水系なのは分かっていたけれど、これから初めて目にする光景を前に心を踊らすのは通常の範疇である。


「ということで、俺もその方針を支持する」

「了解した、アメジスト」


 紫姫は言葉を発し、一方のエルジクスは無言のままに頷き、二人は燃え盛り続ける炎の方向へ近づいていく。いつの間に仲良くなったのか不明だったが、そういった仲の良い精霊同士の関係を見ているだけで幸せな気分を稔は味わえた。だがしかし、その直後である。


「危ないですわ!」

「イステ――」


 イステルと、彼女の呼びかけでヘルとスルトが同時に魔法陣から出てきていた。残るはティアだが、目立つ金色の髪の毛は上空で揺れている。その先に映ったのはピンク髪の女性らしきシルエット。何処に彼女が立っているかといえば、そこはラブホテルらしき建物の看板の更に上だ。『アンテナの隣』というと分かりやすいだろう。


「弓……使い……?」


 視力に絶対の自信が有った訳ではなかったが、稔はピンク髪の女が構えていたものが弓矢であることを確認した。それだけではあるまい。右隣に居たラクトは首を左右に小さく振ってこう発した。


「嘘……でしょ?」

「どうした?」

「リリスなんだよ、あれ」


 稔は直後に絶句した。失禁させられた恨みなのかと思ってしまうが、そうなる証拠は皆無だ。そもそもアニタを狙っていない時点でお察しである。もし仮にアニタを狙いたくて射ったのならば、影が薄い事が自衛に関してプラスに働いたと言ってもいいだろう。


「稔さん、行かなくてよろしいんですの?」

「無駄に人員を増やすだけじゃ勝ちは来ないが、少なくても人質に取られたら大変な目に遭うしな……」

「口で言うくらいでしたら、行ったほうがよろしいのではなくて?」

「じゃあ、そうさせてもらおうかな。――行くぞ」


 イステルは稔が一人で飛び立つのかと思ったが、稔には「護衛したい」と言っているように聞こえていた。リリスと会話で決着を着けることを前提としていたからラクトを連れて行くことは決まっていたのだが、そこに追加でイステルが加えられた。そうして稔の内心を読む役は紫姫だけとなるが、既に彼女はテロ事件の終息に向けた行動を取り始めており、今更他の方面に顔を出すことは出来ない。


 しかし、そんな時に声を上げたのがヘルだった。スルトが女体化する以前、言葉を翻訳していたのは紛れも無くヘルなのである。頭が悪いというレッテルが貼られたわけではないけれど、主人の為に頑張らない訳にはいかないと、強い決意の下に地上で事実上の司令官となった。稔とラクトの代わりとして君臨したいなんて、そんな野望があったから動いたのでは無い。終息を成功させたいという、その一心からだ。


「紫姫、エルジクスは引き続き消火活動、スルトは二人を護衛。アニタとベルゼブブは駅や交差点で交通整理」


 返事は無い。けれどそれは、ヘルをシカトしているからではなかった。全員が地上司令官の強い思いを理解し、果ては自身が仕える稔という主人のために頑張ろうとの決意からだ。アニタは従っているわけではなかったが、それでも仲間に近いような立場に居た以上は従うことにした。


「(私は救護係で司令官――)」


 口調も司令官として相応しいものとし、ヘルは数秒だけ目を瞑った。それから大きく深呼吸し、始まる爆弾処理に奮闘する事を決意する。そんな彼女の意を誰も笑うことはなく、地上では爆弾処理作業が続いた。




 その頃、上空ではリリスとラクトの議論が交わされていた。イステルを連れてくる必要性が無かった気がしたが、稔は自分の取った行動に間違いはなかったと訂正する気が無いことを示す。リリスが先程射た弓矢は、ティアが『女神からの断罪角礫コングロメレート・ジャッジメント』で打ち消していたらしく、それに関しては稔が代表して感謝の気持ちを伝えておいた。


「失望したよ、リリス。まさかリリスがそんな最低な悪魔になっていたなんて思いもしなかった!」

「仕方ないさ、悪魔はサイテーでサイコーなんだから」


 リリスはそう言い、不吉な笑みを浮かばした。当然ラクトは苛立ちを浮かばせる。両手の拳を強く握ってプルプルとさせているのは、その苛々が強い証拠だ。元上司との再会で喜びを分かち合った束の間、知った現実に「堕ちた生き様を更生するのは無理なのか……」と、諦めの気持ちもラクトの胸の内に出現する。


 そんな頃だ。伏線となっていた不吉な笑みが今、高らかな笑いとなって彼女の顔に現れた。胸の内にあった諦めの気持ちは完全な物となり、同時にラクトは自分の因縁の相手が増えた現実に加えて、もう一つの現実を知る。


「私の夫、『ワースト』」


 リリスの隣に現れたのはラクトの因縁の相手であった。性別は当然ながら男。稔にも見覚えがあったその容姿は、サタンが追っていた人物と同じ者だ。


「稔。魂石からサタンに連絡を入れておいて。話しかけるだけでいいから」

「ああ、分かった」


 稔が精霊魂石に話しかけたと同じ時、ラクトが因縁の相手達に剣を向けて構えた。けれどそれは言い換えれば『脅迫』と同義である。そのため稔は、ラクトの背後から右肩を左手でトントンと叩き、自分のほうを見たことを確認して首を小さく左右に振った。


「でも――」

「まあ待て、俺にいい考えがある」

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