表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
197/474

3-12 因縁の代理戦争

 ようやく地下に連なる風俗街の一店舗から出られると思った矢先のことだった。現れたのは紛れも無い、一人の男の姿だ。ラクトのように多少ながら耳に特徴を持っているものの、けれど隠せる程度。殆どの部分は人間と同等かそれ以上の美しさで作られていた。無論、女性を淫らのする元凶である。当然のことだろう。


「なんでお前が居るんだ、インキュバス」

「僕は君たちの話を小耳に挟んでしまったから来たんだ。――隠れてコソコソと国家を消滅させようとは、実に考えものだからね。テロリストの彼氏になったのが運の尽きだよ、夜城くん」


 話を小耳に挟まれた事も考えれば名前が知られてしまうのも頷けた稔。そんな彼を肯定するかのごとく、隣の赤髪は耳元で囁いた。イチャラブしているところを見せつけるわけでは有るまい。これは業務連絡である。


「稔。インキュバスもサキュバスも必ず心を読めるんだ。そうじゃなくちゃ、理想の男性像や女性像になれないからね。そしてそれは本来、魔法として位置づけられているんだよ。まあ、私はなぜか『能力』だけど」


 『魔法』と『能力』という言葉の使い分けに関してはさておき、稔とラクトはアニタの更に前へと前進しようとした。インキュバスを敵と見なした彼女からすれば、そのような話は聞き捨てならないもの。だが、稔は無言のままに首を左右に振って「そこに居ろ」と言う。何パスカルとは不明として、それは俗にいう『無言の圧力』である。


「テロリストの彼氏、か。……なら、お前は強姦魔と呼ばれるに相応しい男だな」

「他人を罵って何が正義だ? 夜城くんは帝国エルダレアを正義によって裁くのだろう?」

「その通りだが、何か問題でも?」

「だから言っているじゃないか。『他人を罵って何が正義だ?』と。僕が君に言っているのはそのことだ」


 稔は言われて「確かにそうかもな」と一度は頷いたのだが、口から出る前に該当する台詞を脳内で審査にかけて笑ってしまった。「馬鹿め」と憫笑するに近い笑いである。もちろん言うまでもなく、稔はそれを口から出す。もはや止める術はあるまいと稔は思い、ラクトは止める思さえなかった。


「残念だな。正義とインキュバスに言われる筋合いはない。そこに捕虜を連れている時点でお前の負けだ」

「そうか。なら、その捕虜を殺せば問題は無いな?」

「殺す? 何を言って――」


 稔はまた笑いを顔に浮かばせた。論争に発展した事を察して、自分の心のなかに強い思いを築いたのである。この淫魔との論争には勝ってやろう、と背中を見せたくない思いを強くさせていく。だが、そんな話をインキュバスは白紙に戻すかの如き行動に動いた。自身の連れていた捕虜に対して『殺す』と明言したのである。流石にこれにはアニタも驚き、稔とラクトより更に前進していく。


「アニタ!」

「大丈夫です。もう――覚悟しましたから」


 アニタは言い、インキュバスに翻弄されている自分を脱ぎ捨てるように意志を剣と拳銃に込めて向かっていく。巻き起こる疾風、地下室内に広がっていく光輝の煌き、もはや誰にも止められはしない――。稔サイドの他三名はそう思っていた。けれど、稔サイドは僅か四名ではない。精霊や罪源、更には召使も居る。


「はあああああああああッ!」

「な――」


 稔は目を丸くし、アニタは駆けていた足を急速に遅くさせていった。時を止め、一二秒の間に紫髪の少女がインキュバスの元へと辿り着いたのである。彼女が持つは氷結の拳銃。白色はくしょくの銃弾を撃ちこむべく、もはや彼女の表情に女らしさの文字はなく、全てを捨てて攻撃に走っていたのが窺えた。


「……ッ!」


 インキュバスの腹部を狙い、紫色しいろはつを揺らして彼女は幾度も幾度も銃弾を撃ちこんでいた。それだけではない。狂ったのか、彼女はめり込んでまで撃っていた。もはやそれは、正義というより悪である。『精霊は戦闘狂』、それは耳にしていた話だった。しかし、自身が信頼していた精霊がその状態に陥ると思ってもみなかった稔。


「――紫姫を止めに行く」


 稔は胸の内で決心した。精霊を正す事が出来るのは自分だけだという強い思いの下、テレポートして紫姫から武器を取り上げてしまって狂いを戻そうとしようとしたのである。だがラクトは、彼氏の行動に対して首を左右に振った。自身の憎むべき相手の死である。そうなって当然の結果だ。


「……だけど!」

「稔が目指しているのは一部が幸せになれる政治じゃなくて、庶民が幸せになれる政治じゃん。稔はテロリストと捕虜のどっちを殺すのが正義だと思っているのさ。――どちらも殺さないなんて美談すぎるよ」

「そんなの、やってみなくちゃ分からないじゃないか!」


 紫姫の後方で激論を交わす稔とラクト。アニタは煌きを背後に持たせ、左右にそれぞれ剣と拳銃を持って再度駆け出していった。目に映るは思念。テロリストを世界から抹消するために彼女は走る。だが、向かった方向はインキュバスの目の前ではなかった。捕虜の拘束を解こうとしたのである。連れてきたのが運の尽き、そう悪に教えてやろうと戦場カメラマンは思ったのだ。


 けれど、そうは問屋が卸さない。


「紫姫ッ!」


 インキュバスは突如として姿を変え――否、言葉を正せば『消えた』である。着ていた衣服を脱ぎ捨てたわけではない。しかし、瞬時に稔とラクトの背後方向に転移してきたのである。紫姫が拳銃をめり込んでいた場所に残ったのは箱だ。稔がインキュバスの気配に気がついた頃、紫姫はそれに銃弾を撃ち込む。


「――掛かったな。それは『パンドラの箱』だ」

「んな……っ!」


 インキュバスは言い、突如として冷笑を浮かばせた。腹に手を据え、視線は地下室の天井を向いている。稔は『パンドラの箱』と聞いて咄嗟に紫姫が大変なことになっている事を察し、ラクトの遮りなど無い状況下にて寸秒瞬時にテレポートを実行した。


「紫姫! お前は早く精霊魂石に戻れ! いいから戻れ!」

「我は何をしたんだ……。我は、我は何をしたんだ?」

「疑問なんか抱かなくていい! だから、だから早く戻ってくれ!」


 稔は主人命令という大義に格上げして紫姫を魂石に戻そうと必死に足掻いた。一方でインキュバスは自身の目に映ったその光景を蔑み笑うの対象としたらしい。据えた手は動くことをせず、今度は稔の方向を直視したままに笑った。


「無駄だよ夜城くん。だってパンドラの箱を開けてしまったら、――その娘は僕の操り人形だもん」

「操り……人形……?」


 稔は小さく首を左に右に、意味が分からないという胸の内を旨として示した。でもそれは、単に笑いのネタをインキュバスに提供しているだけに過ぎない。同じ頃、自分という物を喪失したような感じを覚えた。しかし、即座に取り戻した自我。それと同時、稔は正義の名の下に行動を再開する。


「紫姫に対抗できる精霊を――」


 稔は小さく口から零し、時間を停止させられては殺される可能性が浮上するために護衛を用意することにした。自身のバリアは全ての魔法を跳ね返すことは理論上は可能であるが、やはり対抗策も欲しかったのである。まずは捕虜の解放を行うとして護衛担当の精霊を召喚した後、稔はラクトとカースを連れてくるためテレポートした。捕虜解放中のアニタに負担を増やしたくなかったのである。


「ラクト、カース。ここは危険だ、バリアの中へ撤退しよう」

「操り人形を見捨てるのか?」

「見捨てる筈ないだろ。強さなんかどうでもいい。俺は築いた主人と精霊という関係の下に救出してやる」

「そうか」


 インキュバスは言い、同時にラクトとカースの手を握ってテレポート作業に移る稔。それから次手、インキュバスはテレポートを封印出来ないことを知って煽りに出た。精霊を支配下に実質的に置いたインキュバスは、戦闘系の魔法が壊滅的なラクトを呼び出して圧倒差を付けようとしたのである。そしてそれは、バリア内に稔がラクトとその姉を連れて転移させたと同時に起こった。


「ブラッド。お前、自分が非処女の夢魔で淫魔なのに純粋な恋愛が出来るとでも思ってるのか?」

「『純粋な恋愛』か。そういうインキュバスこそ、したことあるの?」

「無いに決まっているだろう。だって、僕は人の性欲を処理する事に専念しているからね。暇がないんだ」

「そう。――なら、私は暇があるから純粋な恋愛に走れるってこと?」


 ラクトは煽りに応じたりはしない。弱みだと思ったところには次々と問いただす姿勢を見せ、稔の意を継ぐように話していた。そして、アニタ用に拘束を解くためのハサミとカッターとニッパーを置いた後だ。稔を護衛する精霊と共にラクトはバリア外へ姿を見せた。


「――掛かったな」

「それはこっちの台詞だ」


 インキュバスは言い、同時に破顔していった。先ほどのような笑いをもう一度見せてくれるようだ。一方のラクトも余裕を持った言い方で話している。双方ともに計画をしていたのだ。稔もその護衛も知らない、インキュバスとサキュバスという因縁の対決が生んだ計画対決。けれどそれは、皮肉にも代理戦争という形に変わってしまった。


「さあ、使い魔よ。行け」

「我、敵を確認。――破壊へと出撃す」

「そんな……」


 ろくな魔法が使えないラクトは当然ながら身を引いた。代わりに前線へと向かってきたのはサタンだ。彼女は既に多くの人物の魔法を複製済みらしく、本来は特別魔法がラクトや紫姫よりも更に大きな括りで使えることになっていた。言い換えれば事実上の『チート機能搭載精型霊』。それがサタンである。


「サタン。――紫姫を殺さないように頼む」

「分かってますよ、先輩」


 そんな会話の後、サタンと紫姫の代理戦争が幕を開けた。同じ頃、捕虜は自由となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ